刻まれるモノ『精獣』
『最近……アイツの考えが俺には解らん』
ミアの言うとおりにするのは癪だが、この場にエカテとフェリアスを残して放置するのはもっとマズイ。
仕方なく、俺はウルスの視界を媒介に話しをすることにした。
俺の名前を知ってしまった以上。このくらいの干渉は自由にできるようになったからだ。
「いやぁ~。ミアちゃん、だいぶ明るくなりましたねぇ、一緒に旅した時とは大違いですよ」
『だろうなぁ……俺と初めて会ったときとも、かなり違う』
名前も知られた、声も聞かれた。今更隠したところで仕方ない。
俺は普通に会話することに決めた。
「そうは言うがの、若い人間というものは、日に日に成長していくものじゃ、それれがどういう方向でもじゃな」
俺たちは普通に会話をしているが、獣人たちにとってはそれ所ではない。
「ネク様!? ミアが、ミアがっ!」
周りでは我に返った獣人たちが、大慌てでミアを追う用意をしはじめる。
だが、そんな事はムダなのだ。
『お前ら、落ち着け、どの道今から行っても間に合わん。ミアが敗れればこちらへ向って来るのだ。待ち構える気でいろ』
まぁ、9割9分、ミアでは対処できないだろう。
唯一効果がありそうなスキルもあるにはあるが……。
「そんな……ミアを見捨てるのですかっ!?」
ウルスの眼には自分の眷属を見捨てるのか? と非難の色が見える。
だが、そもそも、俺は今さっき力を貸さないと、はっきり明言したはずである。
見捨てるもなにも、今更だろう。
しかし、そんな彼女を諭すように、フェリアスが言葉を掛ける。
「えと、ウルスちゃんだっけ。そう思うなら、ネク様を口説き落とせばいいじゃないか。あの方がやるきになってくれれば、全て万事丸く収まるんだから」
いや、丸く収まらない。
『フェリアス、俺が言うのも変だが、無責任なこと言うな。お前も解っているだろう。俺が神として降臨する以上、真名を口にしないといけないんだぞ』
そう、なんだかんだ、理由をいっているが、これが一番の問題なのだ。
俺は自身の権能を二つにわけて封印している。
一つは自分自身の中に。
一つは名前と共に世界に。
自分自身に封じている方は、かなり緩く縛っているので、解除しようと思えば直ぐ出来るし、現状も漏れ出した権能だけで迷宮運営をこなせるのだが。
ちなみに。ミアの両親を再製させたときには、封印は解除したし、その系統の能力である。
問題はもう一つの方である。
これはには鍵を二つかけており、一つは真名を名乗ること、そしてもう一つは、俺の敵が存在していることである。
今回は、どこぞの馬鹿のせいで、例の魔獣の襲撃のせいで、2つ目の鍵がすでに解除されてしまっている。
つまり、俺は現在、真名を名乗るだけで全盛期の力で降臨してしまうのだ。
俺は……かつて、この力で世界を滅ぼしかけたことがある。
先の童話に書かれた内容なのだが、あれは悲惨だった。
エカテもフェリアスもあの時代から俺を知る存在だ。
故に、悲惨さも承知のはずなのだが。
『お前たちは……再び世界を割る気か?』
先ほどの絵本の話し、そして俺の真剣な口調に周囲の獣人の息を呑む声がきこえる。
それでなくとも、神魔の話し。その間に入ってくるような豪胆な……マイペースな者などそうそう居まい。
「そんなことは起こらんじゃろ? 昔とは状況も違うのじゃから、ネク、何時まで引きずれば気が済むのじゃ?」
「まぁ、もう直ぐミアちゃんが軍勢と接触しますから、話しはその後にでも」
フェリアスはそう言うと、ウルスへと視線を移し、
「ウルスちゃん、だったね。今のうちにネク様へのお願いを考えておきな」
「ね、願い……ですか?」
「そう願い。でも上辺だけのお願いじゃだめだね。心の、魂の奥底からの願いじゃないと、ネク様は絶対に動かない」
『フェリアス、余計な事だ。ウルス、今はこいつ等を逃がすことを考えておけ』
背後で子供達を含め、避難する隊と、壁となり足止めする隊に分かれる作業が続いていく。
族長達はこちらへと残るようだ。
だが、そんな中、いよいよミアがオーレアの軍と接触する。
