控えおろう、控えおろう(前半牧彦、後半里菜子目線)
時代劇って、一時間だと飽きるけど、三十分だと人の心情があんまり丁寧に描写されてなくて物足りなく感じる…とアニメの鬼平犯科帳見て思った。
期末テストが終わり、終業式も終わり、ついに冬休みへと突入した。
「ふふふ…ふふふふふ…」
里菜子は嬉しそうな顔で目の前の牧彦を見る。ここはファミレスで、
「あんなに赤点まみれだったあの牧彦くんが…こんなにも赤点を回避できたなんて…嬉しい限りです」
と里菜子は牧彦のテストをバラッと並べてみている。
牧彦は日本史に国語、そして生物と保健体育と家庭科は赤点を回避できた。その他の世界史と数学二教科、化学、古文に倫理、英語の教科二つも赤点だったが。
しかし嬉しそうな里菜子とは対照的に牧彦はひどく落胆している。
あれだけ里菜子に熱心に教わり、そして里菜子の勉強の邪魔じゃないかと思えるほど質問し続け、ほとんど里菜子の休日も潰す勢いで勉強を教わっていたというのにほとんどの教科が赤点で、その赤点じゃない日本史や生物もスレスレで回避したようなものだ。
確かに赤点じゃないのが増えたのは嬉しいが、あれだけ真面目に授業を受けて、勉強し続けた実力がこれかと思うとガッカリし、里菜子にも申し訳ないという気持ちにもなって来る。
今現在、ファミレスで落ち合い、そして牧彦のテストの間違ったところを復習しようという事で今は里菜子が牧彦のテストを見ている最中だ。
言葉を聞く限り里菜子は嬉しそうだが、それも俺を盛り上げるために内心ガッカリしているのを隠してテンションを高めにしているんじゃないかとも思える。
「ほとんどダメだったけどな…」
里菜子が内心思っているだろうが口にできないだろうことを牧彦は自から言う。その方がすこし気分が楽になれるとばかりに呟く。
里菜子が期末テストどれほどの点数を取ったのかは聞いていないが、自分から勉強が楽しいと公言するほどなのだからきっと高得点を取った事だろう。
そんな里菜子に自分のほぼ赤点ばかりのテストを見られるというのは非常に恥ずかしく身のやりどころが無くなってしまう。
すると里菜子はまるで男のようにフハハハ、と笑った。
「そりゃあ、生きてきて十六年間ろくに勉強が好きじゃなくて高校の夏休み以降はほとんど授業に出なかった人が、約二ヶ月…いや、ほぼ一ヶ月半で高得点が取れると思ってたんですか。
そんな状態で全ての教科から赤点脱出って、どれだけの天才なんですか、もう」
そんな天才なら私必要ないですよ、と里菜子は笑っている。
その言葉を聞いて牧彦は、あ、こいつ本当に俺が何教科だけでも赤点取らないことに喜んでるんだな、と気づいた。
「今バーッと全部の答えを見たんですけど、これはケアレスミスだなってのと本格的にこれ基本から分かってないなってところが大体分かりました。
なので、数学でも英語でも古典でも化学でもその基本から学んでいきたいと思います。世界史、倫理は歴史の流れの筋から人物の裏話などを聞いていただければ覚えていただけると思いますし」
里菜子はそう言いながら牧彦を真向かいから見てくる。
「確かに赤点の数は多いですが、一ヶ月半で国語の点数がこれほど飛躍的に伸びたことに関しては凄いと思えます。やっぱり少しずつでも本を読むようになったからだと思います。
家庭科は…まあ料理が上手な牧彦くんだったら今回のは得意分野だったでしょうし」
国語は五十一点、今回の家庭科のテストはほとんど食事や料理に関するもので、なんとなくこうだろうと思いながら書き進んでいたら今回のテストでは一番の高得点、八十二点をゲットした。
小学校低学年以来見た事がなかった点数に、牧彦はテストを受け取ってから点数を見て、
「うおおっ!?」
とその場で叫んでしまったほどだ。
「とりあえず今のところの目標は、牧彦くんと共に進級することです」
進級という二文字が牧彦の脳裏をかする。
