問われる覚悟と過去の記憶
『ミアさん。貴方は何を犠牲にしても成し遂げる。その覚悟が有りますか?』
ほんの半月前、私はミネルバにそう問われていた。
その時は、私は皆と一緒にここに挑む覚悟があった。
しかし、今問われているのはそういった覚悟の話ではない。
自分の何を失っても、支払っても、もう一度両親に会いたいかどうか、ということだろう。
「私に払えるものなら、なんでもしま……。
「ちょっと待った、ミアちゃんストップ!」
ほぼ反射的に答えていた私を、フェリアスさんがおし留める。
フェリアスさんは怖いほどに真剣な顔をしていた。
急に止めてどうしたんだろうか?
私は待ったを掛けるフェリアスさんの真意がわからずに当惑していた。
そんな私の様子を知ってか知らずか、フェリアスさんは言葉を続ける。
「いいか、ここから先の答えは慎重に考えて発言をしな。恐らく、先ほどのネク様の話を聞く限り、人間の一生では払うことの出来ない代価だよ」
そう、キッパリと釘をさしてきた。
一生かかっても払うことが出来ない代価……んなもの、どうやって支払えばいいのか……そう考え、悩んでいると、私に問いかけたネクさんが、更に付け加えた。
「そうだな、現状、お前の願いを叶えるには、条件が悪すぎる。だが、それでも尚、諦めきれない、諦めたくないなら。俺は、命を司る神として、全力をもって願いを叶えよう」
ネクさんは言うのだ……。何を要求されるのかも解からない、どれだけ重い代価か解からない。それでも、ソレを払うだけの覚悟を持っているのかと。
私は大いに悩んだ。だってそうだ。
父さんと母さんに会いたい……その一心で来て、目の前に……本当に目の 前に、その希望があるのだ。
私のこの十年間の思い……ソレを叶えるすべが有るのだ。
だが、それにより、私は何を支払うのだろうか……。
思い悩み、頭の中にとめどなく、過去の思い出が流れる。
コレが失われる可能性もあるのだ。
そして、その思い出の中に、すでにおぼろげにしか思い出せない、家族の団欒があった。
その暖かさを思い出し、そして……私は決心をした。
「私は……もう一度、家族に会いたい! 昔無くしたものがそこにあるんです! 私の全てを支払ってでも。この思いを叶えたいんです!」
それは私の魂からの願いだった。
会いたい! 会いたい!
また、一緒にテーブルを囲んで・・・あの後出来なかった私の誕生日会を開いて・・・っ!
私はとめどなく、涙を流しながらネクさんにそう願ったのだった。
「確かにその願い、聞き届けた。お前に両親との再会を叶えよう。ただし、1つ言わねばならないことがある」
そう言うと、ネクさんは重い口を開き、涙に濡れる私にこう話した。
「お前の母親は何とかして完全に蘇生させよう。しかし、お前の父親はそう旨くは行かないのだ。ミアよ、お前の母の名を言ってみろ」
その問いかけを不思議に思いながら、記憶にある母さんの名を口にした
「母の名は、シア・バレインシュと言います」
そ の言葉に頷きつつ、ネクさんは、その質問を口にした。
「では、父親の名前は何だ?」
その言葉に答えようとして、私は愕然となった。
父さんの名前が出てこない。
いや、それだけではない。
どんな声をしていたのか、どんな顔をしていたのか、そこが思い出せなくなっているのだ。
父さんの職業や、どんな会話をしたとか。そういった事は思い出せる。
だが、容姿や声、名前が一切出てこない。
まるで、記憶の中の父という存在が虫食いにあったように抜け落ちている。
私は、今こう問われるまで、それに違和感を一切感じなかったのだ。
私は背中に氷が突き刺さったかと思うほどに背筋を凍らせ。コレまで感じたこと のないほどの恐怖に駆られていた。
そのことに耐えれず、ネクさんに縋るように訊ねた。
「なんで……どうして……。顔が、声が……名前がでてこない!? あの時、家を出て行く前に、戻ったら誕生日を祝うって……そういったのは思い出せるのに!」
その言葉にネクさんが理由を、私の父さんの事を話してくれた。
「先ほど調べたのだが。お前の父親は、オーレアが仕掛ける戦争のため、神獣を召喚しようとする部隊に護衛として所属していたようだ。
多くの召喚士が集まり、ベヒモスを召喚したようだが、その儀式に巻き込まれたようだ。
そもそも、人の身で神の眷属たる神獣をよびだそうとするのだ。相応の贄が必要になる。
しかも、“異教の神”の召喚だ。自分たちの主神に連なるものならば、直接召喚でも要求される贄は少なくすむのだが、異教の場合はそうはいかん。
そもそも、降臨する義務が無いのだ。無理やり召喚をしてその結果、贄として魂の一部をごっそりと持っていかれたのだろう。
護衛の立場から、中心部にいなかったことが幸いし、一部で済んだようだが、中心に近かったのなら存在全てを食われていただろう」
そう言うと、ネクさんが父さんの身に起きたことを教えてくれ、そして、それからたどった運命を教えてくれた。
「魂の一部といっても、器ごと大きく食われたため、名前などを含め、存在の一部を剥奪されたようだ。そして、魂の器が壊れたことにより、肉体にも影響を及ぼし、急激な老化に晒された。
それでも、家族が心配だったのだろう、かつての自分と似ても似つかぬほど老けた状況で自身の住んでいた国へもどり……一人の女の子を救うことができた」
「そんな……うそ」
私はそこでネクさんが言いたいことが解かってしまった。
と、同時にその情景を思い出す。
瓦礫の中でさまよい、難民となった私を拾ってくれた老冒険者。何故名前が思い出せないのか、何故それを不思議と思わなかったのか
「存在を剥奪されると、認識できないことが自然となってしまう。そのため、名前を思い出せないし、解からないのだ。それでも、一人の少女……最愛の娘をつれ、急激に減っていく寿命の中。
短い期間だっただろうが、共に暮らし、愛し、誕生を祝うことができたようだ。
その後、死期を悟り、信頼のおける人にお前を預け、残りの命をかけ、死者蘇生を探ろうとして……道半ばで命を費やしたのだ」
私は嗚咽と共に、その言葉を聞いていた。
戻ってきてくれたのだ……
一緒に居て愛してくれたのだ……
祝えなかった誕生日も祝ってくれたのだ……
なのに、私は少しも気がつくことができなかったのだ。
直ぐそばに居てくれたいのに……
「おとうさん……おとうさんっ!」
顔も名前も、声も出てこない。それでも大好きな父さんに思いをはせ、嗚咽をこぼす。
私のお父さんは騎士として、家族を守ろうとし、その後、老冒険者として、私を……ずっと導いてくれていたのだ。




