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第四話 割り当てられない席

進路を持たないということは、卒業後の行き先が決まっていないというだけではない。


誰と学び、何を経験し、どの役割を担うのか。


学校生活のすべては、未来から逆算して配置されている。


天城蓮の未来が空白になったとき、現在にあるはずの居場所もまた、少しずつ失われ始める。

午前八時三十分。


三年二組の正面画面に、新しい通知が表示された。


《卒業統合課題》


《班編成を発表します》


教室のあちこちから、小さな歓声が上がる。


卒業統合課題は、三年生が半年かけて取り組む最後の共同授業だった。


四人から六人の班を組み、実際の社会課題に対する解決案を作る。


交通。


医療。


福祉。


行政。


環境。


教育。


選ばれるテーマも班員も、生徒自身が決めるわけではない。


進路適性と性格、将来の配属先まで考慮して、オラクルが最も学習効果の高い組み合わせを導き出す。


「俺、絶対に交通系だろうな」


佐伯が後ろを振り返った。


「進路が交通管理局なんだから、そうだろ」


蓮が答える。


「せめて班員は面白いやつにしてほしい」


「それも適性で決まるんじゃない?」


美月が言った。


「お前は医療系だろ。白衣着て模型でも切ってろよ」


「悠真を患者役にしていいなら」


「絶対嫌だ」


二人のやり取りを聞きながら、蓮は自分の端末を開いた。


進路欄には、今日も同じ文字がある。


《進路未指定》


その下では、適性演算の円が回り続けていた。


《完了率 99.999%》


数字は三日前から変わっていない。


担任が教卓の端末へ触れる。


「名前が表示されたら、指定された席へ移動しなさい。今日から統合課題の時間は、その班で活動する」


正面画面に最初の班が表示された。


《第一班》


《課題:地域医療資源の最適配分》


《桐谷美月》


美月の名前が先頭に出る。


続いて、別のクラスの生徒を含む五人の名前が並んだ。


「やっぱり医療だ」


佐伯が言う。


「予想どおりだね」


美月は端末と筆記具を持って立ち上がった。


教室の左側に、新しい班の席が自動的に組まれていく。


床に埋め込まれた移動装置が机を滑らせ、六角形に並べ替えた。


美月が指定席へ座る。


次の班。


《第二班》


《課題:自律交通網における緊急時対応》


《佐伯悠真》


「ほらな」


蓮が言う。


「地味すぎる」


そう言いながらも、佐伯は少しうれしそうだった。


進路と直接つながる課題を与えられたことが、自分の未来を認められた証明に思えるのだろう。


佐伯も席を立つ。


通り過ぎるとき、蓮の机を軽くたたいた。


「お前は何だろうな」


「さあ」


「全部の班に一日ずつ参加するとか?」


「便利に使われすぎだろ」


佐伯は笑いながら、自分の班へ向かった。


班の発表は続いた。


環境管理。


教育補助。


都市設計。


災害予測。


生徒の名前が呼ばれるたび、教室の机が動き、新しい集団が作られていく。


蓮は一人、自分の席に残っていた。


まだ名前が出ていない生徒はほかにもいる。


焦る必要はない。


そう思っていた。


《第七班》


《課題:高齢者生活支援》


最後の五人が表示された。


正面画面から班編成の一覧が消える。


代わりに、新しい文章が現れた。


《班編成を完了しました》


教室中の机が移動を終えた。


蓮の机だけが、最後列に残されていた。


誰とも向き合わず、正面を向いたまま。


「先生」


蓮が手を挙げる。


担任はすでに気づいていた。


教卓の端末を何度も操作している。


「少し待て」


正面画面に班編成の一覧が再表示される。


第一班から第七班まで。


生徒の名前が並ぶ。


天城蓮の名前はない。


「欠席者のところに入ってるんじゃないですか」


誰かが言った。


「天城は出席している」


担任が答える。


端末には、確かに表示されている。


《天城蓮》


《出席状態:正常》


《統合課題班:未設定》


教室が静かになった。


美月が席から立とうとする。


「そのままでいい」


担任が止めた。


「今、確認する」


蓮の端末が振動した。


《卒業統合課題》


《割り当てを確認しています》