そして自分から授業を受けることを拒否したとはいえ、夏休み明けから暑くてだるくて授業に出ていなかったことが今更ながらに悔やまれてくる。
「…やっぱ今の俺程度じゃ進級できねえか?」
里菜子は少し黙り込み牧彦を見てくるので、何も言わないという事はそういう事なのかと不安な気持ちが胸をよぎった。
「留年する一番の原因は出席日数が足りないことで、勉強ができないというのはその次くらいです」
出席日数となると余計自分は進級できないのではという考えが浮かんだが、里菜子は少しおかしそうに笑いながら牧彦を見る。
「私も出席日数だけはどうにもできないので少し調べてみたんですが、どうやら留年するほど出席日数が足りないと判断されるのは全体の授業で三分の一以上欠席した場合らしいんです。それと生活態度もチェックされてるみたいですね。
私の記憶が正しければ牧彦くんは四月から六月までは一応毎日授業に出ていましたが、七月になるとたまに教室にいないことがあって、そして夏休みになって明けた九月以降には度々教室にいなくて、学園祭が終わったあとからはほとんど教室に居ない日々でしたね」
二学期もほとんど後半になった辺りに知り合ったというのに、自分でも覚えていないことをよく覚えているな、と牧彦は思い、もしかしてそれほど自分に興味があったのではという考えに行きつきそうになるが、今までの里菜子を考える限りそんなことは無さそうなので黙っておいた。
「それで一応不安になったので担任の先生に聞いてみたんですけど、牧彦くん、あなたの出席日数ですが…」
そこで里菜子は言葉を止めて黙ってこちらを見てくるので牧彦はダメなのか、ダメだったのか?と里菜子を黙って見返す。
しかし最近妙に里菜子が可愛くなったように見えて、どうにも目を真っすぐに見るのがためらわれるので少し目を逸らしたが、出席日数の事を聞いているというのに目を逸らすとなんだか不安になって来るのでまた里菜子の目を見た。
里菜子と目を合わせると、里菜子は少し瞬きが多くなり、スイッと目を逸らすがチラチラとこちらに目を合わせ、
「出席日数は今のところまだ大丈夫ですが、これ以上休んだらちょっと危険みたいです。生活指導の先生に何度か注意されても生活態度を改めないという部分でも大幅に減点されてるみたいなニュアンスの事をほのめかしていましたので。
ですから三学期は真面目に授業に出ていれば留年の危機からはまず避けられると思っておいてください」
その言葉に牧彦は鼻から息を吐いてホッとする。
なるほど、そういうところでも留年の危機に陥ることもあるのかと牧彦は軽くゾッとしたが、今から思えば身から出た錆だ。
「とりあえずはテストの復習、そして再テストでの赤点脱却です」
赤点があれば冬休み中に学校に赴き、もう一度同じテストを受けることになる。ついでに三つ以上赤点取った者は補習も度々あるようだ。
休みなのに何で学校に行かねえといけないと内心かなり思っているが、そんな事を里菜子に言っても、
「赤点さえ取らなかったらそんな事にはなってないんですよ?」
とでも言われて終わりそうなので素直に行くことにした。
夏休みにも再テストや補習と言われていてサボる気満々で陸上の合宿に行こうと思っていたが、その時は陸上の先生に、
「猿田、再テストと補習を受けなきゃ秋の大会には出さねえぞ」
と合宿メンバーから外され、キレながら補習に出た記憶がある。…とは言っても暑すぎてほとんど帰りに食べたアイスの味しか記憶にない。
牧彦はチラと里菜子を見る。
もう少し早めに里菜子と出会っていれば、もっと早くにこうやって勉強にも向き合えただろうにともったいない気持ちが沸きあがる。(注:春から同じクラスなので出会ってるには出会ってた)
「…お」
その里菜子はファミレスの窓から外を見て声をあげるので牧彦もそちらを見て、おお、と声を出す。
「雪か…」
