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補習ファイトですよ!(牧彦目線)

高校三年生の時の夏休みに何か用があって学校に行ったと思うんですが、なんで学校行ったのか全く覚えてません。学校行ってなにやったのか全く覚えてません。記憶が抜けています、怖い。補習だったのかなぁ。

「…っああ…!」

牧彦は正月明けでも学校に赴いて補習を受けていた。


とはいっても大体赤点を取ったテストのやり直しやそこの勉強などを先生とほぼマンツーマンで習っていて、そして今は昼も近いのでそろそろ帰ってもいいと先生が去っていったところだ。


当初真面目に補習を受けに学校に来ていた牧彦に対して補習担当の先生らは多少引きつった顔でおっかなびっくり勉強を教えていたが、それでも何を言うわけでもなく、眠るでもなく黙々と補習を受け、分からないことはその場で質問する牧彦に、少しずつ問題児に対する対応ではなくごく一般の生徒に対する対応で接してきた。


それに他の補習を受けに来ていたクラスメイトたちも、こいつも赤点を取って共に冬休みを学校に来なくてはならない苦痛を味わっている仲間という意識が芽生えたのか、最初は挨拶から始まり、


「お前、どれ赤点取った?」「やっぱり数学とか意味分かんねえよな。この世から消えればいいのに」「俺全部赤点だったわ」


という会話を交わすようになった。


そして年明け最初の補習を受けた今日の朝、

「猿田くんって話せば案外と普通なのな、もっと不良だと思ってた」

「ああ俺も。学校サボって町中で喧嘩してんだと思ってたけど、思ったほど不良じゃねえよな」

と言われ、今まで自分はどのように見られていたのだろうか、ただ授業をサボっていただけで…と少し呆れた。


確かに、持ち前の体格と顔つきのせいで町中で因縁をつけられ、絡まれたことは何度かある。


だがそんな変な輩に絡まれたら即座に持ち前の足の速さでその場を逃げ出していた。

巻き込まれたといっても他校生と喧嘩などしたら最悪部活が停止になって大会への出場も取りやめになってしまう危険性があったからだ。


それに今までで推薦で進学できるほどの自分の足の速さに追いつける者たちはいなかった。


「ってか、猿田ってなんで急に授業出始めたわけ?」


補習組唯一の女子…というよりギャルと呼びたくなる見た目の蜂須賀(はちすか)美恵(みえ)という女子が補習も終わったという事で鏡を見て髪型を整えながら牧彦に聞く。


「寝ててもいいから授業出ろって里菜子に言われて…」


そうだ、最初は全く授業を真面目に出る気など無かったし、なんとなく里菜子の良いように動かされているのが面白くなく、当てつけのように本当に授業で寝ることにした。

だが当てつけで寝ていても里菜子は全く何も言わないのでこちらも引っ込みがつかずずっと寝ていたが、次第に毎日黙って寝続けるのも苦痛になった。


そのあとは里菜子の戦術にはまるように勉強の道へとまっしぐらに突き進んできたが、それでも最初の頃のようにいいように動かされていると思うことは無い。


「ってかあんた北島さんと結構話してるし、よく一緒に歩いてたり帰ってるよね?なに、付き合ってんの?」


ズケズケと聞いてくる蜂須賀の言葉に牧彦は一瞬言葉を失って黙っていると、すぐさま否定しないのを見て、まわりの補習組の男子…蟹江(かにえ)美央(みお)というチャラい雰囲気の男子がすぐさま、

