その存在の名
※すこし、残酷な描写があります。ご注意ください。
私たちは大きな入口をくぐり、坑道を進んで行く。
入口入ってすぐは下り坂になっており、かなり先まで続いているようで、奥が見通せないようになっていた。
坑道といってみてもその規模は非常に大きく、通路の幅が入口と変わらず、五メートルを維持していた。
「かなり広いダンジョンのようだから注意して進むように」
レクスがそういいながら先頭を行く。
本来なら斥候としてカウスが先行するのだが。今回はあまりにもダンジョンの情報が無いため、私たちはある程度固まって動いた。
隊列はレクスが先頭でその脇を私とカウスが固め、その後ろにネーネ、最後尾にベオという布陣である。
地下坑道型のダンジョンは初めてであるが、その大きさ以外は構造に差は見られない。
すると後ろの二人が
「やっぱり、ここの空気は落ち着くっす……。ここはダンジョンの中なのに……なんでっすかね?」
「それに、入口付近よりも、ダンジョンの中の方が精霊の力が強いですねぇ~。ひょっとしたら高位の精霊がいるのかもしれません」
そう口にしだした。
ベオがここを気に入る正確な理由はわからないが、おそらくは『獣人の庇護者』に関係があるのだろう。
そして、ネーネのいう精霊も同じく、ネーネの探している精霊と必ず関係があるはずだ。
2人にとっても、やはりこの迷宮都市は重要な意味を持つのだろう。
通路をを進んで行くが、これだけ広いのにモンスターが1体も出ない。
そのことに訝しがりながら、進んで行くと広大な広さの空間が見えた。
私たちは安全確保のため、その部屋の中に入らず、中の様子を伺う。
百メートルはあろう、巨大な立方体の空間で、壁に光源となるカンテラが無数に釣り下がっている。
それでも中心部は光がほとんど届いておらず、薄暗くなっていた。
その空間の外壁を1周する形で、道幅が5mほどのスロープが形成されており、
出口は外壁に複数存在し、部屋の上部に存在する出口にはスロープを使い行く必要があるようだ。
「モンスターがいない……どういうことだ?」
「気をつけろよ、どのタイミングで出てくるかわからないからな」
レクスとカウスが警戒しながら部屋に入る。
周囲の安全が確認され、私たちを招き入れる。
後方を警戒しながらも、私たちは全員が部屋の中に入った。
そのとき、このダンジョンが初めて私たちに牙をむいた。
音も立てず、後方の入口が樹の根で封鎖されたのだ。
「退路を絶たれたっす!」
その根がびくともしないのを確認すると、ベオが声を出して警戒を飛ばす。
私たちはトラップを警戒し、いつでも戦えるように臨戦態勢をとった。
「落ち着け、ここまで一本道だった。おそらく、ここから複数の道を選ばせて進ませるダンジョンの仕組みなのだろう」
落ち着いたカウスが皆に落ち着くよう指示する。
「そうですねぇ~。でもどれを選べばいいのでしょうかぁ~?」
ネーネが複数ある出口を見ながら聞いてくる。
出口は目視で確認できる限り十個あり、どれを選べばいいのか……。
「どれを選びましょうか?」
そう皆に問いかけたとき……その出口、全てから黒いナニカが部屋に現れた。
そのナニカと、交わらないはずの目があった……その瞬間。
『GRAaaaaaa!!』
私たちを見つけたナニカは、部屋に響き渡る大音量で叫びをあげた。
「おいおいおい、ミノタウロスか?」
そのナニカを見たレクスはそう口にしながら盾を構える。
外観は高さ3mほどの大きさで、手に大きな斧や槌をもつ2速歩行。
その顔は牛といわれれ見えなくも無いが、叫び声を上げた際に見えるあの牙は間違っても牛のものではなく、巨大な肉食獣を連想させた。
「多いな……五体か、全ての出口から出てきたな」
カウスも言いながら武器を構え。ベオ弓を用意。ネーネも杖を取り出し、戦闘用意を開始しはじめた。
近づくにつれその全身がハッキリしだした。
周囲にカンテラの光に照らされ、浮き彫りとなる巨大な体躯。
鋼のような筋肉をもつそれは赤い鬣を背中にまで生やし、大きな尻尾を地面に打ち付けている。
「こんなミノタウロスは見たことが無いな。おい、どうする、このまま戦えば不利だぞ」
カウスのがそう言って警戒するが、すでに私の耳には入っていなかった。
何故ならば、それを一目見たときから、一切目が離せられず、私は動けずにいた。
(あれはミノタウロスなんかじゃない……あれは……あれは!?)
私の目は見開かれ、そのナニカから逸らせずに居た。
心臓がうるさいくらいに鳴り、呼吸も乱れ、まともに息もできない。
そんな様子に気がついたレクスが
「おい、ミア! どうした! しっかりしろ、おい!]
