刻まれるモノ『慟哭』
油断なく、警戒を怠らず……と、その矢先、目の前の神がこちらを嘲笑いながら言葉を告げる。
「お前達人間相手に、オレが直接手を下す訳無いだろう、お前達にはそこの出来損ない共で十分だ」
「何を……っ」
だがその言葉と連動してか、周りに残っていた騎士たちがこちらを包囲しながらどんどん近づいていく。
周囲に共通しているのは、全員が虚ろな眼をしているということだろう。
「やはり……操られているのか!?」
「カハハハハッ! 操っているのではない、ただ単に、命令しているだけだ。『何も考えずに、敵を殺せ』と」
その声を聞きながらも、小盾で攻撃を受け流しながら、切り抜けていく。
だが、相手が走り、攻撃をし、動くたびに、血煙が舞い、視界を赤く赤く染め上げていく。
「この現象はっ!」
「レクスっ! 今は気にかけている場合じゃない! 流石にこの数は厳しいっ!」
上空より、カウスの援護攻撃の【魔槍】が投擲され、敵兵を1体、また一体と縫い付けていく。
だが、腹を穿たれても、脚を縫い付けられても、ある者は自力で槍を引き抜き、ある者は脚を引きちぎり、這ってこちらへと向かってくる。
「こいつら……意識もなければ、痛覚も無いのかっ!」
そんな驚愕に反応し、神は嘲笑を浮かべながら、己の権能を自慢しはじめた。
「クククハハハハハハッ! 此れこそがオレの真価っ! 『豪力』の権能の副次効果っ!」
「なにっ!?」
「俺の権能はシンプル、かつ強力無比っ! 比類なき豪力を授ける事っ! だがっ、だがしかしっ! お前たち人間如きの矮小な存在ではオレの力を受ける器ではないのだっ!」
目の前の神は人の胴ほどもある両腕を上げ、己が存在を誇示しつつ、顔を醜悪に嗤いながら、さらに自身の力を誇示する。
「だからだ、そう、だからだ! オレの力をありがたくも受け取る駒にオレは二つの力を授けてやることにしたのだ。その一つが『痛覚無視』そしてもう一つが『闘士狂奔』だ。この力・・・知りたいだろう? 知りたいだろう? クククハアッハハハハハ!」
「黙れよ、この外道っ!」
自分の言葉に悦に入っている、目の前の存在を完全に無視する。
どの道今の情報だけでおおよその見当はついた。
やはり、スキルの出力に体が耐え切れず、筋肉は断裂し、骨は折れ、血管は破れ、血が噴出しているのだろう。
普通だと、そんな状況で人は動けない。
それを無理やりに動かすためにあの二つのスキルだろう。
『痛覚無効』は恐らく、そのままの意味のスキルだろう。自己崩壊をはじめ、激痛どころでは無い状態を無視させる。
そして、問題は『闘士狂奔』か。
名前の通りなら“闘うモノを1つの目的のために狂わせる”ことだろう。
痛みがなくとも、動くたびに体が壊れるなら闘うことなど出来はすまい。
先ほど言っていた“何も考えず、敵を殺せ”という言葉。
恐らく、権能の影響を受けた全ての存在がこの命令を実行するためだけに動くようになったのだろう。
普通の人間を相手にするのなら恐ろしい力だろう。
だが、こんなモノはあの迷宮のプチベヒモスに劣る。
如何に包囲されようと、如何に攻撃を受けようと、この程度では捕まることなどありはしない。
それを証明するかのように、また一人、また一人と、血を撒き散らしながら、騎士たちは沈んでいく。
どれだけ強化しようと、痛覚を無視しようとも、狂おうとも、人が人である以上、肉体の限界が存在する。
人間は……骨だけでは、筋肉だけでは、意思だけでは動くことが出来ないのだ。
一向に捕まらず、ただ、数を減らしていく騎士達を見ながら、神は声を荒げながら、罵る。
「チッ、おいデク共っ! 何時まで掛かっているんだっ! さっさとそのゴミ共を始末してしまえっ!」
そういうと、再度アドラを使い、こちらへ攻撃を仕掛けてくる。
だが……それでは……そんなアドラでは。
自身にスキルを使い、重力を操作し、此方へ横に落ちてくるアドラ。
確かに、攻撃は早く、威力も重い。でも……
「こんなに弱くなったアドラで、どうにかできると思っているのかっ!」
そのただ強いが、技術もなく、錬度も無いただの攻撃など、全く怖くもない。
小盾を編成し、そのまま受け流すと共に、小盾を突撃させ、アドラを打つ落とす。
「カウスっ!」
