開戦「 」日前③
「荷馬車を囮に使うって……本気ですか?」
『ああ。そうする事で僅かな時間ではあるが欺ける』
「欺ける……オーレア軍をですか?」
やはり俺の計画を聞き、皆には戸惑っているようだ。
当初の計画を無理やり変更するのだ。無理も無い。だが、そうでもして何とか避難の時間を稼がなければ。
それに、ネーネ経由で入手した情報。到着した荷馬車は多いようだが、食料の方は心もとない。迷宮都市までの道のり、足りるかどうか……。
フラクペネイトから避難民は合計で一万と少し。その内戦闘が可能な人員は二千程だろう。
ならば、戦闘可能な獣人と空の荷馬車を当初の避難ルート、東へ向けて出発させる。
そして、そこに目を向けさせ、残りの市民を避難させる。
だが、欺くのは何もオーレア軍だけではない。いや、むしろあの神の眼を欺くのだ。
『そうだ、欺くのはベルクの眼。あの戦争狂の眼を欺き、獣人を避難させるのだ』
それを成さないと、フラクペネイトの民は救えない。
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「話は理解しました。ですが急に全民避難と言われても、とても用意できるものでは……」
私の目の前に居る老獣人は、私達の説明に戸惑いを隠しきれない。
ここはフラクペネイトの集会所。
人口が一万を超える都市なのだが、こういった会議の場にも拘らず。どこか暖かく、家族感が溢れれている。
前にベオから『獣人は皆が家族みたいなものっす!』とか聞いた気がするが、なるほど、理解ができる。
「ですがぁ、既にオーレアから出兵されていますよぉ~? 総数は一万にもなる大軍ですぅ、このまま何もしない訳にはいかないでしょ~?」
「それはそうなのでしょうが。ネーネ殿、使者としてこちらに来ていただいて大変ありがたく、光栄なのですが。ここの街は私達の故郷。そう簡単に明日にでも移民など出来かねるのです」
「そんな! 向こうには俺達の神様がいてくれるんっすよ!」
「そうかも知れないが、ワシらが会ったわけではないからな……信じたいところではあるが、ベオの話だけでは」
「おお、だったらこういうのはどうだ? その援軍も含め、この都市でオーレア軍を迎え撃てばいい! 迎撃できるだけの戦闘力をもってるんだろう? だったら簡単だ!」
「それは善い! 向こうの神が干渉し、兵に力を授けるというのなら、我らの神にも力を授けてもらえばいい!」
事態を本当にわかっているのだろうか。
そして何故だろうか、私の事がネクさんの、神の使者という扱いになっている。
本来は、そのポジションはミアの役回りのはずなのだが。
しかし、本当に獣人のシンプルな考え方。
コレも確かに精霊様経由だが、ネクさんから指摘を受けてはいたのだけど……。
私はその言葉を思い出す。
「ゴホン『いいか、恐らく……いや、ほぼ百パーセント、獣人族は平和ボケしている。基本的に高い身体能力、本能に忠実な所。そして長い間戦禍に晒されて居ないところ。これらの要因から、はっきり言って説得はめんど・・いや、難航するだろう。だが、時間を考えると、悠長なことはしていられない。到着したらその日のうちから避難の用意を始めないと間に合わないだろう』……との事です。ネーネ解りましたか?」
無理やりに声色を変え、精霊様は解説をしてくれた。
勉強したかいが有り、精霊様と連絡を取ることが出来るようになった私は、事前にこの事を予言されていた。
「精霊さまぁ? 無理やりに声色を変えなくても……」
「アァ~ッ、ア~『更に言えば、都市自体に主神もいない、信仰する神の名前もわからない。そんな状況では、都市外へ出たことの有る者を除いて、神魔という存在を理解出来てないからな。神の妄執は危険だ、間違ってもその都市で篭城とか馬鹿な事をさせないようにするんだ』だ、そうです」
「……精霊さまぁ~、声色いえ、何でもないですよぉ」
「一応、簡易ながら寄り代も用意出来たことですし、少し手間ではありますが、向こうとも連絡は出来ますから。それに万が一の切札も渡しているでしょう? 頑張ってくださいね」
そう言う精霊様は小さい木製の人形……っぽいモノから声を出している。
これは、木製のお守りとして作った物で、会話の為に私が作ったものだ。
「ですけどぉ」
「頑張ってくださいね」
精霊様は一切取り合ってくれず、ただ、「頑張れ」と応援するだけだったが。
私がその事を思い返している間にも長老をはじめとした代表者達はああだこうだ、話をしている。
ちなみに、獣人の代表者達は大まかに部族単位で別けられており、犬耳や猫耳、兎耳もいれば、もう少し獣寄り……身長がえらく大きく毛むくじゃら……でもモフモフしてそうな熊っぽい人とか、小さいネズミ……ネズミ? リス? 見たいな人とか本当に様々だ。
当然それだけの人数がいる以上、そう簡単に纏まるわけがない。
ああ……まどろっこしい。
こういう時にこそ、ネクさんの威光が使えたら善いのに。
そう思いながら、いよいよ切札を切ろうかと思っている矢先、先ほどから黙っていた巫女が私に声をかけて来た。
「ネーネさんでしたね。少しお聞きしたいことが有りますが、よろしいでしょうか?」
「どうぞぉ~。私に判ることならぁ、お答えしたしますよぉ~?」
彼女は会議には参加しているのだが、一切発言もせず、黙って会議を見守っていたのだ。
此処に来ての発言、一体何を聞きたいのだろう?
