第98話:【閑話】深淵のウー〇ー配達員たちの覚醒と、虚空を駆ける『次元歩行の靴』
### 第98話:【閑話】深淵のウー〇ー配達員たちの覚醒と、虚空を駆ける『次元歩行の靴』
『悠久の大迷宮』第48階層と第49階層を繋ぐ、正規ルートからは完全に外れた裏道――『次元の断層(裏ルート)』。
神聖魔導帝国エルドリアが誇る特級隠密部隊『影歩く者』の隊長サイラスと、その部下十二名は、断崖絶壁が連続するその暗黒の空間で足を止めていた。
「……隊長。この先は、完全に空間が断絶しています。我々の身体能力をもってしても、跳躍で届く距離ではありません」
部下のリオンが、底の見えない暗黒の奈落を見下ろして険しい顔をした。
彼らの背中には、厳重に梱包された巨大な魔法の保温ボックスが背負われている。
中に入っているのは、地上のアルカディア国王ヴィルヘルムと帝国のガルド宰相が、血眼になって世界中からかき集めさせた『王家秘蔵の千年熟成バルサミコ酢』と『幻の天日塩』、そして『極寒の海で獲れた幻の海鮮セット』であった。
これらは全て、現在第49階層『天空の暴風魔境』でオールスター・ビュッフェを満喫しているトウヤたちへの貢物(デリバリー品)である。
「(……トウヤ殿たちは第49階層の浮遊島にいる。だが、あそこは完全に『空』の階層だ。我々が彼らの元へ荷物を届けるためには、この断層を越え、虚空を歩く手段が必要になる)」
サイラスが、舌打ちをして周囲を見渡す。
「どうしますか、隊長。一度地上に戻り、飛行系のアーティファクトを調達しますか? しかし、それでは配達が遅れ、トウヤ殿たちの『お食事の時間』に間に合わなくなります! それすなわち、我々の『おこぼれ(極上飯)』の喪失を意味します!!」
部下たちの目が、文字通り血走っていた。
かつての彼らなら「任務に遅れが生じる」と冷静に撤退を判断しただろうが、今の彼らの行動原理の99%は「極上の飯のおこぼれにあずかること」へとシフトしている。
「撤退はあり得ん! ここで飯を逃せば、地上で待っている国王たちへの逆デリバリーも不可能になり、暴動が起きるぞ!」
サイラスが断言した、まさにその時であった。
ギギギギギ……ッ!!
空間そのものがガラスのようにひび割れ、断層の奥から、強烈な瘴気と次元の歪みを纏った巨大な魔物が姿を現した。
体長二十メートル。無数の複眼を持ち、空間を切り裂く八本の刃の脚を持つ神話級の蜘蛛。
裏ルートの次元の断層にのみ生息する守護者――『アビス・ディメンション・ウィーバー(深淵の次元蜘蛛)』であった。
「シャァァァァァァッ!!」
空間を歪める咆哮。通常の冒険者なら、その次元の圧に当てられただけで全身がねじ切れて即死するであろう強大なプレッシャー。
「敵襲ッ! 各員、荷物を死守しろ! 一滴たりともバルサミコ酢を揺らすな!!」
サイラスの号令が飛ぶ。
だが、その声に焦りは全くなかった。それどころか、十三名の配達員たちの目には、静かで冷酷な『捕食者』の光が宿っていたのである。
「(……以前の我々なら、このレベルの魔物に遭遇すれば、部隊の半数を犠牲にしてでも逃走を選んでいただろう)」
サイラスは、愛用の双短剣を抜き放ちながら、自らの内にある『圧倒的な力の余裕』に気づいていた。
「行くぞ!! 【隠密歩法・極・完全無振動】!!」
フッ……と。
十三名の影が、完全にこの次元から「消滅」した。
光学迷彩ではない。あまりにも速く、そして一切の振動も風切り音も立てない極限の歩法。彼らは数十階層にわたって「スープを一滴もこぼさずに、神話級の魔物から逃げ続ける」という異常な配達任務(修練)を重ねた結果、物理法則すらも置き去りにする【神の領域の歩法】を無意識のうちに習得していたのである。
「ギチッ……!?」
次元蜘蛛の複眼が、突然消えた獲物たちを探して泳ぐ。
しかし、次の瞬間。
「遅い。……荷物が揺れる前に死ね」
蜘蛛の頭上に、いつの間にかリオンが立っていた。
背中の巨大なボックスを1ミリも揺らさず、彼は重力を完全に無視した体勢から、次元蜘蛛の複眼の隙間へ正確に刃を突き立てた。
「ギャァァァッ!?」
「隊長! 空間の歪み、右脚から発生しています! 切断します!」
「任せた! 私は本体の魔力核を抜く!」
十三名の配達員たちが、巨大な次元蜘蛛の周囲を、まるで流れる水のように駆け巡る。
彼らの動きには一切の無駄がない。トウヤたちが極上肉を劣化させないために「一撃で仕留める」のを見てきた彼らは、自分たちの暗殺術もまた「食材(今回は敵だが)に余計なストレスを与えずに一瞬で刈り取る」という究極の形へと昇華させていたのだ。
「空間断裂ブレスが来ます!」
「躱す必要はない、軌道が見え透いている! 【影刃・次元断ち】!!」
サイラスの双剣が閃き、次元蜘蛛が放った不可視の空間断裂を、物理的に「斬り裂いて」相殺した。
もはや、彼らの力は隠密の枠を完全に超え、一騎当千の英雄の領域にまで達していた。
「これで終わりだ……! 届け物のバルサミコ酢の露払いとなれ!!」
ザシュッッ!!
