策に対処しよう
第六十五話 策に対処しよう
私はエリヤスエーミル。ガレンドール公の嫡子です。私と妹のマーヤレーナを含めた七人で、魔物を倒しながら私の戦闘経験を積ませて貰っていました。主に槍と弓の運用の経験です。フレドール村では村人を十人雇い、警備隊を組織して共に魔物退治に当たりました。村人からは非常に喜ばれました。私は政治の経験はありませんが、なかなか嬉しいですね。
さて、フレドール村から、ドレフドール村を挟んでラグスドールの街に至ります。ラグスドールの街はフォーカヌェ伯爵が納める土地になります。フレドール村まではガレンドール大公家の直轄地です。まずはフォーカヌェに領内の移動の許可を得なければなりませんね、と思っていたときでした。
エージさんの使いと名乗る冒険者三人が、夜の野宿中に現れました。三人から羊皮紙に書かれた手紙を受け取りました。衝撃的な内容でした。
「ラグスドールでペスト患者一名発見、手当実施、問題なし。今すぐ王国との国境を閉鎖する必要あり。関所を設け、大公国民が戻って来る場合は四十日間隔離し、ペストを持っていないことを確認するように。急ぎガレンドール公にも連絡し、国境を塞ぐ必要有り。エージ」
筆跡は間違い無くエージさんです。気になるのは処置済みと書かれていることです。確か、治療法は無いと言っていたはずです。
「確かに、剣聖殿の書簡、受け取った。患者一名、そち達に心当たりはないか?」
手紙を読んだマーヤレーナが冒険者達に問いかける。
「私たちはBランクパーティ、黒い蛇と申します。私の妹、戦士のロニヤが感染したと、エージ様は言われておりました。奥方様の術により、既に治療は終えております。疑問は会って直接話したいと言われていました」
若い剣士が報告をしてくれる。奥方、ゲルさんだろう。魔法使いで有ることを隠していたし、まだ何か秘密があるのでしょうか。
「兄者、魔法では病気は治せない。伝説ではエリクサーという魔法の治療薬しか手段が無いはずだ。ゲルはとんでもないお人だったな」
なるほど、ゲルさんの正体は何かしらのドラゴンで、エージさんは竜騎士と言うことになります。エリクサーは南の龍の山に住むドラゴンの生き血、と聞いた事があります。エージさんの価値はエージさんの知性によってもたらされたもので、竜騎士による価値は考えていないようだ。
「剣聖殿は奥ゆかしいな」
「マーヤ、そう言っちゃいけませんよ。エージさんが本気を出すと、ガレンドール大公など消えて飛びますからね。龍は半神の生き物です。生き物と言って良いのかわからないのですが。
「そなたら、まずは褒美を取らせる。非常に重要な情報であった。金貨十枚だ。でだ、ペストの件、及び剣聖殿と奥方の件、口外はまかり成らん。大公国の最大の秘匿すべき情報と心得よ」
「その件につきましては、我ら四人、冒険者を引退しまして、ワイヴァーンアックス商会に雇われる事になりましたので、ご安心ください」
「兄者、ワイヴァーンアックス商会はかなりの戦力だな。まあいい。明日の朝、日の出と共に出発する。我らは早駆けするので、後から着いて参れ」
マーヤの声で解散と成った。三人には寝床と食事を与えるよう言って置いた。私は父に向けた手紙を書いた。明日、トーレに持っていって貰おう。
「兄者、大変な事になったな。国境はガレンドールの街と、ラグスドールの街の二カ所だ。両方とも閉鎖するのか? ラグスドールは王国への麦売りが収入の源だったはず。ニコデムスが納得するか?」
ラグスドール公ニコデムス・フォーカヌェは聴いてくれるだろうか? 伝説の災厄の悪魔が実は疫病だと信じてくれるのでしょうか? 聴いてくれない場合はラグスドール公領を封鎖する必要が出て来ます。これは、ニコデムスと敵対する事を意味します。
「難しいですね・・・しかし話すしか方法はありません。最悪は何か利権を差し出さないと行けませんね」
「兄者、ニコデムスは強欲だぞ? 無理じゃないか?」
「マーヤもそう思うよね。最悪はラグスドール領と直轄領の移動を禁じようと思う。しかたありません」
