7.勧誘
数日が経った.宿泊にあたっての手続きで明らかになったが,ラゼルトとフェルーザの関係は雇用主と従業員だった.
そこからラゼルトとフェルーザの様子を見てきたかぎり,ガルドの見立てでは本当にそれだけの関係のようだった.常に帯同して行動するということもなければ,もちろん滞在する部屋も別だ.初日に見せたような気軽なやり取りは多いが,かといって仕事がいい加減なわけでもなく,しっかりとした業務上の関係を構築しているように見える.
実際,ラゼルトがどんな事業を神から受託しているのかガルドは知らないが,フェルーザとともになにかを推し進めているのはたしかだ.
新しい長期顧客の素行は問題なしと判断し,副業の探し屋も再開しようかとそんなある日.あらためてラゼルトからガルドに対して「時間をもらえないか」と申し出があった.
その日の晩,宿のロビーでは差し障るだろうと,ガルドは空いている客室を用意した.古い木机と椅子が三脚置かれただけの,質素だが手入れの行き届いた部屋だ.風もない静かな夜.窓から差し込む月明かりで室内も十分に明るく,ランプも必要ない.
あらためて室内を見回すと,落ち着いて話すには十分な環境だろうとガルドは判断した.ほどなくして,客室のドアがノックされた.客室を訪れたのはラゼルトとフェルーザのふたり,そしてティオもいつの間にかいた.
客室に入るなりラゼルトは世間話もなく椅子を引いた.フェルーザも珍しく黙っている.普段の二人とは明らかに違う空気だった.ラゼルトは組んだ指を卓上へ乗せると,身を乗り出して言った.「単刀直入に言う.ガルドさん,力を貸してくれないか」
「と言われても,詳細が分からないと返事もできないですよ」ラゼルトの神妙な面持ちにガルドも姿勢を正す.
「あぁ,それは当然だな」いったん身を引くラゼルト.「まず,俺が神から受託しているのは,弱い加護しか持ってないやつら,なかでも個人で事業を受託しているやつらの協力体制を築けというものだ」一拍,間をおいてからラゼルトは続ける.「要するに,俺やあんたみたいなやつらが協力できる場を作りましょうって話だ」
ガルドの理解を待つように少しだけ間を置く.「で,俺が考えてるのは,弱い加護持ち相手のギルドを作ろうってことだな」
当たり前のようにガルドが加護持ちであることが前提になっている.ガルドはあえてそこには触れず,別の疑問を口にした.
「そこで自分の協力が必要になるというのが繋がりませんが……」
想定内とばかりにラゼルトが手のひらで遮る.
「まぁ,急ぐなって.ここからが重要な話だ」ラゼルトは広げた指を折りたたみ人差し指を立てた.「大将,ギルドの設立に必要なものってなにか知ってるか」
「いえ,知らないですけど」
「はい,知らないっす」いつの間にか水差しから杯に茶を注いでいたフェルーザが急に口を突っ込む.
「いや,お前は知っとけよ」ラゼルトが即座に反応する.
ティオもフェルーザの腕にしっぽを叩きつける.フェルーザは気づかないまま杯に口を付ける.
「……続けよう.まずは拠点,それから従業員だ」
「なるほど」ガルドは頷いた.
「いや,まだだ」ラゼルトはガルドを制止する.「拠点は大将の宿.たぶん,あんたの想像通りさ.そして従業員はここにいるフェルーザだ.ここまでは簡単だよな」
と,ここでラゼルトは頷くフェルーザを見る.ならば当然,ガルドも理解していると判断して続ける.
「で,最後が問題なんだが,ギルドの設立にはもうひとつ,活動実績が必要なんだよ」
それまで相槌を打ちつつ聞いていたガルドの動きが一瞬止まる.明らかにおかしい.
そんなガルドの疑問を代弁するようにフェルーザが割って入る.
「でも先輩,まだ設立してないギルドに活動実績なんてあるわけないじゃないっすか」
沈黙を以てガルドも肯定する.
「そうだよな,そらそうだよな.俺もそう思う.おかしなルールだよな」とラゼルトは腕を組んでおおげさに頷く.「でもな,バカみたいだけどそういうもんなんだよ,この手の公的な手続きってやつは」
信じられないという顔でフェルーザがガルドに視線を送ると,ガルドは黙って首を縦に振った.こちらの沈黙は否定ではなく肯定だ.
「で,大将の宿だ」あらためてラゼルトがガルドに視線を戻す.視線を受けガルドの手には力がこもる.すでにガルドの中で話は繋がっている.
ガルドは軽く息を吸ってから疑問を口にした.
「……つまり,加護持ちの宿泊客がいたら,彼らの宿泊情報を使って勝手に活動実績をでっち上げようってことか」
「理解が早いな」ラゼルトは素直に感心したという表情で続けた.
「もちろん,勝手に個人情報を使うのはいいことじゃないさ」ラゼルトは手を広げておおげさに肩をすくめる.「でも考えてみてくれ,それで弱い加護持ち向けのギルドができるなら,結果としてそいつらもいずれは助かるんじゃねぇか」
ラゼルトの言葉を聞いてガルドは少しだけ目を伏せる.それを見てラゼルトは畳みかけた.
「それに,だ.もちろん大将には俺からそれなりの対価を用意する」
対価という言葉を聞いて,ガルドの体からわずかに力が抜けた.ティオはそんなガルドの様子を注視する.ガルドも中空の一点を見つめたまま沈黙が続く.
しばらくしたあと,ようやくガルドが口を開いた.
「ラゼルトさん,あんたの事業構想は今日明日って話じゃないだろ」
その声色に抵抗の響きはない.ガルドの脳裏に帳簿と未開封の封筒がよぎる.
「まぁ,俺としてはそんなに焦る理由はねぇな」
力を貸してくれないかというラゼルトの発言から始まった交渉だったが,ここに至ってはすでに立場が逆転していた.
「なら,いったん持ち帰らせてくれ」
いつしか張りつめていた空気が解ける.
「オーケーだ.お互い悪い話じゃねぇと思うよ,いい返事を期待してるぜ」そう言うとラゼルトが席を立った.
フェルーザも杯を飲み干すと,遅れてラゼルトのあとを追う.
二人が部屋を去るのを見送ると,ガルドは即席の会場となった客室の清掃を始めた.
気付くとティオはすでにどこかへ去っていた.




