第62話:幻霊の廃街と、食えない裏ボスへの無慈悲な浄化
### 第62話:幻霊の廃街と、食えない裏ボスへの無慈悲な浄化
『悠久の大迷宮』第18階層――『清翠の竹林と霊水の清流』。
極上の「鴨ネギ」と「金剛スッポン」を乱獲し尽くし、アイテムボックスの容量も各々の経験値も完全にカンストさせた『悠久の踏破者』の八人(六人と三匹)は、名残惜しそうに竹林を後にし、次なる第19階層への扉の前に立っていた。
「……ふぅ。カニや鴨肉でパンパンになったアイテムボックスを見るのは幸せだが、新しい階層に進むのはやっぱりワクワクするな」
トウヤが、重厚な石扉に手をかけながらニヤリと笑う。
「次はどんなお肉でしょうか! 私、第16階層の恐竜みたいなお肉も、18階層の鴨みたいなお肉も、どっちも大歓迎です!」
エリスが『竜殺しの重剣』を背負いながら、ヨダレを拭う。
「ガッハッハ! そろそろ強烈なスパイスが効いた魔物なんかも食ってみたいところだな!」
ガレスも『巨人の剛力腕輪』を打ち鳴らし、すっかり胃袋主体となった冒険への期待を高めていた。
「よし、行くぞ! 未知なる極上食材のお出ましだ!」
ギギギギギ……ッ!!
トウヤが勢いよく扉を押し開ける。
しかし。扉の先から吹き付けてきたのは、食欲をそそる匂いなどではなく――背筋が凍るような『冷たい陰気』と、うめき声のような不気味な風切り音だった。
「…………うっ」
マリアが思わず身震いし、ペンダントを強く握りしめる。
第19階層――『常闇の幻霊街』。
そこは、太陽の光が一切届かない暗闇の中に、崩れかけたゴシック調の廃墟が立ち並ぶ「ゴーストタウン」であった。
街角をフワフワと漂うのは、半透明の体を持つ『レイス(悪霊)』や『ファントム(怨霊)』。そして、誰も中に入っていないのにガシャガシャと動く『カースド・アーマー(呪いの空鎧)』たちである。
「…………」
「…………」
「…………」
大扉を潜った八人(六人と三匹)の間に、第17階層(アンデッドの泥沼)で味わったのと同じ、あの『最悪の沈黙』が落ちた。
「……トウヤの兄貴」
ジンが、引きつった声で尋ねる。
「あの、透き通ったお化けみたいなやつら。ワンチャン、ゼリーみたいにチュルッと食えたり……」
「食えるわけねえだろ」
トウヤが、地の底から響くような声で即答した。
「俺の【神眼】で見たが、あいつらの成分は『エクトプラズム(霊素)』と『呪い』だけだ。カロリーゼロ、栄養価ゼロ。口に入れた瞬間に腹を下すどころか、魂ごと持っていかれるわ」
「じゃ、じゃああの動く鎧は!?」
「中身空っぽだ。鉄分補給に齧るか?」
その冷酷な事実(絶対に食べられないという宣告)が下された瞬間。
「新しい美味しいお肉」を期待してテンションを最高潮に高めていたメンバーたちの表情から、一切の光が消え去った。
「また、ハズレですか……」
ルミナが、氷のように冷たい目で幽霊たちを睨みつける。
「骨とヘドロの次は、霊体ですか。出汁も取れなければ、焼くお肉すらありませんのね……」
エリスの重剣から、怒りのオーラ(闘気)が立ち上り始めた。
「……お前ら。第17階層の時と同じだ」
トウヤが、スッと『神斬りの業物(神話級包丁)』を空間に収納し、代わりに戦闘用の短剣を引き抜いた。
「この階層に、俺たちの貴重な時間を割く価値はない。鮮度保持も素材回収も一切不要だ。……最速で経験値をカンストさせて、今日中にこのクソったれな幽霊街を抜けるぞ!!」
「「「了解(消え失せろォォォッ)!!!!」」」
