たまには参拝するといいものですよ(里菜子目線)
おみくじは和歌などの歌が一番重要らしいですよ。詳しくは「神様の声を聞くおみくじのヒミツ」という本をどうぞ。
クリスマスの浮かれた気分はあっという間に終わり、日も一日一日と過ぎて行き、そして除夜の鐘がどこからか聞こえる中、新年が明けた。
牧彦と里菜子は最寄りの山際駅にて落ち合い、そして電車に乗って乗り換えてと移動して行く。
そして降り立った駅から少し歩き、里菜子は道路の向こうを指を差した。
「ここは旧甲州街道です。江戸時代によく使われていた街道の一つで、この道を通って江戸時代の旅人や旅行者はここを歩いていたりしたんですよ」
「へえ」
牧彦はそう言い、
「昔使ってた道って残ってんだな…」
と感慨深げに言っている。
里菜子はおかしくなって含み笑いをした。
「言っておきますけどね、今残ってる道の大半は大昔から使われていた道ですから。それを舗装して歩きやすくしているだけですよ。
一説には今ある主要な道路は縄文時代の人が歩いて作った道とも言われているんです」
「嘘だろ」
牧彦は驚いたように目を見開いていて、里菜子は、
「案外と縄文時代って深いんですよ。獲物を捕って狩猟ばかりしている原始的な生活しているかと思いきや、海路で離れたの地域の人と交流していたり、固い勾玉をツルツルにする技術を持っていたり、アスファルトを接着剤代わりにして矢じりと木くっつけてますからね。
むしろその技術をどこで学んだの、というレベルの高さがちょいちょい垣間見えますからね」
ふーん、と牧彦は頷き、そして旧甲州街道とやらに視線を向ける。
「じゃあもしかしたらこの甲州街道とやらも縄文人が歩いてて、そのあと弥生人とか…えーと平安人とか歩いてて江戸の奴らも歩いてて、それが今も残ってるってわけか」
平安人って…。
里菜子は牧彦が弥生時代から平安時代まで一気に時代を飛ばしたことと、縄文人弥生人ときて平安人と続いたので、頭の中に狩衣姿の縄文人が矢じりを持って自分の足で野山を駆け巡り、そして集落にいる十二単姿の女性に向かって、
「獲物追ひおいゆきたりし我が恋は矢じりのよふに見えぬなりかも」
(あなたという獲物を追って追いかけましたが獲物に刺さった矢じりのようにあなたに対する私の恋は見えないものなのでしょうね)
みたいに歌を詠んでいるのが頭の中に浮かび上がってきて、あまりのおかしさに笑いを噛みしめた。
本当は大声で笑いたいところだが、牧彦的には大真面目に縄文という大昔から現代までの悠久の時を巡っているという感慨にふけっているのだから、それを笑い飛ばすというのは失礼だと思ったからだ。
「けど江戸時代ってもっと有名な道なかったか?」
「東海道ですか?」
「あ、それ」
牧彦の言葉に里菜子は頷く。
「やっぱり一番有名ですもんね。ほら十返舎一九の東海道中膝栗毛とか、名前にインパクトあって頭に残りますし。語呂もいいですし、膝栗毛ってところで男子は笑いますし」
「つーか、膝栗毛ってなんなんだ?」
「栗毛って、馬のことなんです。栗毛色の馬ってよく聞くじゃないですか。そして自分の足で歩いて行く姿を馬とかけ合わせたんだと思いますよ。
けど語呂がいいですよね。やっぱ江戸時代は『それは桑名の焼き蛤』などの語呂のいい言葉遊びが流行っていましたし」
牧彦は里菜子の顔を見下ろす。
「なんだ?その焼き蛤って…」
里菜子は牧彦の顔を見上げる。
「その手は喰わないぞ、という言葉がありますね?そして三重県の桑名の名物は焼き蛤なんです、そこの地名の名産とその手は喰わないの『くわ』をかけて、その手は桑名の焼き蛤。まあダジャレです」