私にはすでにその声が届いておらず、ただ震えながら立ちすくむだけだった。
「ちっ、カウス! ミアを任せた!やり過ごして近くの出口に入れ!」
「了解! ミア! しっかりしろよ、おい!」
一番近くの出口まで二十メートルかそこらだろう。
カウスが私を無理やり抱え。出口まで走る。
しかし、全ての出口から現れているわけで……。
当然その出口から出てきたナニカと鉢合わせになる。
「おら! そこの牛! こっち向け!」
レクスが進路と違う方へ誘導させるべく、盾を打ち鳴らしながら挑発をする、
しかし、
「へ? え? なんでオレっすか!?」
ナニカはレクスを無視し、ベオまで一直線に走りだす。
ベオは弓をつがえ、迎撃しようとするが間に合わず、ナニカにつかまれて捕らえられた。
「ベオ!」
叫ぶ声のするなか。ナニカに捕まったベオは、突如光に包まれ消えてしまう。
「なにが起こったんすかぁぁぁぁぁぁ……!?』
そんな叫びを上げ、消えていくベオ。
「てめぇ!」
レクスがナニカの正面に行き、再度こちらを向かせようとした瞬間。
ナニカが、その恐ろしいまでの膂力で振るう斧が、レクスの盾に直撃し、
大量の血と肉片を撒き散らしながら、レクスの上半身が吹き飛んだ。
その場には血溜まりとレクスの下半身だけがのこり、周囲には濃厚な血のニオイがただよっていた。
「な・・・っ! レクスゥゥ!!」
「いやぁぁぁぁぁぁ!」
カウスが叫び声をあげ、ネーネが悲鳴を上げる。
レクスをしとめたナニカはそのままの勢いで斧を振るう。
その斧がネーネをかすめ……掠っただけで吹き飛ネーネ。
ネーネは音をたて、壁に激突し、血溜まりを作りながら痙攣し、やがて動かなくなってしまった。
「くそっ! なんでなんでなんで!!!!」
私を連れてカウスが出口まで走る。
それをぼんやりと、抱えられた視界の中で見ていた。
もうまもなく出口という瞬間。私は急に投げ出された。
投げ出された先で、頭をあげると視界のに写る赤いモノ。
そこのは、血と臓物を撒き散らし、二つに分かれたカウスが転がっていた。
そのナニカは最後に残った私を見据えるとこちらに歩いてくる。
倒れたまま動かないでいる私。
それでも、私はそのナニカから目が離せないで居た。
その……見たことがある、巨大な双角を持つ、黒い体皮の獣は、
斧を振り上げることも無く、私のそばまで歩き・・・・
そして、その大きな脚が振り下ろされ……。
私は踏み潰され、ただの肉片になるとともに、その意識を手放した。
◇◆◇
暗闇の中、私は居た。
私は死んでしまった
果たさなければいけない願いがあったのに
アレを見たとたん、体が動かなくなった……。
その暗闇の中、わたしは考えていた。
アレを私は知っている。
アレを私は見たことがある。
アレの名前は……
『思ったよりも早かったな、おつかれさま』
「は?」
その男性の声とともに、私は目がさめてた。
光が射していた。
死んだはずの私は、宿屋のベッドに寝かされていた。
自身の体を見渡していると
「目が覚めたようだな。体に違和感はないか?」
と、同じく死んだはずのレクスが声を掛けてきた。
「私は……」
「ああ、皆死んだようだな、いや、死ななかったのはベオだけってことになるのか?」
その声に
「そうっすね~、あれは転送系の技だったみたいですし。オレだけ体感してないってのも悪い気もするっす」
と耳を倒してベオが言った。
「みんな……無事なんですか?」
その声に
「ああ、無事だぞ、ネーネはまだ少し調子がわるいみたいで休んでいるがな」
とカウスが答えた
「まぁ、不思議な体験だったが、それはそこの方が詳細を教えてくれるだろう。……そうですよね?フェリアスさん」
カウスが顔をあげ、隣の部屋を見ると
「一度挑戦したら教えるって約束だからね、答えてあげるよ」
そう苦笑しながらファリアスさんとネーネが入ってきた。
「ネーネ大丈夫?」
顔色が悪いネーネにそう声をかけると、
「すごい勢いで回転しながら壁に激突、斧での出血と激突の衝撃での内臓破裂でしょうか……。あっさり殺してくれたほうが後々楽だったかもですねぇ~」
相当に堪えたのだろう、冗談だろうが冗談に聞こえないことを言いながらベッドに腰を下ろす。
全 員が揃ったところで、フェリアスさんに代表してレクスが質問した。
「ファリアスさん、我々は迷宮に挑み、そして全滅しました。確かに俺は即死だったため自覚はほぼ有りませんが、死んだはずです。俺たちは……今生きているんですか?」
「ああ、生きてるよ、体は健康そのものだ」
生きている、それに安堵する私たち。
「では、あの死が嘘だったということですか?……幻覚が幻術系等の?」
「いや、間違いなく、皆死んだ。ああ、ベオ君だけは別だ、転移魔法で殺される前に弾き出されたからね。
やはりあの死は本物だったのか。
皆、感じた死の恐怖に体を震わせ、特にネーネは顔を青ざめさせている。
「ちょっとお待ちください、聞きたいことが二点出来ました、何故ベオだけは転移なのですか? そして、魔法なのですか?」
フェリアスさんの言葉にカウスが質問を上げた。
最初にベオを転移させた後で、皆を殺戮したからだ。
「それはアイツが、いや、ここのダンジョンの中にいる存在全てがベオ君を、いや、獣人を殺さないようになっているからだよ」
獣人は殺されない?
