第五話 予定にない声
予定どおりに動けば、最も幸福な一日になる。
何時に起き、どの道を歩き、誰と会い、何を学ぶのか。
そのすべてを、オラクルはあらかじめ示してくれる。
天城蓮は初めて、その予定から外れることを考えた。
きっかけは、最適な計画の中から切り捨てられようとしている、四人の住民だった。
午前六時。
カーテンが開く。
『おはようございます、天城蓮さん』
壁面端末から、いつもと変わらない声が流れた。
『七月二十二日、月曜日。本日の降水確率は十二パーセントです』
蓮は目を開けると、机の上の端末を確認した。
《適性演算中》
《完了率 99.997%》
昨夜から数字は変わっていない。
一度は九十九・九九九パーセントまで進んだ演算が、蓮の行動によって少しずつ後退している。
少なくとも、榊はそう考えているようだった。
蓮は端末を手に取る。
今日の予定が表示された。
《午前七時四十二分 自宅を出発》
《午前七時五十八分 中央東駅に到着》
《午前八時十九分 第三中央高等学校に到着》
秒単位に近い正確さで、一日の行動が組まれている。
蓮は時刻を確認した。
午前六時三分。
「オラクル」
『はい、天城蓮さん』
「今日の登校経路は?」
壁面に地図が表示される。
自宅から中央東駅までの道が、青い線で示された。
毎朝使っている大通り。
人の流れ。
信号の切り替わり。
無人車両の走行予定。
すべてを考慮して、最も早く、安全に到着できる経路だ。
「別の道を通ったら?」
『推奨経路を利用してください』
「通れないわけじゃないよな」
『推奨経路を利用することで、事故発生確率と移動時間を最小化できます』
「遠回りした場合は?」
『推奨経路を利用してください』
蓮は画面を閉じた。
できないとは言わない。
ただ、する必要がないと答える。
昨日までなら、それで納得していた。
わざわざ時間のかかる道を選ぶ理由などない。
危険が増える道を歩く意味もない。
それでも今朝は、同じ青い線を見ているだけで、息苦しさを感じた。
朝食を終えると、蓮は普段より二分早く玄関へ向かった。
靴を履いていると、母がキッチンから顔を出す。
「もう行くの?」
「少し早く出る」
「列車はいつもと同じでしょう?」
「歩きたいだけ」
母は不思議そうな顔をした。
「推奨時刻より早いんじゃない?」
「二分だけだよ」
「忘れ物しないでね」
母はそれ以上止めなかった。
父は食卓で端末を見たまま、会話に加わらない。
蓮は玄関を出た。
午前七時四十分。
視界に青い案内線が表示される。
《出発推奨時刻まで、あと二分です》
蓮は構わず歩き始めた。
《待機を推奨します》
案内線が点滅する。
「二分早く歩くだけだろ」
『駅前交差点の通行効率を調整しています。午前七時四十二分に出発してください』
蓮は足を止めなかった。
自宅前の道を右へ曲がる。
いつもの駅へ向かうなら、そのまま直進する。
今日、蓮は最初の交差点で左へ曲がった。
視界の案内線が消える。
一秒後、新しい経路が表示された。
《経路を再設定しました》
結局、オラクルは蓮の選択に合わせて、別の最適経路を作った。
細い住宅街を抜け、小さな公園の横を通る道。
目的地は同じ中央東駅。
到着予定時刻も一分しか変わっていない。
思っていたほど、何かが起きるわけではなかった。
警報も鳴らない。
道が閉鎖されることもない。
ただ、案内された道とは違う方向へ、自分の足で一度曲がった。
それだけだった。
公園の前を通りかかったとき、蓮は歩く速度を落とした。
朝の清掃をしている老人がいる。
地面に落ちた葉を一枚ずつ集めていた。
自動清掃機も、すぐそばを動いている。
「機械がやるんじゃないんですか」
蓮が思わず声をかける。
老人は顔を上げた。
