第75話:【閑話】帝国の影と、戦慄のアルカディア王都潜入
### 第75話:【閑話】帝国の影と、戦慄のアルカディア王都潜入
神聖魔導帝国エルドリアが誇る、特級隠密部隊『影歩く者』。
帝国最強の魔導技術と暗殺・サバイバル術を修めた総勢十五名の精鋭たちは、宰相ガルドの密命を受け、隣国アルカディア王国へと極秘裏に潜入を果たしていた。
部隊を率いるのは、帝国暗部でその名を知らぬ者はいない冷徹なるリーダー、サイラス。
彼らは中規模の旅商人のキャラバンに偽装し、アルカディア王都を見下ろす丘陵地帯へと足を踏み入れた。
その、まさに直後のことであった。
「……ッ!? 隊長、あれを!!」
部下の一人が、王都の奥にそびえ立つ『悠久の大迷宮』を指差して叫んだ。
次の瞬間、空が、世界が、真っ白な閃光に包み込まれた。
**カッ――――!!!!**
**ズドォォォォォォォォォンッッ!!!**
それは、帝国の水晶球越しに見た映像とは比較にならない、圧倒的な『現実の暴力』であった。
「ぐっ……! な、なんだこの魔力密度は……ッ!?」
サイラスは思わず片膝をつき、胸を押さえた。百戦錬磨の十五名の精鋭たちも、あまりの魔力波の重圧に顔を蒼白にし、冷や汗を流している。
エルフの最高位精霊魔法【アブソリュート・ゼロ】と、聖女の【絶対結界】。
相反する二つの極大魔法が、一切のロスなく100%の純度で融合し、天を貫いている。
「……事前情報通り、いや、それ以上だ。これほどの大魔法……対象を『傷つけずに完全凍結(封印)』するなどという神の御業を、奴らは日に何度も放っているというのか……」
サイラスの額から、冷や汗がポタポタと落ちた。
帝国の主戦派が主張する「巨大生物兵器の冷凍備蓄説」が、俄然、現実味を帯びて迫ってくる。
しかし。
彼らが丘を下り、厳重な偽装を維持したまま王都の門を潜った時。サイラスたちは、さらなる『異様な光景』に直面することになる。
「おおーっ! 今日の光の柱もすっげえ太かったな!」
「あの大迷宮の底で、英雄様たちが今日も元気に頑張ってくださってるんだ! ありがてえこった!」
「おい女将! 今日の光の柱に乾杯だ! エールをもう一杯!」
王都の民衆たちは、あの帝都を一撃で氷河期に変えかねない極大魔法の光を見て、誰一人として怯えていなかった。あろうことか、それを肴にして酒を飲み、楽しげに笑い合っているのである。
「……どういうことだ。これほどの脅威を前に、民が一切パニックを起こしていないだと?」
サイラスは眉をひそめ、部下たちを数名ずつに分散させて大衆酒場などに潜り込ませた。
情報収集の基本は、人が集まる場所の「噂話」である。
だが、そこで彼らの耳に飛び込んできたのは、光の柱の謎以上に、サイラスたち帝国スパイの背筋を完全に凍らせる『アルカディア王国の異常な内情』であった。
『――なぁ、聞いたか? こないだ、エルフの森の長老たちが、王城に文句を言いに来たらしいぜ』
『ああ! 長老の娘が王国に誘拐されたとか何とか難癖つけて、最悪の場合エルフとの戦争になるって噂だったろ?』
『それがよぉ、国王陛下が長老たちを地下牢に連行して、あの【光の柱】を見せつけたらしいんだ。「我が国にはあれを毎日撃てる部隊がいる。争うか?」ってな。そしたら長老ども、漏らしながら土下座して、完全降伏の条約にサインしたらしいぜ!』
『ガッハッハ! さすがは陛下! 恐ろしいお方だ!』
「なっ……!?」
酒場の隅で聞き耳を立てていたサイラスの持っていた木の実の殻が、ピキッと割れた。
誇り高く魔法に長けたエルフの長老たちを、一切の武力衝突なしで完全屈服させただと?
