姫を助けよう
第六十九話 姫を助けよう
「では、私はこれからルーと名乗ります。ルー・サトルバです」
ルー、先ほどまでブロルと名乗っていた神祖エルフは落ち着いた表情となっていた。最愛の人だった、ドワーフの戦士、バルトサールの逆読みだ。
「じゃ、洞窟とやらに行こう」
俺達は息絶えた村を歩き、もう一つの門に到達した。門の外は岩山があり、離れた所に洞窟が見えた。
「エージ、元々は洞窟に住み着いた盗賊の根城だったのでしょうね」
洞窟は薄暗かった。ルーが灯りを付けてくれた。魔法の灯りだ。ルーも魔法使いか。
「エージ様、酷いから気にしちゃ駄目ですよ」
ルーが忠告をしてくれる。灯りに灯された洞窟は、人が二人通れる程の大きさだった。奥行きは余り無い。洞窟の半分が仕切られており、牢になっていた。七カ所の牢がある。殆どが白骨化した死体が散乱している。
「酷いわ」
ゲルの声で、ルーが顔を背ける。
「一番奥よ、確か」
牢の中は死体で充満していた。奥に行くにつれ、死体が新しくなり、死臭が酷くなる。一番奥の牢は、少女がいた。横になり、朦朧とした目で、空を見続けている。衣服は汚れ、異臭を放っていた。
「生きているわ。感染はしていないけど、体力が著しく落ちているわ。村ではなく、洞窟に押し込められたことが幸いしたようね・・・」
「ゲル、着替えさせて上げて。魔法で綺麗にならないかな?」
「うん、任せて。ルーさん、手伝って」
俺は洞窟から出て、村を見て回った。一番大きな建屋に入ってみる。死体が転がり、異臭が漂うなか、俺は見つけた。奥の部屋が倉庫になっていた。木箱に入れられた金貨、宝剣類、鎧、槍、盾。武具はいずれも立派な物だ。ゲルに回収して貰おう。この金貨はラグスドール復興の資金となるだろう。
「あっ」
俺は何かに躓いて体勢を崩した。
「なんだ? 足下には何も無いぞ。いや、ある。石? 光学迷彩されているのか?」
俺は見えるようで見えない石を拾い上げる。拳大だ。石なのかわからない。なにしろ、形があるのに向こう側が透き通って見える。透明な石と言える。正しくは光学迷彩のようだ。
俺は申し訳無いと思いつつ、石をポケットにしまう。俺が洞窟に戻ると、洞窟の外でゲルとルーがいた。敷物の上で横になっているミーアミーサらしき少女もいた。身なりは綺麗になり、ゲルのメイド服を着ていた。似合うな・・・可愛いぞ・・・いかん、俺はゲル一筋だ。
「あ、エージ、こっちだよ」
ルーは祈りを捧げている。祈り終わると、少女の体が淡く光ると少女は目を開けた。
「こ、ここは・・・」
俺は傍らに立ち膝になり、少女を見た。少女は動揺の色を隠せない。
「ミーアミーサ・フォーカヌェ様でございますか。お兄様であるヴァルッテリ様の依頼であなたを捜しておりました」
「ミーアミーサは私です。あなたは?」
俺はゲルを見る。ゲルは頷く。本物のようだ。回復魔法を受けて、少女の顔色は良くなっている。しかし栄養状態が悪かったのだろう。頬は痩け、折角の金髪と白い肌が台無しだった。
「失礼しました。私はガレンドール大公御嫡子であるエリヤスエーミル様の元家庭教師です。家庭教師が縁で、旅の途中でラグスドール公へ特使として派遣されました。こちらは私の妻ゲルと神官のルーです。失礼ながら、私の妻の服に着替えさせて頂きました。ルーが回復魔法を掛けさせていただいております」
「礼を言います、エージ。私は賊に攫われてました。すみませんが、街の屋敷まで私を送っていただけないでしょうか。礼は弾みます」
俺は静かに首を振った。
「ミーアミーサ様、街へはお連れできません。兄であるヴァルッテリ様の命により、ガレンドールの街へお連れします」