「何が?」
「掃除です」
「ああ、こいつか」
老人は清掃機を見る。
「やってくれてるよ」
「じゃあ、どうして?」
老人は手にしていた箒を止めた。
「やりたいからだな」
蓮は答えを待った。
だが、老人はそれ以上説明しなかった。
落ち葉を集め、袋へ入れていく。
機械より遅い。
機械より効率が悪い。
老人が掃いている場所を、清掃機がもう一度通り過ぎる。
ほとんど意味のない作業に見えた。
『天城蓮さん』
耳元でオラクルの声がした。
『現在地での滞在を続けると、予定列車への乗車余裕が減少します』
蓮は時刻を見る。
まだ間に合う。
「分かってる」
老人へ小さく頭を下げ、再び歩き始めた。
駅へ着いたのは、予定より三十秒遅かった。
それでも列車には問題なく乗れた。
ホームの待機位置には、いつもどおり蓮の名前が表示されていた。
《天城蓮》
列車が到着する。
扉が開き、乗客が定められた順番で乗り込む。
蓮も自分の位置から車内へ入った。
わずか数分の寄り道だった。
誰にも迷惑はかからなかった。
未来が変わったようにも見えない。
それでも蓮の端末には、新しい通知が届いていた。
《登校経路からの逸脱を記録しました》
《今後の経路最適化に使用します》
その下で、適性演算の数字が更新される。
《完了率 99.996%》
蓮は画面を閉じた。
教室へ入ると、美月がすぐに端末へ目を向けた。
「また減った?」
「何で分かるんだよ」
「顔」
「数字が顔に出るわけないだろ」
「昨日より不機嫌そうだから」
蓮は自分の端末を美月へ向けた。
《完了率 99.996%》
美月が眉を寄せる。
「何かした?」
「違う道で学校に来た」
「それだけ?」
「途中で少し立ち止まった」
「どうして?」
「通りたかったから」
美月は蓮の顔を見た。
「何、その反抗期みたいな理由」
「別に反抗してない」
「オラクルが勧めてない道を、わざわざ通ったんでしょ」
「通行禁止じゃない」
「そうだけど」
美月は何か言いたそうだったが、そこで朝の会を告げる音が鳴った。
佐伯が教室の中央から二人へ手を振る。
「今日、統合課題の現地調査計画を作るらしいぞ」
「申請は却下されたでしょ」
美月が言う。
「基礎案に沿った調査だって。遠隔データだけで済ませるらしい」
「現地調査じゃないだろ、それ」
蓮が言うと、佐伯は肩をすくめた。
「オラクルが現地の情報を持ってるなら、行く必要ないだろ」
朝の会が終わり、卒業統合課題の時間になった。
蓮の机が第一班へ移動する。
前回と同じ、少し歪んだ七人の輪が作られた。
正面画面には、診療所閉鎖に関する基礎案が表示されている。
《山間第六診療所》
《閉鎖推奨日:二一二一年四月一日》
《対象地域人口:四百三十二名》
《医療資源集約による地域全体救命率:〇・四パーセント上昇》
美月が班員の端末へ資料を共有する。
「今日は、移動後の診療体制を具体化するって」
「四人の住民については?」
蓮が尋ねる。
「課題対象外のまま」
美月の端末には、前回開いた個別情報が残されていた。
遠隔診療への移行が難しい住民。
四人。
全員が高齢者だった。
移住先として都市部の居住区が指定され、移住後の生活計画もすでに作成されている。
その中の一人へ、蓮の目が止まった。
《八代澄江 七十九歳》
《移住推奨先:中央第十一居住区》
《予測幸福度:89.6%》
現在の幸福度は表示されていなかった。
「この人たち、本当に移住するのかな」
「推奨されれば、するんじゃない?」
班員の一人が答える。
「幸福度も上がるんだし」
「まだ本人には通知されてないんだよな」
「診療所の閉鎖が正式決定してからでしょ」
蓮は八代澄江の名前を選択する。
公開情報の範囲が表示された。
