第60話:最悪の腐敗階層と、出汁も取れない裏ボスへの八つ当たり
第60話:最悪の腐敗階層と、出汁も取れない裏ボスへの八つ当たり
『悠久の大迷宮』第16階層――『原始のロストワールド』。
巨大恐竜たちの極上霜降り肉と、始祖鳥の特大チキンを乱獲し尽くした『悠久の踏破者』の八人(六人と三匹)は、大満足の笑顔(トウヤだけは少し名残惜しそうな顔)で、次なる階層への扉の前に立っていた。
「……はぁ。アイテムボックスの拡張限界まで恐竜肉を詰め込んだし、レベルもスキルも綺麗にカンストしちまった。もうこの恐竜天国には用がないわけだが……」
トウヤが、巨大なシダ植物の森を振り返りながら深い溜息を吐く。
「もう少し、あのタイラント・ラプトルの尻尾の肉を集めておきたかったな……」
「トウヤの兄貴、十分すぎるだろ! 毎日恐竜ステーキ食っても三年は保つ量だぜ!」
ジンが呆れたようにツッコミを入れる。
「それにトウヤさん! 次の階層にも、きっと私たちがまだ見たこともない美味しいお肉やお魚が待っていますわ!」
エリスが『飛竜の闘気マント』を揺らしながら、新しい食材への期待に目を輝かせた。
「そうだな。よし、気を取り直して第17階層に行くぞ! どんな美味い魔物が来てもいいように、胃袋の準備をしておけよ!」
「「「おおおおおッ!!」」」
期待に胸を膨らませ、トウヤは重々しい大扉を押し開けた。
***
しかし。
扉の先から彼らを迎え入れたのは、食欲をそそる匂いなどではなく――鼻が曲がるような『強烈な腐敗臭』と、肌を刺すような冷たい酸の霧だった。
「うっ……!? な、なんですかこの匂い……!」
マリアが思わず鼻を覆う。
第17階層――『死灰の沼地と亡者の墓標』。
見渡す限り、濁った紫色の酸の沼が広がり、枯れ果てた木々にはボロボロの死装束が引っかかっている。足元はヘドロのような泥濘で、そこかしこからカタカタと不気味な骨の擦れる音が響いてきた。
沼の中から這い出してきたのは、ドロドロに腐った肉をぶら下げた『ポイズン・グール』の群れ。そして、サビだらけの剣と盾を持った『スケルトン・ナイト』たちであった。
「…………」
「…………」
「…………」
またしても、八人(六人と三匹)の動きがピタッと止まった。
「トウヤの兄貴……」
ジンが、引きつった声で尋ねる。
「あの腐った肉の魔物や、動く骨の魔物は……」
「……食えるわけ、ねえだろうが」
トウヤが、地獄の底から響くような怨念のこもった声で吐き捨てた。
「あのグールの肉なんて毒と病原菌の塊だ。骨の魔物に至っては、 marrow(骨髄)すら腐りきってて『出汁の一滴』すら取れやしねえ。……完全なる『ハズレ階層』だ」
その宣告が下された瞬間。
「新しい美味しいお肉」を期待してテンションを最高潮に高めていたメンバーたちの表情から、一切の感情が消え去った。
「食えない……」
「出汁すら……取れない……」
ガレスとエリスが、虚ろな目で呟く。
「……トウヤさん。この階層での『カンスト』に必要な経験値は、あとどれくらいですか?」
マリアが、全く笑っていない笑顔で、首から下げた『慈愛の聖印ペンダント』を強く握りしめた。
「第16階層を完全にカンストさせた状態だからな。あのスケルトンやグールを、手当たり次第に……そうだな、千体ほどぶっ壊せば、この第17階層でのレベルも頭打ちになるはずだ」
トウヤが冷徹に計算を弾き出すと、メンバーたちは無言で武器を構えた。
「作戦を伝達する」
トウヤの【神眼の指揮】が、かつてないほどの『殺意(殲滅効率)』に特化して研ぎ澄まされた。
「鮮度保持の必要なし。素材回収の必要なし。ただひたすらに、あの視界のゴミどもを消し飛ばし、最速で経験値を稼いで……こんなクソみたいな階層、今日中に抜けるぞ!!」
「「「了解(死ねぇぇぇッ)!!!!」」」
怒り狂った『悠久の踏破者』たちによる、アンデッドにとっての本当の地獄が幕を開けた。
「食えない骨風情が、俺たちの前に立つな! 【魔力城塞・爆炎】!!」
ガレスの竜盾から放たれたのは防御壁ではなく、前方に全てを焼き尽くす高密度の火炎放射だった。グールの群れが悲鳴を上げる間もなく消し炭に変わる。
「浄化します! 全て浄化します! ゴミは燃えるゴミの日に!! 【ホーリー・レイ・バースト】!」
マリアが、治癒や結界ではない、純粋な神聖攻撃魔法を乱れ撃つ。アンデッドの天敵である聖なる光が、酸の沼地ごとスケルトンたちを浄化(物理的消滅)していく。
「お肉じゃない魔物に用はありません! 【絶対零度・破砕】!」
ルミナが沼地を広範囲に凍結させ、そのまま氷ごと粉々に砕き割る。
ジンとエリスも、もはや弱点を狙うことすら面倒くさいとばかりに、超スピードと力任せの破壊で骨を粉砕し続けた。
恐竜階層での「食材を傷つけない丁寧な乱獲」とは真逆の、文字通りの「ただの作業(殲滅)」。
彼らの異常な殲滅スピードにより、数時間も経たないうちに、第17階層のアンデッドたちは根こそぎ刈り取られ、彼らの経験値バーは瞬く間にカンストに達した。
しかし――当然、システムはそれを許さない。
ゴゴゴゴゴゴォォォォォッ!!