食欲を阻害されたバケモノキャンパーたちによる、幽霊たちにとっての理不尽な厄災が幕を開けた。
「物理が効きにくい霊体だろうが関係ねえ! 闘気で無理やり叩き斬る! 【渾身撃・滅】!!」
エリスの重剣が、ただの物理攻撃ではなく強烈なオーラを纏って振るわれ、レイスたちを一刀両断にして霧散させる。
「幽霊には浄化の炎だ! 【魔力城塞・聖炎】!」
ガレスが炎の盾から広範囲の火炎放射を放ち、カースド・アーマーたちを鉄屑に変える。
「ヒャッハー! 幻影の靴なら、空中の幽霊も余裕で届くぜ!」
ジンが空中を駆け抜け、魔法を纏わせた短剣でファントムのコアを次々と突き破る。
「ゴミ掃除の時間です! ここは私にお任せを! 【ホーリー・レイ・テンペスト(聖光の嵐)】!!」
そして極めつけは、アンデッドや霊体の絶対的な天敵である聖女マリアだった。
結界を張る必要がないため、彼女の『純粋な浄化魔法』が、広大な廃墟の街全体に白銀の嵐となって吹き荒れ、視界に入るすべての霊体を文字通り「一掃」してしまったのだ。
「おお! さすがマリア、効率がいいぞ! この調子で街を練り歩くぞ!」
「はいっ! 早く終わらせて、テントでお鍋の続きを食べましょう!」
彼らにとって、この第19階層はもはや「探索」ですらない。「次の美味しい階層へ行くための、ただの作業(ゴミ拾い)」であった。
その異常な殲滅スピードにより、数時間後には廃街の幽霊たちは根絶やしにされ、彼らの経験値はアッサリとカンストに達してしまった。
しかし――当然、システムはそれを許さない。
ゴゴゴゴゴゴォォォォォッ!!
廃墟の中心にある巨大な時計塔が崩れ落ち、そこに街中の全てのエクトプラズムが渦を巻いて集結し始めた。
「オォォォォォォォォォォッ……!!」
暗闇の中から現れたのは、体長三十メートルを超える、ボロボロの黒いローブを纏った巨大な死神――第19階層の隠れボス『ファントム・ロード(幻霊の王)』であった。
その手には、全てを刈り取る巨大な大鎌が握られている。
「……出たな、ハズレ階層のお約束。ゴミの集合体だ」
トウヤが心底面倒くさそうに吐き捨てる。
「トウヤさん。あの方、ワンチャン……」
「お肉はない。霊体だ。食えない」
「……そうですか」
エリスの瞳から完全にハイライトが消えた。
「グォォォォッ!」
ファントム・ロードが、魂を凍らせるような絶叫と共に大鎌を振り上げた、その瞬間。
「食えない裏ボスに、10秒以上かけるな! 全員で一斉に消し飛ばせ!!」
「「「了解ッッ!!!!」」」
「消えなさい! 【アブソリュート・ゼロ】!」
ルミナの絶対零度がファントム・ロードの動きを強制的に停止させる。
「邪魔だ! 【魔力城塞・バースト】!」
ガレスの爆炎が死神のローブを焼き払い。
「死角だぜ! 【直感回避・神速】!」
ジンがコアの位置を的確に削り出し。
「お肉への執念を舐めないで! 【渾身撃・オーバードライブ】!」
エリスの超高熱の大剣が、死神の巨体を真っ二つに両断する。
「トドメです! 浄化の光よ!!」
最後にマリアが放った極大の聖光魔法が、真っ二つになったファントム・ロードを光の粒子へと変え、完全にこの世から消滅させた。
戦闘開始から、わずか5秒。
当然ながら、食材を保存する必要がないため、ルミナとマリアによる「融合魔法(光の柱)」は発動すらしていない。
「……ふぅ。よし、終わったな。さっさと宝箱開けて、次の階層の入り口に行くぞ」
トウヤの呼びかけに、ジンが廃墟の跡地に現れた豪奢な宝箱を開ける。