「応っ!!」
だが、そこで終わらず、カウスは【魔槍】を投擲し、アドラの両手を撃ち抜く。
アドラは撃ち抜かれてなお、体を動かそうとしていたが、さすがに限界だろう、その動きは次第に緩慢になっていく。
「チッ、使えないゴミ共め。まあいい、どの道全て捨て駒だ、どちらにせよ、ここにケダモノは居ないようだしな」
不意に神はそう呟くと、姿を消してしまう。
「くそっ! どこへ行ったっ!?」
「レクス、気になるだろが、今は回りを排除することに集中しろっ!」
数が減ったとはいえ、今だ包囲されていることに変わりはない。
これだけの包囲を突破し、安全圏に退避するにはかなりの骨だろう。
『レクス、カウス、だいじょうぶですかぁ~?』
そう思っていたが、ここに来てようやく援軍が到着。
それは後方で騎士達を相手にしていたネーネと木精霊たちだった。
とはいえ、ネーネも本人ではなく、木精霊を経由しての通信になるのだが。
「ネーネ、そっちは無事だったか?」
『はい~。私はまだ動くことができませんがぁ~。騎士達の無力化には眠らせてしまうほうが有効のようですしぃ~』
そういうと、木精霊は周辺に蔓を伸ばしつつ、騎士達を拘束、蔓にいくつか咲いている花から花粉を散布させ、昏倒させていく。
かなり強い睡眠作用がある花粉らしく、騎士達はあっという間に無力化されていく。
木精霊達の参戦のおかげであらかた無力化に成功したが、半数以上は既に息絶えたか、体を動かすことが出来ない状態にある。
おそらく、神はこの状況を察して別の戦場へと向かったのだろう。
向かうその先は、東のベオのところか……それとも……。
俺は動かなくなったアドラの元まで歩くと、開いたままの瞳を閉じてやる。
「守りたいたった一つを奪われ、人としての尊厳も奪われ、貴方はその為に生まれたわけではなかったはずなのに」
存在を喰うという知識がなければ、俺とて誰が失われたのか解らなかっただろう。
もう思い出すことも出来ないが、きっと生贄にされた巫女もあんな神が居なければ、違う人生が有ったのだろうか?
俺はあの神のうすら嗤う顔を思い出しつつ、憤怒に駆られていた。
「こんな事が許されて善いのか……っ!? そんな事はないだろっ! なぁ! ネクさんっ! 彼らはこんな人生の為に生まれてきたのかっ!?」
*************
「クソ共がっ! やはり量産の駒では結局、オレの権能に耐え切らない」
その神は先の戦場を見捨てると、次の戦場へと意識を向ける。
東の戦場では権能を受けた数千の軍勢が、獣人を襲い。
南の戦場では間もなく元補給部隊が避難民へと攻撃を仕掛けるようだ。
「クソが、クソが。あんな厄介なモノを用意するとは、これでは東へ近づけん」
そう、東の戦場、そこではベオが獣面をつけ、獣化した直後であった。
「……よりにもよって……『神ヲ喰ウ狼』とは。アレの一撃を貰えば流石にオレも人界で活動できなくなる」
その視線の先には紫の巨大な狼が暴れ、オーレアの兵士達を吹き飛ばしている姿が映っていた。
魔獣『神ヲ喰ウ狼』
大戦時代に生息していた魔獣で現在は絶滅した存在とされている。
その特徴は神族に対しての防御無視、絶対防御、そして、神殺しの効果を持つことだろう。
神族や魔族は原則“死”そのものが無縁だ
だが例外として、特定の種族を即死させる、呪いにも似た権能を持つ存在がいる。
当時存在していた神の天敵が『神ヲ喰ウ狼』なのだ。
故に、神群より大戦時に全て討伐され、絶滅させられた。
なぜか極稀に存在していた、“同一権能”を有する魔族は全て能力の封印と制限が掛かったほどだ。
しかし、ソレを無視し、今、現代に再び蘇ってしまっている。
その腕を振るい、兵達を薙ぎ払い。常時展開している様子の濃紫の矢弾が兵達を貫いていく。
あの『神ヲ喰ウ狼』に敵味方の識別があるかは判らないが、今のところ、向かってくるオーレア兵のみを攻撃しているようだ。
単体の性能は恐らく、神獣以下だろうが。あの戦場はすでに勝敗が決してしまっただろう。
「忌々しい。あの駒共に、アレは倒せない。ならば、行くべきは南か」
そう言うと、再度転移し、姿を消す。
戦いは今だ終わらず、各戦場より、嘆きと絶望の慟哭が聞こえ、響き渡る。




