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迷い猫と錆びた加護  作者: 彼鳥 経
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3.宿に戻る

 加護管理局支所を離れるとガルドは自分の宿に戻った.投宿先ではなく文字どおりの意味だ.決して立派とはいえないが,毎日,丁寧に維持管理に努めているガルドの城である.

 すっかり日も傾き人々が行き交う路地を抜け,玄関前の低い階段を登り郵便受けを確認する.それから,やや大柄な身体を傾けて,半開きになっていたドアをすり抜けると内側から静かに閉じる.

 一瞬で雑踏が遠のき,静寂が訪れる.その静寂を打ち破るように,ガルドはやや声を張って言った.「開けたらちゃんと閉めといてくれよ」

 ロビー,と言えるギリギリの空間の端に応接セットが設えられている.シンプルながらも凝った意匠が施されており,誰が見てもそれなりに歴史のある調度品ということが分かるだろう.そこに遠慮なく常連客のひとりが陣取っている.もはや身内のような感覚なのでガルドも留守番代わりに長居を認めている.

 常連客はガルドに向けて軽く手を上げると,もう片方の手に持った新聞へふたたび目を落とした.

 しかし,思い出したように顔を上げ直すとガルドに声を掛けた.「そういえばガルドさん,あんたが出てったあと妙な連中が来てたぞ」

「変な連中?」ガルドは足を止めて常連客を見た.

 常連客は新聞を畳み,窓の方を指さした.「中には入ってこなかったが,ずっと宿の周囲をウロウロしててな.どうも怪しいってんで俺がそこから顔を出したら散っていったわ」

 ガルドは神妙に聞くと常連客に礼を述べた.「そうですか,報告ありがとう.ちょっと心当たりはないんですが,注意しておきますね」

 不審な連中は気がかりだが,今は警戒する以外にどうにもできない.ガルドはそのままフロントへ向かう.

 作りは簡素だが,磨き上げられた石のカウンターにはそこはかとなく気品が漂う.しかし,ガルドはフロントを通り過ぎてバックヤードへ向かった.

 ティオはそんなガルドを追わずにカウンターの脇で丸くなる.いつもひんやりと冷たいそこはティオの定位置だ.


 バックヤードの主な用途は事務作業用の執務スペースだ.さらに,簡易的な炊事場もある.加えて,それなりに広いバックヤードの奥にはまだ部屋があり,仕切りもないため,布を掛けたまま放置された荷物が見える.

 とはいえ,そこに今は用もない.

 ガルドは執務スペースに腰かけると,先ほど郵便受けから取り出した束をデスクの上へ広げてひとつずつ確認し始めた.

 思ったとおり,請求書が大半だ.ガルドは軽くため息をつくと,先ほど腰かけた椅子をすぐに立った.まずは湯を沸かしてコーヒーを淹れるのが先だ.

 炊事場から戻り一息つくと,あらためて手早く封筒を開封し,書類を「未払い」とラベルした箱へ迷いなく仕分けていく.

 しかし,「明渡請求通知」と朱書きされた封筒を見たとき,ガルドの手が一瞬止まった.封筒をデスクに置くとガルドはコーヒーを一口飲み,封筒を眺めた.

 壁掛け時計の針の音が無機質に時を刻む.

 結局,ガルドはそのまま開封せずデスクの引き出しに仕舞うことにした.

 探し屋の副業はここまでとばかり,ガルドは軽く伸びをすると席を立ち,客室の清掃へ取り掛かった.

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