黒死病禍
第七十二話 黒死病禍
「審判者様、こちらの書物、中王期に書かれた王国年代記です。こちら、はっきりと魔の王が降臨し、王国に災厄を振りまいたとはっきりと書かれています。黒き病を振りまき、少女に擬態した悪魔が生け贄を求め、血を啜り病魔を振りまいたと。少女を捕縛したところ野太い声で笑い、病魔を振りまこうとしたので首を落とし、病魔は晴れた、と。これでも魔王が降臨したと認めませぬのかな。我々には太陽神様がいらっしゃいます。魔王が居てもおかしくは無いのです」
筆頭魔術師のバルブロ爺様が、私に強迫めいた説明をする。
「その書物が正しいと、言い切ることはできるのですか」
私は焦っている。王、第二王子、王妃、沢山の良くわからない大臣達に囲まれ、私は決断を迫られている。どう見ても病気じゃないの。インフルエンザかノロウィルスじゃないの。ここにはお注射がないから治らないよ。あ、ドラマで見た。青カビから薬を作るんだ。じゃぁ作れって? そんなの作れないわよ。だいたいインフルエンザの説明も出来ないし、わかったところでお薬が無いから。
「審判者様、ご署名をお願いいたしまする。疑わしきおなごの尋問に、サインを」
筆頭魔術師は私に詰め寄る。疑わしきおなごの尋問って・・・殺すのよね。私の名で。私が審判者だから。
駄目だ。筆頭魔術師の爺様は目がおかしくなっている。話しても聞かない目だ。狂信者。駄目よ、サインしちゃ。駄目よ。
「さぁ早くサインするのです!」
バルブロが私に詰め寄ってくる。
「あら? 審判者様はサインできないのかしら? もしかしたら悪魔は審判者様の中に居るのではなくて?」
第二王女のサイサ、クソ女が高らかに笑う。魔術はお前の管轄じゃ無かったのかよ。なんで私がサインするのよ。
「駄目よ、悪魔じゃないわ! 違う何かよ!」
「ではその違う何かとやらを教えて貰いましょう! 言えますかな! はっはっは! 言えるわけ有りませんぞ! 悪魔が降りているのですから!」
「時間の無駄よ、バルブロ、ミサキの手を持ってサインさせなさい」
サイサがバルブロに言い放つと、バルブロは私の右腕を持ち、無理矢理サインを書いた。最早サインではない。横に真っ直ぐに線を引いただけだ。バルブロはいつもは温厚だが、血を見ると興奮する癖がある。
「ひゃーっはっは! 命令書が出来ましたぞ! 陛下お喜び下さい! このバルブロ、審判者ミサキ様の名の下に悪魔を宿すおなごを見つけて見せましょうぞ! ワッハッハ、ワッハッハ!」
私はぐったりとしたまま部屋に戻った。私は何か忘れている。だけどわからない。わかるはずも無い。私はつい最近まで中学三年生だった。召還魂されて魔力を得ても、知識が増える訳は無い。一瞬、一緒に召還魂されたうだつの上がらなそうなサラリーマンの顔が浮かんできた。最も、召還魂されて仕舞ったので浮かんでくるのはミサキと同じ年格好の男だったが。
まずはサイサだ。あの女、許せない。どうすればいい?