これは庇護者に関係があることだろう。
そこに、
「しかし、ミノタウロスが魔法を使うなどと、聞いたことがありません。魔法は本来神格を持っている物が使える奇跡だと聞き及んでいます」
魔法と魔術
二つには大きな差があり、
神格を有する神族や同格の魔族が使うものが魔法で、物理法則を超える力をもっている。
反面、魔術は魔法を模倣し、人々に伝えたものとされ、どんなに高位のモノでも物理法則は超えないのだという。
しかし、それ以前にアレはミノタウロスではない、あれはあれは……
「……あれは……ミノタウロスじゃない……」
私はその言葉を口にしていた。
「先ほども様子がおかしかったな、アレを見た直後からだった。ミア、何かしっているのか?」
レクスに問いかけにわたしは……
「あれはミノタウロスじゃない、あの角……あの体の色……あれは10年以上前のアイツと同じ……」
その言葉に皆が息を呑む。
皆は知っている、私が何と遭遇したかを……
「あれは……ベヒモス。間違いない『魔獣ベヒモス』だ」
私は、そう、畏怖をこめ、そうつぶやくのだった。
私のその言葉に周囲が静寂に包まれるなか、
「ミアちゃん、おしいね。少し違うんだ」
フェリアスさんはその言葉に対し、間違いを指摘する。
「ベヒモスってのはあながち間違いではない、アレがベヒモスを元に創られたプチベヒモスって存在だ。本物のベヒモスは体長二十メートル近くあるからね」
そう指摘し、さらに。
「そして最大の間違い。ベヒモスは『魔獣』じゃない。ベヒモスはれっきとした『神獣』なんだよ」
「ベヒモスは神獣なのですか!?」
レクスは驚き、そう聞き返す。
それはそうだ。魔獣と神獣では格が違いすぎる、
神獣は神が創った始原の獣とも言われ、土地によっては信仰の対象となっている。
「そうだよ、そして、その神獣はベオ君は襲わない。ここには『獣人の庇護者』がいる、さて、気がついた人は居るかい?」
皆に問いかけるフェリアスさん。自分たちでも考えろ、という彼女のスタンスはここまでの旅の中でもよく現れていた。
その繋がりから、考えられることそれは……
「つまり、こういうことですか、ここに居られる神は……神獣をつくった古神で、そして、獣人主神だと、そういうことですね?」
「九十点かな。ほぼ正解だけど、おしいね、ここは何て呼ばれてた?」
その問答にネーネが気がつき。
「そういうことですかぁ! だから、精霊様はこの土地に!」
ネーネは気がついたようだが、私たちはわかっていない。
「こういうことですねぇ~、ここに居られる神様は三種の生物守護する神なのですょ~。つまりぃ『神獣』『獣人』そして『精霊』の三つを庇護する神なのですょ~」
「大正解!」
ネーネの推測にフェリアスさんが花マルをあげる。
しかし、それが本当なら、ここに居る神は相当に格が高い神で……。
「まぁ、そういう神だから、死者を蘇生するのも、わけがないんだよ。だから、この迷宮では死んだとしても、全滅時点で蘇生され、この宿屋に転送されるようになってるんだ。安心したろ?」
死なないことに安堵したとともに。
この迷宮の難易に愕然とする。そこまでの神が居る迷宮……。
と、ベオが
「その……俺たち獣人の神様がここにいるのはわかったっす、でも俺たちは名前がわからないんですよ……」
そうか、ベオは……いや、獣人は皆、伝承を失っているため神の名が判らない。
教えてほしいなぁ~、という表情でフェリアスさんを見るが、
「神の名は軽々しく言ってはいけないんだよ。それが知りたければ、神本人から名乗られなければダメだね」
その名は教えてくれないようで、ベオは落ち込んでいた。
「さて、明日から再度迷宮攻略をするんだろ? 今日は休むといいよ。今は都市部に居るから、周りを見物するのもいいしね、何もないけど」
そう言い、部屋を出るフェリアスさん。
私たちは、先の体験を振り返り、攻略の糸口すら見つけられないまま……一日目をすごした。
ようやく本編開始です!
ミアちゃんはトラウマ全開です。その辺なんとかしないと先に進めません。
明日は迷宮開発日誌⑤を投稿予定です。




