緊急事態『慢心』
私の放った槍は魔獣の喉を貫通する。
障壁が弱まっていたのと、流石に口内まで防御はできないことが幸いした。
「やった!」
喉から大量の血を吐き出し、悶える。
確かな手ごたえを感じ、私は喜びの声をあげる、が、しかし。
(引いてください!!)
「え?」
先ほどと同じ声が頭に響く。
聞き覚えがある。間違いなく聞いたことがあるのだが……思い出せない。
その事に気を取られた、その一瞬の隙を突き、魔獣は槍ごと私を丸呑みにしようと口を開き襲い掛かる。
「危ないっ!」
咄嗟にレクスが割り込み、私を突き飛ばす。
間一髪のところで私はまた命拾いをしたようだ。
「あ、ありがとう、レクス」
「気を抜くな!まだトドメを刺したわけじゃないんだ!」
先ほどの声に気を取られた私をレクスが叱り付ける。
……皆にはあの声は届いていないのか。
そう思いながらも、私は返り血を振り払い、戦闘の再開すべく立ち上がる。
私を食べ損ねた魔獣は、自分の口内に刺さったままの槍を飲み込みんでしまった。
見れば、カウスがつけた傷も私が刺した穴も、赤い煙を出しながら肉が盛り上がるように塞がっていく。
「ちっ、再生持ちか。ネーネ! 炎魔術で焼き払えるか?」
「やってみますぅ~。少し時間を稼いでくださいぃ~」
再生持ちのモンスターには炎魔術が良く効くという。
毒は精霊が防いでくれているので、ネーネ本人は魔術を自由に使うことが出来る。
私達は、ネーネの術の準備が整うまで時間を稼ぐことにした。
私は腰に下げていた予備の武器を取り出す。
こちらも耐久性を考え、やや短めのエストックを用意していた。
先ほどの声は気にはなるが……
(ミア! 聞こえていないんですか! そこは危険なんです!)
やはり声が聞こえる。
「レクス! さっきから危険って女の人の声がする!」
「なに?……俺たちには聞こえないが……」
やはり、皆には聞こえて居ないようだ。
だが、はっきりと聞こえている以上、私の空耳ではないはずだ。
いったい何が危険なのだろうか?
確かに、目の前の魔獣は強敵だろう。
だが、先ほどの戦闘の手ごたえから、あのプチ神獣たちには遠く及ばない。
『SYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!』
蛇頭を震えさせ、威嚇を放っている。
と、ここで1つ疑問が生まれる。
先ほどからレクスが挑発を放ったり、カウスが斬りつけているが、幾つかの蛇頭で防ぎはするが、あの魔獣の狙いは終始私である。
何故私なのだろう??
初めはレクスを狙っていたのだが、私を見つけてからは眼を逸らすことが無い。
まるで、なにかの目印がついているかのような……。
だが、疑問は一先ず置いていて、目の前に魔物に集中する。
が、出鼻をくじくように先ほどの声が聞こえる。
(お願いですから、聞いてください! そこから逃げてください!)
先ほどからのこの声はなんなんだろうか??
流石にコレだけの警告をされては気になる。
「さっきから、誰なんですか! 目の前の魔獣なら、何とかなりそうですから! 安心してください!」
何か私を心配してくれているようなので、何とかなりそうと、安心させるべく、声に出す。
今の私達全員で相手をすれば、高位魔獣だが、倒せない敵では無いようだ。
私の声が聞こえたのか。再び、声が聞こえた。
しかし、その内容は私の考えていたものではなかったのだが……
(違います! 相手はソレ1体じゃ無いんです! いくらなんでもアノ数は無理です!)
「……え?」
いま……なんて?
そう思った時には、恐らく既に詰んでいたのだろう。
首筋を嫌な汗が滴り、背中を通る。
私は背後を振り向き、コレまで来た通路を見る。
そこには、1人の冒険者が、薄暗い通路の真ん中に無言で立っていた。
ローブを目深に被っているので表情は見ない。
しかし、ゆっくりと顔をあげ、私と視線が交差する。
この神眼のおかげなのだろうか?
