第79話:【閑話】神速の帰還と、帝都を支配する
### 第79話:【閑話】神速の帰還と、帝都を支配する『極大の恐怖』
『悠久の大迷宮』第31階層。
「美味すぎる……」「生きててよかった……」と涙を流しながら、トウヤの振る舞う極上BBQを限界まで胃袋に詰め込んだ神聖魔導帝国エルドリアの特級隠密部隊『影歩く者』の十三名。
彼らは、トウヤたちから「もう地上の憂いはない」「適当に報告書を書いて帰れ」という、あまりにも気の抜けた、しかし絶対的な真実を告げられていた。
「隊長……。俺たち、どうしますか?」
部下の一人が、膨れ上がったお腹をさすりながらサイラスに尋ねた。
「……決まっている」
サイラスは、完全に完治した身体を奮い立たせ、しかしその顔にはかつてないほどの『焦燥』を浮かべていた。
「今すぐ帝都へ帰還する!! 行き以上の、俺たちの出せる最高速度でだ!!」
「えっ? でも、対象はただのキャンパーで、帝国に攻め込む気なんて……」
「だからこそだッ!!」
サイラスが血相を変えて怒鳴った。
「あのバケモノキャンパーたちは、ただ肉を焼くためだけに、我が帝都を一撃で氷河期に変える極大魔法を日に二度もポンポンと撃ち放っている! そして、アルカディア王国は【彼らが地上に戻った時に嫌な思いをしないようにするためだけ】に、自国の反逆者や巨大組織を一夜で物理消去したのだぞ!?」
サイラスの言葉に、部下たちの顔がサァッと青ざめた。
「アルカディア王国にとって、あのキャンパーたちは『国を挙げて崇拝し、もてなすべき絶対不可侵の神』のような扱いなのだ! もし……もし軍務卿ヴォルカン将軍が暴走し、アルカディアに何らかの軍事工作を仕掛け、それが【彼らの食事の邪魔】になったとしたら……どうなるか分かるか!?」
「あ……」
「帝都が、あの光の柱で『巨大な冷凍庫』にされて終わる……!!」
「そうだ! だからこそ、一刻も早く帝都に戻り、軍務卿の口を物理的に縫い合わせてでも暴走を止めなければならない!!」
サイラスは叫ぶや否や、隠密部隊としての足音を消す魔法すら放棄し、全魔力を『神速の移動』のみに全振りして駆け出した。
「続け!! 帰りは魔物に見つかろうが構わん、全て振り切れ! 帝国の存亡は、我々がどれだけ早く帰還できるかにかかっている!!」
「「「は、はぁぁぁぁっっ!!」」」
下る時は数日かけて、死線を越えながら慎重に進んだ地獄の深層。
しかし彼らは今、極上肉で満たされた体力と、マリアの回復魔法で底上げされた魔力、そして何より『飯テロの邪魔をして国を滅ぼされてはたまらない』という極大の恐怖を原動力に、行きとは比べ物にならない猛烈なスピードで、地上へ向かって文字通り転がるように駆け上がっていった。
***
一方その頃。
アルカディア王都に残り、情報収集を命じられていた二名の隠密、リオンとノア。
彼らは王都の裏社会や、かつて暗殺ギルドがあった跡地、さらには貴族街の屋敷の執事たちにまで接触し、徹底的な裏付け調査を行っていた。
そして、彼らが辿り着いた『真実』は、酒場で聞いた噂話よりもさらに常軌を逸していた。
「……ノア。裏が取れた」
隠れ家に戻ってきたリオンが、ガタガタと震えながら報告書をまとめた。
「国王陛下による大粛清……それは、何年にもわたる権力闘争の末などではない。数ヶ月前、陛下が『とある若者たちが迷宮の底で命がけの死闘をしている』と(勝手に)思い込み、彼らが地上に戻ってきた時に『憂い』がないようにと……王国の正規騎士団、暗部、近衛兵を総動員し、文字通り【一晩】ですべての組織を壊滅させたそうだ」
