刻まれるモノ『再臨』
フラクペネイト東の戦場。
ここでの戦いは既に決したと言えるだろう。
音も無く、高速で動きまわる紫の毛並。
その1撃は多くの敵兵を薙ぎ、周囲に展開された矢弾は途切れることなく敵を射抜いていく。
しかし、それだけの猛威を振るいながら、獣人を攻撃に巻き込まないように配慮して動いている。
やはり、それは変化前の人物が、彼らの仲間たるベオであることが要因なのだろうか。
このまま行けば、時間は掛かるかもしれないが、敵兵を倒しきることが出来るだろう。
彼ら、自警団員は残りの兵に気を配りながら、弓を構え、可能な限り距離をとって応戦していく。
接近戦を許せば被害が拡大する恐れがあることと、いかに強化し、狂化しようと、人間である以上獣人にスタミナで勝てるわけも無く、長期戦になればなるほど、彼らに有利となるからだ。
このまま行けば勝てる。
その戦場に居る皆が思った。
その時、全戦場に異変が起こったのだ。
「なんだ……コレは?」
先ほどまで戦っていたオーレアの軍勢が、一人、また一人と消えていく。
その消えていくスピードは次第に速くなり、やがてその場に残っているのは彼ら自警団員と多くの敵兵の亡骸だけであった。
「一体何が起こったというのだ? あいつ等は何処に消えたというのだ?」
目の前の人物が急に消える。
普段の生活・知識ではありえない現象。
一瞬、オーレアの神の手によるものかとも思ったが、それは無いだろうと考え直す。
何故なら、それが出来るのなら、行軍や兵糧の輸送など、軍事面においてはじめから使っているはずなのだ。
「……ベオ、お前……何か解るか?」
答えが返ってくるか、どうなのか。
巨大な狼と変貌したベオに訊ねてみる。
だが、答えを持っていないのか。
ベオは遠く、南西をじっと見据えたまま微動だにしなかった。
暫くし、周囲の安全が確保されたと思ったのだろう。
そのまま体を丸くさせ、穏やかな寝息を立ててしまう。
彼らは、その行為に如何することもできず、ただ困惑の顔を浮かべるのみ。
だが、それも一時の事だろう。
間もなく、この戦争は終わりを迎えることとなる。
その時はもう間もなくなのだから。
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「そんなっ……一体どこから!?」
俺はミアのそんな悲鳴を聞きながら、状況の把握を行う。
先ほどまで、間違いなく彼らオーレア兵はこの戦域に存在していなかった。
それが、一瞬のうちに数千単位でこの場に現れたのだ。
それも、相手は既に臨戦態勢を整え、今にも全軍突撃して来る様そうなのだ。
コレだけの兵を一瞬で用意するとなると、当然ながら人間には不可能だ。
無論、人間にも転移魔術で小軍なら移動は可能である。
だが、この規模となると転移魔術ではなく……転移魔法だろう。
それを実行できる神が、あ向こうにまだ付いているということか。
あのハゲにはこの芸当は出来ない。
アイツは魔法などに背を向けた神だ。
本来は魔法を使う神すら軽視しているのだが、恐らく、敗戦が濃厚になったため、第三者の力を借りたのだろう。
この魔法の使用は禁手であり、神界でも自粛を要求されている事柄である。
そこまでして戦いたいという、アイツの考えに虫唾が走ると共に、俺はこの状況の打開策を模索する。
手を貸さないと宣言してはいるが、なんだかんだ言って、獣人は俺の庇護対象であり、愛すべき“子”に等しい。
しかし、どう考えてみても、状況は最悪に近い。
此処にいるのがベオであったなら、あの仮面で獣化し、切り抜けられただろう。
此処にいるにがレクス・カウス・ネーネであるならば、少々苦戦するだろうが、ルイミウォテルの聖域さえ確保できれば魔力の枯渇の心配は無く、戦う事が出来る。
だが、此処にはミアと巫女のウルスしか居ない。
ミアは擬似精獣を創りだした反動もあり、魔力はほぼ枯渇している。
ウルスに至っては、能力が回復支援型であることと、戦闘自体に不慣れなこともあり、この場では救護の意味しか取れない。