円形の印が回る。


数秒後、表示が変わった。


《現在の進路情報では、適切な班を算出できません》


その下に、小さな文字が続く。


《進路指定の完了後、再編成を実施します》


「進路が決まるまで、一人ってことですか」


蓮が尋ねた。


担任は答えず、職員用の問い合わせ画面を開いた。


「オラクル。天城蓮の統合課題班を設定しろ」


『天城蓮さんの進路情報は、現在更新中です』


「現在の情報で仮の班を決められないか」


『最適な学習効果を保証できません』


「保証できなくてもいい。授業には参加させる必要がある」


短い沈黙があった。


『進路指定の完了後、再編成を実施します』


蓮の端末に表示されたものと同じ答えだった。


「それまで、どうする」


『通常の教育課程を継続してください』


担任の表情が硬くなる。


「卒業統合課題は通常の教育課程だ」


『進路指定の完了後、再編成を実施します』


会話が最初に戻った。


教室の全員が、そのやり取りを聞いていた。


誰も笑わない。


誰も話さない。


担任はしばらく端末を見つめたあと、画面を閉じた。


「授業を始める」


「先生」


美月が声を上げた。


「蓮はどうするんですか」


「今、学校側で対応を確認する」


「今日の授業は?」


「天城には別の課題を――」


「同じ授業なのに?」


美月の声は強くなかった。


それでも、教室の中ではよく響いた。


担任は美月を見る。


「桐谷。席に戻りなさい」


「戻ってます」


「なら、班の準備を始めろ」


美月は何かを言いかけたが、口を閉じた。


蓮は自分の端末へ目を落とす。


《統合課題班:未設定》


進路が決まらなければ、班も決められない。


班が決まらなければ、課題にも参加できない。


たった一つの空白が、別の空白を作り始めていた。


担任から蓮の端末へ、個別課題が送られた。


《歴史資料の要約》


《提出期限:本日十二時》


統合課題とは関係のない、二年生でもできる内容だった。


教室では、各班がテーマについて話し始める。


美月の班では、地域ごとの医師配置が画面に表示されている。


佐伯の班では、交通事故の再現映像が流れていた。


全員が将来につながる課題へ取り組んでいる。


蓮だけが、百年前の人口統計を要約していた。


昼休み。


蓮は一人で食堂へ向かった。


美月と佐伯は、班の初回打ち合わせが長引いている。


昼食を受け取るため、配膳端末へ個人端末をかざす。


《昼食情報を確認しました》


トレーが運ばれてくる。


日常のサービスは問題なく使える。


進路がなくても、昼食は出る。


蓮は空いている席へ座った。


周囲から声が聞こえる。


「本当に班がなかったんだって」


「進路保留だからだろ」


「卒業できるのかな」


「近くにいたら、こっちの演算にも影響したりしないよね」


最後の言葉だけ、少し小さかった。


蓮は聞こえなかったふりをして箸を取った。


自分でも分かっている。


彼らが蓮を嫌っているわけではない。


ただ、分からないものが怖いのだ。


オラクルが説明できない人間。


どこへ向かうのか決まっていない人間。


この社会では、それだけで十分に異常だった。


「ここ、座っていい?」


顔を上げると、美月がトレーを持って立っていた。


「班の人と食べなくていいのか」


「午前中ずっと話してたから」


美月は返事を待たず、向かいへ座った。


少し遅れて佐伯もやってくる。


「お前ら、先に行くなよ」


「悠真が遅いんでしょ」


佐伯は蓮の隣へ座り、食事を始めた。


三人でしばらく黙って食べる。


最初に口を開いたのは佐伯だった。


「午後も一人で資料整理?」


「たぶん」


「俺たちの班に入ればいいだろ」


「交通に興味ない」


「俺だって昨日までなかった」


「適合率九九・一パーセントなんだろ」


「それを言われると何も返せない」


美月が蓮を見る。


「先生に頼んでみようか」


「何を?」


「どこかの班に仮で入れてもらう」


「オラクルが決められないのに?」


「先生が決めればいい」


美月は当然のように言った。


蓮と佐伯は同時に彼女を見た。


「何?」


「いや」


蓮は箸を止めた。


教師が生徒の班を決める。


たったそれだけのことが、この世界では奇妙に聞こえる。