「一晩で……だと……」
ノアも言葉を失う。
「対象となった悪徳貴族や暗殺ギルドの構成員は、一切の裁判すらなく、証拠を突きつけられた瞬間に物理的に首を撥ねられたらしい。……アルカディアの武力は、そして彼らを突き動かす『迷宮の若者たちへの過保護さ』は、完全に常軌を逸している」
リオンはすぐさま、帝都への緊急通信用アーティファクトを取り出した。
「隊長が戻るのを待っている暇はない! 今すぐ、エララ公爵とガルド宰相に緊急通信を繋ぐ!! 『アルカディア王国とその背後にある存在を、絶対に怒らせてはならない』と!!」
***
【神聖魔導帝国エルドリア・帝都宮殿】
「……という報告が、王都に潜入させたリオンから入った」
帝国の宮殿の奥深く。
穏健派の筆頭である外務卿エララ公爵と、中立派の宰相ガルドの二人は、密室でその報告書を読み合わせ、完全に言葉を失っていた。
「……ただのキャンパー、だと?」
ガルド宰相が、常に冷静なその顔に、冷や汗を浮かべて呟いた。
「ええ。サイラス隊長からも、先ほど『神速』で帰還途中の階層から念話が入りましたわ。……彼らは兵器など作っていない。ただ【巨大な魔物を狩り、超特大の冷凍魔法で保存し、BBQをしている】だけだと」
エララ公爵も、持っていた扇を落としそうになるのを必死に堪えていた。
「しかし、だからこそ恐ろしいのです、ガルド宰相。……アルカディア国王は、その『ただのキャンパー』たちが地上に帰ってきた際、快適に過ごせるようにするためだけに、自国の巨大組織を一夜にして血祭りに上げた……。つまり、あのキャンパーたちは、アルカディアにとっての『逆鱗そのもの』ですわ」
「ああ……」
ガルドが、胃の辺りを押さえて深く頷く。
「あの極大冷凍魔法(光の柱)を日に二度も撃ち放つバケモノたちを、国を挙げて接待しているアルカディア……。もし、我が国がちょっかいを出して、彼らの『食事の邪魔』をしたと知れれば……キャンパーたちだけでなく、アルカディアの全軍が狂信者のように我が帝国に襲いかかってくるぞ……」
絶対に、何があっても、アルカディア王国には手出しをしてはならない。
帝国最高の頭脳である二人が、その結論に完全に達した、まさにその時であった。
「公爵様!!」
エララ公爵直属の諜報部隊『影』の一人が、部屋の窓から音もなく滑り込んできた。
「緊急事態です!! 軍務卿ヴォルカン将軍が、秘密裏に『アルカディア騎士団の偽装鎧』を纏わせた非正規工作部隊を、国境に向けて進軍させています!! 標的は……アルカディア国境付近の『エルフの森』。集落を焼き討ちにし、エルフを暴発させて大戦を引き起こす腹積もりのようです!!」
「「な、なんだとォォォッ!!?」」
普段は取り乱すことのないエララ公爵とガルド宰相が、同時に素っ頓狂な絶叫を上げた。
「あ、あの筋肉ダルマ……ッ! このタイミングで、よりによってアルカディアの大事な領土(エルフの森)に火を放とうとしているだと!?」
ガルド宰相が机をバンッと叩く。
「もしエルフの森が燃やされれば、アルカディア王国が黙っていないのはもちろんのこと……。迷宮の底にいるあの『エルフの魔法使い(ルミナ)』や、美味しい食材を求めているキャンパーたちが、『俺たちの食材の森を燃やしたな』と激怒して、帝都に極大の冷凍ビームを撃ち込んでくるではありませんか!!」
エララ公爵が、恐怖に顔を引き攣らせて叫ぶ。
