政治の話をしよう
第五十四話 政治の話をしよう
「おはようございます。今日は内政の話をしましょうか」
今日はガレンドール大公家に家庭教師に来ている。生徒は兄のエリヤスエーミルと、兄が好きな妹のマーヤレーナの二人だけなのだが、後ろにガレンドール公、ミセコール卿、その他沢山の方々の姿が見える。お茶とおやつのクレープは二人だけにした。
「今日も沢山来ていますが、無視して下さい。ではお願いします」
エリヤスはにっこりと笑う。マーヤレーナは細身のドレスを着ている。ドレスというよりタイトスカートに近い気がする。ワンピースにひらひらを増やした感じだ。流石に靴はパンプスではないようだ。鎧は止めたのか。うん、鎧より似合っている。
「マーヤレーナ、良くお似合いでお美しいです」
「マーヤは何でも似合いますから」
エリヤスエーミルが口を挟んでくる。エリヤスも結構なシスコンであろう。まぁ運命共同体、政権掌握に失敗したら二人とも殺されるであろうから、仕方ないのかも知れない。
「家庭教師殿、足を開いて踏ん張りがきかないのだ。もう少しひらひらしたドレスの方が良いかなと。これでは護衛にならない」
「なるほど。あ、メイドさん布を持って来て貰えます? テーブルクロスで良いですよ」
メイドが慌ててテーブルクロスを持って来てくれる。
「ゲル」
俺はゲルを呼ぶと、腰にタックを作りながら腰にテーブルクロスを巻いていく。
「こうやってですね、スカートにタックを入れてやると細身のシルエットでも大丈夫ですよ」
「ほう。家庭教師殿は詳しいな」
逃げられた昔の恋人が好きだったスカートだ。クソ。
「あとは太ももまでザックリとスリットを入れて、足を露出させるかですね。マーヤレーナ様はお足が綺麗ですので、相手が足を見ているうちに斬る事が出来ますよ」
「何を言っている。私の足など誰も見たくないぞ」
「マーヤ、私は見てみたいです」
「うむ。考えておく」
「さらにですね、太ももにベルトを巻いておき、内側に投げナイフ二、三本くらいだったら仕込めますよ。武器禁止のパーティでもこっそりと武器を持てます」
俺は太ももの内側に武器を隠す真似をする。アニメやマンガではよく見たけど、現実化するのが夢の一つだ。
「わかった」
武器が隠せると聞くと、すぐにマーヤレーナは納得した。頑張って足を露出させて欲しい。ナイフを取り出すときはかなりエロいということは伏せておく。
「では講義に入ります。王権を失う原因として他国との戦争に負ける、という事があると思うのですが、他になにかありますか。エリヤスエーミル様」
「そうですね・・・謀反とかでしょうか」
「流石です。謀反とか、反乱だとかですね。特に怖いのは民衆が立ち上がる場合です。これが大規模で発生したら、王権は無いと思った方が良いでしょう。王が民衆の支持を失った証拠になり、力のある人達が王位をもくろみ始めます。では何故発生するのか、答えは結構簡単だったりします。マーヤレーナ様わかりますか」
「簡単なのか? なんだ?」
「難しく考えすぎですね。食えないと反乱が起きやすくなります。飢饉ですね」
「ああ、そうか。食べられなくなって死ぬのであれば、戦って死のうと」
「マーヤレーナ様、その通り。もう一つ、城にいる奴らめ、俺たちが飢饉で死にそうなのにたらふく食いやがって、という感情も湧き、裕福な商会などが打ち壊されたりします」
「エリヤスエーミル様、飢饉の原因はわかりますか?」
「作物が採れなくなる状態ですよね」
「その通りです。では採れなくなる原因は?」
「冷夏や嵐、干魃でしょうか」
「大正解です。後は蝗でしょうね。地震や大火事、疫病などが含まれます。はっきり言うと、冷夏や嵐、蝗など防ぎようの無い、仕方ない自然現象なのですが、民衆はそう見ないと言うことです。王の心がけが悪いから、干魃になったと思うはずです。天人相関という現象ですね。天と人、つまり王が関係していると言う現象です。王が弱ってくると災害が起きると言う考え方です。教育レベルが上がると解消されるのですが、今の段階では難しいかと。天人相関の考え方で王が弱ってきた、と考えられたら、対処する方法は一つしかないんです。わかりますね?」
「王の交代、だな」
「マーヤレーナ様、正解です。弱った王は次代の強い王が殺して解決になります」
「防げないではないか?」
「違うぞマーヤ、備蓄しておいて配給しればいいのですよ」
「流石です。輸入か備蓄かどちらかなのですが、王国から輸入は難しそうですよね。私としては備蓄をおすすめします。国庫から極力支出した方が、人々からうれしがられるでしょうね。一方的な命令よりも」
「・・・考えます」
「エリヤスエーミル様、ありがとうございます。その言葉を待っていました。さて、王国って山がちで耕作地が少ないですよね。ガレンドールの街も小山にありますよね。どうしてかと言うと、平地は水はけが悪く、水害が起きるからですね。王国は人口も増え、平地へ移動したいはずです。小さな時は山に街が出来て、人口が増えると平地に移動が始まります。これが街の移動と呼ぶ現象です」
日本でも良くある話だ。郊外に大型のショッピングセンターが出来ると街が移動してしまう。
「平地には川があり、沼があり、湿地があります。用水路や堤防など大型の工事が必要です。やり過ぎると、民衆から恨みを買いますから気を付けて下さい。やるとすると、国庫からお金を出して工事をすべきです。失業対策ですね。農民を徴収すると、耕作が出来なくなりますから、相当恨まれます」
