第88話:【閑話】世界を揺るがす絶対同盟と、各国の思惑(大いなる勘違いの波及)
###第88話:【閑話】世界を揺るがす絶対同盟と、各国の思惑(大いなる勘違いの波及)
アルカディア王国と、神聖魔導帝国エルドリア。
大陸を二分する超大国同士が、一切の裏表なく手を結んだ『絶対同盟』の布告は、大規模な魔法通信網に乗って、瞬く間に世界中の大小様々な国家へと波及した。
『――我々両国は、迷宮の底で生きる【若き英雄たち】の平和(と食事の時間)を脅かす者を、全戦力をもって物理的に消し去る!!』
ヴィルヘルム国王とガルド宰相の、狂気すら孕んだその宣言。
さらに、裏社会を一夜にして壊滅させたアルカディアの『大粛清』と、反乱を企てた軍部とハイエルフをわずか五分で鎮圧した両国連合軍の『圧倒的武力』の事実は、世界中を極大のパニックと熱狂の渦に巻き込んでいた。
これは、迷宮の底で極上食材のBBQを楽しんでいるだけのキャンパーたちが、図らずも「世界の中心」へと祭り上げられてしまった直後の、各国の首脳陣たちの『壮大なる勘違いと決断』の記録である。
***
【海洋通商連盟国家・オロス】
大陸最大の港湾都市群を束ねるオロス連盟。莫大な富を持つが、軍事力では二大国に劣るこの国の元老院では、喧々諤々の議論が交わされていた。
「聞いたか! あのアルカディアとエルドリアが、長年の冷戦を終わらせて完全な同盟を結んだぞ!」
「原因は、あの大迷宮から放たれる『純白の光の柱』……! あの極大魔法を日に二度も撃ち放つバケモノ部隊が、両国を平伏させたというのだ!」
豪商たちで構成された元老院の議長、ゴールドマンが、脂汗を拭いながら立ち上がった。
「諸君。あの光の柱の魔力波は、我が国の魔導計器でも観測されている。対象を一瞬にして絶対零度に封じ込めるという、神話級の殲滅魔法だ……。もしあんなものが我が国の港に撃ち込まれれば、オロスの富は一瞬にして海の藻屑、いや、氷の彫刻と化す!」
議事堂にゴクリと息を呑む音が響く。
「議長! 我々はどうすべきか!?」
「決まっている! あの『絶対同盟』に、我が国も直ちに参加申請を出すのだ!」
ゴールドマン議長は、机をバンッと叩いて宣言した。
「二大国は布告で言っていた。『英雄たちのスローライフを脅かす者は消し去る』と! つまり、英雄たちに尽くす者であれば、手厚く保護されるということだ! 直ちにアルカディアへ特使を派遣せよ!」
「特使には何を持たせますか!? 莫大な黄金ですか!?」
「バカモノ! 金など二大国は腐るほど持っている! 英雄たちは『迷宮でスローライフ』を送っているのだろう? ならば、彼らの生活を豊かにするための**【我が国が誇る最高級の香辛料、幻の珍味、そして世界最高の料理人】**を貢物として献上するのだ! 英雄たちの『胃袋』を掴むことこそが、我が国の生存戦略である!!」
(※この決断は完全に大正解であり、後日、トウヤたちの拠点に「地上の極上スパイスセット」が届けられ、キャンパーたちを大歓喜させることになる)
***
【竜人族の秘境・ドラゴニア峰国】
一方で、世界の動乱から距離を置き、静観を決める国もあった。
大陸で最も古い歴史と強靭な肉体を持つ竜人たちが住む、峻烈なる霊峰地帯。
その頂に座す竜帝バハムトは、空の彼方(アルカディアの方向)を見つめながら、重々しく腕を組んでいた。
「……凄まじい魔力だ。ここ数ヶ月、あの迷宮から放たれる光の柱の出力は、日を追うごとに増している」
「竜帝陛下。我々もあの同盟に加わり、アルカディアへ恭順の意を示すべきでしょうか?」
側近の竜人騎士が、片膝をついて尋ねる。
バハムトは、鋭い竜の瞳を細めて首を横に振った。
「否。我ら誇り高き竜人は、人間の政治ゲームには干渉せん。……それに、余はあの光の柱の『真の性質』に気づいている」
「真の性質、と申しますと?」
「あの魔法は、対象を破壊するためのものではない。対象の生命活動と時間を完全に停止させ、純度100%の状態で【保存】するための魔法だ」
竜帝の言葉に、側近が息を呑む。
「何故、そのような魔法を日に何度も撃つ必要があるのでしょうか?」
「……分からん。だが、あの魔法の精密さは、破壊を好む殺戮者のものではない。何か『途方もなく巨大で、大切なもの』を、未来へ残そうとする者の意志を感じる」
竜帝バハムトは、迷宮の底にいる未知の英雄たちに対し、ある種の敬意すら抱き始めていた。
