特使になろう
第六十六話 特使になろう
「似合うわよ、エージ」
「本当か? 顔が笑っているぞ」
ゲルはプレートメイルを着ているが、俺は胸に変なヒラヒラが付いたネクタイみたいな物を付けられ、派手な刺繍のある長ランみたいなジャケットと、オールドスタイルの野球選手みたいなズボンとソックスをはかされた。ソックスが膝まであるやつだ。エリヤスエーミルの衣装らしい。勘弁して欲しい。騎士団の鎧を借りたかったが、重いし臭いし諦めた。洗えよといいたい。
夕方、手配してくれた馬車は街の西側にある貴族街に向かう。馭者はペストに感染していた。ゲルが小声で教えてくれる。もうこの街は手遅れなのか。俺は唇を噛む。ロニヤの報告は衝撃的だった。かなりの数の冒険者が死亡しているとのことだった。全て病死。ギルドは沈痛な雰囲気に覆われていたという。
既に感染爆発となっている。出入りの激しい冒険者が王国からペストを運び、ラグスドールの街に広めてしまった。
馬車はラグスドール公の屋敷に到着した。屋敷はやはり大きく、立派だ。ガレンドール公の屋敷に劣らぬ大きさだ。馬車から降りる。
「何者だ」
騎士が近づいてきた。ゲルが首を振る。こいつも感染者か。
「ガレンドール大公御嫡子エリヤスエーミル・ガレンドール様より緊急の親書である。事は急を要す。至急ラグスドール公に面会を指示する」
俺は騎士に向かって言い放つ。これでいいはずだ。親書を渡す前は、俺はエリヤスエーミルと同じ権威を持っているのだ。
「は! 確かに大公家の紋章を確認いたしました! 中でお待ちください!」
騎士の後に付いていくと、門番の騎士達が整列して迎えてくれる。俺達は屋敷に入ると、まずは小部屋に通された。小部屋と言っても十二畳はある。絨毯はガレンドール公の屋敷ほどフカフカでないし、絵も飾られていなかった。
テーブルに座ると、メイドがお茶を出してくれた。ドクダミみたいな味がする。やはりうちの紅茶の方が旨いな。
「エージ、メイドさんまで駄目だわ。ラグスドール公のご家族は感染しているかもしれないよ」
「・・・酷いものだな」
「感染したら死ぬの?」
「正しくは発症したら、だね。発症したら、約半数が死亡する」
「・・・そうしたらラグスドールの街はどうなるの?」
「感染が収まるまでどうにもならない。為政者無しの無法地帯になる気がする」
「そんな」
「こんな事になっていたなんてな。ゴミのように人が死ぬから、心しておこう」
悲痛なゲルの顔を見ていたら、執事らしき人物が入って来た。痩身の壮年の人物だ。
「私、執事長のベリヤークと申します。あいにく、ラグスドール公であるニコデムス様は病に伏せっているため、ヴァルッテリ様がお会いになられます」
執事は部屋を出て、二階の部屋に通された。部屋は高そうな机と、本棚だ。中には若い男がいた。身なりも俺と同じくきちんとした貴族服を着ている。この部屋はこの男の執務室か。
「ラグスドール公長男ヴァルッテリ・フォーカヌェです。ご親書を拝見させていただきます」
「ガレンドール公御嫡子エリヤスエーミル・ガレンドール様の家庭教師が縁で、この度特使となりました。親書をご確認ください。事態は逼迫しております」
ヴァルッテリは二十歳前後の、若い男だ。黒髪で、肌は浅黒い。なかなか男前であるが、表情はやつれていて状況は明るく無いと思わせた。
「親書をご確認ください」
俺はヴァルッテリに親書を手渡した。ヴァルッテリは恭しく親書を受け取る。蝋で押された印を確認している。
「確かにガレンドール公の印です」
ヴァルッテリは親書を読むと、わなわなと手が震え始めた。そうだろうな。親書には、ペストが王国から冒険者を通じて入って来たこと。治療法が無く、隔離する以外に方法は無いこと。王国との国境を封鎖すること。ラグスドール領と直轄領の間も封鎖すること、ラグスドール領内の村々も移動を禁ずることが書かれている。詳しくは俺から説明することになってる。
ゲルが首を振った。面前の長男も駄目か。元気そうに見えるが、これから高熱を発し、死亡するはずである。親書を手渡した後、俺達は貴族の身分もないので、位は圧倒的に相手が上になる。跪いて待機している。
「これは、どういうことだ?」
親書を持つ手が震えている。わかる。気持は非常にわかる。
「ヴァルッテリ様、神話集に書かれている災厄の悪魔によって人々が半数死んだと記載があります。恐らく、今回と同じくペストという疫病の流行だと思われます。特徴は死亡率が非常に高く、高熱の後に、体が黒く変色して死亡していきます」
「黒く、だと? いい加減な事を言うな!」
ヴァルッテリが目を見開きながら脂汗を流し始める。ん?