「どうしてです? どうして兄がそのような事を?」
ミーアミーサは動揺を隠せなかった。そうだろう。しかし、相手は貴族だ。俺は真実を話すことにする。
「ラグスドールは王国の策略により、疫病が蔓延し、街の門を閉じています。疫病はペストという、恐ろしい病気です。あなたを攫った、Sランクパーティの三人が知らずに病気を持ち込んでしまいました。ヴァルッテリ様はフレドール、ドフレドールの村の移動禁止の命令書を書いてくれました。今はエリヤスエーミル様が命令を代行してくれています」
ミーアミーサは立ち上がって俺の襟首を掴んだ。
「お父様は! お母様は! 弟達は! 無事なんでしょう! ね、無事ですよね!」
俺は静かに首を振った。
「ラグスドール公夫妻は高熱を発しているそうです。他のご兄弟はペストの毒に犯され、肌がすでに黒く変色しているそうです。生存は難しい状況です。ペストは死亡率が約半分、羅患したは半数は死亡します。体力のある方なら生き残るかもしれませんが、街に入るわけにはいきません。出る事も駄目です。病気を隔離して収束を待つしかありません」
「そ、そんな・・・」
ミーアミーサは崩れ落ち、大声で泣き始めた。
「ゲル、そうっとしておこう。側にいてあげて欲しい。ルーさん、収納魔法は使える? 盗賊が貯めた財宝を見つけたから、持っていきたい。ラグスドール復興の資金にしよう」
「多少なら大丈夫です」
ルーが答えると、ミーアミーサは立ち上がった。
「私も行きます」
俺は首を振る。
「辺境の村はペストで全滅しています。病魔が蔓延していますので、中に入ることは出来ません。私とゲル、そしてルーは特別な体なので大丈夫なのです。申し訳ありませんが、これ以上は話す事が出来ません。ゲル、頼んだ」
「うん。行ってらっしゃい」
「あ、そうそう。これを見つけました」
俺がポケットに手を入れて石を掴んだ時だった。
「あ、エージが消えた!」
俺は不思議に思ってゲルに石を手渡すと、ゲルの姿が見えなくなった。
「あ、ゲル様が消えました・・・」
ルーが遠い目をしている。
「何だか知っているね? ルーさん」
「・・・世界樹から盗んだという妖精の結界石だと思います。手に持つと、姿が見えにくくなるんです。仕事が容易くなったと、あの人が・・・」
「わかった、俺が返してきてやる」
俺はルーの言葉を切り、石を受け取るとポケットに入れた。
「この石は私が預かります。よろしいですよね? 他の財宝は今持って来ますので、ラグスドール復興の資金としてお使い下さい」
ミーアミーサは小さく頷いた。
俺とルーは再び辺境の村の中に入っていった。大きな建屋に入る。
「この家はアクセリールの屋敷です。奥が宝物庫です」
ルーは感情を押し殺した目をしていた。見たくもないだろう。
ルーは部屋に入ると、祈りを捧げ始める。祈りながら、宝物に触ると消えて無くなった。全ての宝物を収納し終わった。
「ゲルさんより出し入れは自由では無いんです。人前ではゲルさんの魔法を使わせないんでしょう? 私はこの容姿ですので、魔法は使いますから」
「すまん、恩にきる」
俺達は村を出た。ゲルとミーアミーサが立って待っていた。
「ルー、魔法で綺麗にしてもらえないだろうか? 病気が付いていたら大変だし」
ルーは頷くと、祈り始める。一筋の風が皆を通り抜けた。
「流石ルーさん。もう大丈夫よ。で、エージ、これからどうしよう?」
「うーん、そうだなぁ。ヴィルパークシャとヴィルーダガを呼ぼうか。彼奴等に送ってもらおうよ。もう村を伝って旅をする事が出来ないしね」
「いいよ。呼ぶよ」