私とマーヤ、トーレ、騎士二人はラグスドールの街へ、騎士二名は父上に向けた書簡を持ってガレンドールに向かいました。我々は馬を飛ばし、ラグスドールに入りました。馬で半日の距離です。
「この宿じゃないか。草原亭だ」
「すみません! 宿の者は居るか! 返事をしろ!」
マーヤの指摘でトーレが大声を張り上げると、人が出て来ました。
「トーレ様、お声が大きいです。エリヤスエーミル様、ようこそおいで下さりました。事態は逼迫しています。どうぞ、こちらへ」
エージさんが出迎えてくれました。案内されて一階のパブの席に座りました。後ろで女将らしき人がそわそわしています。
「宿の方か。私はガレンドール大公国公女マーヤレーナ・ガレンドール。この方は兄であり、嫡子であるエリヤスエーミル・ガレンドール。この度、ラグスドールに危機が発生したため、この宿をしばらく借り受けたい。前金で金貨二枚を払う。済まないが、我らの食事と部屋を頼む」
マーヤレーナが女将と交渉に入っている。
「女将さん、客など全く来なくなるから、話を聞いておいた方がいいですよ」
エージさんも援護してくれています。
「わ、わかりました。しばらくの間貸し切りとさせていただきます・・・では夕食から」
女将が下がっていくと、私はエージさんに呼ばれて奥の席に着きました。
「ええと、トーレ様も!」
エージさんはトーレも呼び、エージさん、ゲルさん、私、マーヤ、トーレと、見たことの無い女戦士の人が同席しています。
「エリヤスエーミル様、三人から手紙を受け取りましたか? この者がリーダーのブロルの妹、ロニヤです。依頼を失敗し、王国に戻れば失敗料が払えないため奴隷落ちするところを我々が雇うことになったのですが、高熱を発していることから例のペストであると発覚しました。ロニヤは我らの関係者ゆえ、ゲルに治療して貰っています。いわゆるエリクサーです。端的に言うと、白龍であるゲルの血を与え、ペストを治す代わりに竜騎士である俺の従魔と成っています」
「・・・やはり、そうでしたか」
「あれ? ばれてました?」
エージさんは涼しい顔で話していますが、トーレは口を大きくぱくぱくさせています。
「トーレ、落ち着け。剣聖殿になにか秘密があってもそんなもんだぞ。いちいち驚くだけむだだぞ」
マーヤがトーレの肩を叩きながら落ち着かせようと声を掛けています。
「ああ、そうですね。今更ですね」
トーレも納得したらしく、落ち着きを取り戻しました。
「エージ様、色々と言われておりますがこの方達は・・・」
ロニヤがエージさんを見て不審がっています。
「ああ、手紙を送った主、大公の御嫡子様と、公女様だ。失礼のないように」
「ひ!」
「で、ですね、事態は更に混迷を秘めていまして、ラグスドール公の姫、ミーアミーサ様が誘拐に合っている様です。巷では噂が流れつつあります」
「どこから話を聞きました?」
「鍛冶屋にて聴きました。非公式に誘拐の依頼が冒険者に行ったようです。冒険者は口が軽いので、高額の依頼を受けたことを黙って居られなかったのでしょう」
「・・・わかりました。これからラグスドール公に面会をしてきます」
「下手人はSランクパーティ、飛龍団。リーダーは戦士のアクセリール。こいつは何物だか知っていますか」
飛龍団? 残念だがわからない。困ってトーレを見ると、トーレが口を開きました。
「王都を根城にする元傭兵です。アクセリールは当代一の剣の使い手として、名高いです。タフなドワーフのバルトサールと共に組む前衛は強固で崩せる者は居ないと言われています。魔法使いセルマと、回復魔法を使うブロマ、いずれもAランクのメンバー、最強のパーティであろうと言われています。Sランクと言うことは、王国の裏仕事を沢山しているものと思われます」
「え? 強い奴がSランクになるのでは?」
エージさんは不思議そうに、ロニヤと名乗った女戦士を見ます。
「エージ様、昇格試験で上がれるのはAランクまでです。冒険者ギルドの推薦で、王国が認めたらSランクになり、王国の爵位が貰えます」
「え? そうなの?」
