戦神の巫女③
『そもそもの話だ。一万もの兵を行軍させる場合、フラクペネイトへの到達は何時頃になるのか』
ネクさんは私に語る。
私には知識が無いためはっきりとは言葉にすることは出来ないのだが。
「……私達と同じ速さ……昨日ここを経ったなら、あと一週間以内には着くんじゃないんですか?」
此処にくるまでの間に見た地図。
それを参考にするならば、二つの都市間はおおよそ、一週間ほどかかる距離だった。
私がそう答えると、マリがその考え方を否定する。
「それは違いますわ。その一週間と言うのは、馬を使っての距離。まぁ、商人達が使う馬車での掛かる時間ですね」
その答えに私の勘違いを指摘する。
「兵士の移動速度は違うんですか?」
「違いますわ。彼らは鎧を着て、さらに一般兵は馬ではなく、徒歩ですから。指揮官や後方の補給隊などでは馬や馬車を使いますけども、一般の商人達と同じような速度で移動することはできませんわ」
一概に全ての兵士がそうと言うわけではないそうだが、今回のような大規模行軍となると隊列を組んで歩くため、より一層速度は落ちるそうだ。
「それだったら! 今からフラクペネイトへ走れば間に合うって事ですね!」
私は勢いのままにイスから立ち上がり、すぐさまレクスとカウスにも知らせようとする。
『いいから、落ち着け。今お前が動いたところで自体は進展しない』
だが、再度私を押し留める声がかかり、私はイスへと戻ることになる。
なぜ? どうして? 急がないといけないはずなのに!
焦る私を無視し、ネクさんはマリと会話をし始める。
『マリだったな。その出立した一万の軍勢。フラクペネイトへの奇襲が目的か? 俺にはどうも違うように見えるが?』
「流石、やはり神族、その慧眼恐れ入ります。あの一万の軍勢はフラクペネイトへの攻撃ではありません。かの都市より逃げ出した獣人たちを狙い討つための先行別働隊なのです」
別働隊!?
そうだ、ネクさんが前にした話でも出てきた。
あの時は隊を二つ以上に分けると対応に困るといったような話だったが……。
でもそうすると疑問も残る。
一万もの軍勢が別働隊として動くなら、当然、都市を攻撃し、追い立てる本隊もあるはず。
そう私が疑問に思っている中、“ふたり”の話は続く。
『では、当然本体が居るはずだな、今までの話の流れ、そして先ほどの騎士団。なるほど、追い立てる猟犬の役は先ほどの彼らか?』
「はい、その通りです。この国の“豪戦騎士団”、総員二千余名。その面々がフラクペネイトを正面から打ち破ります」
『なるほど、追い立てると役と言いながらも打ち破るれる戦力。そして敗走したとしても一万もの兵による包囲殲滅戦。よほど殲滅させたいと見えるな、あの神は』
ネクさんがそう言うと大きなため息をついた。
此処までの布陣が敷かれようとしているのか。
戦力差の話は確かに聞いてはいたが、ネクさんに手があるという事もあり、私はそこまで重く受け止めていなかった。
何らかの戦術を用意し、なんとか避難を完了させるだけの時間を稼ぐものと思っていたのだ。
だが、急ぎ戻ったところで此処からでは私達の足では約一週間は掛かる。
ネクさんが言うようにいくら進軍の足が遅いからと言って避難の用意が間に合うのだろうか?
(そんな、ネクさん、大丈夫なんでしょうか? このままじゃ……)
迂闊に呼ぶのを避けるため、頭の中でネクさんへ訊ねてみる。
ネクさんは私のその問いに答えるためか、現在の状況を整理してくれた。
『此処から一万もの歩兵が進軍したとして、一日で歩ける距離はの馬車の半分以下だろう。歩兵の進軍速度と部隊の配置完了までの時間を考えると、仮にこのまま直ぐフラクペネイトまで馬車で行ったとして、向こうでの猶予は十日程だろうな』
「そんな。十日で避難をさせないといけないなんて!」
私はその言葉を声に出して叫ぶ。
だが、現実はもっと非情で容赦がないものだった。
『ミア、勘違いをするな。あくまでもこれは開戦までの猶予だ。避難は兵士が配備を完了させる前に完了しておかないと包囲網に囲まれてしまう』
だとしたら実際の猶予はあとどれだけ有る?
絶望に囚われそうになる中、諦めたくない一心で必死に考える。
急ぎフラクペネイトまで戻って避難を勧める?
ベオが先に到着しているはずだから、話は直ぐに伝わるはずだ。
だったら……私達ができることは、今すぐにこの情報を皆に伝えること!