しかし、その結末は、俺や、エカテ、フェリアス。皆が全く予想していないものとなった。
**************
「勢いのままにこっちに来たけど、さすがに無理があるかなぁ~」
私はそう思いながら、視線を前に向ける。
目の前には馬に跨り、あるいはその脚ではしりながらこちらへと向かい来る兵の姿があった。
彼らの眼は全てに狂気が宿り、人も、馬も、全てが眼を血走らせている。
神眼の解析によれば、狂奔という状態異常にかかっているようで。これは掛けたものの精神状態に左右され、狂暴さが増すという代物のようだ。
でも、眼が合うということは、アレを試してみるチャンスでもある。
人に使うには少し気が引けるのだけど、もうこの状況ではなりふりも構っていられない。
私は瞳に魔力を集中させると、スキルをリンクさせていく。
2つ以上のスキルを併用させ、効果を倍増させる。
ネクさんがやっていた手段だ。
「いきます……発動してっ!【居竦む魔眼】っ!」
それは前にネクさんがメデューサワームに使ったスキルで、あのとき使えるようになった数少ないスキルの1つ。
今回はさらに念を入れ、瞳への魔力集中、さらに『神眼(真)』との併用だ。
流石に効果は有ったようで、私の眼を直視した馬や兵達は皆体を硬直させ、その勢いのままのに倒れこむ。
最善列が倒れてしまったので、その彼らに脚を取られ、後続の馬たちは揃って転倒。その鎧の重さと馬の重量で推し潰れていく。
「これは……流石に……」
1つ使っただけで、一気に半数以上を行動不能まで追い込むことが出来た。
だが、残りはまだ数百も残っている。
そもそも、このスキルは眼が合わないと使えない。
もしも……乱戦になれば。
その予想を裏付けるかのように、転倒した一団を大きく迂回し、散開するように私に襲い掛かってくる。
私は足に魔力を込め、あのダンジョンで経験したように大きく距離をとり、回避を開始する。
だが、私の回避先を削ぐように。別の兵士が回りこんでいく。
速度では私が優位だけど、遠距離攻撃に乏しく、魔眼も眼が合わないと発動せず、数名を硬直させるのが限界だ。
徐々に、徐々に、逃げるための空間が減っていき、ついには完全に包囲されてしまった。
「せめて何か牽制出来るモノがあれば」
そう思いながらも、兵達はじりじりと近づいてくる。
私が剣を振るったわけでもないのに、彼らは既に血まみれで、腕や脚、顔に至るまで、血に塗れている。
その様子を見ながら、漠然とだが、理解する。
体が耐え切らないのだろう。
彼らはアーツを使って、魔力で補強を行いながら戦っているわけじゃないのだ。
無理やり強力なスキルか何かで強化して、それを生身で扱っているのだろう。
私は、先日ぼろぼろになった腕の痛みを思いだしながら、その結論に至った。
そして、同時に悟る。
触れられたら……アウトだ
脳裏に過ぎるのは、黒い双角の獣。
アレと比べるのはおこがましいが、触れたらダメという点では一緒である。
その危険を察知しながらも、なにか、無いかと探してみる。
(魔術は使えない。 槍とか投げれるものがない。 近くに石もないし、あっても一個じゃ)
そう思い、さらに『空間収納』に手を伸ばし……動きを止める。
(そうだ!私は何処にコレを収納していたか)
この旅の工程のため、私は大量に、ホント大量に収納していたのだ。
私は徐に手を兵達に向け、狙いを定める。
(あくまでも……最大十センチしか空かないだけで、小さくする分には問題が無い、後は出す勢いだけだ)
どうなるか解らない……それでも試してみよう。
「行きますよっ! 放水開始っ!」
手の先に現れた黒い穴。
出る口も少し絞っているので、そこから勢いよく水が飛び出していく。
だが、その量と勢いが尋常じゃない。
直接手に触れて居ないため、こちらに反動がくることは無いが、それは鉄砲水となり、兵達を薙ぎ払っていく。
そもそもどれだけの水量が入っているのか。
「近くの河、ほぼ一本分だっ! これならっ!」
出発前、ほぼ半日かかって、近くに川に入り、その水を収納していった。