無知な私にもはっきりと判る。その狂気に満ちた瞳。
そして、性別すらわからないが、その冒険者はやはり、こう叫んだのだ。
「我等が神の御心のままに!!!!!!!!!!!!!」
……パンッ
風船が破裂するな軽い音をたて、その冒険者は膨らみ、破裂していった。
そして、その血肉の中をもう1体の魔獣……2匹目のメデューサワームが這い寄ってくる。
その瞳は既に私を見つめ、狙いを定めている。
「……レクス、カウス……背後から2匹目が現れました……」
「ああ……だが、訂正しておこう。2匹目じゃない。恐らく……4匹目だ」
私の言葉をカウスが冷静に訂正する。
見ればカウスが反対側に通路に目をやっている。
カウスだけじゃない。
ベオもそちらを見つめ、ネーネに至っては、魔術の詠唱をストップしてしまっている。
見たくないと言う思いがあるが、みなの視線に釣られ、そちらを見てしまう。
反対側の通路から、血にまみれたメデューサワームが2匹、こちらを目指し這い寄ってくる。
何故……気がつかなかったのか。
悲鳴は2回あがったという事を。
私達が最初に見た冒険者は、1匹目じゃなかったのだ。
その前に既に2匹。このダンジョンに解き放たれていたのだ。
「完全に囲まれたな? どうする? 1点突破でやり過ごすか?」
「それしか無いだろう。全力で入口まで戻るぞ。ネーネ背後の新顔に全力で炎魔術を頼む。その隙を突いて此処から脱出する」
「了解しましたぁ~。ただぁ~、障壁はやっかいなのでぇ、ベオ、よろしく~」
「まかせるっす! 全開でいくっすよ!」
私が……あの声の警告に従って皆に言って逃げていたら……。
これは慢心だろう。
ネクさんのダンジョンに挑んで、本当に強い相手と戦い、代価とはいえ、新しいクラスを手に入れた。
アーツも覚え、強くなった気で居た。
だから……あの警告を軽んじたのだ。
私は、私自身が不甲斐なく思う。
だが、今は……ここから生き延びることこそが最優先だ。
昔の私なら、確かにこの失態で思考が停止していた。
でも、私には生きなけばならない理由が存在する。
死んだ母ではない。今を生きる母がいるのだ!
それだけは無い。
大切な仲間が居る。
帰る場所ができた。
そして、あの神に、まだ恩を返してない!
私はこの想いを胸に、此処から生き延びる!
レクスが私達を見渡し、タイミングを計る。
「……今っ! ベオ! ネーネ!!」
「いくっす!!」
「クーちゃん! お願いっ!」
ベオが矢を高速で乱れ撃ち、障壁を削り、ネーネの火焔が精霊の風で煽られ火力を増す。
恐ろしいまでの再生能力を持つメデューサワームも、豪炎の中ではその能力を発揮出来ない。
1発で倒しきることは出来なかったがそれでも十分に足止めとなった。
「今だ! 走り抜けるぞ!」
カウスの掛け声で皆が走りだす。
燃え盛る焔は精霊が防いでくれるだろう。
皆、燃える魔獣を避け、通路の奥へと走りぬける。
そう、私以外の皆が……
「っ!? ミア! 何をしている!!」
レクスの叫びを聞きながらも私は1歩も動けないでいた。
私も、この状況になって初めて気がついた。
先ほどの返り血。あれにも大量の毒が含まれていたのだ。
それは……そうだろう。
触れただけで侵される神経毒を吐く魔獣。
その血が無害であるはずが無い。
カウスは斬撃が高速であったため、返り血を浴びなかったのだ。
だが、ただ突っ込み、効果があったため、足を止めた私は返り血を浴びてしまった。
ここでも私の失態が原因なのだ。
もう間もなく、他の魔獣が私を襲うだろう。
レクス達がこちらへ救援に来ようとしているが、間に合わないだろう。
(ミア! 諦めないでください! 貴方に死なれると、私は合わせる顔がないんです!)
どういう理由かわからないが、この声の主にも心配を掛けたようだ。
身体が動かせないため、背後の様子はわからないが、聞こえる音からもう直ぐ側まで来ているようだ。
……悔しいなぁ。
折角、お母さんと再会できたのに。
まだ、話したいことあるのに……。
お母さん、ごめん……。
皆、ごめん。また足、引っ張った……。
ネクさん、ごめん、何も恩を返せなかった……
皆の姿が見える中。
背後に衝撃を感じ、無数の蛇頭が私の身体を貫く。
毒のせいで痛みを、苦痛を感じないのは、せめてもの救いなんだろうか?
でも、心は凄く痛い。
死にたくないな……まだ、生きたい……。
そうして、私の意識は闇にのまれ……。
『おお、ミアよ、死んでしまうとは情けない』
「……は?」
再び、あの声が聞こえる。
さぁ、再び彼のターン!




