黒死病を克服しよう
第六十三話 黒死病を克服しよう
「俺とゲル以外は触るな。感染の危険性がある」
「そんな・・・助からないのか?」
俺は首を振る。
「エージさん、お兄ちゃんがごめんなさい。それと、はっきり言ってくれてありがとう。お兄ちゃん、これは人攫いを止めなかった罰だよ。あの時、人攫いを止めさせれば良かったのよ。それが心残りかな」
「ロニヤ・・・」
ブロルが膝から崩れる。
「神話にある、大災厄の悪魔。人間の半分が真っ黒くなって死んだという。わかるか?」
「わかるわ。巨大な悪魔が現れたのよね。私は悪魔に呪われたの?」
「違うんだ。ペストと言って、黒くなって死ぬ病気だ。君の病気はペストだ。感染力が強く、治療法は無い。発症したら村や街ごと隔離するしかない。鼠が病気の元を持っていて、鼠についているノミで病気が広がっていく。多分、原因は鼠の干し肉だ」
「そんな・・・」
ブロルが絶句する。
「あそっか。なんか生だった気がするよ。お兄ちゃんゴメンね」
「そうだ! エルランドだ。エルランドなら何か知っているかも」
ブロルが走っていった。
「お兄ちゃんがごめんなさい。確かに熱があるわ。ウフフ、昨日飲み過ぎたかと思っちゃった。誰かに移す前に死ぬね。外に出るから、燃やしてね」
ロニヤは立ち上がると剣を引き抜いた。
「ロニヤさん! 大丈夫ですか!」
エルランドとテクラが来た。
「お兄ちゃん、エルランドさん、テクラさん、今までありがとう。私に近づいちゃ駄目よ。私は凄い疫病みたいなの」
「待ってください! 白魔法では病気は治せない! だけど伝説のエリクサーなら全ての病気は治せるはず! 必ず見つけるから、待っていて下さい!」
「待ちなさい、エルランドさん。エリクサーの正体はドラゴンの王、白龍の生き血よ。有名な話しじゃない。確か南の龍の山に居るのよね。行くわよ。すぐに用意して」
エルランドの言葉に、テクラが反応する。
「そ、そうか。行くか」
皆が走り出そうとする。
「待って」
ゲルがロニヤに近づいていく。ゲルは魔剣を引き抜く。剣は七色に輝き、部屋の中を明るく照らす。
「嘘でしょう、フレヤさんが持ってる魔剣じゃない。余りにも魔力の消費が激しく、フレヤさんほどの魔法使いでも引き抜く事はできなったはず。それを引き抜くとは・・・」
テクラは絶句している。こいつは物知りだ。ゲルの血はエリクサーなのか・・・
「うちの正体がわかって? 確かにうちの血であれば治るかもしれないけど、あなたはうちの眷属となるわ。うちの命令には逆らえなくなる。そして、うちの夫、竜騎士たるエージの言葉にもね。それでもいい?」
「やっぱり、秘密があったんですね。構いません。どうして私に触れるのかなって思いました。よろしくお願いします」
「待て。俺達の秘密を知ったからには、一緒に来て貰う。いいよね? ブロル、ロニヤ、俺は加護も無い、無スキル者なんだ。それでもいいか?」
「本当に助かるならいいわ。やっちゃって。私はエージさんを信じる事にする。隠さずに無スキルだって話してくれたから」
「まぁ仕方がありません。私は神官を辞め、還俗します。確かにエージさんは何もかも話してくれました。病気も本当でしょう。テクラさんが助かるなら全然問題有りません」
「良い仲間ね」
「うん。自慢なの」
ゲルとロニヤは微笑んだ。ゲルは自分の腕を少し切ると、ロニヤは血を嘗めた。
「あ!」
皆が驚いた。ロニヤは淡く光り、何かがロニヤの体を駆け巡り、悪い物を駆逐したのが見えた気がした。魔法に詳しくないエージにもわかった。皆もわかったようだ。
ロニヤが跪いてゲルに向かった。
「ゲル様、初めまして。あなたの眷属のロニヤです。よろしくお願いいたします」
「ロニヤさん、あなたへの命令は竜騎士たるエージが行います。さ、エージの元へ行きなさい」
「はい」