一応、吸引はできるようなので、かなりの量収納したはずだったが、収納に限界が無さそうだったから、少し調子に乗って組みすぎた気もしていた。
まさか、こんな形で役に立つとは。
「これなら……なんとかなるかなっ!?」
私は無くなるまで水を出し続けようと誓うのだった。
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「ハハハハハハハッ! 『空間収納』をあんな使い方するとは……面白いのぅ」
「……確かに初めて見ましたね。よく思いついたものです」
『アホだ……やっぱりアイツ、アホの子か……』
必死に退避を進めている私達だけども、あの空間はなにか場違いなモノを見ている気がする。
実際。彼女達は観戦にきただけだし、ネク様も手を貸す様子が見られない。
私の『遠視』でもミアが何をしてるのかわかるが、まさか、こういう手で足止めを行うとは。
しかし、私が感心していると、彼女は次の瞬間には真面目な顔に戻り、ネク様へ言葉を投げかける。
「でも……あれじゃ、時間の問題。どうするきなのじゃ?」
『……』
その言葉にネク様は答えず、ミアをじっと見つめているようだ。
足止めが出来ているんじゃないのか?
そう思ってみると、その包囲網はじりじりと狭くなっている。
「なんで……?」
『簡単な話だ。あれだけの大軍に囲まれ放水。確かに数人相手にするなら効果はあるが、その間に他の者が立て直して接近を許してしまう』
その証拠にこの会話中もどんどん近づかれていっている。
そして、いよいよ間合いギリギリになったとき、数名の兵士が勢いよく飛び掛ってきた。
「ミアっ!」
私は思わず声をあげ、ミアを呼ぶ。
だが、彼らがミアを傷つけることなはなく、接近していた兵は全て薙ぎ払われていた。
『……馬鹿な……アイツが手を貸したのか!?』
ミアの周りには青白く輝く何かが漂っていた。
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「あれ・・・これは・・・?」
私はその状況をまだ把握できていなかった。
放水を繰り返したが、それもむなしく、先ほど、敵兵に組み敷かれようとしていたのだ。
だが、その際、急に光ったと思うと。周囲の兵は全て打倒されていた。
「そうだ……あの時」
襲われかけたとき。走馬灯が見えたきがした。
前に死にかけ……いや、死んだときは仲間の顔だったが、今回は違っていた。
先ほどのイメージが原因だろうか。
過去、眼にしたベヒモスが脳裏に過ぎり、そして、生贄にされた巫女……だと思う、彼女が過ぎった。
もう顔が思い出せないのに、話した内容が印象に残っているのだろう。
ぬいぐるみを抱く様が脳裏に過ぎったのだ。
「そうか、そのとき、願ったんだ。助けてって……」
でも、この状況はなんだろう。
私の周りを青白いヒカリが漂っている。
害意は感じず、私を守ってくれているような。
「これは一体……」
戸惑う私の耳に急に声が届く。
『ミアっ! コイツに名前を付けろ! 大至急っ! 早く! 今すぐっ!』
「え、え!?」
その言葉で更に戸惑いが生まれる。
困惑する私だが、先ほどのイメージ、走馬灯が頭を過ぎり、その名前は直ぐに決まった。
「……ブレイズ」
『っ!? ミア、その名は』
事態がわからないまま、急ぎ名を付けろと、私にいったネクさんは、その名を聞いて言葉を失う。
「皆が怖くないように、勇気を持てるように、皆の勇気になってくれるように。そして……守れるように」
私はデフォルメされた獅子のぬいぐるみを思い出しながら、そう呟いた。
その思いに答えてなのか、青白い光は次第に形を成していく。
顕れたその姿は、まさに獅子そのもの。
唯一違う点、それはその額に立派な双角が生えていることだろう。
「これは? この子は……?」
『コイツは……精獣。精霊の獣版と覚えておけ、お前の願いに応えて生まれた……いや、お前が創りだした、擬似精霊だ』
その精獣、ブレイズは残りの兵を睨みつけると高々と咆哮を上げるのだった。




