第69話:神がかった連携と、迷宮が繋いだ『盛大なすれ違い』の解消
### 第69話:神がかった連携と、迷宮が繋いだ『盛大なすれ違い』の解消
『悠久の大迷宮』第23階層――『星降る水晶の森と銀河の湖』。
翌朝。【星の箱庭】のダイニングには、強烈に食欲を刺激するニンニクと醤油の焦げた匂いが充満していた。
「さあ食え! 昨日の夜から特製ダレに漬け込んでおいた『極上・幻豚のスタミナ焼肉丼』だ!」
トウヤの掛け声と共に、山盛りの白飯の上に、オーロラ・ポークの分厚い豚バラ肉が何枚も重ねられた至高のどんぶりが振る舞われる。
「いただきますッ!」
エリスが豚肉を頬張った瞬間、甘い脂とニンニクのパンチが脳髄を直撃する。
「んんんんッ!! 朝からこのお肉の暴力……! 活力が体の奥底から無限に湧き上がってきますわ!」
「ガッハッハ! こいつはたまらん! トウヤ、飯のお代わりだ!」
昨晩、「地上に残した家族への思い」と「悪党への復讐」を誓い合った五人は、この極上の朝食によって『心技体(そして胃袋)』の全てを完璧に満たし、かつてないほどの鋭い闘気を漲らせていた。
「よし、今日もエビと豚とドラゴンサーモンを狩り尽くすぞ!」
トウヤの号令で、一行は再び水晶の森へと足を踏み入れた。
――そして、トウヤは驚愕することになる。
「ヒャッハー! 豚の群れだ! 【直感回避・神速】!」
ジンが、かつてないほどの尋常ではないスピードで空を駆け抜け、オーロラ・ポークの群れの神経を一瞬にして全て切断する。
「エビは私が逃がしませんわ! 重力と闘気の融合! 【渾身撃・滅砕】!」
エリスの大剣が、流れるような無駄のない軌道でスターダスト・シュリンプの殻だけをピンポイントで弾き飛ばす。
「ガレスさん、右から三頭!」
「任せろマリア! 炎の檻に閉じ込める! ルミナ、冷却を!」
「はいっ! 【アブソリュート・ゼロ】!!」
五人の動きが、昨日までとは全く違っていた。
それぞれが互いの思考を先読みし、呼吸を合わせ、魔法と剣撃がパズルのピースのように完璧に組み合わさっていく。一切の無駄がなく、流れるような『完全無欠の解体作業ライン』が形成されていた。
「お、おい……お前ら、動きがキレッキレすぎないか!?」
トウヤが【空間斬り】でブロック肉を切り出しながら、目を丸くする。
「へへっ! トウヤの兄貴を待たせるわけにはいかねえからな!」
「ええ! 私たち、もっともっと強くなって、地上に凱旋しなければなりませんから!」
昨晩の語らいによる『絆の強化』が、彼らのステータス以上の力を引き出していたのだ。
その神がかった連携により、数日はかかると思われた第23階層の生態系(食材)は、その日の午前中のうちに完全に刈り尽くされ、全員の経験値は最速でカンストしてしまった。
「……すげえな。よし、じゃあこの勢いのまま、次の第24階層に行っちまうか!」
「「「おおおおおッ!!」」」
***
ギギギギギギ……ッ!
第24階層への扉を開けると、そこは突き抜けるような青空の下に、純白の大理石でできた神殿群が立ち並ぶ『白亜の古代神殿と甘露の泉』であった。
そこには、大理石のような硬い甲殻を持つ巨大な蟹『マーブル・クラブ』や、神殿の泉から湧き出る甘露を啜る体長五メートルの黄金の牛『ホーリー・カウ(神牛)』が生息していた。
「トウヤさん! あの牛さんは!?」
「全身が極上の霜降り肉だ! しかも甘露を飲んでるおかげで、肉自体に果実のような芳醇な甘みがあるぞ!! カニの方も身がギッシリだ!」
「「「いただきますッッ!!!!」」」
もはや新しい環境への戸惑いなど微塵もない。
覚醒したバケモノたちの連携は、第24階層の魔物たちすら一切の抵抗を許さず、ただの『食肉加工のベルトコンベア』に乗せていった。
そして――当然のように、乱獲のしすぎでシステムが激怒する。
ズドォォォォンッ!!
神殿の中央から、巨大な光の柱と共に現れたのは、体長三十メートルの超巨大な牛頭の神像――第24階層の隠れボス『神聖の牛頭巨神』であった。
「出たな裏ボス! トウヤの兄貴、味は!?」
「最高級の神牛ロースだ! 暴れさせて肉を硬くするな!!」
「「了解です!! 瞬間冷凍しますッ!!」」
ルミナとマリアが、一秒の逡巡もなく杖とペンダントを掲げる。
カッ――――!!!!