皆が俺を凝視している。決まっている。命令は一つだ。ロニヤが俺を見ている。
「ロニヤ、君に出す命令は一つだ。この命令は絶対に変わらない。例えゲルであろうと、俺の言葉であろうと変わらない。いいね」
皆が唾を飲み込んだ。
「君を律せるものは、君の意志だけだ、ロニヤ。君はこれからも君の意志で行動する。誰からも強制されない。俺も、ゲルからも強制されない。これは絶対の命令だ。いいね。その代わり、ゲルから特別な力は与えない」
「それって、眷属じゃないです」
「ほら、皆が心配している」
俺は心配そうに見ているブロルを指差すと、ロニヤは皆の所に飛び込んで行った。
しばらくすると、皆が落ち着いて来た。しかしのんびりしていられない。
「早速だけど、君たちに頼みがあるんだ」
「竜騎士様! 何でも言ってくれ」
ブロルが胸を叩く。
「あ、竜騎士って言ったら駄目だよ。秘密にしておいてね。ここからガレンドールの街の間に、ガレンドール大公の御嫡子たるエリヤスエーミル様がいる。この手紙を渡して欲しい。緊急だ。エリヤスエーミル様に頼んで王国との国境を封鎖し、ペストの流入を防ぐ。いいか、混乱を与えないためにエリヤスエーミル様以外に一切の話してはいけない。エリヤスエーミル様はこちらに向かっているはずだから。こっちに来たら俺が話す。俺の名を出せば手紙を受け取って貰えるはず。疑問があったら俺から話すと伝えて欲しい」
「わかった。ただ、ロニヤは病み上がりだから残していく。申し訳無いが世話を頼む。あと、この街は物騒だから一人にしないでくれ。夜も。人攫いがいるんだ」
戦士のブロルと、魔法使いのテクラ、神官のエルランドは食堂から出て行った。エルランドは元神官か。
「ごめんなさい、力になれずに・・・」
「まぁ、面接をしよう。お兄さんの分も教えて欲しい」
「ええ、いいですけど、面接ってなんですか?」
「人を雇い入れる前に色々話を聞くんです。出身地と、年齢、家族構成を教えてください」
「ええと、出身は王国から西にある国と聞いたの。私はそうでも無いけど、お兄ちゃんが浅黒いのは西の国の特徴らしいの。小さい頃王国に流れてきたらしいの」
「え? 西に国があるの?」
「驚かれるんだけど、ありますよ」
「ゲル知ってた?」
ゲルは首を振る。
「遠いの?」
「かなり遠いみたいです。かなり小さい頃で、記憶が無いんです」
「うん、わかった。年齢は?」
「私が十七歳、兄が二十二歳です。家族は兄だけです。私と兄は何処でも大丈夫です」
「うん、わかったよ。読み書きはできる?」
「あの、兄と私は生きるのに精一杯で、読み書き出来ないんです。テクラさんとエルランドさんが読み書き出来るので、頼ってばっかりでした。路地で生きてましたので」
「うん、まぁ勉強して貰うからいいよ。ええとね、ロキの手伝いを頼む事になると思う。ロキはお茶とホップを育てて貰っているんだ。農場だけど頼むね」
「はい! ロキに会うのが楽しみです!」
「まぁロキが責任者になるから、ロニヤは部下になるから、そこだけ気を付けてね」
「へぇ。ロキが責任者なんだぁ」
「はい、これがゲルちゃんが作った紅茶。飲んでみて」
ゲルが三人分の紅茶を淹れてくれた。カップは木製の割れない奴だ。
「わぁ、良い香り。頂きます・・・美味しい」
「ね、クレープある?」
「出して良いの? 待っててね」
「あの、ゲル様にお出ししてい頂くなんて、ちょっと落ち着かないのですけど」
「あ、ゲルは俺の妻だけど、基本的に俺のメイドなんだ。ゲルはワイヴァーンアックスに雇われているわけじゃないのさ。俺は基本的にゲルには多少の魔法は使って貰っているけど、龍の力を出させないんだ。よほどの事が無い限りね」
「はい、クレープというお菓子よ。中はブルーベリージャムと乾燥石榴、秘密の甘味。あら? もしかしてお偉いさん以外で食べるのはロニヤちゃんが初めてかしら?」
