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今行きます!(里菜子目線)

ある意味一番敵に回してはいけない系男子、里菜子の兄。

里菜子は学校から帰って、牧彦とのラインのやり取りをじっと見ていた。


今日で牧彦が学校に来なくなって三日たつ。


ファミレスでミリとノアと食事をしている時に牧彦が怒って帰ってしまったあと、必死に、


「確かに最初はあの男を見返すためにと思っていたけど、ほとんど最初のほうでその事は忘れていたし牧彦くんが勉強熱心になるのが、勉強に興味を持っていく姿が嬉しくてそれで最初の目的は関係なく牧彦くんに勉強を教えていた」


という事をポンポンと短い文にまとめて送ったが、未だに全てのメッセージには既読の二文字はついていない。

メッセージを見るのすら拒否されては打つ手なしだ。


「はぁ…」


ミリとノアを少し笑わせようと思ってなんであんなことを言ってしまったのだろうと今更ながら後悔が押し寄せてくる。

最後の牧彦の「ガッカリした」の言葉を思い出すたびに心臓に長い剣でも突き刺されたかのような痛みが響いていく。


少し離れた席に座っていた男子四人も牧彦がファミレスから急に出て行ってしまったのに驚いて、蟹江というクラスの中でギャル男扱いされている男子に何かあったのかと言いながら近寄ってきた。


「…里菜子ちゃん、このタイミングでありゃいけないわ…」


蟹江は語った。


学校から帰る間際、あの学級委員長の菱沼に牧彦は色々と好き放題言われていたらしく、それも里菜子が牧彦に勉強を教えるのは内申点のために利用しているという事を言ったらしい。


その言葉を思い返すと、菱沼は何を自分中心に物事を考えているのか、そして自分の頭の中で勝手に考えたことをさも私がそう考えてるとばかりに周りに言いふらすなんて、という怒りが里菜子の中に沸き上がる。


しかしそれと同時に結局は牧彦に言われた通り菱沼を見返すために牧彦を利用したのは事実であって、牧彦に勉強を教えようとした動機なのだから、自分にも悪い所はなかったかという冷静な考えも浮かんでくる。


「…はぁ…あああ~…」


里菜子はソファーの隙間に挟まるかのようにゴロゴロとソファーの背もたれに頭を突っ込む。


「どしたの里菜子」

巧がコーヒーを持ってリビングに座る。


里菜子はソファーの背もたれに体を向けてジッと横になっていると、巧は何も言わずにテレビをつけた。


「兄ちゃんはさぁ」

ソファーの背もたれにやや頭を突っ込んでいる姿勢なので自分の声はよく聞こえるが、巧からはくぐもった声に聞こえているのだろう。巧からは「ん?なんだって?」という声が返ってくる。


「兄ちゃんは自分の目的のために相手を利用する人の事をどう思う?」

「嫌だよ」


即答が返ってくる。


「…その人が利用しようとする最初の目的を忘れてその人のために頑張ろうって思ってても?」


巧は少し黙り込んで悩んでいるようだったが、

「それってどんな状況?惚れたはれたの世界?なに?スパイ映画の恋みたいな?不二子ちゃんとルパンみたいな?」

と聞き返してくる。


当たらずも遠からずの質問返しに里菜子は起き上がって、今までの事を巧に話した。


最初は嫌な学級委員長を見返すために牧彦を授業に出させ勉強を教えようとしたこと、それでもほぼ最初の辺りでその事は忘れ、牧彦が勉強に興味を持ち始め、少しずつでも勉学をしている姿を見ると嬉しかったこと。

牧彦に学級委員長が内申点のため自分が牧彦を利用したんだろうと言ったこと、自分は内申点のために動いていないが確かに牧彦を利用しようとしたのは本当であること、牧彦が始業式の日から学校に来ないこと、ラインも見てもらえていないこと…。


