体操のおにいさんと幼稚園児
近所に恭介の母方のいとこが引っ越してきて、下の子を出産する関係でしばらく幼稚園児の『ほのみ』を預かってほしいと言われている。二人きりのイチャイチャな夏休みは当分お預けということで――
「おひさしぶり、恭介君」
「おひさしぶりです。もうすぐ出産ですね」
いとこの出産間近のお腹ははちきれそうに大きくなっていた。
「今日から10日ほど入院するから、昼間よろしくね。夜は夫が帰ってくるから。幼稚園にも預かりの申請しているんだけど、まだ引っ越してきたばかりで間に合わなくて」
「ちわー。ほのみ5歳だよ。ねんちょーさんだお。よろしくね」
肩くらいの髪の毛を二つに結んだ少女は、舌足らずのかわいい女の子だった。Tシャツにキュロットという動きやすいいでたちにリボンで結んだ髪の毛は、汚れた大人から見たら、純粋で汚れのない済んだ瞳をしていた。とりあえずテレビをつけてみた。幼児向け番組をやっている時間だろう。
「ほのみ、このテレビすきー。たいそうのおにーさん、おもしろいのー」
普段このような番組は観ないので、誰が体操のおにいさんなのかも知らないが。
「ユーキじゃないか……」
唖然とした。そこに映っていたのは 中学の時のヤンキー仲間のユーキだった。地元つながりの友達だったが、すっかり疎遠になっていたので、体操のお兄さんになっているとは、意外な事実だった。
あいつ顔だけは結構整っていて女子人気があったからな。芸能人とか目指すっていってたし、スポーツ万能だったけれど。まさかの教育的テレビの幼児番組に出演しているとは……出世したなぁ。
「おにーさんのともだちなの?」
ほのみが聞いた。
「あぁここに映っているおにーさんは、中学のときに仲良かったぞ」
「ほのみ会いたいよぉ。おにーさんのサインもらうの」
「ファンなのか?」
「大好きなんだ。わくわく体操たのしいよ」
わくわく体操……おもしれー。久々にあいつに連絡して、いじり倒してやりてー。爆笑必至だな。こりゃ、体操をじっくり見ておかねーと。
俺はさっそく海道に連絡して、ユーキの連絡先を聞いた。ユーキとは中学の卒業以来、連絡をずっと取っていなかった。海道は同じ中学で高校も一緒だったのだが、まめな奴で同窓会幹事を引き受けてしまうようなやつだ。幅広く連絡先を網羅している。
その後、わくわく体操を見たのだが……。これまた元つっぱりの男が踊っていると思うだけで爆笑してしまった。昔を知っていると大爆笑だ。うさぎがぴょんぴょん……きつねがこんこん……。俺はお腹をかかえて笑ってしまった。その踊りのポーズも、つぼにはまった。俺が大爆笑しているとほのみが俺に提案した。
「何笑ってるの? 一緒に踊ったほうがもっとたのしーよ」
「じゃあ、今から会いに行くか?」
ほのみの瞳が輝いた。
実は同じ町内会という距離に体操のユーキおにいさんは住んでいる。先程、海道からユーキが今も実家暮らしという情報を聞き、直接散歩がてら行ってみることにした。外出はカレンと一緒には歩かないようにしている。禁断の愛だからな。ほのみと二人でユーキのうちに行ってみることにした。ユーキにとりあえず電話してみるか……。
「ユーキか? 恭介だけど」
8年の時が経っているにもかかわらずひさしぶり~なノリで電話をかけてみた。
「あ、恭介? さっき海道からきいたよ。超久々だな」
学生時代の仲間は久々でも、あまり時の流れを感じない。不思議だが同窓会のときにそう思った。むしろ時間がたった大人になった今のほうが仲良くなれたりする。
「今、玄関にむかえにいくよ」
ユーキが電話を切って階段を降りてきた。
「おひさ~って、恭介子供いるのか?」
「いやいやまだ独身だし。こちらは親戚の子供だ。おめーのファンだって」
苦笑いの俺。
「こんちわ。ゆーきおにーさん。ほのみです」
ほのみは、ちょっと緊張気味で敬礼する。
ユーキは子供の前だとシャキッとした新鮮野菜のような笑顔をみせる。そうだ、こいつは中学の時も女子の前だとシャキッとした新鮮なレタスみたいな笑顔をみせていたな。昔から、イケメンだし運動神経がいい男だった。
「なんで体操のおにいさんなんてやってるんだ?」
「まぁ、俺さぁ、体育大学にうまいこと入ったんだけどさ。タレントを目指していたわけなんだよな。ダンスとかやってたし。就職活動時期にたまたま求人があって……今に至る」
「実にわかりやすい、おまえの人生の説明だ。それにしても一種の芸能人か……握手したいんだろ? ほのみ」
ほのみは少し照れた様子で握手を求めた。ユーキは慣れた様子で対応する。
「元ヤン体操のおにいさんなんて……ありなのか?」
「元ヤン高校教師って……ありなのか?」
そのまま俺の問いかけは返された。俺たちの波長は昔と変わらなかった。
「俺らすこーしばかり、つっぱっていただけで、犯罪には手を出していないしな」
「そのとおり。今が全てだもんな」
俺たちは、黒歴史を舐めあうように自己解決していた。ほのみは持ってきたメモ帳を差し出して、
「サイン!」と声を出した。
目の前のユーキは俺の同級生だが、ほのみにとっては大好きな憧れのおにいさんなのだろう。ユーキの日頃の行いはわからないわけで……まやかしだとしても……子供にとっては、それが真実なのだ。
俺たちはリビングに案内してもらった。思ってもいなかった再会は楽しいひとときである。ほのみは、憧れのおにいさんに少し照れながら「あくしゅ!」と言った。何歳でも女子は女子だ。アイドルに熱を上げる女子中学生と何も変わらない。ユーキのうちは立派な実家で、敷地も広い。シャンデリアが輝く。掃除は家政婦がやっているのだろうか。ここには中学生の時に来た事があってグレつつある息子を心配するお母さんが小言を言っていた記憶がある。今日は誰もいないようだった。
「ユーキ、彼女は?」
さりげなく聞いてみる。
「恭介、聞いてくれ」
涙目で訴えるユーキ。
「どうした?」
「テレビ局の方針で男女交際禁止なんだと。SNSや飲み会など人目に触れることがすべて禁止でさ。立ち食いとか信号無視もダメなんだよな。イメージが崩壊する行為は禁止なのさ」
信号無視は誰でもだめだろうけど……。
「プライベートも常に良き大人でなければいけないのさ」
青ざめている。絶対体操のお兄さんになったこと後悔しているだろ? そうだろ?
「ほのみは、おにいさんだいすきだよ」
「ありがとう」マジ泣きのユーキ。
こいつは女にもてるけれど付き合ってはいけない掟がある。俺も好きになってもカレンと付き合ってはいけない……。ちょっとだけ同情する。ある意味似た者同士だからな。
「ほのみちゃん、大人になったらおにーさんとお付き合いしてくれるかな?」
「いいよ」
ほのみは笑顔でうなずく。
「おい、幼児に何約束させているんだ? お前が38歳のときに、ほのみは20歳だぞ」
「歳の差の愛もいいじゃないか?」
「親戚として黙認することはできない」
そんなおバカなやりとりも同級生だった事実だからできるのだ。
「ユーキどうしたの?」
2階から誰か降りてきた。この声は聞いたことあるじゃないか? 俺の高校時代の同級生ののどかだ。先日フッたばかりの元彼女に会うのは少々気まずい。でも、なんでここにいるんだ?




