エリヤスエーミルの危機
第七十三話 エリヤスエーミルの危機
私はエリヤスエーミル。今ドレフドール村の村長の家にいます。移動禁止と外部者立ち入り禁止を命じているのです。特例として、場所を定めて物資の搬入だけを認めます。生活できなくなりますからね。
「はぁ。ご命令とあれば、うけますのですが・・・」
村長はこの辺り一帯では最高齢の七十歳だったはずだ。老人特有の耄碌さは全く無く、見た目は六十歳以下だ。非常にお元気である。通常は五十歳を超えないで亡くなるのに。
「ご長老、ご説明いたします。まず、ラグスドールの街は完全に封鎖いたしました。数ヶ月は人の往来は一切出来ません。事態は非常に深刻なのです。ガレンドール大公国最大の危機と、お考え下さい。移動禁止理由は、災厄の悪魔に例えられる、恐ろしい疫病の流行です」
村長は驚いて私を見ます。
「災厄の悪魔が降り立ったのですか? 人々を黒く焼いてしまう恐ろしい悪魔が」
「落ち着いて下さい。神話集にも出て来ますよね。実際には悪魔ではありません。王国が持つ流行病なのです」
「流行病、ですか?」
「俄には信じられないかも知れませんが、信じて下さい。王国に住む大鼠が病気の元を持っているらしいのです。その大鼠の干し肉がSクラス冒険者によってラグスドールに持ち込まれました。ラグスドールでは宿屋に泊まりますよね。普通一階は酒場です。酒場でラグスドールに住む人々に感染しました。恐らく、ラグスドールの人間の半分は助かりません」
「治せない、のですか?」
「伝説のエリクサーであれば、治せるようです」
「・・・信じられませんのです」
「わかります。私は、王にラグスドールに行った者で、ラグスドール以外に赴く時は到着地に入る前に四十日の村外待機の指示を出すようお願いしています。四十日大丈夫であれば、流行病にかかって居ないと言えるようです。心配であれば、四十日分の食料とテントを持ってラグスドールの様子を見てきて貰って結構です。しかし四十日間は入村を認めないし、四十日間は感染者として扱います」
「わかりました・・・」
村長は私の顔をじっと見ています。
「なにか?」
「いえ、あの・・・」
「私がうつけだと思っていたでしょう」
村長がぎょっとして私を見ます。
「無礼な! そこに直れ!」
マーヤが立ち上がりますが、座らせます。納得していないようです。
「いいんです。わかっています」
「いや、実は隣のフレドール村の話が伝わって着ておりまして、この辺り一帯の魔物を狩って下さったとか。しかも狩りの指揮は御曹司様みずから行われ、村に調練までしてくれたとか。聞こえて来る話と全く違いまして、驚いている最中です。ご無礼な考えを持っていたのは本当でございますゆえ、この首で良ければいつでも落として下され」
「冗談は困ります、ご長老。マーヤ」
マーヤは村長の前に金貨五十枚積みました。
「この金貨で頼みたいことがあります」
「金貨、五十枚ですか・・・」
村長は驚いて私を見ます。
「村の出入り口に見張りを置き、出入りを禁止させること。村周辺の鼠を徹底的に狩ること。村を徹底的に清掃し、鼠が住み着くような汚い場所をなくすこと。身よりの無い者、孤児を収容して徹底的に体を清めること。出来ますか?」
「要するに村の出入りの見張りと、村を綺麗に保つことですね? 本当ですか? そのために金貨五十枚も出していただけるのですか?」
「相手は流行病です。対策は、徹底的に綺麗にすること。違いますか?」
「本気なのですね? しかし、大きな問題がありますので」
「問題?」
「ええ。村でこんなに金貨を見た者などおらんです。幾人かは気がおかしくなる者が出てくるかも知れないです」
「兄様。私が残ります。トーレを残して貰えれば、私が人の手配をしましょう」
私はマーヤを見ます。本当は未成人のマーヤを使いたくないのですが、仕方ありません。
「わかりました。マーヤレーナ公女を残します。流行病はマーヤの指揮に従って下さい。しかし、マーヤはこの村の事情はわかりません。間違っていたら厳しく怒ってやって下さい」
「ちょっと、兄様酷いです」
「はははは。畏まりました。孤児や家無しは余っている倉庫を使います。掃除をさせるのであれば、一人に大銅貨五枚と昼飯を出せば良いでしょう。話を聞けば、宿に泊まる人もいなくなるのでしょう。宿に昼飯を頼んで頂けないでしょうか」
「わかりました。では、マーヤをよろしく頼みます」
私達は村長の家を出ました。マーヤにも良い経験になるでしょう。その日は宿に戻り、休む事にします。宿に戻ると、ガレンドールから書簡が来ていました。
