第90話:【閑話】デリバリーされた絶望巨獣と、監視者サイラスの呆れ
### 第90話:【閑話】デリバリーされた絶望巨獣と、監視者サイラスの呆れ
『悠久の大迷宮』第42階層――『風化する砂岩の迷宮と亡霊騎士』。
トウヤたち『悠久の踏破者』が、羅針盤の導きにより「食材ゼロ」と判断してわずか15分で通過し、第43階層の恐竜台地へと向かった、まさにその直後のことであった。
このハズレ階層の砂岩の壁を、文字通り粉々に粉砕しながら進む「巨大な質量」があった。
「グォォォォォォォ……ッ」
荒い息を吐きながら砂漠を這い進むのは、体長八十メートルにも及ぶ神話の破壊獣――軍事帝国ザガンが裏ルート(地下水脈)から放った超特大の生体兵器『ギガント・ベヒーモス(超・絶望巨獣)』であった。
本来ならば無敵の破壊力を持つこの巨獣だが、その体は現在、信じられないほどボロボロであった。
無理やり迷宮の裏ルートを通らされたせいで、これまでの深層の過酷な環境(超重力、猛毒ヘドロ、極度の乾燥など)をもろに受け、全身の毛皮は焼け焦げ、無数の裂傷から血を流し、今にも倒れそうな瀕死の状態だったのだ。
そして、その後方。
ベヒーモスが開拓した道(瓦礫の山)を追従するように進んできたのは、軍事帝国ザガンが誇る決死の精鋭部隊、数千名であった。
「ハァ、ハァ……っ。さすがは深層、ただ歩くだけで地獄だ……!」
部隊を率いる隻眼の将軍が、砂埃を払いながら悪態をついた。
「だが、ギガント・ベヒーモスさえいれば、あの大魔法(光の柱)を撃つアルカディアの秘密部隊とやらも一捻りだ! 奴らを蹂躙し、古代兵器を奪い取れば我が国の勝利だ!!」
ザガン帝国の部隊が、野心を燃やしながらベヒーモスの背中を追っていた、その時。
第43階層への階段の手前で、ベヒーモスの足がピタリと止まった。
その巨体の前に、八つ(六人と三匹)の小さな影が立ち塞がっていたのである。
それは、第43階層の恐竜台地で合宿を始めたものの、「ちょっと調味料を取りに上の階層(拠点)へ戻ろう」と、一時的に第42階層へ逆走してきていたトウヤたちであった。
「……ん? トウヤの兄貴、なんだあのクソデカいバケモノは?」
ジンが、目の前に現れた山のようなベヒーモスを見て首を傾げた。
「第42階層はアンデッドしかいないハズレ階層じゃなかったのか?」
トウヤが【神眼の指揮】を発動し、目を見開いた。
「おい、お前らァァァッ!! なんでこんな階層にいるのかは全く分からんが……アレ、純度100%の『超極上の特大霜降り肉』だぞォォォッ!!」
「「「特大霜降り肉ッ!!?」」」
「だが、マズいぞ! あの肉、迷宮の罠か何かで全身傷だらけだ! 泥や砂が傷口に入り込んで、せっかくの極上肉の『鮮度』が最悪な状態まで落ちてやがる!!」
美食家たちにとって、「極上肉の鮮度低下」は万死に値する緊急事態であった。
「お肉に罪はありませんわ! マリア! 早くあの牛さん(?)を治してあげてくださいな!!」
エリスが悲痛な叫びを上げる。
「はいっ! 泥も汚れも傷も、全て綺麗にします! 【大いなる慈愛の光】&【ホーリー・クレンジング】!!」
マリアのペンダントから放たれた極大の聖なる光と浄化の魔法が、瀕死のギガント・ベヒーモスを優しく包み込んだ。
「グォォ……?」
次の瞬間、ベヒーモスの全身の傷が完全に塞がり、焼け焦げた毛皮は艶やかな輝きを取り戻し、失われていた体力と魔力が限界突破するほどに全快した。
「よぉーし!! 鮮度と肉質、完璧な状態に戻ったぞ!!」
トウヤが包丁を構えてガッツポーズをする。
「「「いただきますッッ!!!!」」」
「一滴の旨味も逃がすな! 一瞬で凍らせろ!!」
「「了解です!! 完璧な密閉冷凍庫となりなさいッ!!」」
カッ――――!!!!
全快して元気いっぱいに咆哮を上げようとしたギガント・ベヒーモスは、その声を発する間もなく、ルミナとマリアの融合魔法によって『特大の霜降り冷凍ブロック肉』へと変貌した。
ズドォォォォォォォォォンッッ!!!
