刻まれるモノ『仮面』
「なんだ?」
異変は此方でも観測された。
東へ向け。軍勢を牽制しながら進む、ベオ達一行。
彼らの眼には、此方へと向かい、速力をあげ、走ってくる一団が見えた。
「馬鹿な。このタイミングで突撃だと?」
「チッ! お前ら! 弓の用意をしておけ!」
先ほど、ベオ達が弓で牽制したばかりだ。
弓兵を持たない彼らが此方へ攻撃を仕掛けても格好の的となるだけだ。
彼らの目的や意図が全く読めない中。慌しく、戦闘の用意が行われる。
「準備は大丈夫っすか!?」
と、先ほど牽制に出かけていたベオ達が戻り、馬をとめる。
此方へ押し寄せる兵が有効射程に入るまで、まだ時間がある。
とはいえ、あまり余裕がないのも確かだ。
「様子がおかしいが……今弓の用意をしている所だ」
「お願いするっす!」
ベオとそんな話をして、配置に着こうとする。
が、そんなタイミングで兵を監視していた斥候が、慌ててこちらまで駆けて来る。
「お、おいあの兵たち、何かおかしいぞ!?」
「なに?」
「少し視てくるっす」
そう言葉を残し、ベオは前線まで再度駆けて行く。
だが、此方へ駆けてくるオーレア兵を目にし、驚愕に染まることとなる。
「な、なんっすか……あの速度」
「あ。ベ、ベオさん! アレなんですか!?」
それは歩兵に出せる速度ではない。
恐らく、早馬か・・・・獣人の全力疾走にも迫る勢いだ。
ハッキリ言って異常。人族に出せる限界を超えている。
速力強化系のスキルを持っているカウスならば、瞬間的にはアレを超えるだろう。
だが、継続して走るとなると、意味が全然違う。
「伝令っす! 急ぎ、兵を招集、弓兵部隊は射程圏内にはいったらすぐさま弓を放って牽制……いや、当てるっす!」
「り、了解しました」
そういうと、前線に居た自警団が1名、伝令として後方まで走っていく。
こちらも二千名と人数があるため、部隊全てに伝わるには時間が掛かるだろう。
「それまで……持ち堪えないとっすね」
この後方の部隊はベオが指揮を取っているが、あくまでも部隊の指揮権しか持っていない。
いままでの経験の中には、大掛かりな戦争の経験など、皆無である。
そのため、このような異常事態には対処の仕方がわからない。
しかしながら、そう言っている間にも敵兵はどんどんと距離を詰めていく。
この周辺は少し凹凸のある丘が続いており、窪地ち隠れ、偵察を行っていたのだ。
だが、この速力ではもう間もなく、此方へも到達するだろう。
「皆、一旦後方の部隊に合流するっす!」
ベオは自分同様、斥候として敵兵を観測している仲間に合流をするよう告げ、急ぎその場から離れる。
後方の部隊と合流すべく走る最中、後ろを振り向くと、じりじりと距離が近づいてきているのがわかる。
ベオだけであれば、アーツを使い、高速移動が可能である。単騎でこの戦域から離脱することなど容易い。
だが、周囲の自警団仲間はそうは行かない。
彼らはアーツも使えず、スキルも極限られたものしか有していないのだ。
「くっそっ! せめて牽制にでもなればいいっすけど!」
そんな思いの中、まだ完全には習得しきれて居ない魔術を試す。
手に魔力を集中させ、それを矢弾の形状に変化。
此処までなら既に出来るようになったこと。
問題は此処から。
ベオは走りながらも眼を閉じ、イメージを膨らます。
(要はイメージっす! 感覚的に魔術を使うならイメージが大事って話っす!)