牧彦は鼻で笑って、
「下らねえ」
と言いながら前に視線を戻す。
その一言を聞いた里菜子の目がキラッと光り、
「その『下らない』という言葉も江戸時代に生まれた言葉です」
牧彦が里菜子に顔を向ける。
「京都方面から江戸に来るお酒などはとてもいい物が多かったそうで、これを下り酒、と良い意味で使っていたらしいんです。
しかし関東付近のお酒は当時あまり質が良くなかったそうで、これを京都方面から下らない酒、という意味合いで下らぬ酒というようになって、次第にいい物の代名詞だった『下り』が『下らぬ』と悪い意味合いで使われるようになったらしいですよ」
これは一説ですけどね、と付け加えると牧彦は、ほー、と言いながら、
「江戸時代の言葉も結構残ってんだな」
と言う。
「そうですね。他にもヤバいとか、札付きの悪とか、だらしないも江戸に生まれた言葉みたいですよ。ちなみに東海道中膝栗毛に出てくる弥二さんと喜多さんですが。この二人カップルって知ってました?」
ふーん、と牧彦は頷いたが、え、と言いながら里菜子に向き直った。
「男同士じゃねえの?」
「男性同士ですけど、明治に西洋の文化が入って来るまでは男同士の恋愛もごく普通にあったみたいですよ。キリスト教って同性愛禁じてますもんね。
けど日本だとむしろ男女の愛より男同士の愛の方が心がガッチリ繋がってるっていう意識で高潔、という感じだったみたいですけど」
えー…と妙に嫌そうな顔をする牧彦の顔がなんだか楽しいので里菜子は続けた。
「織田信長も、前田利家や森蘭丸という美形を小姓として可愛がっていましたし、武田信玄は可愛がってる男の子の他に言い寄ってる男の子が居て、それがバレて本命はお前だよと謝罪と言い訳の手紙を男の子に送っています」
牧彦の顔がマジかよ信じられねえ、とばかりに歪んでいくのが楽しいので里菜子は続ける。
「仏教世界でも男性は女性を相手に恋愛が出来なかったので男の子を相手に恋愛してました。それに奈良・飛鳥時代に詠まれた歌にも男性同士の恋愛のやりとりがあります。そんな大昔から男性同士の恋愛というのはあったんですよ。
それが武士社会になっていくと命をやり取りする時にこの人の命を守りたいという想いも相まって高潔なもの、という流れになっていったのだと思います」
「…っそ」
わりと牧彦が全体的に引いてきたのでこの話題はここらでやめておこうと里菜子は口をつぐみ、そして目指している場所が見えてきたので牧彦の腕をポンポンと叩く。
「ほら、あそこですあそこ」
近代的な造りのマンションや店などが立ち並ぶ道路の脇に木製のシックな壁がみえ、その木製の壁の向こうには広い砂利の敷地が広がり、その奥にはまさに寺、という建物が並んでいる。
正月なので初詣に来ている人々が静かに、あるいは賑やかに笑い合いながら参拝している。
「…なりたやま…」
灯ろうに書かれている文字を見ながら牧彦は呟いているが、
「なりたさん、と読みますよ」
と里菜子は軽く言い直しておいた。
「成田山といえば不動様です。その不動様は勝負事にもいいんですよ。ここは特に厄除けに効果があるらしいですけど」
里菜子はそう言いながら牧彦の顔を見上げる。
「試験も勝負です。ここで二年生に進級できるように祈りましょう」
「神頼みかよ」
そんな事のために正月からこんな遠くまで来たのかとばかりに牧彦は笑うが、里菜子は真剣な表情だ。
「いいですか、神頼みでも誰かに宣言するということはそこでやる気を出すという事です。ついでに参拝したという事で何となく気持ちもよくなります。たまには寺社へお参りというのもいいものですよ」