援護に来た獣人たちもそうだ。
昔は自警団員に居たり、狩りなどを行っていたのだろうが、既に老い、若い頃の力を発揮できないだろう。
何より、あのオーレア兵は無理な神の加護によって、肉体の崩壊と引き換えに豪力を得ているのだ。
うちのプチベヒモスには完全に劣るが、接近されればひとたまりも無いだろう。
俺は舌打ちしたい気になりながらも、現状が把握できず、困惑している2人に説明してやる。
『どこぞの神が、よその戦場から残存兵をかき集めて来たんだろう。相手も最早疲弊しきっている、なんとか逃げ切る算段を取るしかないぞ』
「よその神様って……それに逃げる算段ってどうすれば?」
「そこまでして……一体何が目的でこんな戦争を起すんですかっ!」
俺のそのことばに、ミアはどうやって逃げるんだと嘆き、ウルスはそもそもの戦争の意義を問う。
だが、この戦争に意義など無い。これは、この戦争は……。
「この戦争の意義? 可笑しなことを、意義など明白であろう? お前達ケダモノの殲滅。それ以外に何があるというのだ?」
不意に周囲に高圧的な言葉が響く。
周囲の獣人はその声を探し、そして、声の主が宙に浮いているのを見て、体を硬直させる。
二メートルを越す体躯に、人の胴ほどもある二の腕。
全身を筋肉という鎧で覆われ、そこに巨岩の如き存在感を出している。
剃頭の神。
「ククハハハハハハッ! うじゃうじゃと、ゴミが居る。このオレ様が来たのだ、息をする前に自害しろ、ケダモノ共」
もはや、害悪の意思しか感じ取ることが出来ない。
第一級神:ベルクがそこに居た。
「……アレは……なんですか?」
周囲がその威圧感に息を呑む中、ミアは顔をゆがめ、オレにその存在を問う。
ミアの声が聞こえたのだろう。“アレ”呼ばわりされ、明らかに気分を害した表情でミアを睨みつける。
その形相は歪み、オレの目で見て、普段から醜悪極まりないのに、醜悪さが更に増している。
アレを醜悪だと、オレ以外もやはり思っているのだろう。
無論外見の話しではない。
ミアの目は神眼である。
つまり、物の本質を捉えることが出来る。
その眼を解して、やはり醜悪に見えてしまうのだろう。
『お前の思う通りの存在だが、まぁ一言っておこう。どうせ、一度名乗っているのだろうが、あいつの真名は『ベルオーレク』……だだの醜悪な肉塊だよ』
俺はミアへそう説明しながらも、アイツを目にしてから、ベルクへの怒りがふつふつと湧き上がるのを感じていた。
そもそも。あの魔獣、メデューサワームの一件で俺はアイツを敵と認定しているのだ。
その敵がわざわざ目の前にやってきて、俺の愛すべき獣人たちを“ケダモノ”だ“ゴミ”だとごちゃごちゃごちゃと言っているのだ。
「黙れっ!、オレを愚弄するかっ! この三流神。お前の様に役立たずの能無しが神を名乗るなど……。神とはっ! いかに力をっ! そして人界へ影響力を持っているかだ!」
相変わらずの独自理論。
力こそが至上。
その発想で、自身の権能たる『豪力』を盲目てきに信じ、人界に過干渉を行っているのだ。
「……アレが……神? あんなのが……神なんですか?」
と、ここで先ほどまで硬直していたウルスがベルクを見てそんな言葉を漏らす。
……まぁ、無理もない。
巫女という職に生まれ、神を崇め奉ってきた娘なのだ。
自身が思い描く神との乖離を感じているのだろう。
だが、アレも……あんな存在でも……神なのだ。
しかし、自身の行いこそが善であり、自身の言葉こそが絶対と信じているベルクにとって、ミアやウルスの言葉は許容できないのだろう。
更に語気を強めると、怒鳴り散らすように声をあげる。
「クズ共がっ! 所詮はケダモノやそれに類する神と眷属。オレの崇高な志も理解できず、無為にこの星の酸素を浪費するだけの害虫だっ! やはり、やはりっ! このオレ様が立たねばならないっ! このふざけた和平など言語道断っ! ケダモノもっ! 害虫もっ! 無能もっ! 亜人もっ! 魔族もっ! 全て滅ぼさねばならんのだっ!」
コイツ……今なんて……?
