温泉に入ろう
第八十二話 温泉に入ろう
俺が欲しかった物の一つ、温泉。後は醤油と味噌だ。実際、小説を読むとよく醤油を作っているが、かなり難しいと思っている。醤油と味噌、日本酒を発酵させる麹菌は自然界に存在しないと国営放送で見た記憶がある。日本にしかない特殊な菌になる。だれかが偶然見つけて、培養しているうちに突然変異を繰り返したのだろう。
今は皆で温泉に入っている。入るのが大変だった。何しろ、入浴の習慣が無いからだ。タオルで体を拭いて終わりである。移動中など体も拭かないこともある。皆は面倒くさがっていたが、フレヤが率先して入って行ったので皆入る様になった。
露天風呂に浸かっていたら、女風呂から楽しそうな声が聞こえるのだろう、と楽しみにしていたのだが、聞こえて来たのは女魔法使いであるテクラの悲鳴だった。テクラはBランク魔法使いなので王国の結界内でないと魔法が使えない、偽魔法使いである。
どうやら、フレヤに掴まって無理矢理魔力を循環させられた様である。ゲルも掴まって、莫大な魔力を誇る二人の魔力をテクラに無理矢理流したらしい。たまに魔力が増える人がいるので毎日行う・・・らしい。新しい上司なので頑張って欲しい。そのうちAランク魔法使いが誕生するかもしれない。
温泉は女性陣からはすこぶる評判が良かった。肌がつるつるになるとのこと。男性陣はテクラの悲鳴でびっくりして温泉どころでは無かったのだ・・・
俺は家に戻り、モーラとエルランドにパン造りを教えていた。普通のパンと、ドワーフから貰って来たドライフルーツと水飴を練り込み、菓子パンっぽくした。モーラとエルランドは真剣にパンを焼いている。俺はモーラの娘ノーラと遊んでいたら、セリーリアが来た。
「こんにちは、お帰りと聞いて来ましたよ・・・あら、いつものパンと違う匂いがします」
「あ、セリーリア。ワイヴァーンアックス商会も人を増やしたんだ。こちらは新たに宿を経営してもらうエルランドさんとモーラさん夫妻。で、娘のノーラ。で、こちらはゲルターク商会のセリーリア」
ノーラはセリーリアを見たらモーラの後ろに隠れてしまった。落胆するセリーリア。巨乳も子供には効かないようである。
「宿ですか?」
「あ、そうそう。部屋数十五部屋の宿をやるから、必要なものを頼むよ。全部ね。あと人が八人増えたので、ベッドと布団、テーブルと椅子を頼むね」
「え? 宿なんかありませんよね? このお家とフレヤ様のお家と」
「あ、そうだね。極秘情報だからヘンリッキさん以外は話しちゃだめだよ。じゃダンジョンに行こう」
「え? ダンジョン?」
「ノーラさんも来て! エルランドさんはパンをお願いします!」
「あ、はい! ノーラ、おいで」
俺とセリーリア、モーラとノーラ親子で俺の家に付けたドアからダンジョンの五階に移動する。
「え? ここは?」
「あ、俺のダンジョンの五階層なんだ。あれが宿ね。温泉が出るので温泉宿なんだ。はい、タオル。せっかくだから入って行ってよ。ゲルとフレヤさんがいるはずだから」
フレヤさんはまだ温泉にはいっているのだ。出てこないから先に帰っていたのだ。
「え? 大きいですよ・・・」
「あ、その前にドワーフに会いに行こう」
「え?」
「いいから早く」
俺はドワーフの地都に繋がるドアを開ける。洞窟に出る。門番のドワーフに挨拶してドアを開けて地都に入る。
「セリーリア、ここがドワーフの地下の都、ドルゴグゲークだ。俺のダンジョンと繋げたんだよ」
「ちょっと、ドルゴグゲークって凄い北じゃないですか!」
「あ、長老様がいた。長老様! 長老様!」
「エージ様、人の話を聞いて・・・」
ドワーフの長老が歩いていたので声を掛けると、こちらに気が付いたようだ。
「おお、龍殺し殿ではないか。どうしたのだ」
「長老様、こちらは我々ワイヴァーンアックス商会を庇護して貰っている大店のグエルターク商会のセリーリア。会頭のお孫さんです。ほら、折角ガレンドールと繋がったので必要なものがあれば手配出来ますよ。セリーリア、ドワーフの武器や防具、金属細工が欲しければ買い付ければいいよ。あと山だから果物が沢山採れるんだ。モーラさん、二人にパンを千切って渡してあげて」
「はいどうぞ。新作のパンですよ」
長老とセリーリアはパンを受け取って食べる。