牧彦はあまりそういうのに興味はないらしく、ふーん、とだけ返ってくる。二人はまず本殿にお参りをしてから不動尊を祀る所へと移動し始める。
「けど不動ってあれだろ、怖い顔で炎だしてる…」
「そうですよ。けど不動様って顔は怖いんですけど優しいんですよ」
牧彦はプッと笑う。まるで仏を相手に知り合いのように言っているのが少し笑いの琴線に触れたんだろう。
里菜子は牧彦をたしなめる顔つきになり、
「本当に不動様は優しいんですよ?あの怒ってる顔は他の仏様が優しく諭しても耳を貸さない人たちを相手にするための怖い顔なんです。
あの炎も人の煩悩を焼き尽くすためで、手に持ってる剣は煩悩を断ち切るもの、そして手に持ってる縄は道から外れそうな人を捕まえて元の道に戻すためのものなんです」
里菜子はそう言いながら牧彦を見上げる。
「そんな道を外れかけた人でも見捨てず助けようとしてくれるんですよ。優しいでしょう?」
牧彦はふーん、と言いながら里菜子を見る。
「俺に対するお前みたいなもんか」
え、と牧彦を見ると、
「お前も言葉で俺のこと教室に引きずり戻しただろ」
とかすかに笑いながら里菜子を見る。そう言われると里菜子もおかしくなってフフッと笑った。
そして里菜子は不動尊を祀る所を見る。
子供の頃はこの怒った顔で炎を背負った姿が怖いと怯えていたが、実際にはそのような理由で人のために怖い顔をしてる優しい人…ではなく仏だと分かったら一気に好きになった。
見かけは怖いのに優しい人というギャップにキュンとしたというのもある。
「今は引っ越して山際町に住んで居ますけど、兄が高校受験受けるまではこの辺に住んでて、ここによくお世話になっていたんですよ。
ですから何かある度にここの不動様にお参りして、その度に受験とか試験とか検定も何事もなく無事に合格してきたのでご利益がありますし」
里菜子たちは並んでいる参拝者の後ろに並び、そして牧彦を見る。
「ですからそのご利益を牧彦くんにも受けてもらいたくて。お正月だというのにおつきあいありがとうございます」
牧彦は少しはにかんだ表情で目線を逸らした。
「別に…暇だし」
その表情をみると妙に胸がキュンと苦しくなる。
正直、初詣に誘ってみたはいいが、あまり牧彦は信心深いようにもみえないし、初詣にも欠かさず行くこともないようなので面倒だと断られるかと思っていた。それでも二つ返事で行くと返されて少なからずホッとしたのと同時に嬉しい気持ちも沸きあがった。
クリスマスのあの日、家に手袋を忘れてきてしまったのに雪が降っていたので手がかじかんでいた。
そして牧彦がふいに自分の手を掴んできたのだがその手がとても力強くて暖かく、周りの浮かれた雰囲気と浮かれる気分にさせるクリスマスソングに流されたのか、思わず牧彦のその強く暖かい手にもっと包まれたいと手を握ってしまった。
握ってから恥ずかしいことをしていると思い、誤魔化すように手が冷たいので暖を取らせてと両手で牧彦の手を挟んだ。
いや、実際に手がかじかんでいたのは事実だが、牧彦の手を挟んでから余計恥ずかしいことをしていると気づいた。しかしそれ以上に牧彦の手が本当に暖かかった。
男性の方が女性より体の熱を作る筋肉量が多いので、男性の方が体は暖かいというのは本当だったんだ、と思っていたら牧彦は自分の手を更に挟んできて、
「どうせカイロがわりだろ、使え」
と…。
正直、あの時の事を思い出すだけで心臓の動きが早まるし顔がうっすらと熱くなる。
最初に手を掴まれたのはハイタッチ的なものと言っていたので驚きつつも納得したが、それでも手を包み込まれるあれはどう考えても…男子とはあんな風に好きじゃない女の手を両手で掴むものだろうか。