「初雪ですねえ。どうりでさっきから外が暗いと思ってました」
里菜子はそう言いながら、
「雪はどうして降るのかご存知ですか?」
牧彦はええと…、と目を泳がす。
「雨が凍る」
「そうです、雲の中に含まれる水蒸気が耐えきれなくなって落ちてくるのが雨、それが寒さで凍って落ちてくるのが雪」
「あられとヒョウと雪ってなんか違うのか?」
牧彦がそう聞くと里菜子はどこか嬉しそうに含み笑いし、ドリンクバーから持ってきていたオレンジジュースをストローで飲んだ。
* * *
「なんだよ」
牧彦がなんで笑われたのかというちょっとした疑問とも軽くムッとしたともとれる顔つきで言ってくるので里菜子はストローから口を離し、
「ちょっとしたことから疑問を感じて、それを聞いてくれるようになったんだなぁと思いまして」
と言う。
少し前まで牧彦は『で?』の一言でとにかくこちらが一方的に話してるだけだったのに、最近だと少し気になった事はこのように質問してくるようになってきた。
その成長が里菜子には嬉しく、身を乗り出す。
「そういうのを知的好奇心というんです。何かを学ぼうという好奇心はいいものですよ。別に知らなくてもいいと思った時点でその人の成長はそこでストップしてしまいますから。
ああちなみに五ミリ以上の氷の塊がヒョウ、五ミリ以下の氷の塊があられ、先ほど牧彦くんが言った通り雨が凍ったのが雪です」
そこまで話して一旦口をつぐみ、里菜子は更に続けた。
「『デイ・アフター・トゥモロー』という映画があるんですが、これの中にはすごい大きさのヒョウが落ちてきます。東京に」
「東京に」
オウム返し返ってくる牧彦の言葉に、里菜子は苦笑した。
「その映画の字幕には東京と書かれてましたが、撮影したのは多分アメリカのチャイナタウンですよ」
という。
里菜子が産まれるかそれ以前のアメリカ映画の大半で「日本」と字幕で紹介されているのは、そのほとんどがチャイナタウンなんだろうな、と思えるのが大半だ。
「あと日本って字幕があっても中国の仙人が居そうな山が出てきたり、忍者が『アイヤー!』って叫んでカンフーしてたり…。
あとアメリカ映画は何かあったら核を落としてどうにか解決できたぜ的なものも多いですし。原爆落とされた国の身にもなってよって感じですよ」
ふう、とため息をつく里菜子を、牧彦は軽く鼻で笑いながらリラックスした姿勢と顔つきで話を黙って聞いている。
そのどこか力の抜けている雰囲気と視線に、里菜子の心臓がドッと高鳴って思わず視線を逸らした。最近こんなに頻繁に視線を逸らしていて牧彦に変に思われていないだろうか。
「里菜子は映画も結構見るんだな?」
と牧彦が聞いてくるので、そんなに視線を逸らしていることを気にしてい無いようだと思いつつ、
「ええ。映画も趣味の範囲内と言っても過言ではありませんね。デイ・アフター・トゥモローももちろんいいですし、『天使にラブソングを』も心がホワッとしますし、『羊たちの沈黙』はゾクッとしますし、『アイアンジャイアント』も楽しいですし…。
『オペラ座の怪人』は最初から最後まで圧巻で鳥肌ものでしたねえ…。あ、ちなみに今挙げたのは全部アメリカ映画です」
とパッと思いつく限りの映画を上げていって牧彦を見ると、牧彦は、
「さっき散々アメリカ映画の事けなしといて」
というので里菜子は、
「でもいいものはいいんです」
と返す。
しばらく二人で見つめ合っていたが、どちらとともなく、ふふふふ、と笑い合う。こうやってお互いに笑い合っていると随分と仲良くなれたなぁと思う。
まさか学級委員長の菱沼を見返すためとはいえ、こうやって同級生の男の子と夜に出かけたり休日にも落ち合ったり家に招き入れたりこうやってファミレスで話し合ったりするだなんて数ヶ月前まで予想できなかった…。
里菜子はそこまで考えてふと気づく。
あれ、それって全て付き合ってる同士がよくするようなことなんじゃ?
