第78話:大粛清の真相と、帝都で蠢く主戦派の火種
### 第78話:大粛清の真相と、帝都で蠢く主戦派の火種
『悠久の大迷宮』第31階層の青空の下。
アルカディア王国が誇る「極大の脅威」の正体を探るべく、死線を越えて潜入してきた神聖魔導帝国エルドリアの特級隠密部隊『影歩く者』たち。
現在、彼らの冷徹なるスパイとしてのプライドは、トウヤの焼く『イベリコ・ボアの炭火焼き』と『マツタケ・トレント』の暴力的な美味さによって完全にへし折られ、胃袋の中に溶けて消え去っていた。
「……美味い。こんなに美味い肉は、俺の人生で初めてだ……」
「隊長……俺、もう帝国に帰れなくてもいいです。ずっとこのお肉を食べていたいです……」
ボロボロの隠密装束を纏った十三名のエリートスパイたちは、涙と肉汁で顔をグシャグシャにしながら、紙皿の上の肉を貪っていた。
マリアの回復魔法で身体は完全に完治しているが、彼らの「緊張の糸」はもはや修復不可能なほどに切断されている。
「いやー、食いっぷりが良くて作りがいがあるぜ。ほら、ウナギの蒲焼きの残りもあるから食え」
トウヤが気前よく追加の皿を渡すと、スパイたちは「あ、ありがとうございます……!」と深々と頭を下げてそれを受け取った。もはや完全にただの『餌付けされた迷い犬』である。
腹が満たされ、極限の緊張が解けたことで、隊長サイラスはやっと冷静な思考を取り戻し始めた。
「……改めて、問わせてほしい」
サイラスは食後のハーブティーを両手で包み込みながら、トウヤたち八人(六人と三匹)の顔を見回した。
「君たちが、帝都を滅ぼすための兵器など作っていない、ただの冒険者……いや、キャンパーだということは、この肉の美味さで痛いほど理解した。……だが、ならば『地上の大粛清』は一体何だったのだ?」
サイラスの顔に、再びスパイとしての真剣な色が戻る。
「アルカディアの国王ヴィルヘルムは、ここ数ヶ月の間に、国を裏で牛耳っていた侯爵派閥、裏社会の暗殺ギルド、そして教会の腐敗した枢機卿たちを、内乱の気配すら見せずに一夜にして完全に物理消去した。……あれほどの規模の粛清をやってのける神話級の暗部組織が、王城には存在しているはずだ」
その言葉を聞いて、ジンが苦笑いしながら頭を掻いた。
「あー……それな。実は、俺たちもつい最近までその『大粛清』のことなんて全く知らなくてさ。昨日、迷宮の通信アーティファクトで王城と繋がって、初めて知ったんだよ」
「……何?」
サイラスが眉をひそめる。
「説明しますわ」
エリスが、優雅に紅茶を啜ってから口を開いた。
「ここにいる私、ガレス、ジン、ルミナ、マリアの五人は……元々、その『侯爵派閥』や『暗殺ギルド』『腐敗教会』などの悪党どもに不当な罪を着せられたり、命を狙われたりして、地上から逃げるようにしてこの大迷宮に飛び込んできたのです」
「俺たちは、この迷宮でトウヤの兄貴に出会って命を救われ、一緒に美味い飯を食いながら強くなってきた」
ガレスが腕を組み、深く頷く。
「俺たちは昨日まで、強くなって地上に戻り、自分たちの手でその悪党どもをぶっ飛ばして、家族を救い出すつもりだった。だが……」
「だが?」
サイラスがゴクリと喉を鳴らす。
「通信で陛下たちと話したら、言われたんです」
マリアが、少しだけ呆れたような、しかし嬉しそうな笑顔で言った。
「『君たちが迷宮の底で放っている決死の大魔法(冷凍ビーム)を見て、君たちの事情を調べた。そして、君たちが地上に戻ってきた時に一切の憂いがないように、こちらで全ての悪党を掃除しておいたよ』……と」
「…………は?」
サイラスの頭が、再び完全にフリーズした。
「そ、掃除しておいた? 国の根幹を揺るがすほどの巨大な裏組織どもを、か?」
「ええ。国王陛下と宰相オズワルド様が、私たちが迷宮で『命がけの死闘をしている』と勘違いして、私たちの復讐の代わりに、王国の正規軍と暗部を総動員して一斉にぶっ潰してくれたらしいんですの」
エリスがケロッとした顔で付け足す。
「いやー、通信の向こうで『お前らの敵はもう全部殺しといたから!』って言われた時は、さすがの俺たちもドン引きしたぜ」
ジンがアハハと笑う。