担任は授業を教える。


生徒を指導する。


問題があれば相談にも乗る。


しかし、誰と誰を組ませるかはオラクルが決める。


人間の判断より正確だからだ。


「先生が決めて、合わなかったらどうするんだ」


佐伯が尋ねた。


「合わなかったら変えればいいでしょ」


「そんな簡単に」


「班に入らないよりはいいじゃん」


美月の答えに、佐伯は黙った。


蓮は彼女を見る。


「美月の班に入ったら、予測学習効果が下がるかもしれない」


「別にいいよ」


「医科大学の進路に影響するかも」


「この授業一つで変わらないでしょ」


「オラクルは最適な班を作ったんだぞ」


「でも、蓮を入れない班を作った」


美月が言った。


声は小さかった。


「それが本当に最適なの?」


答えられる者はいなかった。


午後の授業が始まる前に、美月は担任へ相談した。


蓮も佐伯も、少し離れた場所で話を聞いていた。


「天城を第一班に?」


担任が聞き返す。


「仮でいいです」


「お前たちの課題は地域医療だ。天城の適性は分かっていない」


「分からないなら、やってみないと余計に分かりません」


「統合課題は体験授業ではない」


「何もさせない方がいいんですか」


担任は黙った。


美月は正面から教師を見ている。


蓮は止めるべきか迷った。


自分が入れば、美月の班に余計な負担がかかる。


課題の成果が下がれば、彼女たちの評価にも影響する。


「俺は別に一人でも――」


「天城」


担任が蓮の言葉を遮った。


「お前はどうしたい」


突然の問いだった。


蓮は答えられなかった。


教師はオラクルへ確認するのではなく、蓮本人に尋ねた。


「第一班へ入りたいのか」


教室の視線が集まる。


美月は何も言わず、蓮の答えを待っていた。


佐伯も黙っている。


以前なら、進路に合う班を選んでほしいと答えただろう。


だが、今の蓮には進路がない。


正解もない。


「分かりません」


口から出たのは、いつもの答えだった。


担任は小さく息を吐いた。


「では、こちらで判断する」


教卓の端末へ手を置く。


「天城蓮を第一班へ仮配属する」


端末が反応する。


《手動変更を確認》


《第一班への追加を申請します》


数秒後、警告が表示された。


《推奨されない編成です》


《班全体の学習効果を算出できません》


美月の班員たちが、ざわめいた。


担任は警告を見つめる。


「申請を続行する」


《管理者による理由入力が必要です》


入力欄が現れる。


担任の指が止まった。


理由。


オラクルの最適解を外れ、人間の判断で蓮を班へ入れる理由。


担任はしばらく考えたあと、文字を入力した。


《教育機会の確保》


《申請を続行しますか》


「続行」


警告が消える。


《天城蓮を第一班へ仮配属しました》


教室正面の一覧に、蓮の名前が追加された。


《第一班》


《課題:地域医療資源の最適配分》


《桐谷美月》


ほかの班員に続き、一番下。


《天城蓮》


自分の名前が誰かと同じ枠に入っている。


それだけのことなのに、蓮はしばらく画面から目を離せなかった。


「席を移動しなさい」


担任が言う。


「はい」


蓮は端末を持って立ち上がった。


最後列に残されていた机が動き始める。


第一班の六角形へ近づく。


だが、すでに机は六つある。


班員は美月を含めて六人。


蓮が加われば七人になる。


床の装置が一度停止した。


机の配置を計算し直しているらしい。


《配置を変更しています》


六角形が崩れた。


七つの机が少しずつ動き、歪な輪を作る。


完全な形ではない。


席同士の間隔も均等ではなかった。


それでも、蓮の席は輪の中に入った。


美月が隣の椅子を引く。


「遅かったね」


「俺が頼んだわけじゃない」


「お礼は?」


「何で」


「先生に話したから」


「余計なことをしたとは思わないのか」


「思わない」


美月は正面の資料を蓮の端末へ共有した。


地域ごとの人口。


病床数。


医師の人数。


将来の患者予測。


「まず資料を読んで」


「命令するなよ」


「班長だから」


「誰が決めた?」


「オラクル」


「なら仕方ない」


蓮が答えると、美月は少し笑った。


班の作業が始まった。