段々と話していて悲しい気分になってきて、少し涙ぐみながらも最後まで話し終えた。


「これ以上牧彦くんが学校に来なかったら、本当に留年しちゃうかもしれない」

「家まで迎えに行けばいいじゃん」


巧はそう言うが里菜子は頭を大きく振る。

「牧彦くんの家行ったことないしどこにあるのか分かんない。クラスの連絡用ラインもあるけどほとんど皆見ないし、先生に聞いたら教えてくれると思う?プライバシー保護とかで断られないかなぁ?」


うーん、と巧は腕を組み、

「僕も猿田彦くんにライン送ってみようか?」

と言いながらスマホを動かしてテーブルの上にスマホを置いて、ジッと見ているが返事は無いようだ。


「…うーん、猿田彦くん、このくらいの時間帯ならそれなりに返してくれるんだけどなぁ」

巧はそう言いながら里菜子を見る。


「なあ里菜子、とりあえず猿田彦くんには謝ったんだよな?」

「謝ったよ、さっき言ったこと書いてラインで送って…」

「いやいや、ごめんって言った?」


ハタと里菜子は自分のライン履歴を見るが、牧彦に送ったのは全て言い訳で、ごめんなさいという謝りの言葉は入っていない。思えばファミレスでも言い訳しか言わずごめんとも何も言っていなかった気がすると思った。


それでも今更謝罪の言葉を送っても、という気持ちと、送っても見もしないし…と鬱鬱とした気分になる。


「謝って…ないけど…けど、私本当にそんなつもりで牧彦くんに接してたわけじゃない…牧彦くんが勉強して、それで一緒に二年生になって、それで卒業出来たらって…思って…」


「里菜子はそうだったとしても、牧彦くんはショックを受けて傷ついたんじゃないの?」


巧の言葉に何も言い返せずに里菜子は黙った。


テレビからワハハハと豪快な笑い声が聞こえてきて、こちらの沈黙を上滑りして響いて行く。


「里菜子はどうなの?そんな学級委員長のために猿田彦君に勉強教えたって実績が増えて嬉しい?」


「…別に」

あの菱沼のためにやったわけじゃない。


あれは自分が菱沼がやらなかったことをやってのけたと後から精神的にマウンティングするつもりで動いた。


「猿田彦くんとはこれからも仲良くしたい?」

「…」

コックリと里菜子は頷く。そしてさらにジワッと涙が浮かび上がってくる。


今のところ、酷く嫌われてしまっている。


それなのにこれからも変わりなく仲良くしてくださいなどと牧彦にすり寄って、ファミレスの時のように人を突き放す口調で、人を心底憎いという顔つきで、そしてあのように手を力任せに振り抜かれたらと思うと怖い。


そうなったら完全に牧彦とは元通りの関係に戻れない気がする。


ファミレスの戸を開けて出て行く牧彦の背中を思い出す。何もかも拒否しているようなあの強ばった背中を。


あの時、男は背中で語るってこの事なんだな、と見送ったが、実際はそんなのん気なことを考えている場合じゃなかった。あの時追いかけて引き止め謝るべきだったんだ。


馬鹿だ。


兄に言われて気が付いた。

自分は自分のために「こういう事だからこうなったわけで本当はそんなつもりはない」と一生懸命に事情説明と共に言い訳を並べるばかりで、牧彦に一つも謝っていない。


涙があふれて、口から嗚咽が漏れて里菜子は眼鏡をはずして涙を拭っていく。


「でもっ、でもっ、仲良くしたいって言っても、連絡取れないし、学校にもこないし、きっともう何もかも嫌になったんだ、私と関わるのも…」


そのまま嗚咽交じりに巧に訴え続けると、バサバサと音がするので里菜子は顔を上げた。


すると巧は今日届いたチラシを一枚ずつ選別している。

「里菜子、今日の特売で安売りしてるのどこか調べて」

「…?」

里菜子は涙と少し鼻水を垂らしながら巧を見ている。


普段巧はスーパーのチラシなど全く見ないし、なんでこんな自分が泣いてる状況でいきなり特売だの安売りしてるところを探せだの言ってくるのか。


巧はスマホを操作し、耳に当てている。どうやらどこかに電話をかけているらしい。


「あ、もしもしー?みっちゃん?そーそー、オレオレ。ほら、前に授業の一環で山際町一帯のスーパーの調味料の値段調べたって言ってたじゃん?