居住地域。
年齢。
診療所の利用回数。
行政への申請履歴。
個人の連絡先は、当然ながら非公開だった。
「本人の意見を確認する方法は?」
蓮が端末へ尋ねる。
『課題で必要な情報は、提供済みです』
「本人が移住したいかどうかは?」
『移住後の予測幸福度は、八十九・六パーセントです』
「したいか聞いてる」
『移住後の予測幸福度は、八十九・六パーセントです』
昨日までと同じだった。
質問を変えても、答えは数字に戻る。
美月が自分の端末を操作する。
「地域の公開掲示板なら見られるかも」
「公開掲示板?」
「住民が地域のことを投稿する場所。大学の課題で使うようにって、医療系の資料に出てた」
検索すると、山間第六地域の住民掲示板が表示された。
診療所の休診日。
道路の補修。
配給車両の時間変更。
小さな地域の連絡が並んでいる。
投稿者名の多くは公開されていない。
美月が検索欄へ《診療所》と入力する。
過去一年の投稿が絞り込まれた。
その中に、一件だけ長い文章があった。
《第六診療所の存続について》
投稿されたのは三か月前。
投稿者は実名を公開していた。
《八代澄江》
蓮と美月は同時に画面へ顔を近づけた。
本文を開く。
第六診療所を利用している者です。
この地域では診療所の集約が検討されていると聞きました。
数字の上では、遠隔診療と移住の方が良いのでしょう。
それでも私は、ここを離れたいとは思いません。
この家は夫と暮らした家です。夫は五年前に亡くなりました。
幸せになるために移るよう言われても、私にとっての幸せが、そこにあるとは限りません。
文章はそこで終わっていた。
評価も返信も少ない。
掲示板の古い投稿の中に埋もれ、ほとんど読まれていなかった。
「本人は嫌がってる」
蓮が言った。
班員たちが画面を見る。
一人が困ったように答える。
「でも、三か月前の投稿だよ。今は考えが変わってるかもしれない」
「なら、今の考えを聞けばいい」
「連絡先がないでしょ」
美月が投稿の下を指した。
《公開質問を送信》
地域掲示板を通じて、投稿者へ質問を送る機能がある。
「課題のことを書いて送ろう」
美月が言う。
「昨日、申請を却下されただろ」
「本人に直接会うのは駄目だった。でも公開掲示板で質問するのは、禁止されてない」
「屁理屈じゃない?」
班員の一人が言った。
「禁止されてないなら、やってもいいでしょ」
美月は蓮が以前言ったような口調で返した。
蓮は画面を見る。
《公開質問を送信》
押せば、八代澄江へ自分たちの質問が届く。
だが、これはオラクルが用意した基礎案にはない行動だった。
「送るぞ」
蓮が言う。
美月がうなずく。
ほかの班員たちは顔を見合わせた。
「班長として、私が送る」
美月が文章を入力し始めた。
私たちは第三中央高等学校の卒業統合課題で、第六診療所の今後について調べています。
移住について、現在どのように考えているか、お話を伺うことはできますか。
最後に、班の名称と学校名を記載する。
《送信しますか》
美月の指が画面へ近づく。
その瞬間、警告が表示された。
《推奨されない外部接触です》
《課題に必要な情報は、提供済みです》
「やっぱり止められた」
班員がつぶやく。
蓮は警告文を読む。
送信できないとは書かれていない。
《警告を確認しました》
その下に、小さな選択肢がある。
《送信を中止》
《理由を入力して続行》
「続けられる」
蓮が言った。
美月は理由入力欄を開く。
「何て書く?」
「本人の現在の意思を確認するため」
前回と同じ理由だった。
美月が入力する。
《本人の現在の意思を確認するため》
《送信を続行しますか》
「本当に送るの?」
班員の一人が尋ねた。
美月は蓮を見た。
決めるのは班長の美月だ。