「おっ! 食えないボスだったが、ドロップは最高だぜ!」
中から出てきたのは、『幻霊の不可視外套』(物理攻撃を一定確率ですり抜ける)や、『浄化の聖銀環』(アンデッド・霊体へのダメージ特大アップ)など、この階層の苦労(?)に見合うだけの素晴らしいレア装備の数々だった。
「ガッハッハ! これで俺たちも少しは幽霊っぽくなれるな!」
「ええ! レア装備も手に入ったことですし、こんな陰気な場所からはすぐにおさらばしましょう!」
***
【その頃、地上の王城・国王執務室では】
「……オズワルド。今日は、上がらないな」
「ええ。上がりませんね、陛下」
国王ヴィルヘルムと宰相オズワルドは、すっかり日が暮れた窓の外、静かな大迷宮の空を見上げながら、落ち着き払った様子で紅茶を飲んでいた。
昨日(第18階層)は立派な光の柱が上がり、鴨ネギをゲットしたのだろうと推測した二人。しかし、今日の第19階層では一向に光の柱が上がる気配がない。
数日前なら「魔力が尽きて全滅したのでは!?」と大パニックを起こしていた国王だが、今の彼は完全に『理解』っていた。
「……オズワルドよ。今日の彼らは、第19階層に到達しているはずだな」
「はい。順調にいけば、そのはずでございます」
「光の柱(冷凍保存魔法)が上がらないということは……。つまり、今日の第19階層は……」
「ええ。『食べられない魔物』の階層だったのでしょう」
オズワルドが、さも当然のことのように頷く。
「可哀想にな。きっと彼らは今頃、『なんだよ、ただの幽霊かよ。食えねえじゃねえか』と愚痴をこぼしながら、裏ボスをサクッと数秒で粉砕して、さっさと次の階層へ向かっているところだろう」
「陛下も、彼らの思考パターンが完全に読めるようになりましたね」
「うむ。もはや彼らの行動原理は、王国騎士団よりも理解しやすいからな」
国王はフッと笑い、紅茶の最後の一口を飲み干した。
「明日は第20階層。10階層ごとに現れる『大ボス』の階層だ。……おそらく、とてつもなく巨大な『極上肉』が待ち受けているに違いない。明日は王都中が揺れるほどの、特大の光の柱が上がるぞ」
「はい。明日に備えて、魔力観測所の所長には『特大の冷凍ビームが来るから驚くな』と通達しておきましょう」
彼らのサバイバル(飯テロ)の法則を完全に学習した王国の重鎮たちは、もはや一切の心配をすることなく、優雅に夜の政務へと戻っていくのであった。
***
一方、地下のトウヤたちは。
「よし! 第19階層はこれにてクリアだ! さっさと第20階層への階段を降りて、その扉の前でテントを張るぞ!」
暗く陰気な第19階層を最速で駆け抜け、彼らはついに、一つの大きな節目となる『第20階層(大ボスの間)』へと続く大階段の前に到着した。
「明日はついに20階層! 黒竜王以来の『大ボス』ですね!」
マリアが期待に胸を膨らませる。
「トウヤの兄貴! 明日の大ボス、絶対に美味い肉だといいな!」
「ああ! どんな規格外のバケモノ(特大食材)が来ようと、俺たちの今の連携と新装備なら無傷で冷凍保存できる! 今夜はテントで鴨鍋の残りのスープで極上の雑炊を作って、明日の大一番に備えるぞ!!」
「「「うおおおおおッ!! 雑炊だぁぁぁッ!!」」」
地上の国王たちにすら「明日はデカいお肉だから光の柱が上がるぞ」と期待(?)されるほど、ブレない食欲と強さを持つ彼ら。
『悠久の踏破者』たちの夜は、明日待ち受ける未知なる大ボスへのワクワク感と共に、極上の出汁の香りに包まれて更けていくのであった。




