第85話:【閑話】両国の絶対同盟と、愚者たちの終わりの始まり
### 第85話:【閑話】両国の絶対同盟と、愚者たちの終わりの始まり
アルカディア王国の王城、その最も豪奢な『太陽の間』にて。
歴史的な大祝賀会が、極めて和やかに、かつ異様なほどの「固い結束」のもとで執り行われていた。
「この度の同盟、そして我が帝国の皇太子レオンハルトと、貴国の第一王女セシリア殿下の婚約……。快くお受けいただき、皇帝陛下も大変喜んでおられますぞ、ヴィルヘルム王」
「おお、エララ公爵、ガルド宰相! こちらこそ、これほどに友好的な関係を築けるとは夢にも思わなんだ! レオンハルト殿下は実に素晴らしい青年だ、娘もすっかり惹かれているようでな!」
神聖魔導帝国エルドリアの穏健派筆頭・外務卿エララ公爵と、中立派にして帝国最高の頭脳である宰相ガルド。そしてアルカディア国王ヴィルヘルムと宰相オズワルド。
彼らは極上のワイングラスを傾け合いながら、満面の笑みで語り合っていた。
大広間の中央では、見目麗しい皇太子レオンハルトと王女セシリアが手を取り合い、仲睦まじくダンスを踊っている。
誰の目から見ても、大陸を二分する大国同士が手を取り合った、平和と希望に満ちた歴史的瞬間であった。
――しかし。
彼ら首脳陣四人の「心の声(本音)」は、全く別の次元で完全に一致していたのである。
((((あの迷宮の底にいる『バケモノキャンパーたち』の食事の邪魔だけは、何があっても絶対に、両国総出で阻止しなければならない……!!))))
帝国のガルドとエララは、特級隠密部隊サイラスからの報告により「彼らはただのキャンパーだが、怒らせれば帝都を一撃で氷河期にする極大魔法を日に二度撃てる」という絶望的真実を知っていた。
一方の王国のヴィルヘルムとオズワルドは、「彼らはただの食いしん坊の若者たちだが、食事に執着するあまり、息をするように超特大冷凍ビームをぶっ放す異常者たちである」という事実を骨の髄まで理解していた。
「両国の武力と情報網を完全に統合し、いかなる小さな火種も『彼らの耳に入る前』に全力で揉み消す」。
これこそが、この歴史的同盟と政略結婚の『真の目的』であった。
***
だが、そんな首脳陣の必死の努力(おもてなしの心)を知る由もない愚者たちが、王都から遠く離れた国境付近の深い森の奥で、致命的な悪巧みを巡らせていた。
「……忌々しい。あの軟弱な文官どもめ、私から軍務卿の地位を奪い、地下牢に幽閉するなどと……!!」
薄暗い洞窟の中で、ギリッと歯ぎしりをしたのは、帝国の元・軍務卿ヴォルカンであった。
彼はエララとガルドによって国家反逆罪で投獄されていたが、彼を狂信的に支持する軍部の強硬派残党部隊(約五千名)による決死の奇襲作戦によって、数日前に秘密裏に脱獄を果たしていたのである。
そして現在、彼が身を寄せているのは、アルカディア王国領内にある『ハイエルフの隠れ里』であった。
「ヴォルカン殿とやら。貴殿の無念、我らにも痛いほど分かるぞ」
洞窟の奥から、長い杖をつき、憎悪に顔を歪めたハイエルフの長老アエルロスが姿を現した。
「我ら誇り高きハイエルフも、あのヴィルヘルムという小癪な人間の王によって、謂れのない屈辱を味わわされた。……あろうことか、あの【光の柱】の脅威を盾に、我らを土下座させ、監視下に置くなどと!」
彼らは数ヶ月前、ルミナの件で王国に難癖をつけようとした際、国王から「冷凍ビーム」の存在をチラつかされて漏らしながら降伏した長老たちである。
彼らのプライドはズタズタに引き裂かれており、王国に対する深い恨みを募らせていた。
「長老殿。我が手元には、帝国最高の練度を誇る強硬派の精鋭五千がいる。そして貴殿らには、王国軍の結界をすり抜ける『古代エルフの転移魔法』があるはずだ」
ヴォルカンの目に、狂気と野心が宿る。
「我らの精鋭と、ハイエルフの魔法部隊を完全に統合し、王都のど真ん中へ直接『奇襲転移』を仕掛ける! 目指すは王城の制圧、そして……あの【光の柱】を放つ大迷宮を我が軍の完全支配下に置くことだ!! 奴らの誇る『巨大生物兵器』ごと奪い取ってくれるわ!!」
「よかろう……! 我らの魔法で王都を火の海にし、あの傲慢なヴィルヘルムの首を刎ねてくれる! そして、迷宮の底にいるという生意気な魔法部隊も、我らエルフの真の力で屈服させてやろうぞ!!」
権力を失った元・軍務卿と、プライドを砕かれたハイエルフの長老。
共通の敵(アルカディア王国と光の柱)を持つ彼らの利害は完全に一致し、ここに最悪の『密約』が交わされた。
