第93話:神速のハズレ階層突破と、黄金の小麦平原での酪農合宿
### 第93話:神速のハズレ階層突破と、黄金の小麦平原での酪農合宿
『悠久の大迷宮』第43階層――『太古の巨樹海とジュラシック・プラトー(恐竜台地)』。
サイラス率いる『影歩く者』たちによる公認の直接配達(ウー〇ー方式)によって、オロス連盟から献上された最高峰の香辛料セットを手に入れた『悠久の踏破者』の八人(六人と三匹)。
彼らはその極上スパイスを駆使し、数日間にわたって巨大恐竜のステーキ肉や香草霜降り肉を狩り尽くし、食い尽くし、心身ともに完全にパーフェクトな状態へと仕上がっていた。
「いやー、食った食った! 香辛料があると、いくらでも肉が腹に入っちまうな!」
トウヤが、パンパンに膨れ上がったアイテムボックスを叩きながら満足げに笑う。
「ええ! 本当に最高の合宿でしたわ。……でも、さすがに数日間お肉ばかりでしたから、そろそろフワフワのパンや、とろけるチーズなんかも恋しくなってきましたの」
エリスが、少しだけ乙女らしい(?)要望を口にする。
「ガッハッハ! そうだな。極上のワインにも合うような、美味いチーズが欲しいところだぜ!」
ガレスも同調する。彼らの底なしの欲望は、肉を満たせば今度は別のジャンルの食事を求め始めるのだ。
「よし、それじゃあ次の階層に期待しようぜ!」
トウヤは『天啓の美食羅針盤』を取り出し、第44階層への重厚な扉の前で盤面を確認した。
……チカッ、チカッ。
羅針盤の盤面には、次の階段を示す『青い矢印』だけが真っ直ぐに灯り、食材を示す黄金の光は一ミリも存在しなかった。
「…………はい、解散。第44階層、食材ゼロのハズレ階層確定だ」
トウヤが羅針盤をしまいながら、無慈悲な宣告を下す。
「チッ、またかよ。せっかくチーズやパンへのモチベーションが高まってたってのに」
ジンが短剣を抜き放ち、忌々しそうに舌打ちした。
「……文句を言っても始まりません。さっさとゴミ掃除を終わらせて、次の階層へ向かいましょう」
ルミナが『星天の魔杖』を構え、一切の感情を排した絶対零度の瞳で扉を見据える。
彼らの中に「未知の階層を探索するワクワク感」など存在しない。
食べられない魔物など、ただの『進路妨害オブジェクト』でしかないのだ。
「よし! 作戦は前回と同じ『神速の直線ルート開拓』だ! 邪魔するものは壁だろうが魔物だろうが全部ぶち抜け!!」
「「「了解(消え失せろ)ッッ!!!!」」」
ギギギギギギ……ッ!!
第44階層――『無限の鏡迷宮と幻影の凶刃』。
扉の先に広がっていたのは、四方八方を乱反射する魔法の鏡で囲まれた、方向感覚を完全に狂わせる極悪な大迷路。そして鏡の中から無限に湧き出す『ミラージュ・アサシン(幻影の暗殺者)』たちであった。
「幻影? 鏡? 全部叩き割れば真っ直ぐ進めますわ!! 【渾身撃・オーバードライブ・城壁砕き】!!」
パァァァァァァンッッ!!!
迷宮のギミックもクソもない。
エリスの重剣が、魔法の鏡の壁ごと幻影の暗殺者たちを物理的に粉砕し、ガレスの【魔力城塞・超高熱爆炎】が残ったガラス片をドロドロに溶かして強引な一本道を作り出す。
ジンが『次元歩行の靴』で空中から先行して青い矢印の方向を指し示し、マリアの【ホーリー・レイ】が少しでも動く影を片っ端から浄化していく。
大迷宮の設計者が数年がかりで作ったであろう緻密な鏡のギミックは、キャンパーたちの「早く次の階層で飯が食いたい」という理不尽な欲求の前に、わずか『10分』で完全崩壊した。
「隠れボス(巨大な鏡の悪魔)だ! ルミナ、マリア、やっちまえ!」
「「【ホーリー・アブソリュート・バースト】!!」」
ズドォォォォォォンッ!!
出会って一秒の極大魔法による出落ち。宝箱の回収すらも流れ作業で済ませ、彼らは文字通り『暴風』のように第44階層を駆け抜け、いよいよ第45階層の扉の前に到達した。
「よし! 最速記録更新だ! 羅針盤、次頼むぞ!!」
トウヤが祈るように羅針盤を起動すると――。
ピカァァァァァァァァァァッッ!!!!