「ええ。王国が嫌いな人はAランクに留まりますね。ガッコフルーグさんとフレヤさんはSランクにならなかった人で一番有名です」
「ははぁ、そういうことか。エリヤスエーミル様、冒険者ギルドも締め上げた方が良いですね」
「どういう事です?」
「王国が荒れて来てますね。ほら、王国の筆頭魔術師、ミサキが第二王子と結婚したらしいです。筆頭魔術師が第二王子に付いた、ということは王位継承争いが起きて居るのでしょう。本当はそんなことをしている場合じゃ無いのですが」
「初耳です」
「ほら、諜報が甘いんです」
「耳が痛いです。なるほど、難しい情勢になりましたね。ラグスドール公は王国に付く可能性が出て来た訳ですか・・・相手は第二王子側」
「ん? 兄者、どういうことだ?」
マーヤレーナは付いて来れないようです。
「王国とニコデムスは既に話がついているか、そのような状態に既になっている可能性が高く、ミーアミーサが反対しているのでしょう。彼女は曲がったことが嫌いですからね。うるさがった王国とニコデムスはミーアミーサを攫った形にしたのでしょう」
「そんな! ミーア姉様が! 許せん!」
「ちょっと待ってください! ははぁ、そうか。そうか。いやね、何故攫ったのか良くわからなかったんです。下手に動くとSランクパーティに返り討ちに遭うわけですか。成る程、誰か王国に知恵者が居ますね」
「エージさん?」
「流言が仕掛けられましたね。ガレンドール公とラグスドール公を反目させる目的です。まだラグスドール公が謀反とは決まった訳ではありませんが、難しい立場なのでしょう。相手は姫を攫い、流言を流すことでラグスドール公を動かす事を考えているのでしょう。攫う目標は、我々に疑心暗鬼をさせる相手ですね。相手はガレンドール公がラグスドール公に兵を差し向ける事を望んでいるのでしょう。ラグスドールも、既に王国の結界内です。魔法使いの運用が可能です」
「なるほど・・・頭を冷やさないと駄目ですね」
「王国では既にペストが流行しているのでしょうか。相手は知っていて次々に人を差し向けて来ているかもしれません。あ、ロニヤ、最近は冒険者ギルドで、王国から来ている人が増えていないかい?」
「ええ、結構増えているわ。この辺りは魔物が増えているから、仕事が多いのよ。あ、あ、あ」
「ロニヤ、高熱を出した冒険者が多くなかったか?」
「そんな・・・高熱の人が多くて、みんなどうしたって・・・」
「感染爆発だ、エリヤスエーミル様。ラグスドールを封鎖しないとだめでしょう。宿は皆が集まる場所ですから。残念ですけど、ここは手遅れでしょう」
「く・・・そんな・・・」
私は口を噛みしめた。少し、遅かった。もう少し速ければ、ラグスドールの民を殺す事はなかったのだ。
「ロニヤ、お前はもう感染しない。だからギルドへ行って、死んだ人がいないか調べて来てくれ。全身真っ黒になって死んでいるはずだから」
ロニヤは頷くと、走って宿を出て行った。
「済ませんがエリヤスエーミル様、ゲルの血を無尽蔵に出すことは出来ませんよ。皆意識のない操り人形になりますよ」
わかっています。しかし、悔しい。情報網が無い事が、事態を悪化させてしまいました。エージさんに会う前だったら仕方ないで済ませたでしょう。しかし、情報が速ければ対処が出来たはずです。
「エリヤスエーミル様を呼ぼうと思ったときは、只の疫病対策だと思ったんです。でも少し調べたら、王国の影響が濃くなりました。俺の読みが甘かったようです。このような場所に及びして申し訳ございません」
「いえ、読んで頂いて助かりました。エージさんとゲルさんなら、ペストに感染しないんじゃありませんか?」
エージさんは頷いた。
「我らは明日、ラグスドールを撤退します。私の特使として、ラグスドール公に面会をお願いできませんか? 今すぐ書簡を書きます。出来れば、誘拐の解決を引き受けて欲しいです」
エージさんは大きく頷いてくれました。
「うん、満点の答えです。流石エリヤスエーミル様」
私は羊皮紙を取り出すと、二枚書簡を書いた。父上と、ラグスドール公当てに。父上には状況を記しておき、冒険者ギルドへ調査を行う様記載しておきました。




