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秘境迷宮の創造主《クラフター》  作者: 黒狗
2 ‐神々の降臨
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刻まれるモノ『犠牲』

『なぜだっ! なぜ……この物語が今も残っているのだっ!?』


 私は普段聞くことが無い、ネクさんの動揺した声を耳にした。

 今、目の前の童女が子供達に読み聞かせた絵本の中身に激しい動揺を隠しきれて居ない。

 

 私の故郷のオーレアではこういった絵本の類は少なく、読んでもらった記憶にない。

 それが、創世の神話の絵本なら尚の事だろう。

 

 正直な所、世間知らずに分類される私だが、こういった種類の本が世に出回らない理由くらいはわかる。

 そんな理由もあり、この手の絵本は初めてなのだが……。


 

 目の前の童女は、そんなネクさんを無視し、子供達と話しをする。


「どうじゃった? 楽しめたかのぅ?」

「うん、おねぇちゃんありがとう」


 口々にお礼を言う子供達。

 彼女が絵本を読み聞かせている間、齧り付く様に皆、絵本の話しを聞いていたのだ。


 すると、一人の子供が彼女の袖を引っ張りながら、


「ねぇねぇ、おねぇちゃん」

「ん? なんじゃ? どうかしたのか?」

「あのねあのね、このかみさまって、まだないてるの? まださみしいってないてるの?」

『……っ!』


 ほんの小さな子供の問い。

 だが、それに反応したのは他でもない、ネクさんだった。


 ……まさか……この“かみさま”って。


「そうじゃの。この“かみさま”は大事な大事な“妹”をなくして、大事な“友”をなくして、それでも、戦いを、“けんか”をとめたかったのじゃ」


 私達は、子供も、族長も、巫女も、皆が黙って彼女の話しに聞き入ってしまっている。

 今は非常事態で、急いで逃げないといけないのに。

 しかし、彼女の言葉は、その内容は、私達の足を止める力を持っている。


 そして、私は理解する。

 

 子供向けに再編されているようだけども、この物語は過去の戦争……“神魔大戦”の事を書いた作品も有るのだ。

 彼女は更に言葉を続ける。 


「じゃがの、その“けんか”のせいで、この星は荒れに荒れ、“けんか”が収まった後には、人が住めない星しか残らなかったのじゃよ」

「じゃぁ、いまは、みどりがいっぱいだから、もうないてないの?」


 その子供の問いに苦笑しながらも、彼女は、


「その“かみさま”が泣いたのは、自分のせいで消えた者達への懺悔じゃ。彼は、ずっとずっと後悔で泣いておった」

「……よくわかんない……じゃぁ、まだないてるの?」


 小さい子に懺悔や後悔と言っても通じなかったようだ。

 だが、彼女は不意に此方を向くと、言葉を投げかける。


「どうじゃ、まだ泣いておるのか? 亡くしてしまった者たちへ喪に服して、罪の意識から表から消えて。まだ、泣いておるのか?」


 っ、ということはやっぱり。

 あの絵本からは実際にあった詳細は解りかねるが、ネクさんが表舞台から消えるまでの経緯なんだ。

 暫しの沈黙の後、ネクさんは徐に言葉をかける。


『その前に聞かせろ、()()()。何故、この本が、この伝承が残っている?』

 

 私はその声の重さよりも、その内容に驚く。

 何時ものネクさんだったら、“名を語らぬ”という事を重視し、他所の神魔の名を自分から言うなんてことは無かったはずなのに。

  

「ハハハ、流石に動揺しておるようじゃの、()()よ。ワシの名を呼ぶなど、長い付き合いじゃが、数回しかないことじゃのに」


 彼女は名前を呼ばれた仕返しにと、ネクさんの名を獣人の面前で暴露してしまう。

 だが、それにすら、意に返さぬように、ネクさんは再度、彼女への詰問を繰り返す。

 

『いいから……答えろ。何故だ、何故……、全て消したはずだ。俺へ至る可能性は全て消したはずだ。俺の神話など、残しても仕方ないはずだ』

「いいえ、それは違いますよ、ネク様」


 その声は聞きなれた、つい一ヶ月前まで一緒に旅をしていた声……。


「フェ、フェリアスさん!?」

「やぁ、ミアちゃん、久しぶり。たいへんそうね」


 と、私へフランクに挨拶をすると、私に……私の後ろに居るであろうネクさんへ視線を向け、言葉を告げる。


「それでも、それでも。残したかったんですよ。貴方が罪の意識から消えようとも。その名を歴史から消そうとも。間違いなく、貴方は世界の守護者の一柱なんですから」

『勝手なことをっ!』

 

 ネクさんは吐き捨てる様に、そんな言葉を口にしたが、その声には力が無く、今だ戸惑いの中にいるようだ。

 と、ここでようやく周囲の展開を飲み込めたのか、ウルスがおそるおそるその名前を口にする。


「あ、あの……私達の神様の名前は“ネク様”と仰るんでしょうか?」

「ん、あ~。そこは本神(ほんにん)に聞いてくれんかの。流石にこれ以上は道義にはんするわ」


 彼女、ネクさんの発言からすると、エカテさん。

 彼女へ向かい。ウルスがネクさんの名を尋ねたのだ。

 これ以上は教えてくれないようだが、その言葉を受け、ウルスは私に、いや、既に名を聞いてネクさんの姿を捉えているのだろう。視線を向ける。


「改めてお眼に掛かります。フラクペネイトの巫女、ウルス・フェニアと申します」

 