「お金が掛かりますね」
「ええ。稼がないと駄目ですね。この話は次回です。さて、この神話集を開くと三百年前に大いなる災厄の魔神が降り立ち、半数の人が死んだと書いてありますね。人々を殺しまくった魔神は飽きて元の場所へ帰っていったと。魔神の居場所を探したが見つからなかったと書いてあります。死んだ人々は黒くなっていたようです」
「大災厄の悪魔です」
「違いますね、エリヤスエーミル様。ペストという恐ろしい流行病です」
「えっ」
ガレンドール公を含めた人達もざわつき始める。
「病気について説明しておきます。病気というのは、大きく二種類有ります。体の中が駄目になる病気。体の機能が失われていくやつで、老衰ともいいますね。この場合は今回は違います。もう一つ、流行病。流行病の正体はもの凄く小さな『菌』と呼ぶ生き物です。非常に沢山の『菌』が存在しています。役に立つ菌もあります。お酒を発酵させてくれる菌ですね。菌が体の中に入ると、病気を引き起こします」
「病なのか? 家庭教師殿」
「ええ。ペスト、別名黒死病。非常に強い感染力で人口の半分を殺す恐ろしい病気です。特徴は感染すると皮膚が黒くなって死んでいきます。高熱が出ますね。ほら、この神話集にも、呪われると高熱を発し、皮膚が黒くなって死んでいく。だいたいは一家丸ごと、街一つごと呪われてしまうと書いてありますよ。ペストです。間違い有りません。悪魔で無いからと言って、安心しないでください。どんな悪魔よりも恐ろしいのはペストです」
中世において、ペストは世界中で猛威を振るっている。ヨーロッパでも、中国でも、流行すると人口が半減する恐ろしい病気である。
「話して下さい」
「ありがとうございます。エリヤスエーミル様。ペストの菌が何処から入って来るかというと、ノミです。ノミが菌を保有していて、ノミが人間の血を吸うと菌が人間に入り込み、ペストに羅患します。羅患したら隔離するしか対処はありません。勇気を持って隔離してください。恐らく村ごとの隔離になります。事前に説明しておいて、納得してもらって隔離することが大事でしょう。隔離する法を定めておくことも大事です。さて、ノミが何処から来るかというと鼠です。鼠がペストの菌を運び、ノミが人に菌を運ぶんです。鼠の干し肉とか食べたら駄目ですよ? 猫をバンバン飼って、鼠を退治しましょう。猫を迫害していませんか? 悪魔の使いとかいって」
「・・・猫は悪魔の使いだ。縁起が悪い」
「はい、その解釈は立ったこの瞬間から忘れてください。解釈を変えることはあなた方の役目です。猫で鼠を狩る、ペスト防止の第一歩です。次に清潔にしておく。ノミを発生させない。ゴミや腐った肉など鼠の餌になるようなものを置かない、捨てない。綺麗にしておく。清潔がペスト防止に役立ちますし、美観も向上しますし、感謝されます。風呂に入るのもいいかと思います。家に居る鼠はどこからペストを運ぶかと言いますと、野鼠や荷駄にいる鼠ですね。遠くからきた船の鼠もペストを持って居る可能性があります。船の場合は疑わしい高熱者がいたら四十日の停泊後ではないと上陸させたら駄目です。四十日は絶対です。で、王国は鼠を食ってますよね」
「コニーエディ、わかりますか?」
エリヤスエーミルはコニーエディに問いかける。
「あいつら食べますよ。主食は鼠ですよ」
「ありがとうございます。考えられるシナリオとしては、王国からペストが入って来ると考えた方が良いですね。やはり国境の峠は封鎖できるように砦化した方が良いでしょう。防衛の意味も兼ねて」
「諜報も役立つ訳ですね。ペストの発生を素早く知らせる、と」
「そうですね。その場合は諜報員は総引き上げになりますが、隔離が必要ですね。四十日間、清潔で栄養が行き届いた環境で暮らしてもらい、大丈夫だったらガレンドールに入れる、等です。人の出入りも制限が必要かも知れません。王国があまり良い状態では無い、と言うのがわかるかと思います」
「わかりました。エージさん。あと気になる流行病はありますか?」
「はい、エリヤスエーミル様。顔や皮膚があばたになる天然痘という病気の記録はありますか? 神話集には出てこないですね」
「うむ、聞いた事が無いが調べてみよう。対処法があるなら教えて欲しい」
ガレンドール公と思しき人が口を開く。
「はい。天然痘の人に触ったり、咳を受けたりすると感染します。咳に含まれる唾液ですね。咳には注意してください。マスクが有効ですね。さて、天然痘の特徴は抗体が出来ると数年は羅患しません。体の中に抵抗が出来るんです。ですが、実際に天然痘に羅患すると死んでしまいます。実は牛にも天然痘があります。牛の天然痘は人間にもうつるのですが、微少な病気で終わります。たぶん体が重いかな、程度のはずです。牛の天然痘と人間の天然痘は別種なのですが、非常に近くて、牛の天然痘の抗体が、人間の天然痘から護ってくれますね。膿をどのように人間に移すか、研究が必要です。もし発生した事がないのであれば、文書に残しておいて後世に伝えてください。とりあえず午前中はここまでです」
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