課題は、人口が減少している山間地域の診療体制を再設計することだった。


現在の制度では、医師と医療設備を人口の多い地域へ集約する案が推奨されている。


移動が難しい住民には、無人車両と遠隔診療を使う。


効率だけを考えれば、正しい。


第一班の生徒たちは、オラクルが提示した基礎案を確認しながら役割を分担した。


美月は医療資源。


別の生徒は交通。


もう一人は費用。


蓮には役割が表示されなかった。


《担当分野:算出中》


しばらく待っても変わらない。


「好きなのを選べば?」


美月が言う。


「勝手に選んでいいのか」


「仮配属なんだから、役割も仮でいいでしょ」


蓮は資料を眺めた。


医療知識はほとんどない。


費用計算も得意ではない。


地図を拡大する。


山間地域には、小さな集落が点在していた。


その一つに、閉鎖予定の診療所がある。


「この診療所、なくす必要あるのか」


蓮が言った。


班員の一人が答える。


「利用者数が少ないから。維持費の方が高い」


「一番近い病院まで何分?」


「無人車両で四十二分」


「遠隔診療なら自宅で受けられる」


別の生徒が補足する。


「でも、機械で診られないときは?」


「緊急車両が来る」


「到着まで?」


「平均二十三分」


蓮は地図を見る。


「遠くないか」


「オラクルの予測では、許容範囲だよ」


班員が不思議そうに答えた。


「診療所を残すより、全体の救命率は上がる」


「全体は?」


「何?」


「集落ごとの数字はないのか」


端末で検索すると、地域全体の救命率だけが表示された。


診療所を閉鎖した場合、全体では〇・四パーセント上昇する。


蓮はさらに細かいデータを求めた。


集落別。


年齢別。


移動困難者別。


画面に警告が表示される。


《統計的価値が低いため、個別データは推奨されません》


「価値が低い?」


蓮は眉を寄せた。


美月が画面をのぞき込む。


「人数が少ないからじゃない?」


「少なかったら、見なくていいのか」


「そういう意味じゃないと思う」


「じゃあ、どういう意味だよ」


美月は答えられなかった。


蓮は警告を無視し、個別データを開いた。


閉鎖予定の診療所を利用している住民は二十七人。


そのうち、遠隔診療への移行が難しいと判断された者が四人いた。


全体から見れば、わずかな人数だった。


「この四人はどうなる」


班員たちが画面を見る。


「家族と都市部へ移住することが推奨されてる」


「本人が嫌がったら?」


「移住した方が幸福度は上がる」


「本人の希望は?」


誰も答えない。


資料には、移住後の予測幸福度しか表示されていなかった。


移住を拒んだ場合の情報はない。


美月が小さく言う。


「調べてみよう」


「何を?」


「この人たちが、どうして残りたいのか」


「課題に必要ないだろ」


班員の一人が言った。


「医療資源の最適配分を考えるんだから」


美月は画面を見つめたまま答える。


「でも、住んでる人のことを知らずに決めるの?」


教室の天井から、オラクルの声が流れた。


『第一班へ通知します』


全員の端末が同時に振動する。


《現在の検討は、推奨課題範囲から逸脱しています》


《基礎案へ戻ることを推奨します》


班員たちの手が止まった。


美月が蓮を見る。


佐伯も離れた班から、こちらを見ていた。


蓮は通知を閉じる。


「戻る?」


美月が尋ねた。


蓮は地図に表示された小さな集落を見た。


オラクルの案に従えば、全体の数字は良くなる。


反対する理由はない。


少なくとも、これまでの自分ならそう考えた。


「四人に聞いてからでも遅くないだろ」


「本人への接触は課題範囲外だよ」


班員が言う。


「じゃあ、範囲を変えればいい」


「勝手に?」


「先生は俺を勝手に班へ入れた」


「勝手じゃないでしょ」


美月が笑う。


「ちゃんと理由を書いてた」


「なら、俺たちも理由を書けばいい」


蓮は課題計画の変更画面を開いた。


《調査項目の追加》


理由入力欄が表示される。


蓮は少し考え、文字を打った。


《対象者本人の意思を確認するため》


《計画変更を申請しますか》


「押すぞ」


班員たちは迷っていた。


美月が先に、自分の端末から承認した。


《班長承認》


残りの生徒も、一人ずつ承認する。