空想の中、手の中の矢を弓につがえ。そのまま後方へ射る。
着弾点はこの際放置。更にイメージするのは矢が破裂し、大気を震わすこと。
そう、かつて見た、崇める神の使っていた業。あの掌底打ち、アレの弓矢版。
出来るはずだ。
ベオは意識してスキル『衝撃矢』とリンクさせる。
「っ! 今っす!」
イメージが固まったところで眼を開け、手にある矢弾を起動させる。
それは火事場の力か。
いままで一度も成功しなかった魔術、【魔力矢】を放つ。
一本だけだが、矢はそのまま勢いよく敵兵の元まで飛んでいき、大音響と共に破裂する。
その衝撃波はスキルとリンクさせた事により、拡大され、敵兵の脚が僅かにだが、乱れた。
「っやったっすか!?」
だが、相手は有視界にいるだけで数百。
もしも部隊がこちらへ来ているのなら、総勢は二千に上る。
たかが一発の矢で止るものではない。
だが、それが一発ですまなかったら?
「ああ、そういうことっすか! ソレがこの魔術の、技のメリットなんすね!」
今、ベオは神の思惑をハッキリと理解した。
「っ? ベオさん!?」
「先に行くっす! ここで足止めしてから合流するっすから!」
「む、むちゃですって!」
そんな仲間の制止を振りきり、ベオは単騎で反転をする。
(さっきの感覚はわかったっす。あとはこれを手でなく、宙に出すだけ……)
先ほどの感覚、ソレを頼りにベオは皆が行っているように、虚空に矢を精製することに挑戦する。
今までは出来なかった。
だが、今なら出来る気がする。
それは戦いや狩猟に長けた獣人の本能だろうか。
荷馬車上では出来なかった精製が。
「あ。できた」
そんな、なんでもないような言葉と共に。
この戦場ではスムーズに行えた。
ベオの傍らに、一本だけだが、矢が発生している。
「とりあえず、一発いくっすよ!」
今度はベオが目視し、狙っているところへと【魔力矢】は飛んでいき、先ほど同様に破裂、衝撃波を撒き散らす。
だが、焼け石に水。
異常だと思ってはいたが、あの衝撃を受けても怯むこともなく、脚も止めない。
「あ~これは……何か変っすね。まるで魔獣の“狂乱”みたいっすね」
魔獣が理性を失い暴れ狂う“狂乱”
それを体験したことのあるベオだからこそ、この異変の本質に気がつけたのだろうか。
「だったら……一本じゃなく、二本・三本と増やしていけばいいだけっすね」
ベオはそういいながら、脚に魔力を込め、一気に加速する。
その感も、矢の精製・射撃・破裂を連続させ、繰り替えず。
戦場での高揚感からなのか、その数は次第に増えていく。
数分も経過する頃には同時展開数は二十を超え、その着弾・消滅の瞬間に新たな矢が発生するに至っていた。
「同時に出せるのはこれくらいっすね。あとは……これにもう一つスキルをリンクさせるだけっすね」
そう。今まではただ【魔力矢】を精製し撃っていただけ。
着弾の際に『衝撃矢』は発動していたが、それだけであった。
だが、ベオにはこれに有効なスキルをもう一つ持っている。
いや、本来この戦い方はそのスキルと『無尽蔵』を併用すること前提で考えられていたものだ。
「此処からが本番っすね!」
そういうと、今発生している【魔力矢】全てに『速射矢』をリンクする。
もうして、裏技として聞いていた 『無尽蔵』と魔術の直接リンクを果たすことで、【魔力矢】に冠してはスキルの体力消費、魔術の魔力消費す帳消しにできる。まさに無尽蔵の矢筒ができあがった。
「さてさて、『黄金の林檎』が一人、ベオ。相手になるっす! では、いくっすよ!全矢弾、一斉射撃っす!」
掛け声と共に放たれる【魔力矢】
その速度は今までの比でなく、精製速度も倍では効かないほどである。
その圧倒的な回転速度に一切怯むことの無い兵たちの足が鈍っていく。
矢の1発の威力は通常の矢と同等以上である。それに耐えれるということ事態、異常なのだが、一人、また一人と倒れていき、徐々に数は減ってきている。
そして発射地点であるベオは高速移動し続けることで捕まることは無く、一定の距離を保ち続けることができる。