「一刻の猶予もない! ガルド宰相!!」
「分かっている! ヴォルカンの工作部隊が国境を越えれば、我が帝国は物理的に滅亡する!」
帝国を動かす文官と外交のトップ二人が、かつてないほどの『神速』で結託した。
「私の『影』を全機動させ、工作部隊の足止めを行いますわ!」
「私は皇帝陛下より『国家反逆罪』の緊急勅令をもぎ取ってくる! ヴォルカンの権限を全て凍結し、近衛師団を動かして工作部隊ごと奴を物理的に拘束するのだ!!」
彼らに迷いはなかった。
他国との戦争などよりも、あの『光の柱を撃つ規格外のバケモノたち(と過保護なアルカディア王)』の怒りを買うことの方が、何万倍も恐ろしかったからだ。
***
数時間後。
国境の闇夜に紛れ、アルカディアの騎士の鎧を着込んでエルフの森へ向かっていたヴォルカンの工作部隊は、国境を越える一歩手前で、エララ公爵の『影』たちと、ガルド宰相が派遣した近衛師団数千名に完全に包囲された。
「な、なぜだ!? なぜ我々の極秘作戦が……ッ!」
工作部隊の隊長が絶叫する中。
「国家反逆罪の現行犯により、貴様らを全員拘束する!!」
圧倒的な武力と魔法の前に、工作部隊は一矢報いることすらできず、文字通り一瞬にして制圧された。
そして時を同じくして、帝都の地下作戦室。
「な、何事だ貴様ら!! 私は軍務卿だぞ!!」
ヴォルカン将軍は、執務室に雪崩れ込んできた近衛兵たちによって床に組み伏せられていた。
そこへ、冷たい目をしたエララ公爵とガルド宰相が足を踏み入れる。
「エララ! ガルド! 貴様ら、これがどういう意味か分かっているのか!? 私は帝国の未来のために……!」
「黙れ、この無能が」
ガルド宰相が、冷酷な声で吐き捨てた。
「貴様のその浅はかな野心が、あと一歩で我が帝国を『永遠の氷河期』に変えるところだったのだ。……二度と日の当たる場所に出られると思うな」
「連行しなさい。……ああ、恐ろしい。本当に間一髪でしたわ……」
エララ公爵が、崩れ落ちるヴォルカンを見下ろしながら、心底安堵したように扇で胸を撫で下ろした。
かくして。
神聖魔導帝国エルドリアの主戦派による「エルフの森焼き討ち工作」は、アルカディア王国はおろか、トウヤたちがその事実を知る前に、帝国自身の内部勢力(彼らを激しく恐れる文官たち)の手によって、完璧に未然に防がれたのであった。
「……これで、帝国は完全な『穏健派』として意思統一されましたな」
「ええ。すぐにアルカディア王国へ、最上級の貢物を持たせて『絶対不可侵と友好の同盟使節団』を派遣しましょう。……あのバケモノキャンパーたちの『お食事の邪魔』だけは、絶対にしないようにと、使者には固く申し付けて……」
帝国の首脳陣が、アルカディア(と迷宮のキャンパーたち)に対する絶対の平伏を誓い合っていたその頃。
遥かアルカディアの王城では。
「……おい、オズワルド。帝国から、見たこともないほど下手に出た、豪華な貢物付きの同盟親書が届いたぞ。……『貴国の誇る英雄たちのお食事を、我々が邪魔することは決してありません』と書いてあるのだが……」
「……陛下。おそらく、彼らもあの冷凍ビームの【真の目的】に気づいて、完全に心が折れたのでしょうね」
「……」
「……」
盛大な勘違いと、圧倒的な飯テロの恐怖が世界を平和に導いた瞬間であった。
もちろん、迷宮の底で松茸とイベリコ豚の炭火焼きを腹いっぱい食べてスヤスヤと眠るトウヤたちは、そんな世界の裏側のドタバタ劇など、一ミリも知る由はなかった。