盤面全体が、目を開けていられないほどの圧倒的な『黄金色の光』で埋め尽くされた。
「おおおおおッ!!」
「大・大・大当たりの反応だぞお前ら!! しかも、恐竜台地に匹敵するくらい広大だ!!」
トウヤが歓喜の声を上げ、勢いよく大扉を蹴り開けた。
――そこに広がっていたのは、黄金色に輝く、あまりにも牧歌的で豊かな光景であった。
第45階層――『黄金の豊穣平原と聖なる牧場』。
見渡す限り、太陽の光を浴びてキラキラと輝く「黄金の小麦」の穂が風に揺れ、広大な平原のあちこちには清らかな小川が流れている。
そして、その平原でのんびりと草(小麦)を食んでいるのは……巨大な乳牛『ホーリー・ミルク・カウ(聖なる豊穣牛)』の群れであった。
足元には、トリュフのような芳醇な香りを漂わせる丸々とした豚『マッシュルーム・ポーク(芳醇豚)』が、地面を掘り返して遊んでいる。
「…………」
エリスの瞳から、ポロポロと感動の涙がこぼれ落ちた。
トウヤの【神眼の指揮】が、その成分を解析し、絶叫する。
「当たりだお前らァァァッ!! あの小麦! 迷宮の魔力を吸って育った『ミレニアム・オーツ』だ! 挽けば、水だけで信じられないくらいモチモチで甘みのある極上パンが焼けるぞ!!」
「「「極上パンッ!!」」」
「そしてあの乳牛! 体内が完全に無菌の結界で守られてやがる! あの牛から搾れるミルクは、そのまま飲めば究極の濃厚特濃ミルク! 拠点の発酵蔵に入れれば、世界中の貴族が発狂するほどの『神話級のチーズとバター』が無限に作れるぞォォォッ!!」
「「「神話級の、チーズとバター!!!」」」
「ヒャッハー!! パンとチーズだ! ピザが焼けるぞォォォッ!!」
ジンが短剣を放り投げ、歓喜のダンスを踊り始める。
「ガッハッハ! 芳醇豚の肉と極上チーズがあれば、赤ワインがいくらあっても足りねえぜ!!」
恐竜の肉合宿を終え、炭水化物と乳製品を渇望していた彼らにとって、これ以上ない完璧な「食のピース」が揃った瞬間であった。
「よしお前ら!! この階層も広大だ! 恐竜台地に続き、今日からは『黄金の酪農&パン作り合宿』だ!! 牛は絶対に殺すな、ミルクだけを丁寧に搾り取れ! 小麦は俺の空間魔法で根こそぎ収穫する! 芳醇豚は極上の生ハムとベーコンにするぞ!!」
「「「了解ッッ!!!!」」」
美食家たちによる、平和で(牛や豚にとっては理不尽な)、終わりの見えない極上食材の収穫祭が、再び幕を開けたのであった。
***
【閑話:アルカディア王城・バルコニー】
その頃、地上のアルカディア王城。
ヴィルヘルム国王と、帝国のガルド宰相は、ティーテーブルを挟んで、これまでにないほど穏やかな顔で極上の紅茶を啜っていた。
彼らの視線の先には、王都の奥にそびえ立つ『悠久の大迷宮』がある。
いつもであれば「今日は何回、光の柱(帝都を滅ぼす極大魔法)が撃ち込まれるのか」と胃を痛めていた彼らだが、今日の顔には安堵の笑みが浮かんでいた。
「……ガルド宰相。サイラスからの定期報告によれば、オロス連盟からの『香辛料セット』は、トウヤ殿たちに大層喜ばれたそうだな」
ヴィルヘルムが、嬉しそうに目を細める。
「ええ。サイラスの部隊が『ウー〇ー方式』として直接配達の任に就いたことで、彼らのスローライフに水を差すことなく、地上の貢物を届ける完璧なパイプが完成いたしました」
ガルドも、深く頷いて紅茶の香りを嗅ぐ。
「先日も、彼らが『第44階層をわずか10分で粉砕して突破した』という報告を受けた時は肝を冷やしましたが……今は第45階層の平原で、のんびりと牛の乳搾りをしたり、パンを焼いたりして、平和な合宿を楽しんでおられるとのこと」
「ふはははっ! 実に良いことだ! 彼らが迷宮で平和に美味しいパンとチーズを楽しんでいる限り、この世界は安全なのだからな!!」
ヴィルヘルムが高らかに笑う。
「オロス連盟の献上した香辛料が大成功を収めたことで、現在、世界中の国々が『我らも英雄の食卓に貢献したい!』と、血眼になって極上の珍味や調味料を探し回っております。……中には、伝説の『七色大豆』を栽培し始めた国や、幻の『千年果実』の探索部隊を編成した国まであるとか」
「素晴らしい! それでこそ我が『絶対同盟』の真の価値よ! 争う暇があるなら、トウヤ殿たちのために美味い飯を作れ! これこそが、真の世界平和の形なのだ!」
大陸を二分する首脳陣たちは、心の底からの平和と安堵に包まれていた。
彼らの頭の中にある「英雄像」は、相変わらず『迷宮の底で過酷な死闘を繰り広げながらも、ささやかなスローライフを楽しんでいる若者たち』という盛大な勘違いのままであるが。
その勘違いが、地上の国々から「軍拡競争」を完全に消し去り、「極上食材の開発競争(飯テロ支援)」へと世界の舵を大きく切らせたことは、紛れもない事実であった。
「……これからも、全力で彼らの『食卓』を支援しようではないか、ガルド宰相」
「ええ、ヴィルヘルム王。彼らの胃袋が満たされている限り、我々の絶対同盟は盤石です」
迷宮の底でバケモノたちが大はしゃぎでピザを焼いている間に、地上の世界は完全に『彼らの食欲を満たすための巨大な農業・流通ネットワーク』へと変貌を遂げようとしていた。
英雄たちの胃袋の底なしの容量に、世界中が平伏する日々は、まだまだ始まったばかりである。




