ポッケに手を突っ込んだら危ないですよ(牧彦目線)
今年の東京は雪が凄かったですね。こっちは生まれて初めて家の部屋の中が氷点下になりました。
「…まさかファミレスでの勉強がダメだとは…」
里菜子が呆然とした顔つきで隣を歩いている。
ケーキを堪能した後、ノートとテストを広げて色々と牧彦に教えていると店員がやって来て、
「あの…お食事なさる他のお客様がお座りになれませんので…長時間の勉強のほうはちょっと…」
と曖昧に声をかけられ、里菜子は明らかに「え、ここで勉強するのダメだったの!?」とばかりに動揺し驚き、慌てて店を後にした。
里菜子的には飲食の出来る図書室感覚でそこで勉強と思ったらしいが、店側からしてみたら迷惑だったみたいだ。
思えば今は冬休みで、しかもクリスマスだというのだからそりゃあ客はたくさんくるのだろう。実際、会計のレジに並ぶと順番待ちしているグループが何組か待合席に座っているのが見えた。
「あー、まさか知らぬ間に迷惑行為をしていただなんて…。飲み物も飲めるし居心地のいい空間だと思ってたら…もうあの店いけない…」
里菜子はわりとショックを受けたようで、先ほどから落ち込んでいる。
「それでもドリンクバー頼んだしケーキも頼んだからいいんじゃねえの、ただ席に座ってただけじゃねえし」
雪の降りしきる中、牧彦はそう言いながら里菜子を軽く慰めておいた。
今日は十二月二十五日。
朝に里菜子からファミレスに行きませんかとラインが来た時点でこれはクリスマスデートかと一瞬一人で色めきだった。
しかしそのすぐ後に、
『テストの復習をしましょう。筆記用具とノートも持参でどうぞ』
と来たので、そうだよな…とガッカリした。
里菜子は無意識のうちに持ち上げて落とすのが得意だ。
そんな里菜子のやり方に俺は何回騙されれば気が済むんだと自分自身にも呆れかえり、次は騙されねえぞと心に誓った。
「…思えばホワイトクリスマスですね…」
里菜子はぽつりとつぶやいている。
まさか雪が降ってくると思っていなかったので里菜子も牧彦も傘を持っていない。
里菜子はフードつきのコートを羽織っているのでフードで雪を防いでいるが、牧彦はフードのついていないジャケットを着ているため髪の毛にどんどんと白い雪が積もっている。
「…西暦っていつできたか知ってますか?」
「…知らね」
里菜子の突然の質問に素直に返す。
「まあ今の西暦マイナスですよね。ちなみにキリストが産まれた次の年から西暦は始まったとされています。そんで今日がキリストの誕生日とされています。ですからキリスト教の方々は今現在キリストの誕生を祝って…」
「パーティーでも開いてる最中か?」
里菜子の言葉を遮るように言うと、里菜子は笑いながら見上げてきた。
「日本だともう外国のイベントは何でもお祭り状態ですけどね、外国ではクリスマスを静かに祈る所の方が多いらしいですよ。こっちでいう年越しみたいな感じなんじゃないですかね?」
ふーん、牧彦は返す。
今はどこを見てもクリスマス一色でクリスマスソングが流れ続け、それもサンタやトナカイのステッカーなどが店の窓に並び、ツリーも飾ってあって町の至る所がピカピカしている。
むしろ里菜子はこの状況の中をファミレスまで歩いてきてどうして今日がクリスマスだと気づかなかったんだと思った。
「あと六日後には年越しですねえ」
しかもクリスマス一色でおあつらえ向きにホワイトクリスマスだということで皆がどこか色めきだって浮かれている様子なのに、里菜子の頭の中では除夜の鐘でも鳴っているようだ。
どこかしみじみとした顔で降ってくる雪を見上げている。ゆく年くる年でも思い浮かべているのだろうか。
「牧彦くんは初詣だと行きつけの神社とかお寺ってあります?」
里菜子の脳内ではどうやら除夜の鐘も終わって新年を迎えたようだ。
「別に決まっちゃいねえが、近い所に行って…。ねえな、ここ数年…」
思えば小学生以来面倒だと初詣に行っていない。
中三の受験シーズンの時には受験祈願のため初詣に行っている者もいたが、自分は陸上の推薦で十月にはもう今の高校に進学することが決まっていたため祈願する必要もなかった。
「それなら私の行きつけの所があるんですが、そこに行ってみませんか?元旦のお昼ご飯食べた後ぐらいに山際駅に集合でどうでしょう?」
「おう」
面倒だと思っている初詣だが、里菜子の誘いとなれば別に面倒ではない。むしろ新年から誘われたという事に関して嬉しいという感情の方が勝っている。
そうしてお互いが無言になり雪の中を歩いていると、
「…牧彦くん」
と声をかけられたので牧彦は里菜子を見下ろす。
「進級して一緒に二年生になりましょうね」
里菜子の頭の中は新年を通り越して三月まで飛んで行ったようだ。それでもその一言は素直に牧彦の胸に突き刺さる。
「それで修学旅行に行って、三年生になって、共にあの学校から巣立ちましょう。そのためなら私は全力で牧彦くんをバックアップします。ですから、一緒に頑張りましょう」
里菜子のその言葉に思わず胸が苦しくなって、里菜子に向き直り手を取って戦友を称えるかのようにガッチリと握り、
「おう」
と返した。
里菜子は驚いたように自分の顔を見上げ、その顔を見て自分の手が勝手に里菜子の手を取っていることに気づいてバッと手を離した。
「あ、いや、ハイタッチ的な…」
牧彦はモゴモゴとそう言いながら何を勝手に動いてんだ俺の手は、と里菜子から視線を逸らして手をワキワキと動かしつつポケットの中に手を突っ込んだ。
里菜子もどこか挙動不審な足の動きをしつつ、
「雪が降ってる時にポケットに手を入れていたら転んだ時に受け身が取れなくて危険ですよ」
と子供の頃小学校の先生に言われたようなことが里菜子の口から出てくるので、牧彦は、はいはい、とポケットから手を出した。
その手をガッと掴まれたので驚いて里菜子を見ると、里菜子が自分の手を掴んで…いや手を繋いでいる。
え、え?