秘密でもなんでもないのだが、砂糖が手に入らないので麦芽を煮詰めて糖分を出してから、煮詰めて水飴にした。もちろんロキにやらせた。ロキはおやつに半分持って行った。クソ。
「うわぁ! 凄い! お菓子なんて初めて食べました! いいんですか?」
「いいぞ。ワイヴァーンアックスでは美味しい料理も研究するから。今度から作って貰うからね・・・ん?」
俺は足をつつかれ、回りを見まわす。誰もいない。
「あれ?」
「あれじゃないよ。ノーラちゃんが来ているよ」
ゲルに言われて下を向くと、宿の娘、ノーラが俺を見上げていた。
「ノーラちゃんも食べる? 美味しいよ? こっちおいで。二人は大事な話をしているから邪魔しちゃ駄目よ」
ノーラは俺と離れた席に座り、クレープを二人で分けて食べている。俺もクレープを食べる。目の前ではロニヤがニコニコしながら食べている。
「すっごく甘くて美味しいです」
「それは良かった。でさ、王国でなにか変わった事起きていない? 王族関係でさ」
「そうですね、第二王子が結婚しました。お相手は王宮筆頭魔道師だそうですよ」
「え、ミサキが? 本当?」
「あら? ご存じなのですか? 神に匹敵する魔力と評判の魔道師ですね。第二王子が王位を狙っていると噂されてますね」
「なるほど・・・麦は高くなっていない?」
「そうですね、変わりないですよ。いや、ちょっと高くなりましたね」
王国への輸出を絞ったのかな? 軍が動きそうそうなのかな?
「王国では、パンはお腹いっぱい食べれるの? 魔物の肉でお腹を満たしているイメージがあるんだ」
「そうですね、パンは豊富では無いです。確かにパンより魔物の肉を食べている気がしますね。ガレンドールは違うんですか?」
「王国はね、どうやら宮廷魔術師が王国を覆うように結界を張っているんだ。結界の役目は二つで、加護を与えること、魔物の肉を食えるようにすることなんだ、多分。Bランク以下の魔法使いは王国内でしか魔法を使えないのは結界を出るからなんだ。最近、ミサキが結界を広げて、ガレンドールの街が結界内に入ったんだよ」
「え? ガレンドールでは魔物の肉は食べないんですか?」
「食べないよ。羊だって臭いのに、魔物なんか食える訳ないだろ。ほら、王国って山がちだろ。古い国って必ず山がちの場所に作られるんだよ。水害が無いからね。平地だと水害で住めないんだ。山がちで耕作地が少なく、麦が足りないんだろうな。そこでスキルを作り出し、魔法使いを作り、魔物を狩り、食えるように味覚まで操作する、これが王国の正体だと思っている」
「・・・」
「ま、うまいもん食わしてやるよ。あ、ゲル、あの本あるかな」
「ウフフ。悪い人ね」
ゲルは本を取り出し、ロニヤに手渡す。
「本ですか? 読めませんよ」
「その本は、ガッコさんがワイヴァーン退治したときの話を脚色したものだ。戦斧物語と名付けた」
「え? 実力はSランクのガッコフルーグさんの話? 聞いた事がありますよ!」
「まぁ君は読めないから返して貰うよ」
「ちょ、ちょっと待ってください! 読みたいです! 読みます!」
「フフフ。うちが読んで上げるよ。何回か聴けば、読めるようになるよ」
「え? いや、ゲル様にそんな・・・」
「ロニヤは病み上がりだからゲルと二人で部屋で休んでいてよ。俺は情報を集めて来るよ。ゲルの剣も必要だしね。その魔剣は駄目だ。目立ち過ぎる。ゲル、探知魔法で警戒しててくれ。場合に言っては例の魔法を使ってもいいけど、余り使うなよ」
「フフフ、わかったわ。行ってらっしゃい。あれ? ノーラちゃんも来るの?」
例の魔法とは敵意のある相手の呼吸を封じ殺す神の怒りと名付けた魔法だ。無意識に発動するので、今のところ最強の呪文である。俺は宿の外に出て、鍛冶屋を目指した。




