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辺境の村に行こう

第六十八話 辺境の村にいこう


 俺とゲルは二人で辺境の村を目指している。ラグスドールの街を出たのは一昨日だ。昨日、ラグスドールの街を皆で出発した。ガレンドール方面には、エリヤスエーミル一行、黒い蛇の一行、宿の女将モーナと娘のノーラは説得して街を出て貰った。身寄りがないということなのでワイヴァーンアックス商会で預かる事にした。死なれたら目覚めが悪いからね。


 俺は目の前で首を斬られ、そして自決した風景が頭から離れず、ここ二日ほど全く寝れていない。この世界の人は、人の死をある程度受け入れている。医療も無いし、基本的人権の考えも薄い。幼児死亡率は約半数のはずだ。産まれた子供は半数が死ぬし、病気にかかればまず助からない。人の命が、俺の住んでいた日本より少し薄いのだ。俺は、ゲルを毎日の様に抱くことにより、天然のエリクサーを少しづつ体に取り入れた事になるらしい。詳しいことは書けないのが残念だ。ゲルを妻にしていなかったら、今頃俺も死んでいただろう。運が良かったとしか言いようがない。


 目の前にみすぼらしい村が見えて着た。木製の柵で覆われているが、見張りは居ない。


 「ゲル、カロスイを呼ぼう。あいつなら大丈夫だろ」


 ゲルは頷くと、しばらくしたらグリフォン達がやって来た。


 「お呼びですか、ご主人様」


 話しかけて来るのは一番大きいグリフォン、リーダー格のバイシュララナだ。毘沙門天の意味である。俺はバイシュララナの頭を撫でてやる。デカイ癖に頭を擦り付けてくる。非常に可愛い。他のグリフォンも頭を撫でてやる。


 「今日はカロスイに用事がある。バイシュララナ、この辺りの街や村にはペストという、恐ろしい疫病が流行している。決して近づくな。カロスイはどうだ? お前は神の一部だから大丈夫だろ? 神話で述べられる災厄の悪魔だ。黒くなって死ぬ奴」


 「大丈夫だそうよ」


 「わかった。カロスイ、おいで。後は病気がうつると大変だから、山に籠もってくれないか。いや、王国に近い方が駄目かな」


 「わかりました、ご主人様。海の方へ逃げて居ます。カロスイの回収持には呼んで下さい」

 グリフォン達が飛んで居なくなると、歩いて辺境の村に向かった。塀の近くまで来ても、衛兵みたいな人は出てこなかった。


 「誰も来ないね」


 「うん、そうとう酷いんだろうな。衛生も駄目そうだしね」


 門の目の前まで来たが、物音が聞こえてこない。カロスイに門を壊させて中に入る。塀の中は木造の一階建ての家々が立ち並んでいた。俺は剣を抜き、一番近い家のドアに張り付く。ゲルは俺の後ろだ。カロスイにドアを開けさせる。勢いよくドアが開いたのだが、物音がしない。剣を構えたまま家に入ると、黒く変色した死体が三体、転がっていた。


 「死んでいるよ」


 俺は小さく頷いた。隣の家も死体が転がっていた。


 「手遅れだったようだな・・・」


 俺は何を言って良いかわからず、手当たり次第中を確認するが、全て死体だった。


 「待って、物音がする」


 ゲルが小さく声を上げる。俺は剣を構えてドアを開ける。中年の女神官が死体に向かって祈りを捧げていた。


 「どなたでしょうか? この村は危ない、早々に立ち去りなさい」


 神官は頬が痩け、目は血走っている。皮膚が所々黒い。感染者か。


 「Sランクパーティ飛龍団のブロル殿とお見受けする。私は貴方たちの襲撃目標、召還魂のエージです」


 神官は血走った目をこちらに向ける。


 「確かに私はブロルです。あなたが来たと言うことはアクセリールとセルマは討たれましたか」


 「いえ。自らの罰を認識いただき、見事自決されました」


 「そうですか。あの出世欲の塊が、罪を認めましたか。疫病を広めてしまった事を悔やんでいたでしょうか」


 「ええ。俺が説得と何が起きたのかを説明しました。このままでは史上最悪の殺人者になると説明しましたよ」


 ゲルが焼け焦げた剣を差し出す。


 「これは、アクセリールの剣。ありがとうございます。ようやく、私の荷も降ります。それでは、最後に私の罪を罰する必要があります。アクセリールを止められなかった罰です。太陽の神エスルートよ、務めを果たせなくなる事をお許し下さい」