『おい、ハゲ。お前、今なんていった?』
オレの口からこぼれたその言葉、それを聞いた瞬間、ミアもウルスも体をビクッとさせ、身構える。
だが、そんなものはどうでもいい。
『お前……何か……分不相応なことを考えて無いか?』
どんどん俺の中で怒りがこみ上げてくるのが解る。
だが、ハゲは一切気がつかず、見下すような視線をなげると、ため息をつきながらこう言った。
「全て滅ぼすといったのだ、このデクの坊。昔から生きているらしが、何をしていたのだ。魔族と争ったのなら、どちらかが滅びるまで戦えっ! それが出来なかったと言うのなら、やはりオレがもう一度“神魔戦争”を起し、今度こそ魔族の息の根を……」
『……ああ。お前……死ぬか?』
そして、とうとう触れてはならない逆鱗に触れる。
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「アハハハハハハハッ! 見ろっ! とうとうネクの逆鱗に触れたぞっ! よりにもよって、ネクの前で再度あの戦いを起すなどと口にするとはっ!」
「全く持って、愚かですね。それでなくとも、今、誰を敵に回しているのか理解していない」
主従二人は遠巻きから、この様子を眺めている。
「まぁ、それは仕方ないじゃろう。むしろ、アレフはこうなる事が、あのハゲが危険な思想を持っているからこそ、今回の餌につかったんじゃろう」
「餌ですか?」
エカテは頷きながら、そもそもの事を解説する。
「アレフの目的は再度ネクを地上に再臨させること。その為に、確実にネクの逆鱗に触れる者を餌につかったのじゃろ」
「まぁ……餌として考えると優秀ですね。あれほどまでに早くネク様をその気にさせるとは」
フェリアスは苦笑しながらもその言葉に同意する。
頑なに、頑なに引きこもっていた……それでも本心は表に出たがっていたのだが、ネクは断固として再臨を拒んでいたのだ。
だが、都合の善い所にネクが人界の迷宮管理となり、そして都合の善い所にオーレア出身のミアがネクを探して訪れ。さらに都合の善いことに。オーレアが狙うフラクペネイトの獣人、ベオが同行していた。
……まだ付け加えると、都合の善いことにオーレアの主神はネクの逆鱗に触れることが出来るほど、ゲスでクズで、危険な思想をしていたということだろう。
「ここまで都合の善いことが続くと……どこから仕組まれていたのか、解らなくなりますね」
その言葉にエカテはニャリと嗤うと、
「どこからって……それは、“最初から”に決まっているじゃろう……?」
“誰か”にしかわからない言葉を口にするのだった
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その言葉と共に空気が一変していた。
それは、ネクさんが『死』と呟いてからだろう。
先ほどまで、高圧的な言葉を口にしていた目の前の神ですら、その口を閉ざしている。
なんだか、解らないが、絶対的なナニカに首を掴まれたかの様に感じた。
と、そんな中、ネクさんは再度口を開くと、ウルスへと言葉を投げる。
『ウルス。お前、俺に叶えたい願いが、絶対に譲れない願いがあるんだろう? 口にしてみろ』
その声は、落ち着いているのだが、有無を言わせない何かが有った。
そう、それはあの日、ネクさんのダンジョンで私に問うたあの言葉にも似て……。
その空気に困惑する中、ウルスはネクさんへその願いを口にする。
「わ、私は……この身全てを捧げても、皆を、家族を守りたいんです。ですから……お力をお貸しくださいっ!」
『……それでは願いが弱い。その願いでは俺は動かないな』
その答えに唖然とする。
ネクさんがウルスに尋ねておきながら、願いが弱いという。
一体何が目的なのか。何を望んでいるのか。
「そんなっ! 何が……願いが弱いというんですかっ!?」
ウルスからすればそうだろう。
思わせぶりな言葉で手を差し伸べられたら、急に払われた感じだろう。
だが、そんな言葉にもネクさんは冷静に言葉を返す。
『当たり前だ。それはお前の本心の願いではない。偽りの願いで動くほど神は安くない』
皆を守りたいと言うのが……本心でないというのか?