「わぁ、ほんのりと甘くて、ああ! 杏が入っている!」
セリーリアは驚きの声を上げる。
「柔らかい。そして甘い。なんだこのパンは・・・乾燥杏が入っている・・・」
俺はパン食べて驚いている長老に話しかける。商談だ。
「あ、長老。蒸留器が欲しいのですよ。あのドアを通る最大の大きさで。銅でお願いしたいんです」
「ん? 錬金術でもやるのか? お主は魔法は使えないだろう?」
「違いますよ。蒸溜して酒精の強い酒を造れとガッコさんに言われているんです」
「酒精の強い、酒だと?」
長老は驚いた顔を俺に向ける。通行人が酒という言葉に反応して集まってくる。ほうぼうで酒? とか、酒精が強い? とか呟いている。
「エージ様、なんかドワーフさんが集まって来ましたよ・・・なんかみなさん目が怖い」
「ああ、セリーリア。ドワーフは酒と聞くと集まるんだぜ。あ、長老様、泥炭はありませんか? 酒に必要なんです。蒸留器を貰ってから一ヶ月でお酒が出来ますから」
「わかったのだ。最初の酒と交換なら受ける。大樽一つだ」
「わかりました。お願いします」
「ふむ、槌で叩かれたくろがねだ。安心したえ。皆の者! 聴いたか! 蒸留器を作るぞ!」
「おおおおお!」
槌で叩かれたくろがねって大丈夫だという意味だろうか。
側にいたドワーフが雄叫びを上げる。お前ら全員が鍛冶をする訳じゃないだろうと言いたいが、皆興奮している。
興奮した長老は走って行ってしまった。
「さぁ温泉に行くよ」
「え、あの」
「ドワーフさんがいっぱい!」
動揺しているセリーリアに対し、ノーラはにこにこ顔だ。ノーラは大物になるかもしれないな。
温泉宿に移動して、最初に宿を見せる。一階の酒場と、二階の宿。順に見せる。今は部屋と空間があるだけで、がらんどうだ。
「結構広いですね・・・わかりました。明日、又来ていいですか?」
「ノーラさん、明日案内して上げて。じゃあお風呂に行こう」
「エージ様、お風呂って御貴族様の家にしか無いですよ・・・」
「ああ、ほら見てご覧。湯気が上がっている沼があるでしょう。温泉と言ってお湯が湧き出ているんだ。疲労回復と美容に良いんだよ。試しで皆で入ったのだけど、フレヤさんが出てこないんだ。ゲルがフレヤさんに掴まってしまって、出てこないね」
「ギャァァァァァ!」
「・・・あの、悲鳴が」
「ああ、気にしないで。魔法の特訓だから。ほら。いくよ」
俺はセリーリアにタオルを渡すと、浴場に入る。入口から風呂場まではホールになっている。多目的ホールだ。
「ここにもテーブルと椅子が欲しい。お願いしたい」
「す、凄い数ですね・・・」
「頼むよ」
「あ、そうそうエージ様。エリヤスエーミル様がお戻りになられたそうです。決まりで四十日間はガレンドールに入れないとか・・・マーヤレーナ様とトーレ様と一緒にテントを張って過ごすらしいです」
「え? ああ、御免セリーリア。エリヤスエーミル様一行はこの宿にお迎えするよ。至急手配を頼む」
「え? そんな!」
「うーん、間に合わないからお屋敷から運ばせようよ。そうだ、決まり。よし、じゃあお風呂に入っておいで」
「え、あ、はい」
セリーリアは女湯に入っていった。
「ふう。一仕事終わりだ」
「あの、商会の方は殆ど理解されていない感じですが・・・」
モーラは不安げな顔を見せる。ノーラは乾燥果物入りのパンを囓っている。にこにこ顔で可愛い。
「大丈夫、大丈夫。明日、案内をお願いします」
「はい。では私は帰ってパンを焼きますね」
モーラとノーラは帰って行った。
入れ替わりでゲルが出て来た。
「セリーリアちゃんが来たよ。困惑した顔だったよ。無理言ったんじゃないの?」
図星であるが、仕方が無い。ビジネスだから。
「お風呂はどう?」
「いいね。気持いいよ。フレヤさんも肌がつるつるだって、喜んじゃって、ずっと入っている。うちは茹で上がるかと思ったよ」
「あ、エリヤスとマーヤが戻って来たって。四十日はガレンドールに入らないらしいから、ここに呼ぼうと思うんだ」
「うん。例のペストだね。じゃあ私が確認したらガレンドールに入れるの?」
「いや。決まりを上の人間が守る事で、下の人間が守る様になるんだよ。率先して示しを付けるようだね。明日、お屋敷に赴いてみようよ」