 ブロルはアクセリールの剣で自分の首を斬ろうとする。


 「待て、聞きたいことがある。ミーアミーサは何処だ」


 ブロルは剣を止め、俺を見てくる。


 「ああ、そのお方、いや人間ではない? ゴーレムでしょうか、エスルート様の波動を感じます。召還魂様、このお方は何物なのですか」


 「流石だ。俺を監視していたエスルートの分身体、いわゆる天使だ。ゴーレムの中に入って貰っている。俺の従魔だ」


 「今生のお願いです。エスルート様の天使を見せて頂けないでしょうか」


 「ん? 本気か? 奴はアメーバの魔物だぞ。高尚な生き物ではないぞ」


 「ええ。わかっています。私は正体に近づきすぎて、宮殿を追われたんです」


 「わかった、見せる前に教えて欲しい。ラグスドール公の娘がこの村に居るはずだ。何処にいる? 生きているのか?」


 「彼女は村の向こう外れの洞窟に閉じ込めています。運が良ければ生きているでしょう」


 「わかった。カロスイ、出てこい」


 カロスイは首を外すと、這い出てきた。ブロルは両手を広げると、カロスイを掌で受ける。セリーリアに似たゴーレムは音を立てて崩れ落ち、消えて行った。


 「ああ、エスルート様」


 「ブロル、感慨に耽っている中申し訳無いが、そいつはカロスイという名を与えている。既に本体のエスルートとは切り離された、全くの別個体だ。しかも、俺達はエスルートと敵対している。出来れば殺す予定だ」


 「そうですか・・・神殺しですか・・・え? なんですか? はい。かまいません」


 「様子が変よ、カロスイと何か会話しているわ」


 「・・・エージ様、カロスイ様がエージ様のお役に立ちたいと言っております。よろしければ、私の肉体を使って亜人を生み出したいと言っています。はい、急げと。しかと拝命いたしました」


 ブロルは口を開くと、カロスイを一気に飲み込んだ。


 「あ、おい」


 俺は止める時間も無く、カロスイはブロルの体に流れて行った。


 「ああああああ!」


 ブロルは声を上げてのたうち始めた。頭を押さえ、大量の脂汗を流している。何度も体を捻り、伸ばし、縮めた。


 「ど、どうしたんだ」


 「エージ、見て。段々と若返っているわ。しかもエルフじゃないかしら。耳が尖っているわね。真っ白な、銀髪のエルフよ。神々から産まれたという、エルフの神祖ね」


 「え? エルフ?」


 カロスイを飲み込んだブロルは大きく息をして、立ち上がる。見た目は完全にブロルではない。若い、何もかもが白いエルフだ。美しい。非常に美しい。胸も大きい。凄い。ゲルに負けていない。ロキなんか板なのに。


 「お初にお目に掛かります。カロスイでございます。ご主人様、何なりとお申し付け下さい」


 カロスイは服の裾を摘んで礼をする。俺は驚きの余り声が出ない。エルフってエスルートの眷属だったのか。


 「カロスイ、お前はブロルではないのか」


 「はい。ブロルは罪の意識が高く、彼女の意識は完全にありません。意識はカロスイが支配しています。若干の記憶だけ、残っています」


 「う、うん。じゃぁミーアミーサを助けに行くよ」


 「わかりました。では、ブロルが好きだっだったバルトサールにお別れの祈りだけさせてください。神官であったため、結ばれることなく最後を迎えてしまったのです」


 カロスイはしばらくの間、祈りを唱えていた。両目から涙がこぼれ落ちる。


 「もう良いです。ありがとうございました」


 「本当に大丈夫? あなた好きだったんでしょう? ドワーフの戦士さんをね。カロスイなんて嘘でしょう。あなた、ブロルよね」


 ゲルの指摘の後、ブロルの目から大量の涙がこぼれ落ちた。ゲルがブロルを抱き留める。


 「済みません。カロスイ様を受け入れれば意識は無くなると思ったんです。ごめんなさい。私の罪は消えないです。これから沢山の人が死んでいきます。まさか生きながらえるとは思わなかったんです」