マヨネーズが普段百七十六円で売ってる所って分かんないかなぁ?…ん?あーいやいや、ちょっとうちの事情で知りたくてさ…うんうん、おねがーい、後でラインに送ってーはいはーい」


巧はチラシの山から引き抜いたスーパーのチラシを里菜子の方にも渡してくる。

「今日の日付で、特売がやってるっていうなら猿田彦くんが買い物に来るかもしれない」

「…なんで」


里菜子はそう言いながら気の無いようにチラシに手をかけながら聞き返すと、


「猿田彦くんの家、母子家庭でお母さんは朝早くから夜遅くまで働いてるみたいなんだ。前になんでそんなに物の値段にも詳しいし料理上手なの、趣味なのって聞いたらそんな状態だから俺が買い物して作ってんだって返されてね」


そうだったのか、ということと、何で兄はそんな自分ですら知らない牧彦の情報を知っているのかという軽い嫉妬に囚われたが、巧は続けた。


「だから特売で物が安いとなればそのスーパーに買い物に来るだろう。そして以前猿田彦くんは言ったね?近所のスーパーでマヨネーズは普段から百七十六円だと。

それなら仮に今日会えなかったとしてもマヨネーズの値段が普段から百七十六円だというスーパーを見つけられたなら、猿田彦くんが普段使っているスーパーを特定できる。

そうして物の値段が安くなるこの夕方の時刻にそのスーパーに行けば猿田彦くんと行き合う可能性も大きくなる。そうじゃないかね、妹よ」


ペラペラと話す巧に、里菜子は多少呆然としながらその言葉を聞いていた。


そんな里菜子を巧はチラと見て、

「そんなボンヤリしてる暇はないぞ、特売は大体五時から五時半、移動の時間も考えてそろそろ出なければ間に合わない。行き違いになるからとにかく探せ!」


兄の叱咤で里菜子はチラシをひっくり返し、今日の特売か安売りをやっているという事が書かれたチラシを弾いて行く。


すると巧のスマホがブルブルッと震え、そして操作し、

「スーパーヤオチョウってところがいつも一律百七十六円でマヨネーズ売ってるところだって。この辺だと一番安くマヨネーズ売ってるみたいだね、そこ今日どうだ?チラシ来てるか?」

と里菜子に聞いて来たので、弾いたチラシからスーパーヤオチョウを探す。


するとデカデカと、

「感謝!創業三十周年ありがとうの大安売りセール!」

という大きい見出しの文字があり、あとは様々な物が何円引き、何割引き、など書かれてある。時間帯を見ると、五時からタイムセールをやるらしいと書いてあるのが見えた。


スーパーヤオチョウと言えばここから歩いて十五分、自転車を使えばその半分以下で行ける。


「…いって来る」

里菜子は立ち上がって部屋に向かい、軽く着替える。


さっきまでゴロゴロとソファーで転がってしまったのでキッチリ編み込んだ三つ編みもボサボサだ。


髪の毛をほどいて櫛でとかし、もう一度三つ編みを作ろうと思ったが今は五時を五分過ぎている。三つ編みをする時間さえない。


里菜子はマフラーに手袋、コートをサッと身に着け、

「行ってきます!」

と慌ただしく出て行った。


リビングの窓から自転車に飛び乗って家の敷地から出て行く里菜子の後ろ姿を見送り、巧は軽くため息をつく。

「いいなぁ…僕もあんな高校時代過ごしたかったなぁ…」

巧がストーカーと化したら恐ろしいことになりそうだなって、これ書いてて思いました。

きっと彼の将来は探偵でしょう。「僕探偵なんだよ」と女の子に言っても、はいはい、で終わる系探偵。主な仕事は浮気調査。

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