刻まれるモノ『食糧』
時を同じくして、ここはフラクペネイトより南西。
オーレアの軍勢を避けるように移動する一団がある。
「ミア、皆は……無事なんでしょうか」
「解りません。でも、きっと大丈夫ですよ!」
私はウルスと話しながらも避難民を誘導していく。
約八千名もの避難民。
彼はは各人が最低限度の保存食を背負い、南にある都市までで徒歩での避難を行っている。
数頭の馬も非常用の食料など、荷を背負ってはいるが、皆の携行品は少ない。
「でも、思い切りましたね。戦闘できる自警団たちを囮に使って、一般市民は当初オーレアが予測していたルートを通るなんて」
「そうですね、私もそう思います」
その問いには私は苦笑せざるを得なかった。
オーレアでマリと話したときには否定したルート。
その際は、東の迷宮都市へ避難すると説明していた。
しかし、実際はその話が向こうの主神に漏れていたために、再度変更を余儀なくされたのだが。
「非常食も最低限はありますし、それにミアのおかげで大量の水を運ぶ必要が有りませんから」
「そう言って貰えると……。あまり大きなモノが入れられないんですけど、水なんかは口のサイズを選びませんから」
そう、この徒歩での避難を可能にしている要因の1つが物資搬送だ。
通常は食料、特に水は貴重で、荷馬車数台分の水を樽に詰めて搬送する必要が有る。
それ以外の食料については、乾物などを主にすれば、他には塩漬けの野菜など、保存が効くものだけで事足りる。
無論、個人個人にも水は持たせている。
少なくなったり、減った場合に私が配給する約を担っているのだ。
「でも……ほんとに便利ですよね、そのスキル、物資運搬なんかで重宝するんじゃないですか?」
「使いこなせれば……そうだよね。でも……まだ口が小さいんで荷物はとてもじゃないけど入れられないし。それに、出すときもこの口から出さないとだから、以外と制限が多くて」
「ふぅ~ん。でも、この制限って、なんだか、無理やりつけた感じがするんだよね。まぁ、私がそう思っているだけだけど」
確かに、それは一理ある。
ネクさんが使った際に覚えたスキルの大半が封印状態にある。
ということは、ギリギリ使える範囲で修正が入ったと思うべきなんだろうか?
……あまりスキルをむやみやたらに覚えるのを嫌がってたし。
「かも知れませんね。え~と、うちの神様もこのスキルを使ったときには別に穴が開いていた様子もありませんでしたし」
「まぁ神様と比較してはいけないんだろうけど、ね」
ああ、そうか。ウルスはネクさんが私の体でスキルを使ったこと知らないのか。
ネクさん曰く、アレは私でも再現可能なことしか出来ないらしいから、それを考えてれば、ウルスの見解も納得ができた。
結局のところ、私の未熟に話が行ってしまう。
この避難民の誘導も重要な役どころだ。
だが、レクスたちは騎士団を、ベオ達は先発の軍勢をそれぞれ抑えている。
そんな事は無いと解っていても、戦力外を言い放たれたきがしてならない。
「どうかしたの?」
「え、いや、少し。私がもう少し強ければ、皆のところで戦えたのかなって」
「あ~、それは……私も思うね。私も魔術とかを少し使えるけど、それ以外がからっきしで。神様の名前……この“命神”様ってのが解ってからは少し力が増した気がするんだけど」
ウルスは戦闘よりも後方支援、回復魔術や遠視・透視などの瞳術系統を得意としているようで、自分の故郷の危機に逃げることしか出来ないことを悔やんでいた。
「そうですね。でも、皆を避難させるのも大事だってことはわかってるんですけど」
「そうだね、今は皆を安全な所へ連れて行こう」
お互いにそう励まし、皆と共に進む。
だが、神とて全知でも全能でもない。ネクにも予想できなかった事態が発生することとなる。
「おい! アレは……オーレア軍ではないのか!?」
その声はあっという間に避難民全てに伝わり、動揺が広がる。
遠方には、確かに、オーレア軍であろう、旗がひらめいている。
ただ、かなり遠方の様で、私の眼にはあまりよく判らないのだが、周囲の獣人には鮮明に映っているらしい。
いったいどんな視力をしているのだろうか。
「そんな。主力はベオ達がおさえてくれてるんじゃ」
「でも、あの旗は……」
だが、そこまで離れていても、皆にとっては重大な問題である。
そんな言葉が次々に上がり、不安が広がってく
「皆さん。静かに! 落ち着いてください!」
だが、その混乱を一人の声が落ち着かせる。
「ミア、少し善いかしら?」
「わかった。どうするの?」
周囲をその言葉で落ち着かせた巫女、ウルスは周囲を一瞥したあと、私に声を掛ける。
「……私が偵察に行くから、それまで皆を任せていいかしら?」
その言葉に、周囲にいる皆が一斉に騒ぎ出す。
「何をおっしゃるのですか! 巫女様を戦場に行かせるなど!」