彼らは数日後の新月の夜に決起し、王都へ直接攻め入る手はずを整え始めた。
――しかし。
「(……本当に、どこまでも救いようのない馬鹿どもだな)」
彼らが密談を行っている洞窟の天井、その岩の隙間に完全に同化して張り付いていた『影』が一つ。
神聖魔導帝国の特級隠密部隊『影歩く者』の隊長、サイラスであった。
「(生物兵器? 真の力で屈服させる? ……フッ、笑わせる。お前らがこれから手を出そうとしているのは、お前らの何万倍も恐ろしい【究極の美食家たち】だ。もし王都に火を放って、彼らの食材の供給源や、心安らぐはずの帰る場所を荒らしてみろ……あの若者たちは、お前らを肉片すら残さず極上ソースの材料にしてしまうぞ)」
サイラスは、迷宮の底でご馳走になった『極上のイベリコ豚BBQ』の味と、彼らの底知れぬ実力を思い出し、呆れを通り越して憐れみすら覚えていた。
彼は懐から帝国の極秘通信用アーティファクトを取り出し、寸分の狂いもなく、現在王城にいるガルド宰相へ向けて「事の顛末」を全て送信した。
***
【アルカディア王城・秘密の会議室】
華やかな祝賀会の裏側。防音結界が幾重にも張られた秘密の部屋に、ヴィルヘルム、オズワルド、ガルド、エララの四人が深刻な顔で集まっていた。
「……という報告が、たった今、我が国のサイラスから入りました」
ガルド宰相が、通信アーティファクトの光を消しながら、重々しい(しかしどこか呆れ果てた)声で告げた。
「我が国の恥さらしであるヴォルカンと、貴国のハイエルフの長老どもが結託し、数日後に王都へ『奇襲転移』を仕掛けてくるとのことです」
「……」
ヴィルヘルム国王が、ワナワナと拳を震わせた。
「あの筋肉ダルマと、クソ長耳どもめ……ッ!!」
国王が、バンッ! とテーブルを叩き割らんばかりの勢いで立ち上がった。
「万が一、億が一!! 奴らが王都で暴れた騒ぎが、大迷宮の底にいるトウヤ殿たちの耳に入ったらどうするつもりだ!!? せっかく今、彼らは『地上の憂い』を無くして楽しくスローライフを満喫しているというのに! もし『やっぱり地上にはまだ俺たちを狙う悪党がいた!』なんて思われて、彼らが怒って地上に出てきたらどう責任を取るのだァァァッ!!」
国家の危機に対する怒りではない。「キャンパーたちの機嫌を損ねるかもしれない」という、究極の接待係としてのガチギレであった。
「陛下のおっしゃる通りですわ!!」
エララ公爵も、扇をへし折る勢いで立ち上がる。
「もし彼らのBBQの邪魔をしたとなれば、我が帝国も同罪とみなされかねません! 奴ら、よりにもよって『迷宮を支配下にする』などとほざいているのでしょう!? そんなことをキャンパーたちの前で言ってみなさい、奴ら全員、特大のミンチ肉にされて即座に冷凍保存されますわ!!」
「ええ。そうなれば、彼らの怒りの矛先は間違いなく地上の我々にも向きます」
ガルド宰相が、冷や汗を拭いながら断言した。
「ヴィルヘルム王、オズワルド殿。……これは、我が帝国とアルカディア王国による『新同盟』の、最初の共同作戦といたしましょう。……キャンパーたちの耳に届く前に、あの愚者どもを『一匹残らず』、徹底的に、完全に、物理的にすり潰すのです」
「当然だ、ガルド宰相! 奴らに『奇襲転移』などという面倒なものをさせる隙は与えん! 奴らが集結している隠れ里ごと、両国の全戦力をもって完全包囲し、絶望のどん底に叩き落としてやる!!」
ヴィルヘルム国王の目に、かつての『大粛清』の時と同じ、絶対零度の殺意が宿った。
「オズワルド! アルカディアの近衛騎士団、および王室暗殺部隊を全機動せよ!」
「ハッ! すでに手配は済んでおります!」
「エララ公爵! ガルド宰相! 帝国の護衛として連れてきている『皇室親衛魔導大隊』も、全力で使わせてもらうぞ!」
「もちろんですわ! 我が帝国の最新鋭の殲滅魔法、とくとご覧に入れましょう!」
迷宮の底で美味しいご飯を食べている若者たちに、「少しの不快感」すら与えないために。
大陸の二大国家の首脳陣は、かつてないほどの完璧な連携と、過剰すぎるほどの圧倒的武力を結集させていた。
「数日後……ヴォルカンと長老どもに、この世の地獄を見せてやる。……彼らの安らかな食事の時間を守るためにな!!」
首脳陣の決意が一つになった瞬間。
反逆を企てる愚者たちの運命は、決起する前から完全に「詰み」を迎えていた。
次なる数日後、彼らがどれほどの絶望と理不尽なまでの蹂躙を味わうことになるのか……それは、両国の過保護すぎる首脳陣だけが知る、極上のエンターテインメント(掃討戦)の始まりであった。