「えー!なに付き合ってんの!?」

と身を乗り出し騒ぎ始める。


すると栗田(くりた)冬真(とうま)という真面目そうに見えるが全て赤点を取ったという男子が、

「知らなかった…クソ、補習仲間だと思ってたのに…このリア充め」

と憎々し気に牧彦を睨みつける。


すると尾田(びた)昭雄(あきお)という背の低いバスケ部の男子が首を動かして、

「北島里菜子って…ああ、猿田くんの隣の席じゃん」

とニヤニヤと笑い、臼井(うすい)圭太(けいた)という柔道部で体格の大きい男子があまり顔つきも変えずに、

「やっぱり勉強できないとあんな頭いい女子に惹かれるもんか?」

と言って来る。


次々と飛んでくる言葉に牧彦は、

「ちげえよ!」

と返すが、人を茶化すモードに入っている男子高校生はそんな言葉一つで止められない。


それぞれが、照れるな、どんなところが好きなの、定番のデートスポットは、キスしたのだの色々と聞いてくる。


「だからちげえって言ってんだろうが!付き合っても何でもねえよ!勉強教わってんだ俺は!里菜子に!」


牧彦は顔を真っ赤にしながら机を叩きつけると一瞬皆その音に黙り込んだが、すぐさま、

「顔真っ赤にして~」

「猿田くん結構純情なのね~」

「別に否定しなくてもいいってば~」

「やだ可愛い~」

となぜかオネエ言葉で体をくねらせ、からかってくる。


こいつら…くびり殺してやろうか…。


「あんたその目つきやめた方がいいよ、本当に人殺しそうでシャレになんない」


何気に化粧をしながら蜂須賀が言ってくるが、大体にしてこの話題を作り出した元凶はお前だろうがと蜂須賀を睨む。

しかし全くこちらを見ず、真剣な顔で化粧をしているので睨まれていることに全く気付いていないようだ。


「で、里菜子ちゃんに勉強教わってても結局補習に出るくらい赤点取ったんだな」


チャラい見かけの蟹江にそう言われて牧彦は、う、と口ごもって黙り込んだ。


そして、何でお前が里菜子の事を「里菜子ちゃん」といきなり名前呼びにしてんだという面白くない気分が沸きあがってくるが、それを口にすると先ほどのようにからかわれるだろうと気にしないふりをする。


そしてクリスマスの日、赤点ばかりのテストを見られ落ち込んでいる牧彦に対して言われたことを思い出す。


「…つい最近勉強に真面目に取り組んだからって一、二ヶ月で高得点が取れるかって言われた…」


その一言にその場がシン…と静まり返ったが、次の瞬間にはドッと笑いが沸き起こる。


「そりゃそうだ!」

「あっははははは!ウケる~!」

「なんだ、北島って結構毒舌だな」


「なに知らないの?あの子言うことはハッキリその場で言うよ?」


男子たちの大爆笑に、蜂須賀も真剣な表情で鏡を見て化粧をし終えた顔をチェックしながら言葉だけ参加している。


「いやだってそんな目立たないし大人しい雰囲気だし…三つ編み眼鏡で読書少女で頭が良いって言ったらさぁ…」

と尾田が言うが、そのような見た目で判断して里菜子に近づくとえらいことになる。


きっと何も言い返しやしないだろうと近づき声をかけると、その知識の多さとそれに伴う語彙力の多さとそれに伴う自信と一般常識から外れた斜め上の理論を使って正々堂々と立ち向かってきて、そして意表を突かれた相手を簡単に言葉で組み伏せてしまうだろう。


そんな相手を言葉で組み伏せて腕を組みどこか誇らしげに笑っている里菜子の姿が脳裏によぎって、思わず笑いが零れた。


するとふと鏡から顔を上げていた蜂須賀がこちらを見ているのに気づき、目が合った。


蜂須賀はニヤッと笑い、

「恋してるねぇ。お若いの」

とギャルの見た目に似つかわしくない年寄りのような言葉を言って来た。


その言葉に周りの男子らも反応し、先ほどのようにわぁわぁ騒ぎだすと、

「おい!」

と声が教室の前の扉から飛んできたので、全員の目がそちらに集中する。


そこには誰なのか分からない人物…いや、確か…そうだ、確かあの男はこのクラスの学級委員長、菱田…なんとかという男だ。

ホームルームなどではただ偉そうにニヤニヤと笑いながら座ってる所しか見たことが無いので存在感が薄い。


「ぅゎ、菱沼だ」


栗田がそういうので、菱田ではなく菱沼だったかと頭の中で名前を塗り替える。


菱沼はズンズンと歩いて教室の中に入ってきて、

「お前ら補習も終わったんだろ?これからこの教室でトロンボーンの練習するからさっさと出て行けよ」


皆の顔が一斉に嫌な顔になり、菱沼という男を微妙に睨みつけるやら、不愉快だとばかりに顔を逸らすやら、舌打ちするやらと先ほどまでの楽し気な雰囲気とは打って変わって険悪な雰囲気になる。


その菱沼は化粧をしている蜂須賀に目を向け、眉間にしわを寄せた。

「学校で化粧してるのか…校則違反だろ」


蜂須賀はイラッとした顔で菱沼を睨む。

「もうこれから帰るんだからいいでしょ」


菱沼は、ハッと相手を馬鹿にするような顔を蜂須賀に向けて笑った。

「そんな塗り壁みたいな化粧して、これから男探しにでも行くのか?」


蜂須賀はカッとなった顔つきで立ち上がる。


「そんな濃い化粧で男に声かけたって、ホイホイついてく男もいないぞ。第一俺も好みじゃないし他の男だってそうだろうさ」


菱沼は蜂須賀が怒っているのにも関わらず相手を馬鹿にする笑いを浮かべてそんな事を言っている。


「別にてめえのために化粧してんじゃねーよ、こちとら彼氏のために化粧してんだし。てめえ中心に考えてんじゃねえよ」


蜂須賀がそう言いながら菱沼を睨むと、

「テレビで女優とかモデル見てねえのかよ、こんな感じのメイクだろうがよ」

「流行に乗れてねえ男だな」

と蟹江や臼井も加勢して菱沼に言い返している。


補習仲間という仲間意識がそうさせているのだろうか。いや、見たところ全員この菱沼という男が現れた瞬間に険悪な雰囲気になったので、その嫌悪感からの仲間意識なのかもしれない。


