11.刺客
加護管理局を出てしばらくすると宿の立地する区画へと入った.
傾き始めた太陽が,空き家の影を路地へ落とし始めている.しかし,帰りの行程は行きよりもスムーズだし,とくに予定もない.ガルドたちはなんら急ぐこともなくゆったりと歩を進めていた.
そんな調子でしばらく歩いたところで,不意にティオが一行の前に躍り出た.尻尾はピンと跳ね上がり,身体を折り曲げて何かを威嚇している様子だ.
ラゼルトとフェルーザにティオは見えていないが,なんらかの気配を感じているようで軽く身構えている.ガルドも周囲に視線を走らせる.
裏通りに入っていたため人通りは少ない.実際,このあたりは追いはぎや強盗の頻発する地域だとガルドも知っている.
襲撃を予想して身構えるが,ガルドがティオから授かっている加護は物探し.こと荒事においては何の役にも立たない.仮に実践的な加護だとしても,汚染残滓の残るこの地区ではティオの加護も弱まってしまう.
予想どおり,物陰から数人の男が飛び出してきた.いずれも布切れで口元を隠しているが,少なくともガルドの知る人物は含まれていない.ラゼルトはどうかと目で合図を送るも,首を横に振る.本当かどうかは分からないが,ラゼルトも心当たりはないようだ.
リーダーと思しき人物がガルドたちを端から視界に捉える.背嚢を背負ったガルドに目を止めると,その手に持つ刃物を上下に振る.荷を地面に置けといことだろう.つまり,追いはぎだ.
ガルドは背嚢の負い紐に手を掛けたところで手を止めた.普段のガルドであれば,仕方なく荷を置いて逃亡をはかったかもしれない.しかし,今回この荷物にはギルド設立許可証が入っている.ラゼルトとフェルーザの手前,多少は抵抗するそぶりでもしなければならないだろう.
とりあえず得物を取り出すふりでもするかと,ガルドは負い紐から離した手を懐に入れる.それを見たリーダーが眉根を寄せる.
その瞬間,背後で轟音が響いた.
思わず身をすくめて振り返ると,ラゼルトの脇にあったはずのレンガ造りの壁が崩れ落ち,地面に散らばっていた.壁だった部分にはラゼルトの拳が置かれている.叩き壊したのだろう.
「さすがに無傷ってわけにはいかねぇだろうが,そっちも何人かは大怪我するつもりで来いよ」
落ちたレンガから土埃がゆっくりと流れ舞う.それを避けるようにティオがひらりと位置を変える.賊たちは構えを維持しつつも,動かない.土埃が視界を制限しているからだろう.
しばらく睨みあいが続き,いざ開戦かと空気が張りつめる.ガルドも拳を握りしめて賊をにらみつける.得物はとくにない.素手だ.
土埃が流れ去り視界が開ける.ガルドの目に,腰を落としいまや飛びかかろうという勢いの賊たちが映った.
しかし,そうはならなかった.
轟音を聞きつけて通行人や住人が集まってくると賊たちの臨戦態勢が一瞬緩んだ.
続いて,通行人の騒ぎに気づいた賊のリーダーはちらりと空を見上げて何かを確認し,腕を後方へ振り上げた.すると,賊たちは武器を下ろし素早く引き上げていった.
ガルドたちがろくに反応することもできないほどの手際だった.
視界の端から賊が消えると,ガルドも膝に手を置き大きく息を吐く.遠巻きにこちらを窺っていた人々も,フェルーザの「何でもないっすよ」という説明で素直に方々へ散っていった.
ふたたび路地裏に静寂が訪れる.ティオの警戒態勢も解かれ,ガルドの足元で行儀よく座っている.中腰の態勢から体を起こしたガルドは振り返ってラゼルトを見た.
視線を受けてラゼルトが口を開いた.
「これはアレだ,俺の加護だよ」ラゼルトは拳を握っては開き感触を確かめている.「まぁ,いつもよりだいぶ控えめだけどな」
やはりこの場は落ち着いたと判断したラゼルトがゆっくりと説明を始めた.「堅牢な建物を作りたいっつー人の願いに応えた,建築の神の加護な.怪力を与えるから土木作業でもやれってことだろうな」ラゼルトは砕いた壁の破片をなるべく元のように積み上げている.
「いやでも,あんたの事業はギルドを作ることじゃなかったか?」一瞬,ガルドは納得しかけたが,すぐに生じた疑問を投げかけた.
「それももちろんそうだ.だが,ひとつの事業しか受託しちゃいけないなんてルールはないだろ」
たしかにそうだ.それ自体は不正でもなんでもない.神の立場としては事業を完遂してくれる代行者がいれば,掛け持ちであろうが構わないはずだ.そしてそれがラゼルトが加護を詐取する仕組みの肝なのだろう.
「だとしても,加護の目的外使用じゃないか?反動は大丈夫なのか」
実はガルドにも心当たりがある.ガルドは一度,道端に落ちている小銭探しに加護を使ったことがある.結果,その日は食いつなげたが,その後数日間に渡ってやたらと物を失くすという憂き目にあった.
「緊急事態だ.大目に見ろよ.こうして土木の神っぽくレンガを積んでるんだし」
ラゼルトがさらに瓦礫を積み上げた.元通りにはほど遠いが,なにもしないよりはたしかにマシだろう.
「いやそれは自分に言われても……それに壁ももともとあんたが壊したんだろうに」ガルドのぼやきには反応せず,ラゼルトがフェルーザを指さす.
「そうそう,ついでに紹介しとくと,フェルーザの加護は魅了とか説得とかそういった類だ.争いごとがなく平和に事を収めたいっつー人々の願いに応えた神さまの力だな」
「平和のためにってのが,なんかよくないっすか?」フェルーザは得意げに胸を張る.
ガルドは無言で笑顔を浮かべると,自分も瓦礫を拾い始めた.
復旧作業を終えるとラゼルトはガルドに向き直った.
「ところで,こっちが話したんだから,大将も加護について教えてくれてもよくないか?」
ラゼルトにティオは見えていないはずだが,加護持ちということはなぜか見抜かれている.しかし,それはガルドも承知している.別に教えても問題ないだろう.
「自分のは,探し物が見つかる加護だ.あんたらみたいに派手なやつじゃぁない」ガルドは肩をすくめるが,ラゼルトは気にするそぶりもない.
「たしかにかなり弱い加護だな.アレか,世代的に,はじめて契約した神とそのまんまってやつか」
「そうだ」ガルドは即答した.
それを聞くとラゼルトは顎に手を添えて,それからわずかに微笑んだように見えた.
「そうか,まぁ大事にしてやんな」
言いながら場をあとにするラゼルトたちをガルドとティオは追う.そんなガルドの頭には,賊たちの妙に手際のよい引き際が残っていた.