十三人の同時の一撃が、次元蜘蛛の八本の脚と魔力核を寸分の狂いもなく貫き、神話級の魔物は反撃の隙すら一切与えられず、ただの光の粒子となって崩れ去った。
「……ふぅ。討伐完了。荷物の破損ゼロだ」
サイラスが、双剣の血を振り払いながら息を吐く。
「隊長……俺たち、いつの間にかこんなに強くなっていたんですね」
リオンが、自らの手を見て震える声で言った。
「神話級の魔物を相手に、荷物を背負ったままノーダメージで圧勝するなんて……。昔の俺たちからしたら、信じられない力です」
「ああ。……全ては、あのキャンパーの方々に美味い飯を届け、そして『逆デリバリー』を遂行するという、極限のプレッシャー(と食欲)の中で鍛え抜かれた結果だ。……我々は今や、ただの帝国のスパイではない。世界最強の物流部隊なのだ」
サイラスは、深く頷き、自らの部隊の成長を心の底から実感していた。
「おっ、隊長! 次元蜘蛛の跡地から、宝箱が出ましたよ!」
「開けろ。罠の解除は慎重にな」
カチャッ……。
リオンが宝箱を開けると、そこには、宇宙の星雲のように深みのある黒色をした『十三足のブーツ』が並んで入っていた。
サイラスが鑑定の魔道具をかざす。
「……これは! 【神話級アーティファクト:次元歩行の靴】!!」
「次元歩行の靴……! 確かトウヤ殿たちが、どんな悪路や空中でも足場を作って歩けると言っていたあの伝説のアイテムですか!?」
「そうだ! そしてこれは部隊用に調整された影のモデル! ……迷宮の意志が、我々の配達の努力を認め、これを与えてくれたに違いない!」
(※実際はただのレアドロップだが、彼らの脳内では完全に『配達業の表彰』として処理されていた)
「これを装備すれば、断層だろうが、第49階層の浮遊島だろうが、完全に虚空を踏破して荷物を届けることができる!!」
「「「うおおおおおおおッッ!!!! これで配達ルートが無限に広がったぞォォォッ!!」」」
彼らは狂喜乱舞し、即座に真新しい『次元歩行の靴』を装備した。
「よし! 全員装備したな! 我々の道はもはや大地に縛られない! 目指すは第49階層、キャンパーたちの待つ浮遊島だ!!」
「「「了解ッ!! 最速でお届けに上がります!!」」」
ダンッ!!
十三名の配達員たちは、次元歩行の靴を起動させ、底なしの暗黒の断層(虚空)を見えない階段を駆け上がるようにして、圧倒的な速度で空へと飛び出していった。
***
【数十分後・第49階層 浮遊島】
「おーい、トウヤ殿ォォォッ!! ご注文の品、お届けに上がりましたァァァッ!!」
天空の暴風魔境。雷が降り注ぐ中、虚空を走って(!)直接配達にやってきたサイラスたちの姿を見て、トウヤたちは目を丸くした。
「お前ら!? 空飛んで……いや、その靴! 俺たちと同じ『次元歩行の靴』を手に入れたのか!?」
「ハッ! 配達途中で次元の魔物をサクッと討伐し、ドロップいたしました! これで空の階層だろうがなんだろうが、どこへでも出前が可能です!!」
サイラスが、ビシッと敬礼しながらバルサミコ酢と海鮮セットを差し出す。
「す、すげえ……。お前ら、配達のためにどんだけ強くなってんだよ……」
トウヤは呆れを通り越して感心しながら、荷物を受け取った。
「マジで助かるぜ! よし、ちょうど『天空大トロのレアステーキ 〜バルサミコソース仕立て〜』を作ろうと思ってたんだ! お前らも靴のドロップ祝いだ、腹いっぱい食っていけ!!」
「「「いただきますッッ!!!」」」
神話級の魔物を「ただの道草」感覚で狩り飛ばし、世界最強の能力(空中歩行)すらも「配達のショートカット」としてしか認識しなくなった、深淵のウー〇ー配達員たち。
彼らの異常なまでの成長と覚悟は、キャンパーたちの底なしの食欲と完全に同調し、迷宮の歴史に「絶対に荷物を届ける無敵の物流網」として、確固たる伝説を刻み込んでいくのであった。