「今すぐ此処を発って、この情報を伝えましょう!」
私は再び勢い良くイスから立ち上がる。
『だから、落ち着け。今お前が動いたところで自体は進展しないって言ったろ?』
が、再びネクさんからの静止が入り、出鼻をくじかれてしまう。
「どうして! だって急がないと!」
何故、この神はこんなにものんびりしているのか!
だが、私の思いを無視し、ネクさんは再度マリへと問いかける。
『今までの話で、一つ出てきて居ない話しがあるな? この戦争に置けるお前たち巫女の立ち居地は何処にある?』
その言葉に、いままでにこやかだったマリの顔が初めて歪む。
これは……悲しみ……なんだろうか?
ネクさんは淡々と言葉を続ける。
『その上で聞こう。わざわざ、フラクペネイトの救援に動くこいつ等を引き止めて、その上情報を渡して。お前の望みは何処にある?』
ネクさんの言葉にマリはどう答えて善いか迷っているようで、少し俯き、視線をそらしてしまう。
だが、それもつかの間、意を決したように顔を上げ、私を通じてネクさんを幻視する。
「ほんの一週間と少し前のことです。先ほど言った様に、皆さんが此処に来る啓示を受けました。でも、その際に受けたのは啓示にはその先……私達の運命も映っていました」
そういうとマリは今までに無いほどの想いを込めて私達に言った
「お願いします! 私の、一番大切なものを助けてください!」
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俺達は目の前の男から伝えられた情報を頭の中で吟味していく。
「騎士としての忠告感謝するが、一国の団長として、その話を俺達のして良かったのか?」
彼のような役職の者が他国への、それも今から攻め入れようとしている国の関係者と思わしき者へ、教えては善いことではないだろう。
俺の言葉をどう受け止めたのか、目の前の巌のような男は、少しだけ居住まいを崩し、俺達に尋ねた。
「貴殿らは“巫女”という存在についてどう認識している?」
「巫女……先ほどの少女達のことか? 余り耳にしない言葉なので……いや、待て。確かフラクペネイトにも一人居るとは聞いたことがあるが」
「ああ、確かにそれは聞いたな。だが、どういう存在なのかは俺達は詳しくは知らない。ただ、神からの天啓を受けると聞くが」
その問いに俺達は持っている知識の中から該当のモノを探し出す。
ベオが言っていた人物の中に“巫女様”という言葉が出ていた。
そもそもベオが庇護者なる者を探して旅に出たのが俺達との出会いの始まりだった。
この庇護者の事をベオに言ったのが巫女だと認識をしている。
「ああ、広義で言えば間違いは無い、巫女とは神と交信が出来る存在の総称だ。地域によっては祈祷師や予言者、神子とも呼ばれることがある」
「神子?」
「そうだ。神子、つまり神の子。これはその出自や血統に由来しているものだ」
「おい、待て。まさか巫女っていうのは!?」
俺だけでなく、カウスもその結論にたどり着く。
その答えが正しい、と言うように、目の前の騎士アラドは巫女の正体について口にする。
「そうだ。巫女と呼ばれる存在は全て、神と血縁を持つのだ。……彼女たちは、神の遠い子孫、又は、神との混血児を意味するのだ」
神の血筋。
そんな存在がこの人界に居たのか。
だが、この問答からは彼の真意が見えてこない。
一体何が言いたいのか。
と、同じことを思っていたのか、カウスが俺の思いを口にだし、彼に尋ねる。
「巫女のことは解った。だが、それと貴方の思惑とがつながらない。一体何が言いたいのだ?」
この問いに彼は少し考えたようだったが、その口を開く。
「この国の巫女も神の啓示を受けたそうでな。だが、その内容が芳しくない」
彼の表情からは苦渋が感じられる。
俺はそれを見たことがある。
自分の無力感を、何とかしたいが、その願いに手が届かないときの表情を。
彼ほどの力を持つ者でも届かない願いなのか?
その口から発せられた悲痛な叫びにも似た言葉を、俺たちは聞くこととなる。
「俺では手が届かない。だから、頼む。私の一番大切なものを助けてくれ」
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二つの場所で同じ願いを発する二人。
ドアを隔て、お互いの声は聞こえない。
だが、その言葉はほぼ同時に発せられた。
ミアは彼女に聞く。
「大切なものって?」
レクスは彼に聞く。
「大切なものとは?」
その問いにはこう答えが返ってきた
「私のたった一人残った“兄”を助けてください!」
「私の唯一の家族。私の“妹”を助けてはくれないだろうか」
ドアで隔たれた空間。
お互いがお互いを助けようと思っていることを彼らは知らない。




