エピローグ(牧彦目線)
今年の桜は満開の時に雨が降ってしまい残念でした。むしろ梅の方がまだ綺麗に咲いてると思って庭を見てみましたが気のせいでした。
「同じクラスになれてよかったですね」
「まあな」
桜舞い散る中、里菜子と牧彦は歩いている。学校も終わり、そして今は帰っている最中だ。二人の家は学校から帰る途中まで一緒だということが分かったので今では普通に一緒に帰っている。
そして今日は春休みが終わり、始業式だった。
そして皆がドキドキするクラス発表があり、牧彦と里菜子は同じクラスだった。
それだけでも嬉しかったのに席に座ってみると名字の順番で隣の席同士で、
「またしばらく隣の席ですね」
と里菜子は笑い、牧彦も、
「だな」
と笑いあった。
牧彦は桜舞い散る中歩いていて、二年生になったんだなぁ、と感慨深い気持ちで明るい日差しの空を見上げる。
風はまだ肌寒いが、日差しは暑い。
里菜子のおろしている髪の毛が風で浮いている。
最近だと里菜子は髪の毛をおろして登校することが多くなり、蟹江が、
「最近ぐっと可愛くなってきたよね!」
と妙に里菜子に馴れ馴れしく接する機会も多くなったのでそこが妙に心配だし腹立だしい。
そして歩きながら学年末考査テスト…いわゆる進級テストの事を思い出す。
菱沼を見返すということでさらにやる気の出た牧彦と里菜子はそれから毎日のように勉強付けの日々を送っていた。
こういうと嫌な印象だが、実際にはミリやノアもおずおずと参加し、里菜子の言葉が足らない所などをカバーして教えていたし、補習組の例の五人も、
「自分たちもヤバいからお願い」
という理由で里菜子・ミリ・ノアの三人組を先生として仰ぎつつ勉強を習っていたので、そこまでぎっちりと勉強をやっていたわけでもなく、わりとにぎやかに喋りながら勉強をしていた。
ほんの少し里菜子が他の男に勉強を教えているのにはモヤモヤとした感情が沸いたが、それを飲み込んで牧彦は「打倒菱沼」を合言葉に勉強にのめりこんだ。
そのおかげか進級テストでの赤点は数学一つ、英語一つの二つだけで、他の教科は赤点からなんとか免れた。
しかしその目の敵にしていた菱沼だが。三月の後半から転校して別の学校に通うことになった。
菱沼はクラスの皆から馬鹿にされ、先生からもクラス全員の前で馬鹿にされたと思ったのか、あのホームルームの次の日から学校に来なくなった。
すると菱沼の両親が学校に乗り込んでクレームを言いに来たらしい。
先生方もそれまでの菱沼の対応などにも悪い所があったなどと中立の立場からの意見を言ったらしいが、
「もういいです!こんな物分かりの悪い学校じゃなくて別の学校に行かせますから!」
という事で決着がついたようだ。
「可哀想だね、善悪の基準を教えてもらえず育った菱沼は」
と先生は心の底から悲しそうな顔をして転校手続きをしてもう居ない菱沼に同情していた。
なので「打倒菱沼」は宙ぶらりんのままで挫折してしまった。
頭が悪いと馬鹿にされたままで終わっちまったな、と牧彦がこぼすと里菜子は言った。
「学生の時には勉強が一番ですけど、社会に出たらろくに役に立たないことの方が多いんですよ。社会に出て役に立つのは勉強そのものではありません、何かを学ぼうとする向上心…知的好奇心と人間性です」
里菜子はそう言いながら牧彦に向かい合って言った。
「ですから自分は勉強ができると自慢している人は勉強そのものにすがってるだけだと思うんですよね。他の人からしてみたらどうでもいいことです。
それよりだったら、何かを覚えようと動き、人と和やかに喋られる人の方が世の中重宝されるものですよ。牧彦君はその点において学級委員長に大幅に勝っています」
「まずは進級おめでとうテストがありますね」
里菜子の言葉に牧彦は我に返り、ふう、とため息をつく。
「おめでとうならテスト出すなよって感じだけどな」
「あるものは仕方ないんですよ」
里菜子はからかう口調で牧彦を見上げた。
牧彦は、今日もテストに向けて勉強しますか、という言葉が出てくるのだろうと思っていると、
「桜も綺麗ですし、完全に散る前に山際公園まで見に行きませんか」
という言葉が返って来る。
確かに。
この陽気に風で散りつつある桜をみると、今のうちに見ないと損だという気分にもなる。牧彦は頷いた。
二人は山際公園の展望台まで上がって、そして斜面に咲いている桜を眺める。
「ピンクですねぇ」
「だな」
少し風があるのでここに来るまでに何度も桜吹雪に巻き込まれ、石段にも桜が敷き詰められて里菜子はその度に綺麗綺麗と喜んでいた。
そんな里菜子の黒い髪にも桜がいくつも引っかかていて、それを伝えるとなぜか嬉しそうで、そんな喜んでいる里菜子を見ているとこちらも嬉しい気分になってくる。
「…思えば、皆既月食のあの時からだったな、俺が勉強って結構楽しいもんだってお前に気づかされたの」