 ゲルはブロルの頭を撫でている。ブロルはそっと離れると、アクセリールの剣を拾った。一気に首を斬った。鮮血が飛び散らず、傷口はすぐに閉じる。


 「あれ? あれ? 私どうしたの? どうして死なないの?」


 「おい、やめ・・・」


 俺の静止の声が届かないうちに、剣を口に含み、一気に飲み込んだ。剣は正確に背骨と喉を断ち切り、後頭部へ向けて剣が体を貫通した。しかし剣は吐き出され、血を一滴も流さなかった。カロスイを飲み込んだことにより、半神の神祖エルフに変化しているのだ。


 「うそ・・・私は死ねないの?」


 ブロルは呆然となり、地面に座り込む。


 「せめて、死んで一緒に土になりたかった」


 不味い。精神が極めて不安定だ。俺はブロルの手を取ると、両手で抱きかかえた。


 「止めて! 殺して! 殺してよ!」


 ブロルは泣き叫ぶ。


 「駄目だ、死ぬな!」


 「そ、そんな・・・」


 ブロルの手が震え始めた。目から大量の涙が零れ落ちた。


 「私は、死ねない・・・どうして? こんなに大量の人殺しを行って、精神が保つ訳がないでしょう。どうして?」


 俺はブロルを立たせた。ゲルが背中を抱いてくれている。


 「ブロル、右手を上げなさい」


 「?」


 不思議に思いつつ、ブロルは右手を上げる。


 「ブロル、君は俺の従魔じゃないかな」


 「うん、そうね、エージの従魔よ、あなた。カロスイは従魔だったから」


 「何言っているの? 私は私よ・・・」


 「・・・剣を持ちなさい。手合わせしよう」


 剣を構えて不思議そうに俺を見るブロル。ふむ、やはりかなりの素人だ。大きく剣を振りかぶり、斬りつける振りをする。


 「きゃ!」


 ブロルは剣を落とし、腰からへたり込んでしまった。やはり剣の心得は全く無い。


 「ブロル、あなたは剣を全く使えない。魔物との戦闘に耐えうるとは思えない。はっきり言って、Sランクとして残りの三人と同じ行動が出来ると思えない。あなたは他の三人と関係が違うでしょう。正直に話しなさい」


 「・・・話したくないのだけど、抵抗できないですね。・・・私は、回復と雑用の為に雇われたような、攫われたような感じでした。戦闘には出ません。拠点の街や、今回みたいに辺境の村で待機するのが私の仕事でした。彼らが何をしているのか、正直良くわかりませんが、天罰や疫病を運んだことぐらいわかります。私も飛龍団のメンバーです。罰を受けねば、精神が持ちません」


 「ゲル、どう思う?」


 「本当だと思うよ。うん。メンバーじゃないよね、それ。単に攫われていただけじゃないの?」


 「Sランクだから、逃げられないよな。成る程。ブロル、あなたの罪は、しいて言うと犯罪を隠蔽したことだろう。この世界じゃ罪にはならないだろうな。よし、ブロル、君は飛龍団に攫われ、良いように使われたということにする。君が持つ罪の意識は、正しくは良心の呵責だ。罪の意識ではないよ」


 ブロルが、少しスッキリした顔で俺を見る。


 「不思議ね。エージ様の話で心が軽くなった気がします」


 「アハハ。ブロルさんは従魔なんだから、エージの言葉には逆らえないんだよ。エージが認めたから、いいよ。ね、この人をこのまま従魔にしておくの?」


 「そうだね、ブロル、あなたに命令を与えます。一つ目は決して自ら死んではいけません。飛龍団との件で、あなたは無関係と決定します。あなたはそもそも罪を犯していないんです。二つ目はいつでも笑っていて下さい。暗い顔をしていると、折角の美人が台無しです。三つ目は、これ以降、俺の命令も、ゲルの命令も、何者の命令も一切聞かないように。自らの声で行動するように」


 ブロルはにっこりと微笑んで俺とゲルを見た。


 「悔しいけど美人ね」


 「エージ様、私はどうなるのでしょう? エージ様の従魔の様な、従魔でないような、変な感じです」


 「うん、自由に生きなよ。折角外見も変わっちゃったしね。名乗りも変えなよ」

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