4.帳簿
幾日か経ったある晩,本業である宿の営業も一段落しており,ガルドは執務スペースで帳簿を整理していた.
すでに深夜といえる時間帯.薄い紙をめくる音でさえロビーに届きかねないほどの静寂に満ちている.唯一の光源である卓上ランプのオイルも残り少ない.
デスクの端ではティオが無関心そうにただ丸くなっており,ガルドもそんなティオをまったく気にしていない.
ガルドはまず,客から前受けした宿賃の残金を確認する.
簡素な金庫から銀や銅のコインを取り出して積み上げる.そこから,寝具洗浄のためにかかる浄化の加護屋へ支払う料金の目算を差し引く.さらに,最低限自分自身が食っていくために必要な金を脇に避ける.
だが,それさえもギリギリの水準しか確保できない.
現にここ数日,ガルドは精神安定剤であるコーヒーや水を除けば薄い豆のスープくらいしか口にできていない.いまのところ,比較的恵まれた体格も維持できているが,それもいつまで保つか怪しい.ティオが実体のない神のおかげで食事を必要としないのが唯一の救いだ.
そんなガルドの感謝も素知らぬ顔でティオはあくびをしていたが,ふいに響く家鳴りの音に反応して口を閉じる.
ガルドは帳簿のページを少し戻し,あらためて収支を見直し始めた.
宿という営業の損益構造はかなりシンプルだ.入る金の種類も少なければ,出ていくものも多くない.総じて,将来の儲けを計算するのもさほど難しいことはない.しかし,それだけに見落としや勘違いを見つけることは逆に難しい.
コインを元の位置に戻し,帳簿を指でなぞりながらコインをふたたび動かす.手元の手帳とペンで簡単な計算を繰り返す.全体で駄目ならばと,ページを区切ってやり直す.ガルドは幾度も角度を変えて宿の置かれた状況を確認した.
ガルドもティオもその姿勢のまま長い時間が経過した.ふとガルドは大きく一度息を吸うと,そのままゆっくりと吐き出した.
しかし,どのページを何度見返しても結論は変わらなかった.すでに再三無視している税の督促に応じる余裕がない.
そこで集中が途切れると,周囲の音が存在感を増した.
みしり,と再び宿の軋む音が響く.どうやら外では風も出てきたようだ.
風の音で搔き消されているが,深夜を知らせる時報の鐘もかすかに聞こえる.
ガルドは静かにペンを置くと帳簿を閉じ,デスク上の定位置へと戻した.そのままデスク下の引き出しに触れると,中にしまった封筒のことを思い出した.しかし,取っ手にかけた手はそこで止まり,やがて離された.
卓上ランプの明滅が燃料の終わりが近いことを告げている.
ガルドは軽く頭を振ると,卓上ランプを手にバックヤードをあとにした.




