第61話:清翠の竹林と極上鴨ネギ、そして日常と化した五本目の光柱
第61話:清翠の竹林と極上鴨ネギ、そして日常と化した五本目の光柱
『悠久の大迷宮』第17階層の最奥。
腐敗臭と酸の沼地に満ちたアンデッド階層を、文字通りの「完全殲滅(ただの作業)」で一日足らずで駆け抜けた『悠久の踏破者』の八人(六人と三匹)は、次なる第18階層への扉を、祈るような気持ちで押し開けた。
「頼む……! 骨とヘドロの次は、ちゃんと血の通った『お肉』の階層であってくれ……!」
ジンが切実な声で呟く。前日のストレス(食欲不満)は、彼らの精神をゴリゴリに削っていた。
ギギギギギ……ッ!
重厚な石扉が開いた瞬間。彼らの顔を撫でたのは、清涼なマイナスイオンを含んだ瑞々しい風と、青々とした植物の香りだった。
「おおっ……!! これは!!」
トウヤの目が、歓喜に見開かれた。
第18階層――『清翠の竹林と霊水の清流』。
見渡す限り、天を衝くほどの巨大で美しいエメラルドグリーンの竹林が広がり、その中央を、底まで透き通った水晶のような清流がサラサラと流れている。
「和」の趣を感じさせる、息を呑むほどに美しく清らかな階層であった。
「綺麗な川……! マイナスイオンたっぷりで、昨日のヘドロの匂いが一気に浄化されるようです!」
マリアが胸の前で手を組み、深い深呼吸をする。
「ピィィッ!(兄貴! 川の中から、すっごく美味しそうなのが来るよ!)」
上空を旋回するクーの念話と同時、清流の中から水飛沫を上げて姿を現したのは――。
「グワァァッ!」
体長三メートルを超える巨大な鴨の魔物『清流の巨鴨』。しかもその背中には、なぜか丸太のように太い「巨大なネギ」を背負っている。
さらに、竹林の地面がボコッと盛り上がり、柔らかな緑色をした『タケノコ・トレント(若竹の樹人)』が姿を見せ、川底からは、黄金の甲羅を持つ体長五メートルの巨大スッポン『霊水の金剛鼈』が這い上がってきた。
「…………!!」
トウヤの【神眼の指揮】が、その魔物たちの正体(成分)を一瞬で看破した。
「おい、お前らァァァッ!!」
トウヤの絶叫が、竹林に響き渡る。
「あの鴨! ただの鴨肉じゃない、極上の脂が乗った合鴨肉だ! しかもネギまで背負ってやがる、文字通りの『鴨ネギ』だぞ! そこのタケノコはアクが全くない最高の春の味覚! そして極めつけはあの巨大スッポン……あれは出汁の王様、絶品スープと『無限のコラーゲン』の塊だァァッ!!」
「「「コラーゲンッ!?」」」
エリス、マリア、ルミナの女性陣三人の目の色が、カッ! と変わった。
「トウヤさん! あのスッポンさんを食べれば、お肌がプルンプルンになるということですの!?」
「そうです! お肉の旨味もさることながら、あの甲羅の縁のエンペラ部分は、美容と健康の究極食材です!」
「逃がしません! 一匹たりとも逃がしませんわ!!」
昨日、ハズレ階層で溜まりに溜まっていた「食欲」に加え、女性陣の「美への執念」までが完全に爆発した。
「ガッハッハ! 鴨とネギの鍋に、スッポンのスープか! 最高の宴会の予感しかしないな!」
「ヒャッハー! 昨日の骨クズへの八つ当たり、全部あいつらにぶつけてやるぜ!」
「よし! 乱獲祭りの開幕だ! 鴨の脂は落とすな! タケノコは根元から綺麗に掘り起こせ! スッポンの甲羅は絶対に砕くな!!」
「「「いただきますッッ!!!!」」」
タガが完全に消し飛んだ捕食者たちが、美しい竹林へと雪崩れ込んだ。
「鴨ネギども! まとめて俺が相手してやる! 【魔力城塞・極】!」
ガレスがヘイトを集め、鴨とネギの突進を炎の盾で受け止める。
「お肌のコラーゲンのためです! 【絶対結界・拘束】!」
マリアの結界が巨大スッポンの逃げ場を完全に封じる。
「関節だけを切り離す! 【渾身撃・装甲剥がし】!」
エリスの重剣が、スッポンの硬い甲羅を傷つけることなく、手足の関節だけを的確に切断していく。
「トウヤの兄貴、タケノコは任せな! 【直感回避】からの高速伐採だ!」
ジンが『幻影の暗殺靴』で空中を蹴り、タケノコ・トレントの柔らかい部分だけを瞬く間に切り飛ばす。
「よし、最高のパスだ! 俺の包丁の出番だな!」
トウヤが神話級の調理包丁『神斬りの業物』を抜き放ち、【空間斬り】で鴨の胸肉と太いネギ、そしてスッポンの極上肉だけを美しく切り出していった。
怒り(昨日の鬱憤)と欲望に突き動かされた彼らの乱獲スピードは、もはや迷宮のシステムすら処理落ちを起こしそうなほどの異常なペースであった。
美しい竹林の生態系は、わずか数時間で完全に崩壊し――。
ゴゴゴゴゴゴォォォォォォッ!!!!