「様子が変よ」
ヴァルッテリは机に手を置くと、机の上に突っ伏したまま動かなくなった。高熱に耐えられなくなったのか。
待機していたメイド達が慌てて駆け寄る。
「ヴァルッテリ様、酷い熱です! 誰か、医者を!」
メイド達は大混乱に陥った。
「特使殿、私も感染したのか?」
俺はゆっくりと頷く。
「治療法はあるのか?」
「エリクサーなる伝説の薬であれば。実際には隔離して被害の拡散を防ぐ以外にはありません」
俺は非常な事を言い放つ。
「そうか・・・父上も、母上も熱を出している。妹と弟は既に肌が黒く、虫の息なのだ。そうか、ラグスドール大公家もおしまいか・・・済まぬ、妹のミーアミーサを助け出して欲しい。感染していなければ、ガレンドールで保護をお願いしたい。残念だが、そなたの言葉は我がラグスドール大公家に起きている事象と合致しており、真実と思うほかには無い。道理で神官に祈らせても駄目なはずだ。クソ、私の命もこれまでなのか」
ヴァルッテリはメイドを制すると、羊皮紙に何かを書き始めた。
「済まぬ、フレドール、ドフレドールの両村を閉鎖する命令書だ。当家にはもう動かす騎士団が居ない。国境の封鎖は難しい。せめて、街の門は閉じよう。門を閉じるのは明日の正午。それまでに外に出てくれ」
「わかりました。ミーアミーサ様の件、なにか情報を掴んでおりませぬか」
「うむ、手を下したのはSランク冒険者の飛龍団だ。辺境の村にいると調査できている。頼む」
「わかりました」
「最後に聴かせて欲しい。どうしてこのような災厄が降りかかったのだ?」
「申し上げて構いませぬか」
「うむ。言ってみろ」
「心に、忠誠心に隙があったのではございませぬか? 隙を突かれ、病を送り込まれたのです」
「・・・そうか。父上の造反の隙を突かれたか。たしかにすぐさま国境を封鎖してしまえば良かったのか。わかっておるだろう」
「ええ。可能性は考慮しておりました。大方、辺境伯とか、大公の地位を保証するとか言われたのでしょう。またはガレンドール全体の支配権でしょうか」
「特使殿は聡いな。エリヤスのお坊ちゃんとはおつむの出来が違うな。違うか、聡いから特使になったのか。私は反対だったのだ、造反など良いこと無いだろう。もう一つ聞きたい。このペストなる疫病、必ず死ぬのか」
「体力の無い者は難しいと思われますが、半数は助かるかと」
「そうか、わかった」
このヴァルッテリ話がわかる。助けたい。しかしゲルの血を与えるわけには行かない。せめて、体力だけは回復させてあげたい。
「ヴァルッテリ様、この者は魔法の心得がございます。白魔法の回復をかけますゆえ、せめて病気と闘う体力だけは」
「ほう? 回復の魔法か、信じられぬがありがたい」
「エージ、いいの?」
俺は頷く。出来れば助かって欲しい。
ゲルはヘルメットを脱ぎ、小さく呪文を唱えると、ヴァルッテリが立つ床に純白の魔方陣が浮かび上がる。魔方陣は微かに光ると、消えて行った。
「おお、体から力が沸き上がってくる。特使殿、名前を聞かせて欲しい」
「ワイヴァーンアックス商会所属、エージと申します。この者は私の妻、ゲルです」
「ペストが落ち着いたら、当家に来ないか」
「すみませんが、既にエリヤスエーミル様という子守をしておりますので」
「ふ。エリヤスの子守か。見た顔でないと思ったら貴族でも騎士でもないのか。済まぬが妹を頼む」
俺達は礼をして屋敷を後にした。帰りの馬車でゲルと感想を述べ合っていた。
「ね、あのヴァルッテリって人、ペストが軽くなったよ。助かるかもしれないね」
「助かっても茨の道じゃないかな。ラグスドール公家はほぼ全滅だし、どうやって統治していくのか。そもそも人が寄りつくのか。病気を恐れて人の流入は止まると思うよ」