「では、先ほどから思ってましたが、私達の主神と目される方。お会いしたというのであれば、その方のお名前をお聞きしたいのですが?」
「っ!」
思わず、私とベオ二人ともが息を詰まらせる。
ネクさんから言われている“絶対の禁止事項”その1つがコレだ。
「すみません~。名前を教える事は出来ないんですよぉ~」
“俺の名を語るべからず”
コレは私だけではない、ベオにも厳重に注意していたことだ。
特に彼女、巫女には絶対にダメ。細心の注意を払うよう、厳命されている。
ネクさんが此処まで念を入れるのだから、相応の理由があるのだろう。
だが彼女、ウルスも簡単には引かず、その事について私を突いてくる。
「それは、誰にでも名前を教えてはだめって事ですか? でもネーネさんもベオも知っているんですよね?」
「そうっすね! 直接お会いしたっすから!」
不味い。ベオは意外……でも無いが、ミア同様に結構ボロが出るタイプだ。
このままの話の流れでは、うっかりベオが口を滑らしかねない。
何故だろうか、一瞬ウルスの眼はキラリと光り、兎で草食系のはずの彼女の瞳は、まるでエモノを見つけた肉食獣だった。
「そうなの? どんな神様なの? 会った時の事を聞きたいわ」
「そうっすね! 凄い方だったっすよ! でも全然威張ってなくて。とても親しみの有る方だったっす! なのに、物凄く強いんすよ!」
不味い不味い。ベオは調子に乗ってぺらぺら話してる。
ネクさんの事を故郷の皆に知らせたいのだろう。そして、会った事を自慢したいのだろう。
でも今はその時じゃない。
ソレは避難が完了してからに取っといて!
このままだと、いつベオが口を滑らすか解らない。彼女の目的は解らないが、ネクさんから釘を刺されている以上、これ以上は看過できない。
「みなさまぁ~。時間が本当に無いので、もう一方来て頂きます。その方のお話を聞いてからどうされるか判断してください~」
私はそう宣言すると、ポケットから子袋を取り出し、中身を1粒床に放る。
ごめんなさい! 後をお願いします!
私はそう心の中で謝りながら、魔術を行使する。
「お願いしますぅ~【契約召喚:ルイミウォテル】」
何時もよりも長い韻を踏み、私は精霊様を召喚した。
前もって託されていたもの、ソレはあの迷宮都市に有った精霊樹、あのリンゴ種。
ソレを触媒として、精神体だけだが、精霊様をこの場に呼び出すことが出来るのだ。
「我が神の代理として参上しました、木精霊:ルイミウォテルと申します。よろしくお願いしますね」
声はヨロシクと言いながらも、その気配は全然ヨロシクと言って居ない。
神獣・精霊・獣人。その三種族はある意味において兄弟のようなものだ。
故に、どれだけ世代が離れようと、お互い感じるものがある。
そして、同時にどれだけ、逆らってはいけない者かも十分に理解できるのだ。
あのダンジョンの最下層で神獣と相対したベオは、本当に、身に染みて、十二分に解ったそうだ。
では、神獣同様にネクさんの干渉を直に受け、かつ、あのダンジョンを管理している精霊様だったら?
「それで、皆さん。我が神が、皆の身を心配し、守るために提案したお話に、何か不都合でもございましたか?」
「「「「「「「「「いえ! 何も有りません!」」」」」」」」
獣人の特性
やっぱり本質は獣なのか、圧倒的力を持ったリーダー、ボス。そういった存在にはとことん従順になる。
私は「これって脅迫なのかなぁ~」などと思いながらも会議は終了。
あと、数日もすればレクス達も合流できるだろう。
各部族が一丸となっての避難大作戦が始まろうとしていた。
そして数日後
「ついた! 此処がフラクペネイトか」
オーレアを出立し、今日でちょうど一週間。私達は無事オーレアに到着することが出来た。
「あと猶予がどれだけあるか判らない、急ごう」
レクスの言葉に頷くと、私達はネーネと合流を急ぐ。
時は刻一刻と過ぎていく。
開戦まであと数日。
長らくお待たせしました、間もなく開戦、2章もクライマックスに突入……多分突入します!