ズドォォォォォォォォォンッッ!!!
第24階層に降り立ってからわずか数時間。過去最速のタイムで、お馴染みの『純白の光の柱(特大冷凍保存魔法)』が天を貫いた。
隠れボスは、ただの一度も攻撃モーションに入ることなく、完璧な超巨大冷凍霜降りブロック肉へと姿を変えた。
「よぉーし!! 完璧な討伐だ!!」
トウヤが【空間斬り】で魔力コアを処理し、アイテムボックスへ収納する。
「お前ら、今日の連携マジで神がかってたぞ!」
「ふふっ、これなら王国の騎士団どころか、魔王が来ても勝てますわね!」
エリスが誇らしげに胸を張る。
「おっ、トウヤの兄貴! 宝箱が出たぜ!」
ジンが神殿の跡地に現れた豪奢な宝箱を開ける。
しかし、中に入っていたのは装備ではなく、人の背丈ほどもある『美しい鏡』であった。
「……ん? なんだこの鏡?」
トウヤがアナウンスを確認する。
【アーティファクト:時空の通信鏡】
【効果:迷宮の深層から、地上に存在する特定の魔力波長(王家の血筋など)と空間を繋ぎ、映像と音声を伴う通信を行うことができる】
「なっ……!」
ガレスとエリスが同時に息を呑んだ。
「ち、地上と……通信ができるアーティファクトだと!?」
「トウヤの兄貴、それってつまり……地上の様子が分かるってことか!?」
ジンが食い気味に身を乗り出す。
迷宮の粋な計らいか、あるいはこれだけの異常な踏破スピードに対する特別ボーナスか。
彼らは昨晩、あれほど地上への思いを馳せていた。それが、今この瞬間に繋がるというのだ。
「ああ、王城の魔力観測所か、国王の執務室あたりに繋がるはずだ」
「繋いでください、トウヤさん! 私は……私はお父様の安否が知りたい!」
「俺もだ。王国の腐敗がどうなっているか、この目で確かめたい!」
エリス、ガレス、ジン、そしてマリアとルミナが、かつてないほど真剣な顔で鏡を囲む。彼らの胸には「悪党への怒り」と「凱旋の決意」が渦巻いていた。
「よし、繋ぐぞ」
トウヤが鏡に魔力を流し込んだ。
***
【地上の王城・国王執務室】
「……オズワルド。今日はやけに早い光の柱(冷凍ビーム)だったな」
「ええ、陛下。おそらく第23階層を早々に抜け、第24階層で極上のお肉を見つけたのでしょう。実に精力的で何よりです」
国王ヴィルヘルムと宰相オズワルドは、優雅に午後のティータイムを楽しんでいた。
その時。執務室の壁に立てかけられていた『王家伝来の大鏡』が、突如として眩い光を放ち始めたのである。
「な、なんだ!?」
二人が驚いて立ち上がると、鏡の表面に水波のような波紋が広がり――やがて、その向こう側に、数ヶ月間探し求め、無事を祈り続けていた『若き英雄たち』の姿が映し出された。
『……繋がったか? おおっ! 映ってるぞ!』
『トウヤさん、すごいです! あ、あれは……国王陛下と、オズワルド様!』
鏡越しに、トウヤたちと国王たちの視線が交錯した。
「おおおおおッ!!」
国王ヴィルヘルムが、鏡にすがりつくようにして大号泣した。
「ルミナ嬢! マリア嬢! ガレスにエリス嬢、そしてジンよ! 生きて……生きておったのだな! 毎日毎日、極大の生存報告(光の柱)を見るたびに、余はどれほど心を痛めていたか!!」
『……へ? 心を痛めて?』
鏡の向こうのトウヤが首を傾げる。
「陛下……! お久しぶりでございます!」
ガレスが、鏡の前で片膝をつき、騎士の礼をとった。エリスも涙を浮かべてドレスの裾をつまみ、一礼する。
『陛下、オズワルド様! ご無事で何よりです! ……しかし、どうかご安心ください!』
ガレスが、燃えるような決意の瞳で国王を見据えて叫んだ。
『我々は今、トウヤという最高のリーダーの元で、かつてないほどの力を手に入れました! 憎き腐敗貴族どもや、暗殺ギルドの悪党ども……我らを陥れた連中を、我々が必ず地上に戻って、この手で物理的に滅ぼしてみせます!!』
『ええ! お父様を苦しめる悪党は、私の大剣で両断してさしあげますわ!』
『孤児院に手を出した奴らも、俺が全員暗殺してやる! だから、もう少しだけ待っていてくれ!』