「わたしは……皆を……」
『皆を守る。その皆の中にお前は入っているのか? お前の望む未来にお前自身を居れずに、何が願いだ。そんな破滅主義の刹那の願望、俺は認めん』
その言葉を受け、ウルスは愕然としている。
そうか、ネクさんは“この身全てを捧げても”を良しとしないのか。
そしてウルスの本心を把握していたのか。
思い返えせば、私が神の召喚の代償を口にした時も様子が変だった。
いや、代償として自分の存在が無くなるのなら、誰もが二の足を踏むだろう。
だが、ウルスは自分と獣人という家族を天秤にかけ、家族を取ったのだ。
……それがネクさんには気にいらないのだろう。
『お前はどうでもいいのか? 家族と分かれてもいいのか? 家族に忘れられてもいいのか? ……違うだろ? だったら、我侭でも、欲張りでもいい。お前の本心の願いを言って見ろ』
その言葉に、ウルスは涙を流しながら、自身の願いを……本心を口にする。
「忘れられたく……ないです。皆と……家族と……おじいちゃんと……一緒にいたい。……みんなに生きて欲しい……でも……私も……生きたいっ! 一緒に生きたいっ!」
『そうだな……。喜んで自分を犠牲にするやつは馬鹿だ。そしてもしそんな風に育てられた存在がいたら哀れで仕方が無い。だから。お前はそうなるな』
ネクさんのその言葉にウルスは泣きながら頷く。
私はそっとウルスの頭に手をおき慰める。
『だが……まぁ……願いの代償は軽くない。が、そこら辺はミアと同じようにローンで返済するように。詳しくはミアに聞け』
そういうと、ネクさんは接続を切ってしまう。
「……ネクさん??」
急に居なくなり、困惑する私達。
だが、その聞き慣れた声は、私達の脳内でなく、実際の耳をうつ。
「……今、此処に第一級神として、無垢なる願いを聞き届け、この地へと降臨せん」
その言葉に振り返ると、そこにはあの都市の、あのダンジョンの最下層で出会ったネクさんの姿があった。
あの時同様、全身黒で統一され、そのローブや装備は左右非対称になっている。
だが、何故だろう?
あの時に比べ、威圧感が無いように感じる。
そんなネクさんの様子を、気を取り戻し、我に返ったあの神があざ笑う。
「クハハハハハッ! 所詮は製造系の神っ! 小さい、小さい、小さいっ! お前のような小物が俺と同格の一級神などと……冗談が過ぎるっ!」
その嘲りを聞きながらも、ネクさんがため息をつく。
「正直、今だこの選択が正しいかどうか、解らない。だが、此処で引くほど俺も大人しくは無いのでな。お前を……滅ぼさせてもらう」
「……何?」
あの神は。ネクさんの言葉に怪訝な顔をしつつ、続き言葉を聞き入る。
だが、おそらく。それは告げてはならないモノの類だったのだろう。
長い間。ネクさんが隠し通してきたものが、今世に解き放たれる。
「我が名はネク……ネク・アムサルク。根源の1柱にして、『命』そのモノを守護する、創世神なり」
この日、世界創世に関わった神の一柱が、“世界の名”を持つ、最古の守護者の一柱が。……長い長い長い時を経て。この世界に再臨したのだ。
ようやくネクが再臨。
次回。
限りなくチートで、限りなく地味な彼の力をご覧下さい。