本日もまた、見慣れた純白の光の柱が天を貫いて打ち上がった。
「ガッハッハ! まさかハズレ階層で『お肉のデリバリー(出前)』が来るとはな! 迷宮の神様に感謝だぜ!」
トウヤたちはホクホク顔で巨大な肉を空間収納し、「さあ、早く恐竜台地に戻って合宿の続きだ!」と、何事もなかったかのように第43階層へと戻っていった。
***
「…………は?」
その常軌を逸した一部始終を、数百メートル後方で目撃していた軍事帝国ザガンの隻眼の将軍と数千の精鋭部隊は、全員が口を開けたまま石化していた。
彼らの最強の切り札であり、絶望の象徴であったギガント・ベヒーモス。
それが……突然現れた数名の人間によって、あろうことか『優しく全回復させられた』直後、一瞬で『氷漬けの肉塊』にされ、光の柱と共に回収されてしまったのだ。
「へ、兵器が……我らの最強の兵器が……回復魔法をかけられて、冷凍庫に、しまわれた……?」
将軍の隻眼が、恐怖と混乱で限界まで見開かれる。
兵器同士の壮絶な激突ですらない。相手は、ベヒーモスをただの『鮮度の落ちた痛んだ食材』として扱い、美味しく食べるために回復させ、そして瞬殺したのだ。
「ば、バケモノだ……! 古代兵器などではない、あいつらは、あの光の柱は……神の領域の悪魔だァァァッ!!」
将軍の心が、完全に、そして物理的に音を立てて砕け散った。
「て、撤退!! 全軍撤退ィィィッ!! あんな連中に勝てるわけがない! 早く陛下に、狂王陛下にこの絶望を知らせるのだァァァッ!!」
パニックに陥ったザガン帝国の数千の軍隊は、武器を放り出し、我先にと迷宮の裏ルート(地下水脈)へ向かって逃げ出した。
しかし、彼らの帰路は、ベヒーモスがいない状態での地獄の深層の逆走である。無数の魔物と罠に飲み込まれ、数千いた軍隊は次々と数を減らし……最終的に命からがら国へ逃げ帰ることができたのは、隻眼の将軍を含む「わずか数名」だけであった。
***
そして。
このカオス極まりない一部始終を、さらに遥か後方の岩陰から、完全に気配を消して見つめている『一つの影』があった。
「…………」
神聖魔導帝国エルドリアの特級隠密部隊隊長、サイラスである。
彼は絶対同盟の締結後、ガルド宰相の命を受け、「キャンパーたちの食事を邪魔する不届き者が現れないか」を監視するため、遥か後方からトウヤたちを護衛していたのである。
「(……本当に、彼らは常識というものを持ち合わせていないな)」
サイラスは、呆れ果てて額を押さえた。
「(軍事帝国の最強の破壊獣が、わざわざ『食材の出前』としてキャンパーの胃袋に収まっただけではないか……)」
しかし、サイラスの優秀な頭脳は、その滑稽な出来事の裏にある『重大な脅威』を正確に見抜いていた。
「(キャンパーたちが無事だったのは良い。だが……あのザガンの軍隊、一体どこからこの第42階層へ入り込んだ? 確実に、我々の知らない『迷宮の裏口』が存在しているはずだ。そして……あの大馬鹿国家は、あろうことか、あのキャンパーたちの『神聖な食材の産地(大迷宮)』に、数千人規模の泥靴で踏み入ったのだ)」
サイラスの背筋に、氷のような冷たい怒りと恐怖が走った。
「(もし、ザガンの連中が迷宮の環境を荒らし、キャンパーたちの機嫌を損ねていたら……帝都もろとも、我々まで冷凍ビームの巻き添えを食うところだったのだぞ……!!)」
サイラスは、直ちに帝国の極秘通信用アーティファクトを取り出した。
通信の先は、現在アルカディア王城に駐在しているガルド宰相と、ヴィルヘルム国王である。
『――こちらサイラス。緊急の報告があります』
『どうしたサイラス! まさか、キャンパー殿たちのお食事に何か問題が起きたのか!?』
通信越しに、ヴィルヘルム国王の血相を変えた声が響く。
『いえ、彼らは現在、恐竜台地でご機嫌にステーキ合宿中です。しかし……軍事帝国ザガンの軍隊が、大迷宮の未確認の【裏口】から侵入し、彼らの階層を荒らそうとしました』
『な、なんだとォォォッ!!?』
ガルド宰相のペンが折れる音と、ヴィルヘルム国王が机を叩き割る音が、通信越しにハッキリと聞こえた。
『あの戦闘狂の馬鹿どもめ……! 我々の絶対同盟の布告を聞いておきながら、あろうことか【英雄たちの神聖なる食卓】に土足で踏み込んだというのか!!』
『万死! 万死に値するぞ!! もしトウヤ殿たちが「最近迷宮が騒がしくて飯が不味い」などと言い出したらどう責任を取るつもりだザガン帝国は!!』
両国の首脳陣は、もはや国家の危機ではなく「レストランのVIP客の食事を邪魔した迷惑客」に対するような、常軌を逸した激怒の炎を燃やしていた。
『サイラス! すぐにその裏口の場所を特定しろ! アルカディアとエルドリアの全戦力をもって、その裏口を完全封鎖する!』
『そしてガルド宰相! ザガン帝国の狂王に、我ら絶対同盟の【真の恐怖】を叩き込んでやる! 軍備を整えよ!!』
『御意!!』
キャンパーたちの知らぬところで、世界最強の二大国家の怒りが頂点に達した。
次回。食事の邪魔(未遂)をした軍事帝国ザガンに対し、絶対同盟による「物理的かつ徹底的な国力粉砕」の幕が、情け容赦なく切って落とされるのである。