蓮は何も言わなかった。
自分が言えば、美月はその言葉に影響される。
美月は数秒迷ったあと、自分の指で《続行》へ触れた。
《質問を送信しました》
警告が消える。
それだけだった。
教室の照明も変わらない。
担任が駆けつけることもない。
公開掲示板へ質問を一件送っただけなのだから、当然だった。
「返事、来るかな」
美月が言った。
「読まれれば」
「高齢者なら、掲示板を毎日見ないかもしれないよ」
班員たちは基礎案の作業へ戻った。
蓮も資料を開いた。
だが、画面の端に表示された《回答待ち》が気になり、何度も目を向けた。
昼休みになっても、返信はなかった。
佐伯が第一班の席へやってくる。
「何かやっただろ」
「何で?」
「先生が職員用端末を見て、ずっと難しい顔してた」
「掲示板から質問を送っただけ」
美月が答える。
「誰に?」
「診療所を使ってる人」
佐伯の顔がこわばる。
「直接?」
「公開掲示板だよ」
「オラクルは許可したのか?」
「警告は出た」
「じゃあ駄目じゃん」
「中止はされなかった」
蓮が言う。
佐伯は二人を交互に見る。
「最近、お前ら似てきたな」
「どこが?」
美月が聞き返す。
「言い方が面倒くさいところ」
「悠真は、話を聞きたくない?」
蓮が尋ねる。
「聞いたら何か変わるのか」
「それは分からない」
「またそれかよ」
佐伯は頭をかいた。
「変わらないかもしれないのに、何でわざわざ聞くんだ?」
「聞かないと、変わるかも分からない」
「オラクルは分かってるだろ」
佐伯の答えは、以前と同じだった。
だが、その声には以前ほどの確信がなかった。
午後の授業が始まった。
《回答待ち》
表示は変わらない。
一時間。
二時間。
統合課題の時間が終わりに近づく。
美月が端末を閉じようとしたとき、第一班の全員の画面が同時に震えた。
《公開質問への回答が届きました》
蓮はすぐに画面を開く。
文章ではなかった。
《音声回答》
《八代澄江》
再生時間は、一分四十二秒。
「流す?」
美月が班員たちを見る。
全員がうなずいた。
美月が再生に触れる。
少しかすれた女性の声が流れた。
『第三中央高等学校の皆さん。質問をありがとうございます』
教室の雑音の中でも、その声ははっきり聞こえた。
『今も考えは変わっていません。私はこの家を離れたくありません』
蓮は画面に表示された音声波形を見つめる。
『オラクルが、移った方が幸せだと言っていることは知っています。娘も、その方が安心だと言います』
八代は一度言葉を止めた。
小さく息を吸う音が聞こえる。
『でも、あちらで長く生きることと、ここで暮らすことの、どちらが私の幸せなのかは、私にも分かりません』
班員たちは誰も話さない。
『皆さんは若いから、これからたくさんの場所へ行けるでしょう。でも、私には、この家で過ごした時間の方が、残っている時間より長いのです』
声の向こうで、風の音がした。
何かが小さく鳴いている。
鳥かもしれなかった。
『診療所がなくなれば困ります。それでも、皆さんが困るなら、私一人のために残してほしいとは言えません』
八代は少し笑った。
『どうするのが正しいのかは、私にも分かりません。ただ、私がここにいたいと思っていることだけは、知っておいてください』
音声が終わる。
画面に再生終了の表示が出た。
班員の一人が、ゆっくり口を開く。
「思ってた感じと違った」
「何が?」
美月が尋ねる。
「もっと、ただ反対してるのかと思った」
別の生徒も言う。
「移住すれば幸福度が上がるって分かってるのに、どうして嫌なんだろう」
「理由は言ってたでしょ」
美月が答える。
「夫と暮らした家だから」
「でも、夫はもういない」
その言葉に、蓮は八代の音声をもう一度思い出した。