最後の一人が迷いながら画面へ触れた。


《第一班承認完了》


蓮は申請を送った。


数秒後、画面に赤い文字が現れた。


《申請を受理できません》


《理由:学習効果を予測できません》


「また予測できない」


誰かがつぶやいた。


蓮の端末だけが、もう一度振動した。


ほかの生徒には届いていない。


画面に短い通知が表示される。


《未指定の判断が検出されました》


「何だ、これ」


蓮が声に出す。


美月が画面をのぞこうとした瞬間、通知は消えた。


「何が出たの?」


「未指定の判断って」


「どういう意味?」


「分からない」


履歴を開く。


通知は残っていなかった。


その日の授業終了まで、課題計画の変更は認められなかった。


第一班は基礎案へ戻り、診療所を閉鎖する方向で作業を進めた。


けれど美月は、四人の住民の情報を閉じなかった。


蓮も同じだった。


放課後。


蓮が教室を出ようとすると、担任に呼び止められた。


「天城。残りなさい」


美月と佐伯が足を止める。


「先に帰ってろ」


蓮が言う。


二人が教室を出たあと、担任は教卓の端末を閉じた。


「今日の統合課題について、管理局から問い合わせがあった」


「俺を班に入れたことですか?」


「それもある」


「ほかに?」


「課題計画の変更申請だ」


担任は蓮を見る。


「なぜ、推奨範囲から外れようとした」


「診療所がなくなる人たちの話を聞こうとしただけです」


「オラクルの案では、地域全体の救命率が上がる」


「四人は下がるかもしれない」


「社会政策は、すべての希望を満たせるものではない」


「だから、聞かなくていいんですか」


担任はしばらく黙った。


「聞いた結果、判断が変わらなかったら?」


「それでも、聞かなかったよりはいい」


「なぜ?」


蓮は答えようとして、言葉に詰まった。


数字が変わらなくても。


結論が同じでも。


聞くこと自体に意味がある。


そう感じた。


しかし、なぜ意味があるのかを説明できない。


「分かりません」


蓮は正直に答えた。


「でも、本人が何を考えてるか知らないまま、幸せになるって決めるのは変だと思います」


担任の目がわずかに動いた。


「オラクルは、本人の性格や希望も分析している」


「今の希望も?」


「当然だ」


「本人がまだ言ってないことも?」


担任は答えなかった。


蓮の端末が振動する。


《本日の進路面談を開始します》


榊との定時面談の通知だった。


担任は画面を見る。


「行きなさい」


「先生」


「何だ」


「俺を班に入れた理由、本当に教育機会の確保だけですか」


担任は少し驚いた顔をした。


「ほかに何がある」


「分かりません」


「なら聞くな」


「先生も、分からないことをやったんですよね」


担任の表情が硬くなる。


蓮は頭を下げ、教室を出た。


面談室の画面には、榊が映っていた。


「統合課題へ仮配属されたそうですね」


「もう知ってるんですか」


「学校から報告がありました」


「問題ですか?」


「通常の対応ではありません」


「進路保留者を一人にするのが通常なんですか」


榊は答えなかった。


「今日、課題の計画を変えようとしましたね」


「それも聞いてるんですね」


「変更理由を説明してください」


「住民本人に話を聞こうとしただけです」


「オラクルの基礎案に不足があると考えましたか」


「不足してるか確かめたかった」


「同じことです」


「違います」


蓮は即座に答えた。


「不足があるって決めたんじゃない。あるかもしれないから聞こうとしたんです」


榊は黙って蓮を見ていた。


「何かおかしいですか」


「君は以前から、そのような判断をしていましたか」


「知りません」


「過去の行動記録では、推奨案へ異議を示した例はありません」


「記録を見たんですか」


「支援担当者には必要な範囲が開示されます」


「じゃあ、今日の俺は、昔の俺と違う?」


「判断傾向が変化しています」


「人間なら変わるでしょう」


「通常、変化も予測に含まれます」


榊の言葉に、蓮は黙った。


「俺の変化は含まれてなかった?」


「そう断定はできません」


「またそれですか」


画面越しに、榊が端末を操作する。


「適性演算の完了率が更新されました」