鏡の向こうから伝わってくる、若者たちの熱い復讐心と、王国を救おうという悲壮な決意。
しかし。
鏡のこちらの国王ヴィルヘルムとオズワルドは、ピタッと涙を止め、宇宙猫のような虚無の顔になった。
「…………え?」
国王が、間の抜けた声を出した。
『どうかしましたか、陛下?』
ガレスがいぶかしげに尋ねる。
「あ、いや……その」
オズワルドが、眼鏡を押し上げながら、ひどく気まずそうに口を開いた。
「ガレス殿。エリス嬢。そしてジン殿。……お言葉を返すようで大変心苦しいのですが」
『はい』
「貴方方を陥れた腐敗貴族、並びに暗殺ギルド、腐敗した教会の重鎮たちは……すでに国王陛下直々の命により、**数ヶ月前に全員捕縛し、物理的に処刑・解体済み**でございます」
『…………はい?』
今度は、鏡の向こうの五人の声が見事にハモった。
「そ、そうじゃ!」
国王が慌てて後ろを振り返り、「おーい、アルジェント子爵!」と声をかけた。
すると、鏡の前に、ふくよかで人の良さそうな貴族の男性が小走りで現れた。
「おお! エリス! 私の愛しいエリス! お前が無事で本当によかった!」
『お、お父様!? ご無事だったのですか!? 拷問などは……!』
「拷問? なんのことだ? 私は陛下に忠義を認められ、男爵から子爵に昇爵し、今は毎日王城で美味しいご飯を食べておるぞ!」
『…………子爵に昇爵?』
エリスが、持っていた大剣をカランと落とした。
オズワルドがさらに続ける。
「ジン殿の気にかけていた孤児院も、王国の完全保護下にあり、子供たちは毎日お腹いっぱい食べております。ガレス殿の部下たちも、すでに騎士団長に昇進し、元気に訓練しておりますよ。……ルミナ嬢を売ろうとしたエルフの長老たちも、現在地下牢で毎晩貴女の極大魔法(冷凍ビーム)に怯えながら泣き暮らしております」
『…………』
『…………』
『…………』
鏡の向こうの『悠久の踏破者』たちの間に、地獄のような沈黙が落ちた。
「あの……」
ジンが、引きつった笑顔で口を開いた。
「じゃ、じゃあ……俺たちが昨日の夜、『絶対に悪党を倒して家族を救うぞ!』って涙ながらに語り合って、今日の朝から『復讐パワー』で限界突破の連携を見せていたのは……」
「……完全に、無意味な空回りだったというわけか」
ガレスが、両手で顔を覆って天を仰いだ。
「私のお父様を想う涙を……返して……」
エリスが真っ白に燃え尽きて膝から崩れ落ちた。
壮大なすれ違いが、あまりにもシュールな形で解消された瞬間であった。
そんな絶望(?)する仲間たちを尻目に、トウヤがひょっこりと鏡の前に顔を出した。
『いやー、よかったじゃないかお前ら! これで地上の憂いは一切なくなったってことだろ?』
「……トウヤの兄貴」
ジンが、涙目でトウヤを睨みつける。
「俺たちが腹の底に溜め込んだ、この行き場のない復讐のパワーは……どこにぶつければいいんだよ」
トウヤはニカッと笑い、親指を立てた。
『決まってんだろ! そのまま迷宮の美味しい魔物(ご飯)に全部ぶつけてくれ! さあ、地上の連中の安全も確認できたことだし、今日は拠点に戻って、神牛の極上すき焼きパーティーだ!!』
『「「「うおおおおおおッ!! すき焼きだァァァッ!!」」」』
その言葉を聞いた瞬間、落ち込んでいた五人が一瞬にして復活し、ヨダレを撒き散らしながら歓声を上げた。
「……」
「……」
鏡のこちら側で、国王ヴィルヘルムとオズワルドは、その凄まじい切り替えの早さと食欲に、完全に呆れ果てていた。
「……オズワルド。あの若者たちは、もう地上には戻ってこないかもしれんな」
「ええ。彼らにとって、あの大迷宮はすでに『最高のキャンプ場』に過ぎないようですから」
かくして、迷宮が繋いだ奇跡の通信は、地上の平和を彼らに知らせると共に、「もう彼らのことは放っておこう(ご飯の邪魔をしないようにしよう)」という王国の確固たる悟りを生み出した。
憂いを完全に断ち切ったバケモノキャンパーたちは、極上のすき焼きを求めて、今日も元気いっぱいに迷宮の深淵を突き進むのであった。