俺は頷くと、ミーアミーサを見る。
「今からグリフォンが四頭来るけど、驚かないでくださいね。可愛くて良い奴だから」
「駄目よ、エージ。説明になっていないよ。ミーアミーサさん、安心してね。みんなはエージの従魔だから。怖くないよ」
ミーアミーサは嫌そうな顔をしているが、仕方がない。ゲルの背に乗せるわけには行かないからね。
上空に四頭の影が見えてきた。ヴァイシュララナ達、四等のグリフォンだ。
「お呼びですか、ご主人さま」
俺はヴァイシュララナの頭を撫でる。残り三頭も順番に撫でる。
「まずはヴィルパークシャ、お前の新しいご主人だ。わかるだろ? カロスイの魔力を感じるか?」
一頭のグリフォンがルーに近づいていった。
「あなたがヴィルパークシャね。記憶に残っているわ。ヴィルパークシャ、よろしくね」
ヴィルパークシャはルーに頭を擦り付けている。こちらは問題なさそうだ。
「ヴァイシュララナ、こちらのミーアミーサ様をミコドールまで届けて欲しいんだ。ヴィルーダガに乗って貰いたい。いいかな?」
「ご主人様、ヴィルーダガとヴィルパークシャが羨ましい。お美しいご婦人を乗せるなど、グリフォン妙義に尽きます。ヴィルーダガとヴィルパークシャはそれぞれ従魔にしますか?」
「いや、ルーとヴィルパークシャだけにしよう。ルーであれは従魔がいてもおかしくないと思うんだ。けどミーアミーサにいたらおかしいかな。ヴィルーダガは送り終えたら戻って来て欲しい。やることがあると思うんだ」
「わかりました。あのエルフはカロスイですね? 受肉しましたか。仲が良かったですから問題有りません。わかったか、新しいご主人はルー様だ」
「クェェエ!」
「わかったと言っています」
ヴィルパークシャは嬉しそうにルーに頭を撫でられている。
「と言うわけだから、ヴィルーダガの背に乗ってミコドールまで行って下さい」
「ひ」
ミーアミーサは硬直している。
「大丈夫ですから。ほら、頭を撫でて上げて下さい」
ヴィルーダガはミーアミーサまで歩いて行き、頭をミーアミーサに擦り始めた。
「おや、ヴィルーダガも気に入った様です」
「グェェェェ」
「お前もですか。仕方有りません。ヴィルーダガもミーアミーサ様を新しいご主人に迎えたいそうです」
ミーアミーサは恐る恐るヴィルーダガの頭を撫でている。
「ヴィルーダガさん、私でいいの?」
「グェェェ」
カップリングが上手くいったようだ。良かった。
「私が財宝を預かっていますから、しばらくはミーアミーサ様のお側に使えますね。私がミコドールまでご案内します」
ルーはミーアミーサの手を取る。ミーアミーサは頷いた。
「ミコドールにはガッコフルーグさんとフレヤさんが居るから、よろしく言って置いて。必要なら俺の屋敷を使ってもいいよ。さて、ゲル、火の玉で村を焼いてくれ」
ゲルは小さく頷いた。
「悪いけど、お別れよ。いい?」
ゲルの言葉で、ルーは大粒の涙を流し始める。
「あなたの側にいることが、私の安息でした。さようなら、バルトサール。あなたが安らかに眠らんことを。偉大なる神の御元へ健やかに旅立てることを」
ゲルは巨大な火の玉を発した。一瞬で村が炎に包まれた。炎は村だけを焼き尽くし、消えていった。何も残らなかった。
「ルーさん、食い物だ。じゃぁミコドールまで頼んだよ」
ルーは食料の入った背負い袋を背負うと、ヴィルパークシャの背に乗った。硬いパンしか入っていないが、勘弁して欲しい。頑張って咬んで欲しい。ミーアミーサも真似してヴィルーダガの背に乗る。
二人と二頭のグリフォンは飛び立つとすぐに見えなくなった。
「行っちゃったね」
ゲルが小さく呟いた。