このまま、ベオ一人で彼ら1団を押し切るのも時間の問題だろう。
そう、接近しているのがその1団だけだったら。
ベオはその異変に真っ先に気がつくことができた。
「なん……すか? この……揺れ」
それはドドドドドドドッと響く揺れ。
まるで、数千もの獣の群れがそばを走っているかのような……。
「っ! まさか!」
ベオは一旦射撃を止めるとと、なだらかな丘の上を目指し駆け上がる。
そして、その音のする方へと目を向け、愕然とした。
「……ハハハ……これは、難しいっすね」
乾いた笑いを浮かべるベオの視線の先。
そこのは残りの二部隊。
すなわち、後方の補給隊を除いた兵がここへと集っていることとなった。
「流石に……これは無理っすね。でも出来る限り足止めはするっすかね」
これだけの数が今の速度で仲間を追うと必ず追いつかれる。
ならば、可能な限り数を減らし、足止めをする必要があるのだ。
それに、ベオの脚力であれば、ここから離脱することは造作も無い。
だが、何時どうなるかわからない戦場。
ベオは決死の思いを込め、再度戦場を駆ける。
すでに慣れ、ほぼ自動化までされて放てるようになった【魔力矢】。
そしてアーツによって強化された脚力。
ほぼ無尽蔵とも言える体力と魔力。
それを武器として、半ば持久戦の戦いを繰り広げていく。
だが、気を抜けば兵たちはべオを無視し、本隊の向かったほうへと進もうとする。
その都度、ベオは先回りをし、先頭の一団を壊滅させ、戦域を拡大させながらも応戦していく。
恐らく、倒した兵の数は千には届かないまでも、かなりの数を減らしているだろう。
だが、オーレアの兵は止らない。
仲間の屍を踏み付け、踏み越え。ただの肉片とさせながらも進軍してくる。
果たして、一体なにが彼らをそうさせているのか。
どれ程続いたのだろうか。
恐らくは数時間だろうが、ベオには既に半日以上が経過しているように感じていた。
終わりが見えない。
ただ自分にできることは、オーレアの軍団の到着を遅らせることだけ。
しかし、不意にベオの鼻は耳は、自分の後方から同胞の存在を感知た。
感知してしまったのだ。
「ベオっ! いいか、お前達! 矢の一斉射撃だ!放てっ!」
「全部隊、俺に続け! これ以上アイツを一人で戦わせるな!」
「「「「「「「「オオオオオオオオオオオオオオオオッ」」」」」」」」
その掛け声の下、弓兵は矢を射かけ、歩兵は短剣かた斧まで幅ひろい武器を片手に突貫していいく。
「だ、だめっす! あれは異常っす!」
獣人は全てが家族。
その精神の元、1人残り足止めをしているベオを案じ、最後方の部隊が踵を返し、ベオの救援に、応援に駆けつけたのだ。
恐らくは既に伝令が走り、全部隊が折り返し、此方へむかっているだろう。
ベオの言葉もむなしく、突貫した兵たちは剣を片手にオーレアの軍と交戦を開始する。
だが、そこで繰り広げられるのは戦闘ではなかった
「ぐはぁっっ!」
「ぎゃああぁぁぁぁぁ」
数々の悲鳴や断末魔をあげながら、倒れていく自警団の仲間たち。
彼らの周囲には血の霧が立ち込め、ベオの鼻を刺激する。
その戦いは……いや、虐殺は異常である。
オーレアの兵たちは剣を打ち合えせ、そのままの勢いで獣人を両断していく。
全てが異常なのだが、これは非常識だ。ただの鉄の剣で、量産された鋳型の剣で、人が切れるわけも無い。
ベオの眼にはソレがくっきりと見えていた。
かれらは切れられているんじゃない。
鉄の塊を叩きつけられ、千切れているのだ。
そして同時に眼にする。
一名を切り捨てた兵がそのまま、腕がちぎれ弾ける様を。
それだけではない
これまで走ってきたからなのか、彼らの足はすでに血まみれで、体のあちらこちらから血が噴出している。
その姿はまさに死兵。
だが、何故こんなことが可能なのか。
その時、ベオは1つの事を思い出す。
敬愛する主神がミアの体で放った1撃。
あの時もミアの体はついていけず、腕がミンチになっていた。
なら、この兵全てにそれが起こっていると考えられないか?