「我らは中立を維持する。そして、あの光の柱を放つ者たちが『真に何を守ろうとしているのか』を、この霊峰から見守り続けよう。……万が一、彼らが世界を救うために戦っているのであれば、我ら竜人族も、彼らにこの『極上の竜肉(自身の力)』を貸し与える時が来るかもしれんな」
(※竜帝は真面目に考察しているが、「保存」しているのはただの夕飯の食材である。そしてフラグとして、将来的にトウヤたちが「最高級のドラゴンステーキ肉」を求めてこの霊峰を訪れる最悪(最高)の伏線が、ここに成立してしまった)
***
【軍事帝国ザガン】
そして、世界が絶対同盟の恐怖と熱狂に包まれる中。
その威容を「ハッタリ」だと見做し、傲慢にも自らの力で迷宮を奪い取ろうと企む『怪しむ国』も存在した。
大陸の北部に位置する、弱肉強食を是とする戦闘狂の国――軍事帝国ザガン。
玉座の間にて、巨大な戦斧を背負った狂王ザガンが、アルカディアの布告が記された羊皮紙をビリビリと引き裂いていた。
「くだらん!! アルカディアもエルドリアも、平和ボケしてついに狂ったか!!」
狂王の怒号が、城を揺るがす。
「『迷宮の底の若き英雄』だと? 笑わせるな! 大迷宮の深層は、神話の魔物がうごめく絶対の死地だ! 人間ごときが生き延びられる場所ではない!」
「その通りです、陛下! おそらくあの光の柱は、アルカディアが偶然発見した『古代文明の固定砲台アーティファクト』の類でしょう! 両国はそれを隠すために、架空の英雄などというおとぎ話をでっち上げたに違いありません!」
隻眼の将軍が、邪悪な笑みを浮かべて同調する。
「ああ、そうだ。両国はあの強力な古代兵器を恐れ、互いに手を出せなくなって『同盟』という名の停戦協定を結んだだけのこと!」
狂王ザガンは、ギラギラとした目を迷宮の方向へ向けた。
「ならば! 我らザガン帝国が、あの『古代兵器』を奪い取ってくれるわ!!」
狂王は立ち上がり、玉座の奥に封印されている巨大な鉄の扉を指差した。
「我が国が太古より使役してきた、神話の破壊獣……『ギガント・ベヒーモス(超・絶望巨獣)』を目覚めさせよ!! 奴を大迷宮の『裏ルート(地下水脈)』から深層へと放ち、古代兵器を管理しているであろうアルカディアの小賢しい部隊ごと、全てを蹂躙して奪い尽くしてやる!!」
「オオオォォォッ!! さすがは狂王陛下!!」
武力こそが全てと信じる軍事国家による、最も愚かで、最も致命的な決断。
彼らは「光の柱」の正体を古代兵器だと勘違いし、あろうことかトウヤたちが滞在する迷宮の深層へと、自国が誇る『超特大のバケモノ』を放つ準備を始めてしまったのである。
***
【そして、同時刻。『悠久の大迷宮』第41階層】
世界中の国々が、同盟への参加、静観、そして陰謀と、それぞれに壮大な思惑を巡らせている頃。
当の『若き英雄』たちは――。
「トウヤの兄貴ー! 昨日のハニーロースト・ターキーで残った極上蜂蜜、全部ホットケーキにかけていいか!?」
「ああ! どうせ拠点に【無限の果樹・神蜜工房】を設置したから、極上蜂蜜は一生使い放題だ! 好きなだけかけろ!!」
「ヒャッハー!! 蜂蜜の海だァァァッ!!」
「ジン! ずるいですわ! 私の分も残しておいてくださいな!!」
神聖な拠点『星の箱庭』のリビングでは、朝から甘ったるい匂いと、大はしゃぎするバケモノキャンパーたちの笑い声が響き渡っていた。
「いやー、しかし羅針盤のおかげで、次の階層も絶対に当たりって分かってるから気が楽だな!」
トウヤが、山盛りのホットケーキに蜂蜜をナイアガラの滝のようにかけながら言う。
地上の国々が、自分たちに極上のスパイスを献上しようとしていることも。
竜人族が、将来的に極上のドラゴン肉を提供してくれそうなフラグを立てたことも。
そして、馬鹿な軍事国家が、わざわざ『極上の超巨大・霜降り巨獣肉』を自分たちの元へデリバリーしようとしていることなど。
彼らは一ミリも、細胞の欠片ほども知る由はなかった。
「よしお前ら! 腹いっぱい食ったら、今日の狩りに出発するぞ! まだ見ぬ究極の飯のために!!」
「「「おおおおおッッ!!!!」」」
地上の壮大すぎる思惑と、地下の底抜けに能天気なスローライフ。
世界を巻き込んだ「極大のすれ違い(飯テロ)」は、多くの伏線を孕みながら、さらにカオスで美味しい領域へと突き進んでいくのであった。