サイラスは、ハーブティーの入ったカップを震える手でテーブルに置いた。
「(……なんという、ことだ。アルカディア王国が総力を挙げて一夜にして行った血みどろの大粛清は、国家の覇権のためでも、他国への牽制でもなく……ただ、この大迷宮に潜る彼らのための『身辺整理』だったというのか……!?)」
サイラスは、アルカディア国王ヴィルヘルムが、この八人(六人と三匹)をどれほど特別視し、恐れ敬い、手厚く保護しようとしているかを完全に理解した。
「(……勝てるわけがない。このバケモノたちを怒らせないためだけに、国中の悪党を一夜で更地にするような狂った王国と戦争など……! エララ公爵の言う通り、絶対に同盟を結ぶべきだ!)」
帝国の誇る特級隠密部隊の隊長は、ここに「帝国側の完全敗北」を悟り、アルカディア王国に対する一切の敵対行動を放棄することを心に誓ったのである。
***
【その頃、神聖魔導帝国エルドリア・帝都地下施設】
サイラスたちが迷宮の底で絶望(と至福のBBQ)を味わっている頃。
帝都の奥深く、軍部が管理する極秘の地下作戦室では、主戦派の筆頭である軍務卿ヴォルカン将軍が、怒りに顔を歪めていた。
「ええい! エララもガルドも、あの光の柱に怯えて及び腰になりおって! 『特級隠密部隊の調査結果を待つ』だと? 弱腰め!」
ヴォルカン卿が、作戦卓を拳で殴りつける。
「将軍。いかがなさいますか。皇帝陛下は静観を命じられましたが……」
副官が恐る恐る尋ねる。
「フン……皇帝陛下も、あの文官どもの意見に流されているのだ。だが、我が帝国の軍部たるもの、指をくわえて隣国に脅威(巨大生物兵器)を蓄えさせるわけにはいかん!」
ヴォルカンの目に、どす黒い野心の炎が宿る。
「アルカディアは最近、あの光の柱の威を借りて、エルフの長老たちを完全降伏させたという噂があるな。誇り高きハイエルフの連中が、さぞかし屈辱と苦湯を飲まされていることだろう」
「はっ。エルフの森は現在、アルカディア王国の強い監視下に置かれているとのことです」
「ならば、それを利用する」
ヴォルカン卿は、作戦卓の上に広げられた大陸地図の『エルフの森』の部分に、短剣を突き立てた。
「我々軍部直属の非正規工作員を放ち、アルカディア王国の騎士団に偽装させろ。そして、エルフの森の集落をいくつか『焼き討ち』にするのだ」
「なっ……! エルフの森を、ですか!?」
副官が驚愕する。
「そうだ! 降伏して間もないエルフどもだ、少し煽ってやれば『やはり人間は我らを滅ぼす気だ!』と容易に暴発する。エルフの全戦力がアルカディアに対して決起すれば、王国軍は大混乱に陥り、あの迷宮の底にいるという『光の柱を撃つ部隊』も地上へ呼び戻されるはずだ!」
ヴォルカンは悪魔のように笑った。
「その隙を突いて、我が帝国の全軍を以てアルカディアへ進軍する! 混乱の最中にある王国を一気に蹂躙し、あの大迷宮を我らの支配下に置くのだ!!」
「お、おお……! さすがはヴォルカン将軍! しかし、もしその偽装工作が露見すれば……」
「露見などせん! 我が軍部の工作員は優秀だ。……直ちに実行に移せ! 歴史は、我々主戦派の武力によって作られるのだ!!」
帝国の武を司る軍務卿による、狂気じみた開戦工作。
アルカディア王国とエルフ族の間に致命的な火種を落とし、大戦を引き起こそうという最悪の悪巧みが、今まさに静かに動き出そうとしていた。
――だが。
この軍務卿ヴォルカンは、まだ知る由もなかった。
この彼の軽率で致命的な悪巧みが、後に彼と対立する穏健派の外務卿エララ公爵や、中立派の宰相ガルドによって完全に掌握され、未然に防がれることになることを。
そして何より……。
彼が「地上に呼び戻して戦力を分散させよう」と考えた『光の柱を撃つ部隊』が、もしBBQの最中に「エルフの森(極上食材の宝庫)が燃やされている」と知った場合。彼らがどれほど理不尽で暴力的なまでの『食の恨み』を帝国に向けることになるのかを。
帝都の地下で蠢く火種と、迷宮の底で腹を満たす美食家たち。
交わるはずのない二つの運命は、やがて来る特大の波乱(飯テロ)に向け、水面下で確実な胎動を始めていた。




