第73話:【閑話】魔導帝国の激震と、極上のすれ違い会議
### 第73話:【閑話】魔導帝国の激震と、極上のすれ違い会議
アルカディア王国の隣国に位置する、大陸随一の魔法技術を誇る大国――『神聖魔導帝国エルドリア』。
その帝都の中心にそびえ立つ白亜の宮殿の最奥にて、現在、帝国首脳陣による「極秘の緊急御前会議」が開かれていた。
円卓の上には、巨大な観測用の水晶球が置かれ、そこには昨日、アルカディア王国にある『悠久の大迷宮』から天に向かって放たれた「二本目の巨大な光の柱」の映像が、繰り返し再生されていた。
「……信じられん。一日に二度も、この規格外の極大魔法が放たれたというのか」
円卓の上座に座る、エルドリア帝国皇帝ヴァレリウスが、深い皺の刻まれた眉間を揉みほぐしながら呻いた。
彼の周囲には、帝国の頭脳とも言える各派閥の重鎮たちが、誰もが青ざめた顔で水晶球を見つめている。
「宮廷筆頭魔導師シルヴィウスよ。我が国の最高精度を誇る『星見の魔導塔』による解析結果を、改めて皆に説明せよ」
皇帝の命を受け、長い白髭を蓄えた筆頭魔導師シルヴィウスが重々しく立ち上がった。
「はっ。……まず結論から申し上げますと。隣国のアルカディア王国は現在、**『神話の時代に匹敵する、正体不明の超常的な魔導部隊』**を大迷宮の深層に潜伏させていると断言できます」
シルヴィウスの言葉に、円卓の空気が凍りついた。
「あの光の柱の正体は、エルフの王族のみが扱える最高位精霊魔法【アブソリュート・ゼロ】と、高位の聖女が放つ【絶対結界】……その二つの相反する魔力を、寸分の狂いもなく融合させた『複合魔法』です。これだけでも歴史的快挙ですが、問題はその『魔法の指向性(目的)』にあります」
シルヴィウスは、手元の羊皮紙を震える手で持ち上げた。
アルカディア王国(国王ヴィルヘルムたち)は、「対象を傷つけずに冷凍保存する魔法」だと解析した時点で「また夕飯の買い出しか」と呆れ果てていた。
しかし、より魔法を深く理解しているこの『魔導帝国』の解析は、さらにその奥底の真理へと到達してしまっていたのである。
「この魔法……ただ凍らせるだけではありません。対象の細胞壁を一切破壊せず、分子の運動のみを完全に停止させ、さらに真空の結界で外部からの干渉を100%遮断しています。つまり……**『対象を、生きていた時と全く同じ、完璧な状態で永遠に封印・保存する』ための、神の領域の魔法**なのです!!」
バンッ! と、円卓を強く叩く音が響いた。
立ち上がったのは、顔に大きな傷を持つ武闘派の筆頭、軍務卿ヴォルカンであった。
「やはりか! 陛下、もはや疑う余地はありません!」
ヴォルカン卿が、血走った目で周囲を睨みつける。
「アルカディアの奴らは、大迷宮の深層に存在する『神話級の超巨大魔物』を討伐するのではなく、この魔法を使って**『無傷のまま完全凍結(封印)し、回収している』**のです! これは明らかに、凍結した超巨大魔物を兵器として転用するための**『生物兵器軍団の冷凍備蓄』**に他なりません!!」
(※読者注:備蓄しているのは事実ですが、目的は軍事兵器ではなく「ステーキ」と「うな重」です)
「な、なんだと……!?」
「あの光の柱の太さ……。対象が体長四十メートルを超える巨獣だとしても、丸ごと凍らせる規模だぞ! それを、昨日だけで二体も備蓄したというのか!?」
「その通りです!」
ヴォルカン卿が唾を飛ばす。
「一日二回という異常な発動頻度を考えれば、あの大迷宮の底には、エルフの賢者と聖女数十名で構成された『大隊規模の儀式魔導部隊』がいるはず! 彼らが冷凍巨大怪獣の軍団を解き放てば、我が魔導帝国とて一週間で焦土と化します! 陛下、奴らが戦力を整え切る前に、アルカディア王国へ全軍を以て奇襲をかけるべきです!! あの迷宮と、光の柱を放つ魔導部隊を我が国の管理下に置くのです!」
**【主戦派(王国侵攻派)】**のヴォルカン卿の熱弁に、武官たちが「おおおっ!」と賛同の声を上げる。
しかし、それを冷ややかに制止した者がいた。
「……愚か者が。脳まで筋肉でできているのか、ヴォルカン将軍」
優雅に扇で口元を隠し、冷笑を浮かべたのは、穏健派にして外交を司る外務卿エララ公爵であった。
「何か間違っているか、エララ公爵!」
「間違っているも何も、前提から破綻していますわ。いいですか? その『冷凍巨大怪獣』とやらを仮に保有していたとして。……アルカディアの王城から、我々に対する外交的な牽制や、軍の不審な動きが一つでもありましたか?」