「ああ、そういえばあのころは…正直エロに興味のある人としか思ってませんでした。保健体育の性教育の辺りに興味あるから教えてくれよとか、セクハラと嫌がらせの混じった発言をしていましたね」
ふふふ、と笑顔で辛辣な事を言って来る里菜子の言葉に牧彦は、
「忘れてくれよ…」
と視線を逸らす。
なんでそんなところまでキッチリ覚えてんだよ、自分でさえ忘れていたというのに…。
「だけどあの発言のおかげでこの人は勉強に入るとっかかりが持てないだけなんだなって思ったんです。エロ目的でも学ぼうという姿勢は見えましたから」
いや…それは…男だったら普通に興味があるだけで…何かを学ぼうとしてたわけでも…ないんだが…。
牧彦は心の中でそう途切れ途切れに突っ込んでおくが、口には出さない。
結局のところあれの発言でここに連れて来られて、今の自分があるんだ。
「…これからもよろしく頼めるか」
皆既月食のあの夜のように手すりにもたれかかりながら里菜子に聞くと、里菜子は笑って、
「もちろんですよ」
と返す。
「それでも牧彦くんは部活で忙しくなりますね」
「まあな」
これから本格的に陸上が忙しくなるだろうから、里菜子と勉強する時間は減ってしまうだろう。
「寂しくなりますね」
里菜子に顔を向けると、里菜子はハッとした顔になって、
「いえいえ!今までテスト勉強だ進級だ見返すぞってことでいっぱい傍にいたので!なんだか懐かしい日々みたいに今までの事が駆け巡りまして!」
里菜子の顔がほんのり赤くなって髪の毛が揺れる。
「…」
牧彦は黙って里菜子を見ていると、里菜子は下唇を噛みながら恥ずかしそうに視線を逸らし、チラとこちらを見てからまた目を逸らす。
そしてまたこちらをチラと見てから向こうへと頭を動かした。
「何でそんなこっち見てるんですか…」
「見ちゃ悪いか」
「悪いというかなんというか…」
里菜子はそこで言葉を小さくして何も言わず、手すりに手をかけて自分の足元を見ている。
恥ずかしがっている姿を見るのが楽しいから見てると言ったら怒るだろうか。
「…桜見てくださいよ」
耐えきれなくなったのか里菜子が上目遣いで軽く睨みながらそう言ってきた。
その照れながらの軽く睨みあげてくるその表情にやられたのか頭が一瞬白くなり、口が勝手に動いた。
「俺里菜子のこと好きだ」
里菜子が目を見開いてこちらを見上げてくる。
「…え?」
言ってから無意識にそんな事言ってしまったのに気づいて顔に血が昇った。
里菜子の顔を見ると、見る見るうちに顔が真っ赤になり、耳から首元までが赤くなっていく。
「お、おまえ、俺、嫌いか?」
何を言えば良いのか分からなくなり、ロボットのような片言の言葉を辛うじて絞り出すと、
「え、や、あ、あの…嫌いではなく…むしろ好き…あいえ好ましいと…好ましく…思っています…好き…と言われれば好き…です…はい…」
体をもじもじくねくねと動かしながら里菜子は言うが、バッとこちらを向いた。
「え、っていうか好きって言いました!?」
「言ったよ!」
「ああ…聞き間違いではなかったんですね…」
里菜子はそう言うと、下に広がる桜と町なみに目を移しながら、軽く息をつく。
「…性的な目で見れない私でもいいんですか?私は勉強ばっかりで女としての魅力には欠けていますよ?」
「そんな女の魅力がなくて勉強しか能のないお前がいいんだ」
言ってからかなり失礼な事を言ったと思ったが、里菜子は微笑むように唇を引きあげ、目にじんわりと涙を浮かべながら牧彦を見上げる。
「…どうしよう、全然褒められてる気はしませんが嬉しいです」
「褒めたんだ」
むしろそこが好きだと思えたんだ。
「褒めてないですよ」
里菜子は笑いながら目を軽くぬぐい、牧彦に向かって手を差し出した。牧彦は里菜子を見る。
「いい気分なので手繋いでください、お願いします」
牧彦は里菜子の手を握る。
「…なんか桜の雑学でもあるか?」
「桜の木の下には死体が埋まっているというフレーズが有名ですが、ご存知ですか?」
「聞いたことはある」
「これは明治時代の作家・梶井基次郎という方の小説『桜の樹の下には』という小説の冒頭にある文で…」
暖かい日差しにまだ少し肌寒い風、そして柔らかい里菜子の手に、とつとつと続けられる桜に関する知識。文学の話から始まったのに、桜は冬の間にピンクになる色素を幹に溜めていているとの話に変わっている。
やっぱり里菜子のこういう話を聞くのが好きだ。
そして思う。里菜子にこうやって教わるばかりではなく、対等に話し合えるようになりたいと。
…追いついてやる、お前にも。
牧彦は里菜子の手をもっと強く握ると里菜子は口をつぐみ、手がじんわり熱くなった。
最後の最後までエロとか性的っていう単語の出てくる恋愛ものでした。お粗末。




