10.加護管理局本所
日を改めて,ガルド・ラゼルト・フェルーザの三人とティオはギルド設立申請のため加護管理局へ赴いていた.
加護管理局は宿のある雑多な区画とは違い計画的に整備された場所に立地しており,実際の距離ほど遠くには感じられない.
管理局の建屋は切り出しの石造り.堅牢なたたずまいは見るたびにガルドを感心させる.内部もまた華美すぎない意匠と均整のとれた設計で,不思議と落ち着いた心地になる.
ただ,整然とした空間は性に合わないのか,ティオはガルドのそばで縮こまっている.そんなティオを脇目に,ガルドは窓口付近のカウンターでギルド設立申請書を埋めていく.
申請者は「アラゼルント・カルヴィット」,実務担当者は「フェルーザ」と「ガルド」.ギルド拠点の管理責任者もガルドだ.宿での手続きでは「ラゼルト」で登録したが,あれは短縮名ということか.
ちらりとラゼルトのほうを見やるが,素知らぬ顔で周囲の人を観察している.
ラゼルトの提案に乗ったのは早まった判断だったかもしれないと思いつつも,ガルドは書類を仕上げ,漏れがないか確認した.最後にラゼルトとフェルーザにも確認を依頼し,問題がないと判断したガルドは窓口へ書類を提出した.
ガルドを対応した担当は「クレイン」と書かれた名札を付けていた.とくに愛想も世間話もなく,クレインは淡々と手続きを進めていく.
短く整えられた髪と機能的な制服で分かりづらいが,おそらく自分やラゼルトと同世代.干潮の時代にろくな加護を得られなかった不遇の世代だ.しかし,彼は加護に頼らず,加護を管理する側に回った.今になって思えば賢い選択だが,判断の成否が決まるのは後になってからだ.
一瞬だけ,ガルドは窓口の向こうで事務を執る自分を想像した.
そのとき,ちらりとクレインの視線が自分とラゼルトに向けられ,ガルドの妄想は中断された.
同世代という読みは当たっているようだ.それにラゼルトに向けられた視線が少々いぶかしげだったのは,ヤツの本名のせいだろう.「カルヴィット」のような家名が付くのはそれなりの出自を意味するからだ.
ガルドがそこまで考えたところで,クレインの手が止まった.
なにかを思い出したような様子で奥へ引っ込むと,書類を示しながら上司と思しき人物に指示を仰いでいる.その後,窓口に戻ったクレインは少しばかり躊躇したあと,書類の不備を指摘した.曰く,申請書に記載されているギルド登録者の身分証明書が不足しているとのことだった.
ただ,おとなしく説明を聞いているガルドは実のところ納得していなかった.そんな添付書類が必要だとは申請書のどこにも記載されていなかったからだ.仮にそのような記載があればラゼルトとフェルーザが黙ってはいなかったはずだ.
だが,問題はそこではない.
書類に列挙したギルド登録者は,宿帳から転記したでっちあげの人たち.つまり,身分証明書の用意は事実上不可能だ.
なかばほっとする気持ちもありつつ,クレインの手から返却される書類を受け取ろうとするそのとき,ガルドの後ろからフェルーザが顔を出した.
「その人たち私の親戚なんすよ,おじさんもおばさんもいい人たちだし,姪っ子たちもめちゃくちゃ可愛いっすよ,このあいだなんて簡単な手品見せただけで食いつき半端なくて,自分もこんな無邪気なころがあったなぁなんて,すっごい癒されましたね.あ,おじさんは石工で,もしかしたらここ建てるのにも関わってるかもしんないっすよ.とにかくみんな身分はしっかりしてますって.って,これじゃ駄目っすか」
なぜそれで通ると思うのか理解できない.いつの間にかガルドの横に来たラゼルトも苦笑している.
ともかく,これでギルド設立の話はいったん白紙だ.そう考えてガルドは書類に手を伸ばしたが,書類は伸ばした指をすり抜けて窓口へ戻っていった.
ガルドが行き場の失った自分の手を見つめていると,ほどなくしてギルド設立の許可証がガルドに渡された.ガルドは目をこすったが,間違いなく許可証と書かれている.
呆気にとられるガルドをよそにラゼルトは朗らかに声を上げてガルドの肩を叩いた.「んじゃ,戻ろうぜ」
ガルドの抱いた驚きも消えぬまま,ガルドたち一行はそそくさと加護管理局をあとにした.