ああ、ああ、思い出して着たわ。ペストか・・・私、ペストの真っ最中に居るんだ・・・鼠からうつるっていう、恐ろしい病気。確かハーメルンの笛吹き男だっけ? 違うわね。
うん、うん、うん。サイサは二十を超えているのになかなか結婚しないわ。でも女を我慢できないのか、美形の騎士をかわいがっているわ。
ミサキは脇に控えているミレディをみる。
「ミレディ、お願いがあるわ。お前の手下を使って王都から鼠の干し肉を買って来て頂戴。サイサ様のお気に入りの騎士に差し入れしてあげて。調理はね、軽く炙って食べた方が美味しいって言って置いてね。お願いよ」
「ふふふ、何か悪いことを考えていらっしゃるのかと思いましたが、勘違いでしたか。審判者らしく無いですわ。はいはい、行ってきます」
三日後、例の騎士は高熱を発したと、ミレディは不思議そうに話していた。しかし、ミレディはペストに羅患しない。肉体関係じゃなかったのか・・・嘘でしょ・・・
まぁいいわ。次ね。ミレディはすっかりダーヴィド第一王子の懐に入り込んでいるわ。食わせるか。しかし思ったよりも王国はペストに犯されているわね。
「ミレディ、今夜ダーヴィドに差し入れをしなさい。今夜は褥はいいわ。牛の肉に、生の鼠を混ぜてパンで挟み、味の濃いソースを掛けるのよ。いい? 鼠は少量でいいわ。あなたも食べるのよ。あなたと私はクソスケベ神のおかげで病気にはならないからね」
「美味しそうなお料理ですね? ダーヴィド第一王子様をお連れしましょうか? 三人で毒を喰らいましょうか。でもあの変態王子は審判者様を欲しそうですよ。審判者様とエーミル第二王子差さまとの婚姻の儀は恐ろしい目をしていましたから。
「おい、ミサキはいるか? 大変だぞ」
ミサキの執務室にエーミル第二王子が入って来た。
「あら、エーミル様」
「ミサキ、お前ならわかるんじゃないのか。筆頭魔術師が亡くなられた」
あら? 暗躍する前から事態が動いている?
「まぁそうでしょうね。神官達も無事で?」
「何故わかる? 災厄の悪魔探索に使われた神官どもも肌が黒くなっていると聞いた。神官達は怒り狂い、街中から女を狩り集めて拷問し、殺しているそうだ。街からも死人がぽつりぽつりと出ているので、災厄の悪魔の出現を疑うものはいないそうだ。今は逆に街から疑わしい女が自主的に差し出されるらしいぞ」
「エーミル様。思い出しましたわ。これは災厄の悪魔ではないの。ペストっていう病気なのよ。鼠から感染するの。だから鼠は食べちゃ駄目よ」
エーミルの顔が暗くなる。
「駄目なのか?」
この国の人間は鼠の肉が好きである。恐らく動物の肉が少ない為だ。王家ともなれば、流石に鼠は食べないが、街に行くと盛大に売られている。
「駄目よ。死ぬわよ。あと、手洗い、うがいはしっかりね。公務は王と第一王子に任せて、何処かに隠棲して欲しいの。三人で離宮に避難しましょうか。私が調子を崩した事にして。誰にも会わない方がいいわ。うつされるわよ。うつったら死ぬわ」
「そうか。鼠か」
「ええ。ダーヴィド様にどうやって食わせようと思いましてね」
「悪い女だ。流石我が妻。ミサキと私が離宮に赴くので挨拶してくるか。私は公務など無いからな」
「お茶会を開きましょう。珍しい物を手に入れましたのよ。ガレンドールでは、紅茶が出回っているみたいですの。紛れ込ませた女中が一瓶もってきましたわ。ただそれ以降、連絡が取れないので処分されたのかしら。ミレディ、紅茶を淹れて」
エーミルは差し出された紅茶を飲む。
「これが紅茶か。ふむ、第一王子が好きそうだな。それにしてもガレンドールは間者は難しいか。まぁ仕方が無い。ラグスドール公は落ちそうだから、そっちでいくか。ラグスドールは魔物も増えているし、冒険者どもに鼠の干し肉を与えて行かせればいいのか? 天罰も溜まっているはずだぞ」
「流石あなた、飲み込みが早いわ。そうね、大丈夫じゃないかしら。ラグスドールにもペストが広まるわ」
「わかった。ラグスドールは私が手配しよう。第一王子をお茶会に誘い、鼠を食わせてやるか。お茶会は頼んだぞ」
「はい、ダーヴィド第一王子は女もお好きですが、食べ物もお好きですよね。珍しいものを作っておきますわ。あなたはわざと欠席するのですよ。三人で同じ物を食べますからね」
「ん? ミサキも食べるのか?」
「私は大丈夫です。エスルート神のご加護を頂いていますから、病気にはならないんです」
「・・・わかった。出来るだけ食うなよ」
「あら、毒味は必要ですよ。でも食べたらしばらくはお会い出来ませんわよ」
「そうか。じゃ、来い」
「はい、あなた」
「ミレディ、お前もだ」
私はミレディと交互に抱かれた。ガレンドール取りと、王取りが同時にスタートしたのだった。