一瞬里菜子の脳内はフリーズしたが、それでも少し目をキョロキョロと横に動かし、首もブンブンと横に振った。
いいや、私のこれは勉強を教えるためにしている行為であって、牧彦もそれを承知の上で行動しているに過ぎない。
それに皆既月食があったあの夜に牧彦も言っていたではないか、誰がお前をそんな性的な目で見るかと。
そうだ、自分は男の人にそんな目で見られるような魅力などない。家でも上下お揃いで毛玉だらけのスウェットを着ているし、そんな姿も家に招き入れた牧彦に見られている。
そんな自分を今更そんな目で見ることなど…。
と思うと、さっきまで牧彦に見られて高鳴っていた胸が妙に胸がズキズキと痛んでくる。
…この感情は一体…?なんかモヤモヤする…これはもしかして、落ち込んでいるのか?
里菜子は頭を横に振る。
いや何を落ち込んでいる?別に自分は牧彦の事をそんな恋愛に近い感情で見ているわけではない、そう、あの菱沼を見返すために自分は牧彦に勉強を教えているだけ…。
そこまで考えて里菜子は改めて気づいた。
そうだ、自分は菱沼を見返すために牧彦を利用しようとしていたんだ。そのために牧彦に近づいて声をかけたんじゃないか。
その事に気づいた里菜子は申し訳ない気持ちが沸いた。
ここまで心を開いてリラックスした姿を見せている牧彦を、自分は今の今まで利用するために勉強を教えていたんだと思うと先ほどとは違った意味で胸が痛む。
里菜子は首を横に振った。
いいや、それでも今は素直に勉学に正面から真面目に取り組んでいる牧彦に対して嬉しいという感情しか持っていないし、今の今まで菱沼にお前が隣の席なんだから猿田牧彦をどうにかしろと言われたことも忘れていた。
どうであれ牧彦は真面目に授業に出て、そして共に勉学を励む友となっているんだからいいじゃないか。
里菜子はそのような考えに到達してウンウン、と頷いている。
「お前、さっきから何やってんの」
牧彦が頭を横に振ったり頷いたりしている里菜子に向かって不思議そうな顔をしてみている。
「…ちょっと考え事を」
と言っているとスマホが震えたので里菜子は「失礼」と言いながらスマホの電源を押すと、兄の巧からラインが来ている。
開くと、
『ホームアローンと34丁目の奇跡借りたけどお前も見る?』『クリスマスって言ったらホームアローンとこれだよな!』『雪めっちゃ降ってるー』
というメッセージが連続で来た。
クリスマス?
里菜子はスマホで今日の日にちを見る。そしてその事実に驚愕して慌てて牧彦に今日の日にちを印籠のように牧彦に向けて見せつける。
「牧彦くん!なんと今日はクリスマスでした!十二月二十五日です!」
「…今更?」
牧彦は呆れたような目つきで里菜子を見ている。どうやら牧彦は最初から知っていたようだ。
「ああいえ、私だってクリスマス近いなぁーとは思ってたんですよ!?けど高校生ともなるとプレゼントとかねだったりもらったりする年齢でもないですし、正直今はクリスマスケーキだけが楽しみって言いますか…」
里菜子はハッとした顔をし、メニューを見た。
「ケーキ食べましょう!ケーキ!この時期のファミレスのケーキって食べた事ないです!」
「…復習は」
「ケーキが先です!」
里菜子の顔を見て、牧彦は笑いを噛みしめながらメニューを見た。
里菜子は一瞬、これって周りから見ればクリスマスデートなのではと思ったが、また頭を横にブンブンと振ってメニューに目を落とした。
子供の頃からサンタの存在はろくに信じてませんでしたが、「34丁目の奇跡」をみてからサンタの存在を信じたくなりました。あれはいい映画です。
あとホームアローンの主人公は置いて行かれすぎ。




