5.ラゼルト到来
翌日,宿に新しい客が訪れた.
正直にいえば事前に予約でもしておいてほしいところだが,加護でも利用しなければそれも無理だから仕方がない.いつものことである.
やや色黒で引き締まった体躯のその男はフロント前に立つとラゼルトと名乗った.
背丈は大柄なガルドとそう変わらないが,窮屈そうな上着からそれなりに鍛え上げていることが見て取れる.また,それでも型崩れしない上着の仕立ての良さから察するに,このあたりの人間ではなさそうだ.
それでいて物腰こそ友好的だが,低くよく通る声にはどこかしら押しの強さを感じさせる.曰く,「入札で受託した神の事業を進めるため,しばらく逗留したい」とのことだった.
人が神の加護を得るには,その神が啓示する事業に入札し,落札する必要がある.ということは,この男も加護持ちということだ.
ガルドは商売柄,人を観察する癖がついていたが,それでもラゼルトには読み切れない部分があった.
しかし,言葉遣いこそぶっきらぼうな印象があるが,少し話してみればラゼルトは中々に話せる男ということが分かった.カウンターからラゼルトを見上げるティオも特段警戒した様子は見せていない.ガルド自身,相手が同世代ということもあり,自然と世間話にも花が咲いた.
「大将,俺と年もそう変わらないのに一国一城の主とはたいしたもんだな」
どうやら,観察が得意なのはラゼルトも同じようだ.
「いやいや,なにも分からず手探りで始めたもんで,いつもいつも綱渡りですよ」ガルドはややおおげさに頭を掻いて否定する.
「またまた謙遜を……と言いたいところだが,たしかにこれは……」ラゼルトが周囲を軽く見まわしつつ,探るように続けた.その眉間にはしわが寄っている.「いや,丁寧に維持してるってのは分かるんだけどよ,とはいえやっぱりアレだな……全体的にレトロだな」
そう言いつつ,ラゼルトは磨き上げられたカウンターを指でなぞり,迷惑そうにティオがさっと身をかわす.額面どおりに受け取れば大変失礼な物言いだ.
「まぁそうですよね,自分もそう思います.……実を言うと建屋も含めてほとんどが引き継いだものなんですよ」反論するわけではないが,ガルドは一応事実を述べておいた.
「なるほどね」ラゼルトは少し間をおいてからガルドの目をまっすぐに見据え,声を落とした.「でも大将,こんだけの年代物を綺麗に維持するってーと,けっこう管理たいへんじゃねーの」
言葉を選んだつもりなのだろうが,片手で指同士をこすり合わせる仕草をしている.金の話だ.
「まぁ,楽ではないですね」
宿の立地するこのエリアはどちらかといえば貧民街に近い.交渉や腹の探り合いなど珍しくもない.ガルドは曖昧に濁した.
「なんてな.変なこと聞いちまって悪かったな.大将か前のオーナーか知らないけど,全体的にいい趣味してると思うぜ.いや本当に」
探りを入れても効果が薄いと感じたのか,ラゼルトは話題を変えた.表面的な世間話が再開すると思われたが,風向きは戻らなかった.
「いや待てよ……」ラゼルトは急に真剣な顔になると中空を見つめ始めた.「俺,以前にもここでお世話になったことがあるな……そのときの主は大将みたいな若い奴じゃなくて……なんてったけな.あんたは把握してる?」
探り合いは続行のようだ.
「面識はありませんけど,さすがに書類やらで名前は知ってますよ.たしかロウェンという名前でしたよ」
「……あぁ……そうだった.ロウェンだったかな」瞬間,ラゼルトは動きをとめて手元で口元をおさえた.陽気な物腰が中断されたが,すぐに戻った.「どうしてやめちまったんだろうな?」
「いや詳しいことは知りませんけど.自分はたまたま縁があって引き継いだだけなんで」
ガルドの脳裏に,引き出しに仕舞ったままの封筒がよぎる.
しかしそこでガルドは思考を切って,ふとティオを目で探した.どこにも見当たらない.