戸惑いで思わず体を強ばらせると、里菜子はこちらを見ず、
「手袋…忘れて手が冷たいんです、さっき触った牧彦くんの手が暖かかったので暖をとらせてください」
と言いながら冷えた両手で自分の手を挟まれる。
「…あったかー」
幸せだとでもいいそうな表情にどうにも耐えられない感情がよぎっていくが、里菜子は無意識に人を持ち上げ落とす方法を繰り返し自分にやっている。
だからこれもそんなに深く考えず自分をカイロ代わりにしているのかもしれない。
騙されるものかと耐えようとしたがその柔らかく自分より一回りも小さい両手がとても愛しくなり、もう片方の手で里菜子の手を挟む。
里菜子は驚いたようにこちらを見上げるので、
「どうせカイロ代わりだろ、使え」
と言うと里菜子は口を少しモゴモゴと動かしつつバッと視線を逸らした。
「な、なんか照れますね!」
「…」
その言葉に牧彦は反応した。
里菜子は言いたい事はハッキリと口にするタイプなのだから嫌ならやめろと、不愉快なら不愉快だと言ってくるはずだ。
そんな里菜子が照れると言葉に出すという事は、そこまで脈が無いというわけでもないのでは…?
そうだ、そこまで好きでもない男にもしこんな両手で掴まれたとしたら、女はすぐに拒否して叫ぶか逃げるか手を引き抜くはずだ。
そもそもそんなに好きでもないのなら、男の手をわざわざ両手で掴んでくることもない。
牧彦の心臓の音が段々と高くなってきた。
これは嫌いではないと言っているようなものだ、そうだ、これは確実に好意を持っている反応だ、いや自分がそう望んでいるからそう見えるのか?だが好きでもない男に対してこんな顔を真っ赤にして顔を背けるなんて対応するか?
一瞬で頭の中をそのような考えがかすめ通っていく。
牧彦は軽い動悸で少し呼吸を荒くし、ゴクリとつばを飲み込んで里菜子を見た。
…もしかしてこれは、告白できるチャンスなのでは?こんなクリスマスで、しかもホワイトクリスマスで、お互いに手が触れ合っている状態で、しかも里菜子はこんなにも顔を赤らめ恥ずかしがっている素振りを見せている。
今なら…告白してもいいのでは?いや、きっと今しかない。今のこのタイミングしか…!
牧彦は軽く浅く呼吸を整え、真剣な顔をして里菜子の顔を真っすぐに見た。
「…里菜…」
「おおー!里菜子、猿田彦くーん!」
のん気な声が聞こえてきて、牧彦は思わず里菜子からバッと手を引いた。それと同じタイミングで里菜子も手をズバッと上にあげた。
声の聞こえてきた方向に目を向けると、声と同じくのん気そうな顔つきの里菜子の兄、巧がホクホク顔で、
「ホームアローンと34丁目の奇跡借りたんだけど、猿田彦くんも一緒にみなーい?」
とコートのポケットに手を突っ込みながら駆け寄ってきている。
なんっで…よりによってこのタイミングで…!あの野郎…!
牧彦は巧から視線を逸らしてクアア、と悔しい感情交じりのため息をつくと、口から白い息がボワボワと吐き出されていく。
しかしこちらの悔しい気持ちなど知りもしないとばかりに巧はのん気な足取りで、その様子を見ると無性にイライラしてきた。
「この二つは名作だよね、クリスマスの時になったらみたくなる名作ズベシャラッ」
うっすらと雪の積もったマンホールの上を駆け足で通った巧はそのまま流れる動作でかかとからツルーンと滑ってそのまま背中と肘を強打し、「グオ、グオオオ…」とその場を蠢いていた。
そんな兄の姿を見た里菜子は、牧彦を見上げる。
「…ほらね、ポケットに手を入れたままだと危険でしょう…?」
体育の授業の柔道で受け身を習った後の冬の季節、
「受け身を習っていて助かったぜ…」
的な報告があちこちから上がっていた中学校時代。私も受け身を取って後頭部強打せず済みました。