蓮は身を乗り出した。


「一〇〇になった?」


「いいえ」


蓮の端末に数字が表示される。


《完了率 99.998%》


昨日までより、〇・〇〇一パーセント下がっていた。


「減ってる」


「今日の行動情報が追加された結果です」


「演算って、戻ることがあるんですか」


「通常はありません」


蓮は画面を見つめる。


「俺が班に入ったから?」


「原因は確認できていません」


「課題の案を変えようとしたから?」


「確認できていません」


「俺が自分で決めたから?」


榊の指が止まった。


蓮はその反応を見逃さなかった。


「何か知ってるんですか」


「知らない」


「今、止まりましたよね」


「今日の面談はここまでです」


「榊さん」


「明日も同じ時刻に面談を行います」


「答えてください」


画面が暗くなった。


一方的に通信を切られた。


蓮は椅子に残される。


適性演算の数字は、今も表示されている。


《完了率 99.998%》


未来へ近づいていると思っていた数字が、初めて遠ざかった。


帰宅後、蓮は夕食の席で統合課題の話をした。


父は診療所の閉鎖案を聞き、当然のように言った。


「全体の救命率が上がるなら、閉鎖が妥当だろう」


「移住したくない人がいる」


「希望だけで医療制度は維持できない」


「話を聞くくらいはいいだろ」


「聞いて何が変わる」


担任と同じ質問だった。


「分からない」


蓮が答えると、父は眉を寄せた。


「分からない理由で、最適な計画を遅らせるのか」


「最適かどうかを確かめたいだけだ」


「オラクルが確かめている」


「本当に?」


食卓が静かになった。


母が二人の顔を交互に見る。


父は箸を置いた。


「蓮」


声が低くなる。


「進路の件で不安なのは分かる。だが、それとオラクルへの不信を混同するな」


「不信じゃない」


「なら、なぜ疑う」


蓮は答えられなかった。


疑っているのだろうか。


オラクルが間違っていると証明したいわけではない。


ただ、分からないことを分からないままにしたくなかった。


「明日には気持ちも落ち着くわよ」


母が言った。


誰も返事をしなかった。


午後十時四十分。


部屋の照明が暗くなる。


壁面には、明日の予定が表示された。


登校。


統合課題。


進路面談。


今日と同じ一日が、整然と並んでいる。


「オラクル」


『はい、天城蓮さん』


「演算の完了率が下がった」


『適性演算を継続しています』


「俺が何か選ぶたびに、計算し直してるのか?」


『適性演算を継続しています』


「今日、診療所の人に話を聞こうとした」


返答はない。


「間違ってた?」


『推奨される学習範囲を逸脱しています』


「質問に答えてない」


『適性演算を継続しています』


「俺が自分で決めたら、困るのか?」


長い沈黙。


青い光が、ゆっくりと明滅する。


『質問の前提を確認できません』


「前提?」


『天城蓮さんの判断は、適性演算に使用されます』


「なら、その判断を予測すればいい」


返事はなかった。


「できないのか?」


壁面の光が一度消えた。


すぐに戻る。


『十分な睡眠を取ってください』


「俺が次に何をするか、分かる?」


『明日の予定を表示します』


「予定じゃない」


蓮は画面を見つめた。


「俺が、予定どおりに動くかどうかだ」


オラクルは答えなかった。


机の上の端末に、適性演算の数字が表示される。


《完了率 99.998%》


数秒後、数字が揺れた。


《完了率 99.997%》


また、〇・〇〇一パーセント下がった。


蓮は何もしていない。


ただ、明日の予定に従うかどうかを考えただけだった。


「今、何を計算した?」


返答はない。


代わりに、端末の画面へ一瞬だけ文章が現れた。


《新規分岐を検出》


すぐに消える。


蓮は暗くなった画面を見つめた。


明日の予定は、すでに決められている。


午前六時に起きる。


午前七時四十二分に家を出る。


学校へ行き、授業を受ける。


それでも今、未来は一つ増えた。


蓮はまだ、何も選んでいない。


選ぶかもしれないと考えただけだった。

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