ガレンドールも国境の封鎖は完了したとかいてあります。冒険者ギルドの件は、ギルドマスターと職員の捕縛は終わり、Sランクパーティも宿で死体で発見したと書いてあります。残念ながら、宿の回りは街ごと焼き払ったとあります。周辺の民は四十日間の拘束だそうです。家の保証と日当を出しているので喜ばれているらしい。こちらも書簡を出します。マーヤがドフレドール村を、私がフレドール村に駐留し、ペスト対策をすると書きます。
騎士に渡すとすぐさま出発しました。
「兄様、街中を視察したい。行こう」
「そうだね。行くか。トーレ、行くよ」
三人で外に行くと、何か違和感がします。
「トーレ、マーヤ、道の前に誰か居ます。気を付けて・・・」
言い終わらないうちに鎧を着た何物かに斬りつけられました。
体が勝手に動き、剣を躱します。エージさんの言葉が耳に浮かびます。この大陸の人間は、斬りつけるときに必ず大きく振りかぶります。芸もなく真っ直ぐに斬りつけてくる。だから剣を振り上げた瞬間に横に動けば簡単に躱せると。躱したらタックルで相手を倒し、ギロチンチョーク、躊躇わずに首に短剣を刺せと。躊躇ったら死ぬから、確実に殺せと。
私たちは時間があればエージさんの剣を、相手を地面に倒す技を練習し続けています。
私は賊の横から両手で足を狩り、打ち倒すと左腕で首を締め上げ、右手で短剣を抜くと喉に突き刺します。
私は剣を抜いて立ち上がります。賊は四人、既に二人倒されてました。
「・・・あっという間に三人が・・・話が違うではないか」
賊は剣を捨てて降参しました。
「お任せを。こっちに来い」
トーレが宿の一室につれて行きました。
「宰相派か? 弟のドリスガーリを支持する一派だな。兄様は最近活躍して、父上と仕事を分け合っているからな。事実上の宰相は兄様だしな。焦るだろうな」
「・・・」
「どうしたのだ、兄様」
「嫡子である私を襲った証拠が出れば、黒幕は処刑せねば成りません・・・」
「そうだな・・・ドリスガーリは良くて幽閉、宰相は打ち首か」
「まだ決まった訳ではありませんよ」
「それは無理だ、兄様。生き残ったあいつはAランク冒険者、ダリグだ。宰相のお抱え冒険者だぞ。Aランクをけしかけるなんて、思い切ったことをしたものだな。考えがなさ過ぎるがな」
「・・・王国の手の者だろうね。国内の分断を狙っているんでしょう。ペストはまんまとやられてしまいました。今回は慎重におこなう必要があります。ああ、ああ」
「兄様どうした?」
「毒を放たれましたね」
「毒? また流行病か?」
「違いますよ。余りにも不自然すぎる。そいつは二重の間者じゃないかな。恐らく簡単に宰相からの依頼と言ってきますよ」
「ああ、そういうことか。成る程。兄様、頭良いな」
「すこしエージさんを見習わないと。あの人は柔軟な考え方をしますから」
「エリヤスエーミル様! 吐きました! 宰相からの依頼です!」
トーレが慌てて部屋に入ってきました。
「ほらね」
「成る程、これが毒というものか。落ち着け、トーレ。嘘の自白だ」
「え? マーヤレーナ様、嘘だと?」
「トーレ、私が行きます。護衛を頼みますよ」
「待って下さい! ちょっと!」
私は奥の取り調べで使っている部屋に入ると、縛られている賊と見張り騎士がいた。
「ダリグさん、演技が成っていないですよ。自白が早すぎます。もう少し粘らないと、そうですね。腕の一本くらい無くしてからじゃないと毒の役目はまっとう出来ませんよ」
「・・・毒?」
「ええ。王国から私の暗殺を請け負ったのでしょう。失敗したときは嘘の自白で国を分断させる策です。二重に仕掛けられた罠でしたね」
「お前はぼんくらだと聞いたが」
「でしょうね。事実私は目立っていませんでしたからね」
賊、ダリグはすぐに自白をしました。
「まさかBランクの手下が手も足も出ないとは思わなかった。俺は殺されるのか?」
「王国はどういう状況です? 病気が蔓延しているはずですが」
「俺はガレンドールに滞在しているSランクパーティの中継だから、王国にはしばらく行っていないのよ。Sランクの野郎が消えたので俺に出番が回ってきたのさ」
「冒険者ギルドは王国の出先機関、ガレンドールの情報を流したり、我々に不利になるような工作をしていましたね?」
「まあな。急に工作が出来なくなったぞ、どういう事だ? 急速に貴様の弟派が力をなくしてな。今回は乾坤一擲だったのだ」
エージさんの登場により、ガレンドール内で派閥を作る意味がなくなったのです。皆が国家を運営する意味を考え、行動するようになりました。弟達は私のスペアです。私がいつでも死んでも良いように。
あの数日間の講義はガレンドールにとってもの凄く重要な数日でした。私は講義録の写しを貰い、いつでも読める様にしています。弟達にも講義録を元に授業が進められているはずです。頭が痛いのはラグスドール公でしょう。彼らは反乱罪のため、全員が処罰です。そもそも生き残れるのか、不明ですが。
「で、ダリグをどうするのだ、兄様」
「そうですね。とりあえず幽閉しますか」