菱沼はそんな様子を見て、哀れさをうかがわせる見下した顔つきになって一人ずつを見渡した。


「こんな負け組にいくら言われたってなんも悔しくないね。俺は補習なんて受けなくてもいいほど頭いいから」


「…あぁ?」

これには牧彦もイラッとして思わず口を出すと、菱沼は一瞬ビクッと体を揺らした。


「てめえさっきから聞いてりゃ随分と偉そうじゃねえか、ああ?」

牧彦は立ち上がって菱沼にズンズンと近づいて行くと、菱沼は少しずつ後ろに引いて行って教室から出そうになる。


すると菱沼の後ろに誰かが現れて、ボヨンとぶつかった。菱沼は驚いて後ろに首を向けると、人が三人ほど後ろに立っていて不思議そうな顔つきで菱沼を見ている。


各自の手にはトロンボーンが握られているので、恐らくこの教室で練習をするためにやってきた仲間なのだろう。見ると二年生、三年生などのピンバッチが襟につけられているので先輩たちらしい。


「どうしたぁ?菱沼」


菱沼のぶつかった先輩…まるで森のくまさんとでも言いたくなるその顔つきと体型、間延びした声に牧彦の怒りが抜けていく。


菱沼は、

「ああ、先輩…」

と言いながらどこかホッとした顔つきになって、まるで哀願するかのようにその先輩に体を向ける。


「補習が終わったはずの人たちが中々どかないし、化粧している女子がいたから注意してたら、急に殴られそうになって…」


「は?」


牧彦は顔つきを歪めて菱沼という男を見た。


ただ詰め寄っただけで殴ろうとなんてしていない。


「ほら僕ってこのクラスの学級委員長じゃないですか?だから当たり前の注意をしただけなのに、皆で僕をなじってくるし言う事は聞かないし、挙句の果てには暴力を振るってこようとするし…」


菱沼はそう言いながら先輩たちに背を向け、牧彦に目を向けてきて目と口を弓なりに歪める。

「最低ですよね、人間として」


この野郎。


牧彦は目を吊り上げ、怒りに手が震えた。


こいつ、自分より格下と思った奴には言いたい放題のくせして、自分より立場が上の奴らが現れたらコロッと態度を変えてさも自分が被害者だとでもいうように言いやがって…!


と、視線を感じたので顔を上げると、自分より身長の低い菱沼の向こうに居る森のくまさんのほのぼのとした顔が自分を見ている。


やはりその顔を見ると体中にみなぎっていた怒りが抜けていく。


その森のくまさんは、「困ったね?」とでも言いそうな顔つきで首を傾げ、何気なく同情的な目を牧彦に向けている。


その目を見て、何となくこの森のくまさんは菱沼という男が何かやらかして牧彦が怒っていたみたいだと察しているような顔つきに思えた。


もしかしていつも一緒に同じ楽器を扱う仲間として練習していて、この菱沼の本性でも見抜いているのだろうか。


牧彦がそう考えながら目を瞬かせていると、やれやれ、と森のくまさんは動き出し、

「菱沼ぁ、人に最低だなんて言っちゃいけないぞ」

と言いながらのそのそと菱沼を押しのけながら中に入ってきて、牧彦に向かい合った。


「ごめんねぇ、いつもこの教室使ってるから使いたいんだ」

と言いながら教室の補習組に向き直り、いいかなぁ?と首をかしげる。


全身からみなぎるほのぼの森のくまさんオーラに全員から毒気が抜けたとみえて、白けた表情で各自帰る準備をし始めた。


牧彦も森のくまさんを見ているだけで怒りの感情がどんどんと抜けていくので帰り支度をし始め、バックを持って廊下に出た。

猿田、蟹江、蜂須賀、栗田、尾田、臼井に共通するものなーんだ。

…うんうん、…うん。

そうだね、猿かに合戦だね!…え?尾田は関係ないだろうって?


尾田は、ビタグソ、つまり牛の糞のことだよ!イエーイ!

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