「出たな! 乱獲しすぎた時のお約束、隠れボス(裏メニュー)のお出ましだ!」
ジンが空中で体勢を立て直し、ニヤリと笑う。
清流が真っ二つに割れ、凄まじい水飛沫と共に現れたのは、体長二十メートルを超える、神々しい黄金の羽衣を纏った超巨大な水鳥――第18階層の隠れボス『神霊巨鴨』であった。
その背には、大木のようなクリスタルのネギが輝いている。
「トウヤさん! あの方のお味はどうなんですの!?」
エリスがヨダレを垂らしながら大剣を構える。
「最高傑作だ! あの鴨肉、体温が異常に高くて、常に『最高の低温調理状態』を維持してやがる! だが、あいつが怒って魔力を暴走させると、せっかくの脂が全部水に溶け出しちまう!!」
「つまり!?」
ルミナとマリアが、同時に杖とペンダントを構え、声を揃えた。
「ああ! 肉汁を一滴たりとも逃がすな! 完璧な温度で、瞬間冷凍だ!!」
「「「了解ッッ!!」」」
「グワァァァァァァッ!」
神霊巨鴨が、全てを吹き飛ばす竜巻を伴って巨大な翼を広げた、その瞬間。
「この鴨肉は、私たちのコラーゲン(?)のために! 精霊力、最大解放!!」
「絶対に脂を逃がしません! 聖女の祈りよ、完璧な密閉冷凍庫となりなさいッ!!」
ルミナの【アブソリュート・ゼロ】と、マリアの『絶対結界』。
もはや彼女たちにとって「必殺技」ではなく「保存用調理魔法」へと成り下がった融合魔法が、五度目の共鳴を果たした。
カッ――――!!!!
竹林を白く染め上げる、圧倒的な閃光。
ズドォォォォォォォォォンッッ!!!
第16階層で放たれたものと寸分違わぬ、極太で眩い『五本目の光の柱』が、迷宮の天井をぶち抜き、王都の空へと向かってズドンと噴き上がったのである。
***
【その頃、地上の王城・国王執務室では】
「……オズワルド」
「はい、陛下」
国王ヴィルヘルムと宰相オズワルドは、優雅に午後の紅茶(高級アールグレイ)を楽しみながら、窓の外にそびえ立つ大迷宮を見つめていた。
カッ――――!!!!
王都の空を、あの『純白の光の柱』が再び貫いた。
民衆たちは「おおっ! また大迷宮から英雄たちの奇跡の光が!」と歓声を上げている。
しかし、執務室の二人は、もはやピクリとも動かなかった。
「……上がったな」
「ええ。上がりましたね、陛下。昨日(第17階層)はお休みでしたが、今日は見事な光柱です」
国王は、ティーカップを静かにソーサーに置き、ふぅ、と息を吐いた。
「……オズワルド。そなたの優秀な頭脳で推測してみよ。今日は一体、何を凍らせたと思う?」
「そうですね……」
オズワルドが、あごひげを撫でながら真顔で考察する。
「第16階層の恐竜の次は……第17階層(食べられないアンデッド)で一日空腹を我慢したわけですから、今日の第18階層では、さぞかし『和の趣』があるサッパリとした、しかし滋養強壮に満ちた魔物を狙ったのではないでしょうか。……例えば、巨大な鴨や、スッポンなど……」
「なるほど。鴨ネギ鍋にスッポンのスープか。……美味そうだな」
「ええ、誠に。私も今夜はスッポン鍋にでもしようかと考えておりました」
かつては「若者たちの命がけの死闘」と涙を流して号泣し、その後「ただの冷凍保存ビーム」だと知って激怒した最高権力者たち。
しかし五回目ともなると、人間は完全に『順応』する生き物であった。
「……所長を呼ぶ必要はあるか?」
「いえ。『出力200%増しの冷凍保存魔法です』と言われるだけですので、わざわざ呼ぶのは彼の業務の妨げになりましょう」
「そうだな。……彼らが無事に夕飯のおかずをゲットできたようで何よりだ。余も安心して政務に戻るとしよう」
王室の重鎮たちは、もはや光の柱を『ただの夕飯の買い出し完了の合図』として受け入れるという、究極の悟りの境地に達していたのである。
***
一方、地下の第18階層。
「よぉーし!! 完璧な巨大冷凍合鴨の完成だ!!」
トウヤが【空間斬り】で魔力コアを切除し、ウキウキでアイテムボックスに収納する。
「おっ、トウヤの兄貴! 神霊巨鴨の跡地から、また豪華な宝箱が出たぜ!」
ジンが罠を解除して開けた宝箱から出てきたのは、これまた彼らの能力を底上げする超レア装備の数々だった。
「おお! ジンには水の上を走れる『清翠の飛燕靴』! ルミナには魔力を自動回復させる『霊水の羽衣』! マリアには状態異常を完全に防ぐ『神獣の守護玉』だ! さすが隠れボスの確定ドロップ、気前がいいな!」
トウヤがシステムアナウンスを見て歓声を上げる。昨日のハズレ階層での鬱憤が、極上の食材とレア装備によって完全に浄化されていく。
「ガッハッハ! これでまた一段と俺たちのキャンプが快適になるな!」
「ええ! さあトウヤさん、早く拠点に戻ってお鍋にしましょう! 私、コラーゲンが待ちきれませんわ!」
「よし! 今夜は【星の箱庭】の豪邸で、『神霊巨鴨の極上鴨ネギ鍋』と『金剛スッポンの特濃コラーゲンスープ』! そして『タケノコの炊き込みご飯』の最強和食フルコースだ!!」
「「「うおおおおおおッ!! 鴨鍋だァァァッ!!」」」
地上の国王たちを完全に呆れさせ(そして悟りを開かせ)た五本目の光柱。
そんなことは露知らず、最高級の和の味覚とレア装備を手に入れた『悠久の踏破者』たちは、今日も今日とて、最高の仲間たちと共に、美味しすぎる迷宮スローライフの夜を満喫するのであった。