酸の沼が大きく渦を巻き、無数の白骨が沼の中心に集まり始めた。
「オォォォォォォォォォォッ……!!」
瘴気と怨念を纏って組み上がったのは、体長三十メートルを超える、巨大な骸骨の竜――第17階層の隠れボス『カース・ボーン・ドラゴン(呪骸竜)』であった。
「チッ……! ここでも裏ボスのお出ましだ!」
ジンが舌打ちをする。
通常の冒険者なら、絶望のあまり膝から崩れ落ちるようなアンデッドの最上位種。
しかし、トウヤたちの反応は冷ややかなものだった。
「トウヤさん。あの方、お肉ついてませんわよね?」
「ああ、骨だけだ。一応、竜の骨なら高級なスープの出汁が取れるかと思ったが……全身に猛毒の呪いが染み込んでやがる。鍋に入れたら俺たちが全滅するな」
「つまり……ゴミですね?」
ルミナが、氷のように冷たい目で巨大な骸骨竜を見上げた。
「ああ。さっさと片付けるぞ」
「「「了解ッ!!」」」
「グオォォォォッ!」
カース・ボーン・ドラゴンが、全てを腐敗させる呪いのブレスを吐き出そうと大きく息を吸い込んだ、その瞬間。
「遅えんだよ! 【直感回避・神速】!」
ジンが空を蹴り、ドラゴンの顎の関節に短剣を突き立ててブレスを強制的に不発させる。
「骨の髄まで焼き尽くせ! 【魔力城塞・極・圧縮炎城】!」
ガレスが、炎の壁をドラゴンの周囲に展開し、逃げ場を完全に塞ぐ。
「マリアさん、一気に消し飛ばしますよ!」
「はいっ! これで終わりです!」
ルミナとマリアが、杖とペンダントを掲げる。
しかし、今回放たれたのは、地上を騒がせたあの『光の柱(冷凍保存魔法)』ではない。
「「【聖精霊の極光】!!」」
食材を保存する必要がないため、純粋な『完全殲滅用』に調整された融合魔法。
天を貫く光の柱ではなく、横薙ぎに放たれた極太の光の波動が、逃げ場を失った骸骨竜の巨体を丸ごと呑み込んだ。
ズガァァァァァァァァンッッ!!!!
光が通り過ぎた後には、呪いの瘴気も、ドラゴンの骨の欠片すら一ミリも残されていなかった。
完全なる、瞬殺である。
(※ちなみに地上の王城では、今日も光の柱が上がらなかったため、「やはり彼らは食えない魔物はスルーしているのだな」と国王とオズワルドが呆れ顔で紅茶を飲んでいた)
「……ふぅ。よし、ゴミ掃除は終わりだ」
トウヤが【空間斬り】で残った瘴気を切り裂き、剣を納めた。
「おっ、トウヤの兄貴! また宝箱が出たぜ!」
ジンが沼地の跡地に現れた宝箱を見つけ、罠を解除して蓋を開ける。
すると、中から眩い光と共に現れたのは、アンデッドの泥沼階層には似つかわしくない、美しく神々しい装飾品だった。
「おおっ! これは『聖浄の白銀腕輪』と『不死鳥の護符』だ! 状態異常と呪いを完全に無効化し、死に至るダメージを一度だけ肩代わりしてくれる超レア装備だぞ!」
トウヤがシステムのアナウンスを確認して歓声を上げる。
「ガッハッハ! 食えない骨のボスだったが、これだけ圧倒的なスピードでノーダメージ討伐したボーナスってやつだな!」
「ええ! これで安心して次の階層に行けますわ!」
「よし、全員の経験値もカンストしたし、こんな臭い階層には一秒たりとも長居したくない! 今日はこのまま第18階層の扉を開けて、そっちの安全な場所で拠点を張るぞ!」
「「「大賛成です!!」」」
美味しいご飯と快適なキャンプ環境を求める彼らにとって、アンデッドの階層などただの「障害物競走」にすぎない。
彼らはレア装備をウキウキで装備すると、腐敗臭の漂う第17階層に背を向け、未知なる(そして美味しいであろう)第18階層へと続く扉を、勢いよく押し開けるのであった。