エララ公爵が扇をピシャリと閉じる。
「ありませんわ! 王国側はむしろ、異常なほどに平然としています。そして何より……あのような、帝都を一撃で氷河期に変えるほどの極大魔法を『日に二度』もポンポンと撃てるバケモノ部隊に対し、こちらから戦争を仕掛ける? 狂気の沙汰です。進軍した瞬間に、我が軍の十万の将兵が綺麗な『冷凍オブジェ』にされておしまいですわ」
「ぐっ……! し、しかし、このままでは脅威が膨れ上がるだけだ!」
「ですから、**『同盟』**を結ぶのです」
エララ公爵が、皇帝に向かって優雅に一礼する。
「陛下。我々が取るべき道は、敵対ではなく『技術の共有』です。我が国の皇族をアルカディア王室へ嫁がせ、不可侵条約を結び、さらにはあの『極大冷凍保存魔法』の術式を平和的に提供してもらうのです。そうすれば、我が国の魔法技術はさらに数百年の進歩を遂げるでしょう」
**【穏健派(同盟派)】**の意見に、文官たちが深く頷く。
「……ふむ」
皇帝ヴァレリウスが、顎髭を撫でながら、沈黙を保っていた一人の男に視線を向けた。
「宰相ガルド。お前はどう見る?」
これまで目を閉じて腕を組んでいた、帝国一の切れ者である宰相ガルドが、ゆっくりと目を開けた。
「……ヴォルカン将軍の『兵器備蓄説』も、エララ公爵の『同盟案』も、どちらも早計に過ぎます」
**【中立派(静観・調査派)】**のガルドが、水晶球の光の柱を指差した。
「そもそも、アルカディア王室があの魔法部隊を『完全に制御できている』という証拠がどこにありますか?」
「制御できていない、だと?」
「はい。考えてもみてください。あれほどの大魔法、通常なら国家の最高機密として隠匿するか、地下深くで極秘裏に行うはずです。しかし彼らは、まるで**『他国の目など一切気にしていない』かのように、ただの日常の作業のように毎日毎日、天に向かって光をぶっ放している**のです」
ガルドの言葉に、会議室が水を打ったように静まり返る。
(※事実、トウヤたちは「美味い飯」のことしか考えておらず、他国の目など1ミリも気にしていなかった)
「さらに、我が国の密偵からの報告によれば、アルカディア国王ヴィルヘルムは、あの光の柱が上がるたびに『執務室で窓の外を眺めながら、ただ紅茶を飲んで呆れている』とのこと」
「な、なんだと!? あれほどの魔法を見て、平然と紅茶を!?」
「信じられん……! つまり、あのヴィルヘルム王にとって、あの魔法すら『想定の範囲内の些事』だと言うのか!?」
帝国首脳陣の間に、得体の知れない「アルカディア王国への恐怖」が蔓延していく。
「……私の推測ですが」
宰相ガルドが、眼鏡の奥で鋭い光を放った。
「あの大迷宮の底には、アルカディア王国すら制御できない、あるいは王国と不可侵の契約を結んだ**『規格外の超越者たち』**が存在しているのでしょう。彼らは兵器を作っているわけでも、戦争の準備をしているわけでもない。ただ、彼ら自身の『何か恐るべき目的』のために、大迷宮の生態系を狩り尽くしているのです」
(※その『恐るべき目的』とは、究極のうな重と熟成肉のステーキなのだが、ガルドの優秀な頭脳をもってしてもそこには絶対に行き着かなかった)
「陛下。今、我々が動くべきではありません。下手に手を出せば、その『超越者たち』の怒りを買い、帝国が滅ぼされます。……まずは我が国が誇る最高の『特級隠密魔導士』たちをアルカディアに潜入させ、あの大迷宮の深層で一体何が起きているのか……『彼らが何を凍らせ、何を集めているのか』を、この目で確かめるのが先決です」
会議室に、重苦しい沈黙が降りた。
やがて、皇帝ヴァレリウスが重々しく頷いた。
「……よかろう。宰相ガルドの言を容れる。直ちに特級隠密部隊をアルカディアへ派遣せよ。絶対に悟られるな。あの光の柱の真の目的を暴くまでは、我が帝国は一切の軍事行動を控え、沈黙を保つ!!」
「「「御意ッ!!」」」
神聖魔導帝国エルドリアの首脳陣による、白熱の緊急会議。
彼らは「生物兵器」や「国家存亡の危機」を本気で憂い、最高レベルの隠密部隊を迷宮へと送り出すことを決定した。
今後、このエリートスパイたちが迷宮の深層に潜入し、命がけで辿り着いた先で「特大のエビフライやウナギの蒲焼きを狂ったように食べているだけのバケモノキャンパーたち」を目撃し、報告書に何と書くべきか発狂するほどの葛藤を抱えることになるのだが……。
遥か地下で、美味しすぎる迷宮スローライフを満喫しているトウヤたちが、そんな忍び寄る「波乱(?)」を知る由もないのは、言うまでもないことであった。




