元カノの家で
周囲には誰もいない。二人きりだ。俺は、のどかの自宅に泊まったというのか? やっぱり何かしたのだろうか? 覚えていない――まずいぞ、俺。まずい、酒を飲みすぎて記憶がない。しかも、元カノのうちに、宿泊??
「俺、何かしちゃったかな?」
一応確認してみる。
「覚えてないの?」
「全く、覚えてない……」
「いやらしいこと――のどかにしなかったか?」
ちゃんと聞いておかないと。
「してたよ……」
のどかが頬を赤らめる。
そんな――。俺は欲望のままの浮気男じゃないか。ゴメン、カレン。俺は心の中で、カレンに謝っていた。
「抱き着いたりしていたけど――すぐ寝ちゃったね」
「抱き着いただけなのか?」
「だけって……」
「ごめん、かなり失礼なことしてしまって……」
「それくらい恭介君だからいいの。朝ごはんできているから食べてね」
俺はTシャツにトランクス1枚になっていた。
「俺、ズボン脱いでた?」
「急に脱ぎ始めて、抱き着かれたけど」
「え……? 欲求不満男みたいだな。本当にごめんな」
「大丈夫だよ。何もせずに終わったから」
これって浮気にはならないよな。記憶がないとはいえ――のどかのことも好きだけど、今は、やっぱりカレンが――。
「のどかは、彼氏とかいないのか?」
「最近別れたから、今はいないの」
そうか、俺のあとにちゃんと彼氏がいたんだな。
「私ね、本当は恭介君が一番好きだったの。ずっと忘れられない人だった」
なんだよ、そんなかわいい顔して素直に告白されたら、ノックアウトされちまう。
「でも、彼氏いたんだよな?」
「どんな人と付き合っても、一番好きなのは恭介君。それを超える人には会えてないと思う」
そんなストレートに告白されたら、トランクス一枚の俺はどうしたら――? 急に彼女が抱き着いてきた。これって、俺を求めているってことか?
「でも、俺――」
何? おくゆかしいのどかが、俺の上に乗っかっただと? まて、俺、冷静になるんだ。なんでおしとやかなのどかが、こんな慣れた様子なんだ? 相当の経験を積んだか?
「待て、これはまずいだろ……」
「なんで? 私たちはもう大人よ。あの時の続きをしたいの。私の中では終わってないから」
見た目より大きくて柔らかな胸が押し付けられる。俺、引き返さないと――。
「ごめん、俺帰るわ」
のどかの誘いをを遮った。誘惑になんとかかろうじて、勝ったようだ。俺が断ったことにちょっと驚いた様子ののどかだったが、どうにもならない俺は、とりあえず中断して朝食を食べずに帰宅することに。思った以上に経験を積んだらしい元カノの豹変に驚いてしまった。変わらないのは自分のほうだけなのかもしれない。
♢♢♢
早朝、自宅に戻る。そーっと、そーっと足音をたてないように忍び足で床を歩く。カレンに気づかれないように……。
「あれ~先生、朝帰りですか?」
カレンが眉間にしわを寄せて腕組み状態で激怒している。
「海道と飲み明かして、朝になっちまって……」
「元カノと……? じゃないの?」
完全に怒っている。カレンが珍しく激怒モードだ。
「カレンが一番だから」
「何それ? 怪しい!! 普段そんなこと言わないくせに」
これじゃ浮気をすると妻に優しくする夫状態じゃないか。でも、俺はちゃんと断ったんだ。多少、記憶がない時に元カノに触ったかもしれないが……。でも、決定的な浮気はないぞ。心の中で弁解した。カレンが怖い……。
恋人未満の両思いだけれど、俺の生徒であり同居中のカレン。俺が飲みすぎて、朝帰りしたせいでめっちゃ怒ってる。どうする?? 無視、睨みつける、謎のため息、鬼の形相……。浮気はしてないけど、証明できないし、元彼女の胸をさわったとしたら……それも浮気だよな……。俺が困惑していると……俺のスマートフォンが鳴った。
「恭介、忘れ物してたよ。近いから届けに来たよ」
のどかではないか……。
「今どこ?」
「恭介の家の前だよ」
そうか、俺の家を知っているのか……同級生だし。まて、来るな……カレンの火に油を注ぐことに……。ピンポーン!! インターホンが鳴る。来るなと言おうとしたら――もう来てるし。
「はーい」
カレンが出てるし。出るんじゃないって言っても、もう遅い。この世の終わりかもしれない……。
「どちら様ですか?」
無愛想な声だ。
「木島と申します」
「ご用件は?」
いつもより声が低いぞ、カレン。
「忘れ物を届けに来ました」
しかもカレンが出るというのか? 俺が対応するぞ、待て……。
「あなた、誰?」
カレンらしいまっすぐな物言いだ。
「恭介の同級生です」
「同窓会の……朝帰りのお相手ですか?」
「え……? まぁ……あなたこそどなた?」
「同居している、恋人になる予定の女ですが」
カレンが怖い……。
「せっかくだから、お話聞きたいので、おあがりください」
カレンの声は低く怒りに満ちている。
「うちの恭介に何か御用ですか?」
「実はこれ、忘れて行ったものだから」
それは俺の時計だった。
「実は昨日、彼泊まっていったけど……眠っただけだから」
「泊まった??」
カレンの怒りモード
「お酒の飲みすぎで眠っちゃって私の家へ運んだの。でも、彼は私に何もしなかったから。潔白よ」
「本当に?」
「本当だって」
俺は念を押す。まるで女房に言い訳するみたいに。
「この人は恋人になる予定の人なの?」
カレンのことを聞かれた。
「まぁ、そんなところかな」
俺は正直に答える。
「この子高校生よね? 卒業したら付き合うっていうことは――今は恭介君はフリーってことよね。この子が卒業するまで私と恭介が付き合うっていうのはどう?」
のどかこんなに気が強かったか? もう少しおとなしいイメージだったのだが……。
「私のこと、嫌いじゃないわよね? 私は大人よ。あなたは恭介とは、高校生だからお付き合いはできないでしょ」
恭介が釈明する。
「のどかを嫌いってわけではないけど……今は俺自身が教師だから……カレンとはつきあえないけれど……」
「今は先生は私のことが好きなのよ」
「私なら彼を今すぐ満足させてあげられるわ」
「愛の大きさなら負けない!!」
カレンも負けてはいない。気が強いところがあるからな。それにしても、女同士の対決ってなんだか怖い……この場を去りたい……。
それになんでこんなにカレンに言い訳してるんだろ……。両思いとはいえ、まだ付き合っていないのに……。完全に尻に敷かれているな、俺は。
俺は元々優柔不断だ。あまり人を傷つけたくない。その優柔不断な性格故はっきりとしないところが今回裏目に出たか。やっちまった――。
それになんでこんなに積極的になっているんだ? のどかは他の付き合った彼氏のことは、好きではなかったのか? あの頃の進学校の優等生だったのどかはここにはもういないのだ。
「のどか、ごめん、付き合うことはできない」
はっきりここで言わないとややこしいことになる。優柔不断の自分とはおさらばだ。
彼女の表情は一瞬曇ったが、空気を察していたようで、
「わかったよ、かわいい彼女とお幸せにね」
少し怒ったような表情で、のどかは吐き捨てるように言うと、意外にもあっけなく帰宅した。初彼女とはこれで終わったのだ。想い出は想い出のままでよかったのだと思う。これから俺は新しい人生をカレンと歩むのだ。