というよりそこまで好きでもない女の人に手を掴まれたら男の人は迷惑そうな顔をして手を引くか振り抜くものじゃないだろうか。
そもそもそんなに好きでもないのなら、女の手をわざわざ両手で掴んでくることもない。
あれは嫌いではないと言っているようなものなのでは、いいやそんなわけはない、牧彦は自分をそんな性的な対象で見るかと言っていた。それでもあんな…手を…。
あの時の事を思い出し、胸がドキドキとしてきて里菜子は下をうつむいた。
何となく前々から思っていて気にしないふりをしていたが、もしかして自分は牧彦のことが好きなのではないかと思っている。
じゃなかったらこんなに恥ずかしいとも思わないし心臓もドキドキしないし顔に血も昇らないのでは。
だけど自分は牧彦に性的な対象で見るかと言われたし、そこまで男の人に好意を抱かれるほどの魅力もないし…。
一つ前の家族連れが前からよけ、自分たちの番になったのでそのような悶々とした考えを頭の隅に寄せ前に進み、参拝する。
まずそんな恋愛などの悩みは置いといて、これは初詣で牧彦と共に二年生に進級することを一番に祈りに来たんだ。自分は模範生徒なので普通に二年生に進級できるだろうから、主に牧彦の事を祈っておこう。
「(私も含め隣の牧彦くんが二年生になれますようお力ぞえください、私も牧彦くんを鍛えます)」
そして一礼しつつ、隣にあるおみくじを見て牧彦に、
「引きますか」
と一声かけるととっくに祈り終わっていた牧彦もそうだな、と言いながらお金を払っておみくじを引く。
そして後ろの人の邪魔にならないよう脇によけてからおみくじを開いた。
「お、大吉」
里菜子はそう言いながら学問の所を見る。「学問…心配ない今のままでよい」とのことだ。
「牧彦くんどうでした?学問は?」
牧彦はおみくじの内容を見てからほらよ、と里菜子に見せてくる。
牧彦は中吉のようだ。学問の所を見ると「学問…努力あれば実る」とある。
「これは…努力しないといけませんね」
「おみくじでそんな真面目な顔しなくていいんじゃねえの」
牧彦がそう言うが、里菜子はまた真剣な顔で牧彦を見上げる。
「何を言っているんですか、おみくじとは遥か昔から神様の言葉が人や物を介して聞けるという神事・信託と同じことなんですよ。つまりこれはこのお不動様の言葉も同じことなんです」
と言いながら興味本位で牧彦の他の所のを見ていく。
「牧彦くん、待人はもう居て、失せものはすぐ見つかって恋愛は待てば来るらしいですよ。商売繁盛で転居は南方が吉らしいですけど、これは今はあまり関係ありませんね」
「…ああそうか」
里菜子はおみくじを牧彦に返し、自分のおみくじも最初から隅々まで見ていく。
そして恋愛を見ると、
「隣人となら幸福あり、安心せよ」
隣人?
里菜子は近所の人という事かという考えが浮かんだが、ふと、隣の人、という意味なのではという考えに至る。
隣の人といったら牧彦ではないか。そう考えると心臓がドッと高鳴り、思わず牧彦を見上げると牧彦と目が合ってすぐさま目を逸らす。
「なんか書いてたか?」
牧彦はそう言いながら上からのぞき込んで来ようとするので、
「え…ええ!大吉ですからそりゃいいことも書いてますよ!」
と言いながら里菜子は慌てておみくじを折りたたんでポケットに押し込めた。
…このおみくじ、大事にしておこう。
出てきたお寺は、妖怪検定(中級)を受けに行く途中、ついでについて来てた母に不動様は勝負事にいいからお参りしようと立ち寄ったお寺をモロにモデルにしています。「調布不動尊常性寺」です。
おかげさまで受かることが出来ました。ここを借りてお礼申し上げます。