この家で過ごした時間の方が、残っている時間より長い。
数値には入っていない何かがある。
正確には、数値に入っているのかもしれない。
オラクルは八代の過去も、夫との生活も、今の感情も知っているはずだ。
その上で移住した方が幸福だと判断している。
では、八代の言葉は間違っているのだろうか。
自分が何を幸福だと思うかさえ、人間には分からないのだろうか。
「計画、変える?」
美月が尋ねた。
班員たちが黙る。
救命率。
維持費。
移動時間。
八代の声。
どれか一つだけを正しいと決めることはできなかった。
蓮は診療所の資料を開く。
「閉鎖するか残すかの二つしかないのがおかしいんじゃないか」
「ほかに何があるの?」
「分からない」
「また?」
「だから考えるんだよ」
蓮は診療所の利用記録を見る。
毎日開ける必要はない。
常勤医師を置けなくても、定期的に巡回できるかもしれない。
遠隔診療と組み合わせる方法もある。
維持費を減らしながら、完全には閉じない方法。
最適ではないかもしれない。
だが、どちらか一つを切り捨てずに済む可能性はある。
班員たちも資料を調べ始める。
「週二回だけ医師が来るなら?」
「無人診療設備を残して、緊急時だけ使えるようにするとか」
「地域の救命率はどうなる?」
「計算してみる」
美月が新しい案を共有画面へまとめていく。
《山間第六診療所・部分存続案》
入力を終えた瞬間、全員の端末に警告が出た。
《基礎案より予測効率が低下します》
《推奨されない計画です》
美月が蓮を見る。
「どうする?」
「提出するかどうかは班で決めよう」
蓮は答えた。
自分一人の判断にするつもりはなかった。
七人で話し合う。
予測救命率は、基礎案より〇・一パーセント低い。
維持費は増える。
医療従事者の負担もわずかに上がる。
一方で、移住を必要とする住民は四人から一人へ減る。
結論は簡単には出なかった。
それでも最後には、全員が部分存続案の提出に同意した。
美月が申請画面を開く。
《推奨外計画を提出しますか》
《提出後、班の学習評価が低下する可能性があります》
佐伯が遠くの席からこちらを見ている。
担任も教卓の前で、第一班の画面を確認していた。
美月は班員を見回す。
「押すよ」
誰も止めなかった。
《提出》
画面が切り替わる。
《推奨外計画を受理しました》
《比較評価を実施します》
美月が息を吐いた。
「通った」
「警告は出たけどな」
蓮が言う。
「却下されなかった」
前回とは違う。
本人の声を聞いたことで、計画を変える理由が具体的になった。
それをオラクルは、最適ではないと警告しながらも受理した。
授業終了の音が鳴る。
同時に、蓮の端末だけが振動した。
《適性演算情報を更新しました》
数字を見る。
《完了率 99.994%》
さらに下がっていた。
美月が画面をのぞく。
「また減った」
「みんなで決めたのに」
「蓮だけ?」
美月は自分の端末を確認する。
進路情報に変化はない。
他の班員も同じだった。
推奨外の案を選んだのは全員だ。
それでも、適性演算が変化したのは蓮だけだった。
「最初に言い出したのが蓮だから?」
「分からない」
蓮が答えた直後、管理局から通知が届いた。
《本日の進路面談を対面形式へ変更します》
《中央管理局職員が学校へ向かっています》
担当者の名前は、榊宗一郎。
十五分後。
面談室の扉が開き、榊が入ってきた。
遠隔画面ではなく、本人が学校まで来ていた。
「座ってください」
榊の声は普段より硬かった。
蓮は向かいへ座る。
「八代澄江さんへ接触しましたね」
「公開掲示板で質問しただけです」
「警告を無視した」
「続行できるようになってました」
「可能であることと、推奨されていることは違います」