「そうですよ! そんな事をさせるわけには参りません!」
皆は一斉に、ダメだ、行かせる訳には、と口々に停める。
「でも、誰かが行かないといけないでしょ?ここからだと、私の遠視でも詳細はわからないし」
「ですが……万が一の事を考えると」
だが、ウルスは再度強い口調で
「万が一も何も無いの、皆の安全が第一。それに、向こうの様子がわからないと、対処の仕様が無いでしょ?」
暫く話会いが続いたが、ウルスはあくまでも遠視が使える距離までしか近づかないと強調し、周囲はそれに従って折れる形となった。
だが、単身で行かせる訳には行かない。
そこで、ウルスは荷運びに使っていた馬を使い、数人の護衛と共に遠視が使える範囲まで。という条件で合意を貰った。
その護衛だが。
「今日の水の配給は終わったから。私も護衛でついていくね」
「ありがとう、ミア。そう言ってくれると思ってました」
私は、有事の際のアテにされていたのだろうか。
でも、他のメンバーとの力量差を聞いているウルスからアテにされると少し嬉しいものがある。
「ミア殿、よろしくお願いいたします」
「わかりました、長老」
今から行けば、日が暮れる前には戻ってこれる。
私達はそう判断し、数人の護衛と共に馬を走らせる。
しかし、遠方だと解ってはいたが、かなり馬を走らせる必要があった。
「そろそろ、大丈夫ですね」
ウルスはそう言うと馬を泊め、『遠視』のスキルを発動させる。
後から聞いた説明によれば、このスキルは“一定の距離のものを鮮明に見ることが出来る”というスキル。
特に遠方のものと制限があるわけではないのだが、この“一定の距離”というのが曲者で、使用者の認識力に左右されるのだとか。
使用者が肉眼でのみ認識しているのであれば、その距離に補正が掛かるだけだが、仮にこれをネーネのように精霊の視野など五感系と併用できるのなら、超広範囲に視野拡大されるのだとか。
でも、その時聞いた話だと『人の脳だと処理が追いつかないから意味がないけどな』との事。
「どう見えた?」
「見えたけど……どうもアレ、後方支援の補給部隊みたい……だけど……なんでこんな所にいるんだろ?」
こちらにはまだ気がついていないようだが、彼らは先発の補給部隊らしい。
だが、先発隊はベオ達囮を追って東へ進んだはず。
それについて行かず、南下するルートを通っている?
「あ。わかった……でも、なんで」
「え? どういうこと?」
不意にウルスが声を上げる。
何かを察したのか、だが、腑に落ちない。そんな様子だった。
「彼ら……もう食料が尽きてるんだ。だから、南下して都市部で補給を行おうと」
「補給って、そんな、彼らは補給部隊でしょ? オーレアから持ってきた物資は?」
「たぶん……もう無いんだと思う」
私は理解が及んでいなかったが、この事はレクス達やベオも十分に理解出来ていた。
単純な話。彼らは行くだけの食料しか用意していなかったのだ。
帰りの事は考えていない。いや、フラクペネイトがら略奪すれば、周辺の農村から略奪すればいいと思っての編成だったのだ。
だが、ここに来て彼らの思惑は外れてしまっている。
「このまま放置していても、彼らには私達を追うだけの力は残って居ない。あとは騎士団をあしらって追撃を回避できれば逃げ切れる」
ウルスはそう言うと、避難民に合流すべく、馬を走らせる。
戦争とはいえ。こちらを襲撃する国とはいえ、飢えて戦力を維持できないなんて……。
かって住んでいた、故郷の今を思い、私は哀愁を感じざるを得なかった。
**************
遠く離れた地で、この光景を眼にする者が居る。
その自身の望みと、野望とあまりにもかけ離れた戦場。
男はただ憤慨し、そのあまりの体たらくを激怒した。
「何故、言われたことも出来ない! ただ、ケダモノ共を追い詰めて狩るだけの狩りだろうが!」
この結末は自身の采配の問題である。
そんな事を理解もせず、ただ人間を増える駒として扱ってきた男。
自国民も敵国民も、否、人界の生き物は全て、暇つぶしの箱庭の玩具。
故に、思い通りの成果にならないことが許せない。
その身勝手な怒りは間もなく、飽和を向かえ、災禍となり降り注ぐ事となる。
軍の運用には必ず食糧と計画が付きまといます。
中世では、食糧の運搬事情から、道中の農村での補給に頼っていたり。あるいは敵国やそれこそ自国内であろうが、周囲からの略奪で戦線を維持していたようです。
さて、今回のオーレアですが、前にも触れた通り、道中の農村での補給Or略奪を目論んでいました。
ですが、農民の疎開、急な進路変更などで補給が行えず、最後の物資は先行隊に全て渡し、彼ら補給部隊は物資確保を目的として行動をせざるを得ないわけです。
そうしないと、全てが飢えて戦線維持どころか、餓死を待つだけになってしまいますから。