さらに、別のテーブルからはこんな噂が聞こえてくる。
『エルフの一件だけじゃねえ。ここ数ヶ月の陛下の【大粛清】はマジで凄まじかったな』
『ああ。国を裏で牛耳ってたと言われてたあの悪名高い侯爵派閥の貴族ども……ある日突然、一夜にして全員が王室近衛兵に捕縛されて、あっという間に処刑・解体されちまった』
『それだけじゃねえぞ。王都の裏社会を支配してた【暗殺ギルド】も、一晩で本部ごと物理的に更地にされたらしい』
『教会の腐敗した枢機卿たちもだろ? 不正の証拠を完全に押さえられて、全員異端審問にかけられたって話だ』
酒場の客たちは「陛下万歳!」とジョッキを打ち鳴らしている。
しかし、その話を集約したサイラスたち帝国隠密部隊の顔色は、もはや死人のように青ざめていた。
「……隊長」
情報収集を得意とする部下の若者、リオンが震える声でサイラスに耳打ちした。
「侯爵派閥の壊滅、暗殺ギルドの完全消滅、教会の内部粛清……。これら全てを、内乱の気配すら一切起こさずに【数ヶ月の内に、極秘裏かつ同時多発的に完遂した】というのですか……?」
「……信じられん」
サイラスが、ギリッと奥歯を噛み締めた。
「いくら国王に権力があろうと、これほどの巨大組織を無傷で一掃するなど不可能だ。……確実に、国王ヴィルヘルムの影には、この大粛清を一夜にして成し遂げた**『神話級の暗殺・諜報部隊』**が存在している」
サイラスの脳内で、全てのピースが(最悪の形で)組み合わさった。
大迷宮の底で光の柱を放ち、未知の兵器を冷凍備蓄する『超越者たちの部隊』。
そして、地上の反逆者たちを一夜にして消し去る『最強の暗部』。
国王ヴィルヘルムは、表向きは温厚な王を演じながら、裏では隣国すら一瞬で滅ぼせるほどの完璧な暴力と情報網を構築していたのだ。
「……ヴォルカン将軍の主戦派の意見に乗って、我が帝国がこのアルカディアに奇襲を仕掛けてみろ。あっという間に返り討ちに遭い、逆に帝都が更地にされるぞ……!」
サイラスは冷や汗を拭い、部隊を隠れ家に集めると、すぐさま決断を下した。
「リオン。そしてノア」
「はっ」
十五名の部隊の中でも、特に諜報と潜入に長けた二人が、サイラスの前に身を乗り出す。
「お前たち二人は、この王都に残れ。そして、今聞いた噂話の真偽を徹底的に裏付け調査しろ」
「裏が取れた場合は……?」
「もし、侯爵派閥や暗殺ギルドの壊滅が『事実』であった場合。これは我が帝国にとって、国家存亡の危機を左右する極大の機密情報となる」
サイラスの目が、かつてなく鋭く研ぎ澄まされた。
「その時は、俺たちの帰還を待つな。軍務卿(主戦派)の耳には絶対に入れるな。**直接、穏健派のエララ公爵と、中立派の宰相ガルド様にのみ緊急の魔法通信で報告しろ。『アルカディア王国はすでに完全な一枚岩であり、底知れぬ武力を隠し持っている。絶対に戦争を起こしてはならない』と**」
「了解いたしました」
(※このサイラスの決断と、リオンたちによる報告が、後に魔導帝国エルドリアの【主戦派】を完全に黙らせ、【穏健・同盟派】へと国論を一本化させる決定的なターニングポイントとなるのだが……当然、アルカディア国王ヴィルヘルム本人は「え? なんか帝国からすっごい友好的な同盟の手紙来たんだけど? こっちは胃痛でそれどころじゃないのに」と困惑することになる)
「よし。残る十三人は、俺と共に『悠久の大迷宮』へと潜入する」
サイラスが、決死の覚悟を込めて立ち上がった。
「相手があの光の柱を放つバケモノ部隊だ。何人いようと足りるかは分からんが、我々十三名の総力をもってすれば、深層まで辿り着けるはずだ。……あの大迷宮の底で、アルカディアの秘密部隊が一体【何を凍らせて備蓄しているのか】。生物兵器の軍団か、あるいは魔王の封印か……。俺たちでその真実を暴き出し、生きて帝国へ持ち帰るぞ!!」
「「「はっ!!」」」
神聖魔導帝国の誇る、最高峰のエリートスパイたち。
彼らは国家の命運を背負い、悲壮なまでの決意を胸に、十三名の精鋭部隊として大迷宮のゲートへと姿を消していった。
数日後。
ありとあらゆる地獄の罠と強敵を掻き潜り、ボロボロになりながらも迷宮の深層へ辿り着いた彼らが、**「特大の松茸とイベリコ豚のBBQを囲みながら、楽しそうに笑い合うバケモノたち(と、食材保存用の光の柱)」**を目撃し、報告書に何と記載すべきか三日三晩頭を抱えて発狂することになる未来は……もう少しだけ先の話である。