「禁止じゃない」
榊は蓮を見つめた。
「君は今朝、登校経路からも逸脱した」
「違う道を歩いただけです」
「統合課題では推奨されない接触を行い、基礎案とは異なる計画を提出した」
「俺一人で決めたわけじゃない」
「始まりは君だった」
「それが何ですか」
榊は机の上へ端末を置いた。
蓮の行動記録が表示される。
《午前七時四十一分 推奨時刻前に出発》
《午前七時四十二分 推奨経路から逸脱》
《午前七時四十五分 予定外の人物と会話》
《午前十時二十一分 推奨外接触を提案》
《午前十時二十六分 公開質問を送信》
《午後三時十四分 推奨外計画を提出》
一日分の行動が並んでいる。
「全部、記録してたんですね」
「通常の行動記録です」
「公園で誰かと話したことまで?」
「予定外の接触があったためです」
「相手が誰か分かってるんですか」
榊は画面へ視線を落とした。
「地域の住民です」
名前は表示されていなかった。
老人は、公園の清掃をしていただけだ。
蓮も名前を聞いていない。
「それで、俺が何か危険なことをしましたか」
「危険性の問題ではありません」
「なら、何の問題です?」
榊は別の記録を開いた。
適性演算の完了率。
昨日から今日までの変化が、折れ線で表示される。
蓮が推奨外の行動を取るたび、数字が少しずつ下がっていた。
「君の行動情報が追加されるたびに、演算結果が遠ざかっています」
「だから?」
「通常、人間の行動は新しい情報が加わるほど、予測の精度が上がる」
「俺は逆だと?」
「ああ」
榊が初めて、はっきりと答えた。
「君は観測されるほど、演算が不安定になっている」
蓮は折れ線を見る。
「どうしてですか」
「分からない」
「それを調べるのが管理局でしょう」
「調べている」
「何か分かったんですか」
榊はしばらく黙った。
「一つだけ」
「何ですか」
「君の過去の行動記録を確認した」
蓮の指が止まる。
「何で?」
「現在の変化と比較するためです」
「俺の記録は、普通だったんですよね」
「表面上は」
榊は端末を操作する。
幼少期。
小学校。
中学校。
これまで蓄積されたはずの記録が、年代ごとに並ぶ。
だが、詳細は表示されていなかった。
各年代の横に、同じ項目がある。
《記録信頼度》
幼児期、八十一パーセント。
小学校、八十八パーセント。
中学校、九十二パーセント。
高校入学後、九十五パーセント。
「百パーセントじゃない?」
「人間の行動記録が完全になることはない」
「俺だけ低いんですか」
榊は答えなかった。
「ほかの人は?」
「個人情報については回答できない」
蓮は高校入学後の記録を開こうとした。
《閲覧権限がありません》
「表面上は普通って、どういう意味ですか」
「学校への在籍も、医療も、公共サービスも問題なく処理されている」
「なら普通でしょう」
「一つ一つの記録は存在する」
榊はそこで言葉を切った。
「ただし、それらが同じ人物の記録だと確認する際、補助情報が使われている場合が多い」
蓮は昨日までに何度も見た言葉を思い出す。
補助確認。
端末交換。
健康診断。
保護者承認。
昔から機械との相性が悪かった。
「それが進路と関係あるんですか」
「まだ分からない」
榊は画面を閉じた。
「今後、推奨外の行動を控えてください」
「どうして?」
「演算への影響を確認するためです」
「言われたとおりに動けば、数字が戻るかもしれない?」
「可能性はある」
「戻らなかったら?」
「別の方法を考える」
「また待つんですか」
「今は、それ以外にない」
蓮は椅子の背へ身体を預けた。
「八代さんに聞いたことも、間違いだったんですか」
「行動の正誤を話しているのではありません」
「オラクルは推奨し