 そう言うと、ウルスは肩膝を着き、深々と礼をする。

 その動きにつられてか、周りの大人たちも同様に神を敬うため、ウルスと同じように深く礼をする。

 

『……』

 

 言葉には出さないけど、ネクさんが凄く()()()()()()()にしている。

 そんな様子をニヤニヤと子供達の後ろで見つめるエカテさんとフェリアスさん。


 しかし、獣人たちは真面目で、ネクさんが声を発するまで、テコでも動こうとしない。

 今はそんな事をしている場合でないと、ネクさんは諦めたのか。

 ため息をつきながら、ウルスたちに声を届かせる。


『ああ、見ていたよ。俺の名は……ネク。ああ、間違いない。お前達、獣人の主神だ』

  

 その初めて聞くだろう、正式な名乗りに彼らからどよめきが湧き上がる。


 有る者は歓喜に顔を染め、有る者は涙を流す。

 その光景を見るたびに、ネクさんはどんどん居心地を悪くしていくようだったが。

 だが、一人だけ、ネクさんを真剣に見つめる存在がいた。

 彼女は顔をあげ、ネクさんへ強い視線を投げるとその言葉を口にする。


「ネク様、大変不躾で申し訳ありませんが、急を要します。間もなく、オーレアの軍勢が此方へ到着することでしょう。しかし、私達は戦う力を持ち合わせておりません。お力をお貸しいただけないでしょうか」

 

 その言葉に私は、いや、先ほど偵察に行った面々には動揺が広がる。

 それはオーレア同様、神を、ネクさんをここへ直接召喚しようということ。

 

「無論、解っております。その代価はこの私の身全て捧げます。ですから……どうか、皆をお救いくださいっ!」


 そうか、これはネクさんの名を知って、直接話しができる状況にならないとそもそも頼むことすら出来ないのか。

 だが、その代償として、ウルスは存在を喰われてしまうだろう。

 全てを覚悟した上での懇願。

 周囲に者の殆どは、意味を理解していないのだが、ウルスの真剣な言葉と、その“代価”という言葉からただならぬ気配を感じている。



(あれ……代価? 何か……大事な事を忘れている気がする)


 そんな私の思考も無視し、ネクさんは

『それは出来かねる』

 

 冷淡ともいえる発言でウルスを拒否するのだった。

 その言葉に今にも泣きそうな顔をし、こちらを見つめるウルス。

 だが、ネクさんの言葉は更に重いものだった。


『俺に表に出る意思が無い以上、俺をこの地へと召喚する場合、お前が思っている以上の(ニエ)が要求される』


 私達はその言葉を神妙な面持ちで迎える。

「どれだけモノになるんですか?」


 確かに、オーレアでは巫女数人がの存在が(ニエ)として喰われたようだ。

 その言葉にネクさんは


『ここ一帯、全ての生物が喰われると思っておけ。それも、無差別にだ』


 そんな言葉を受け、皆絶望と悲壮の満ちた顔を浮かべる。

 しかし、そんな私達に、若干呆れた声色で彼女達の声がかかる。

 

「下らんことで悩んでおらんで。お前達、ネクがひきこもっているから、それだけの(ニエ)が必要なだけじゃ」

「まぁ、逆に言えば、ネク様がその気になれば(ニエ)なんて気にしなくて済むんだけどね」

『エカテッ! フェリアスッ! お前らっ!!!』



 ネクさんを無視し、フェリアスさんは私とウルスに声をかける。

「その気になりさえすれば、願いの代価だけで事足りる。あとは頑張ってその気に……口説き落とすんだね」 


 そうか、願いの代償だ!

 ネクさんに願いとして“力を貸すことを”を要求すればいいのだ!

  

 だけど、結局はネクさん次第なのか……。

 長い長い長い、引きこもり状態のネクさんをその気に。


(おい、だいぶ失礼だな)


 あ、どうも思考が盛れていたようだ。

 ともかく、間もなくオーレアの兵達がここに到着してしまう。

 今私に出来ること……。

 

 皆がしたように、私にも!


「このままだと埒が明きません。私はオーレアの足止めをしてきます!」

「え? ちょっとミア!」


 そう声をかけ、私は急いで馬に乗る。

 呼び止めるウルスを無視し、私は一路、オーレアの軍勢へと向かう。


「あ、ネクさんはここで待っていてください。ウルスの眼を通しても会話できるでしょ?」

『・・・は?』


 ネクさんの声に呆れが感じ取れるが、それも無視する。


「ミアちゃん!」


 と、フェリアスさんが私に笑いかけながら声をかける。


「どうしようもなくなった時。大きな声で助けを呼んでみな。お節介な誰かが手を貸すかもしれないから」

『おいっ! フェリアスっ!』

「ありがとうございます!」


 打算……ではないが、ネクさんはなんだかんだ言ってピンチの時は手を差し伸べる気がする。

 自分の身を犠牲てわけではないが。万が一、死んでもネクさんならきっと……。

 そう思いながらも、私は馬を走らせるのだった。


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