「そうっすか、これが向こうの神が降臨するってことっすね」
だとすれば説明がつく。
この可能性は示唆されていたことだし、その場合にはどうするかも指示を受けている。
ただ、予定よりもずいぶんと早かったが。
「いよいよ……これの出番っすね」
ベオはそう言うと懐から小包みを取り出し、敵へと駆けていく。
「ベオさん!?」
「全部隊ひかせてくださいっす! そして此処一帯から大急ぎで避難を!」
(一応の避難指示はしたっす!、あとは……ネクさん! 信じてるっすよ)
そう思いつつ、部隊の前に降り立つと、その包みを広げる。
中から出てきたのは、獣の皮。
いや、皮でできた……こえは仮面だろう。
その紫色の毛皮で出来た仮面。
自分のクラスを考えれば、被れということだろうが。
一瞬思い浮かべるのは警告。だが、あの神が自分達を害するものを創るとは思えない。
逡巡は刹那。
「皆! 全速力でここから退避っす!」
周囲にいる仲間への忠告を行い、ベオはその仮面を、どこか狼を思わせる獣面を被る。
その瞬間。
ベオの意識は暗転する。
「なに……が?」
その様子を見ていた同僚の獣人はその光景に息を呑み、足を止めてしまった。
いや、彼だけではない。
ソレを眼にした、全ての存在が。それこそ、あれだけの止らなかったオーレアの軍勢すら、脚を止めてしまった。
彼はベオが何かを顔につける様子を眼にし、その後、ナニカが急速にベオの体を覆うのを目にしたのだ。
そのベオだったナニカは大きくなり続け、いまや十メートルを超えてしまっている。
不意に、尻尾のようなものが大きく動き、かと思えば、その毛皮の塊がゆっくりと立ち上がる。
「……なんて……キレイな」
そこに居たのは全身を紫の毛皮で覆われた、眼が離せないほどの美しい、1匹の巨大な狼だった。
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「おいおいおいおい。ネクのやつ、とんでもないモノを出しおった!」
「ええ、此処からでも解りますね。よくぞまぁ……持っていた。と言った所でしょうか」
彼女達は自身のいる場所から遠く離れた地点で起こった異変をいち早く観測する。
「ベルクの暴挙は予想通りとして、その対応じゃが……こんな隠し玉をいれていたのか」
彼女の言っているのは先ほどベオが身に着けた獣面のことである。
ここで観戦をしている神魔でアレの意味を知る者は少ないが、逆に知る者からすれば、とんでもない鬼札だろう。
すくなくとも、人間の戦争で使うものではない。
「わらわの言う事ではないが……善いのか?」
「善いとは、どういう意味ですか?」
普段の不遜な態度とは違い、言いにくそうにしながらも、ソレを口にする。
「あれは……『神ヲ喰ウ狼』の毛皮であろう? お前の同胞の、亡骸の一部であろうよ」
「まぁ、そうでしょうね。ネク様が持っていたのでしたら、ひょっとしたら、私の毛皮かもしれませんが」
長い付き合いだが、流石にフェリアスのこの言葉に驚きつつ、若干に戸惑いを覚える。
そんな様子の彼女を。自身の主を見ながら微笑み、フェリアスは付け加える。
「私の牙も、皮もあの時失いました。ですが、これで良かったと思っております。もしもネク様がお使いになられていたのでしたら、喜ばしいことですし、私でなくとも、あの毛皮の主もきっと誇りに思うでしょうから」
「……そうじゃのう」
そうフェリアスの言葉を聞きながら、彼女の主、全ての魔獣の頂点、『魔獣聖母』は微笑みながらも戦況を見据える。
まだ、暴虐は始まったばかりなのだ。




