第59話:原始の肉林と、地上を呆れさせた四本目の光柱
第59話:原始の肉林と、地上を呆れさせた四本目の光柱
『悠久の大迷宮』第16階層。
前日、第15階層の凶悪な中ボスを「ただの鉄クズ(食べられない)」という理由で5秒で粉砕し、鬱憤を溜めていた『悠久の踏破者』の八人(六人と三匹)は、新たな大扉を力強く押し開けた。
「……おおっ! これは!」
扉の先に広がっていたのは、むせ返るような緑の匂いと、強烈な生命力に満ちた『太古の巨大恐竜世界』だった。
見渡す限りの巨大なシダ植物と、空を覆うほどの巨大樹。空には翼竜が舞い、大地には地響きを立てて闊歩する巨大な恐竜たちの姿がある。
第16階層――『原始のロストワールド』。
「ピィィィッ!!(兄貴! あっちもこっちも、すっごく美味しそうなお肉の塊だよ!)」
上空に飛び立ったクーが、歓喜の念話を送ってくる。
ズシン、ズシン!
彼らの前に現れたのは、体長八メートルを超える二足歩行の恐竜『タイラント・ラプトル』の大群と、巨大な鶏のような丸々とした体を持つ『プライマル・バード(始祖巨鳥)』だった。
「……太古の恐竜と、巨大な始祖鳥だと?」
トウヤの目が、キャンパー(捕食者)特有のギラギラとした光を放った。
「おい、お前ら! 恐竜の肉は鶏肉と牛肉の最高な部分を掛け合わせたような『超・極上赤身肉』だ! しかもあの始祖鳥、丸焼きにしたら十人は余裕で食える特大サイズのフライドチキンになるぞ!!」
「「「うおおおおおおッ!! お肉だぁぁぁッ!!」」」
前日の「食べられない鉄クズ」で完全にストレス(空腹)を溜め込んでいた彼らのタガが、完全に消し飛んだ。
「昨日の分まで食ってやる! 【魔力城塞・極】!!」
ガレスが新装備『巨人の剛力腕輪』を輝かせ、盾を構えるまでもなく、炎を纏った拳の一撃で突進してくるラプトルの群れを吹き飛ばす。
「ヒャッハー! 『幻影の暗殺靴』、最高だぜ!!」
ジンが空中の何もない空間を蹴り、三段ジャンプで空中高く舞い上がると、そのまま流星のように落下してプライマル・バードの首の神経を的確に切断する。
「お肉! お肉ですわ!! 【渾身撃】!!」
エリスが『飛竜の闘気マント』を翻し、ラプトルの強靭な鱗の「継ぎ目」だけを綺麗に叩き割り、中のお肉を露出させる。
「マリアさん、結界で鮮度を逃がさないでください! 【氷塊連弾】!」
「はいっ! 『聖樹の純白法衣』のおかげで、魔力が無限に湧いてきます!」
ルミナの『精霊王の髪飾り』とマリアの純白法衣という、さらにバグじみた魔力効率を手に入れた二人が、恐竜たちを一切の無駄なく包み込み、瞬殺(冷凍保存)していく。
「よし、俺の新しい包丁の切れ味も試すか!」
トウヤが、中ボスの宝箱から手に入れた神話級の調理器具『神斬りの業物』を抜き放ち、【空間斬り】を発動する。すると、恐竜の巨大な骨や筋すら、まるで柔らかいバターを切るように一切の抵抗なくスパスパと極上肉だけが切り出されていった。
「ガッハッハ! 切るスピードが前の倍以上になってるぞ、トウヤ!」
「ああ! これならいくらでも解体できる! 全部狩り尽くせ!!」
もはや探索の体などなしていない。
第16階層の恐竜たちは、昨日ハズレを引かされた美食家たちの「八つ当たり」と「新装備の試し撃ち」によって、生態系が崩壊するほどの凄まじいスピードで極上精肉へと変えられていった。
そして、当然のように――迷宮のシステムが『異常な討伐速度』を検知し、防衛本能(隠れボス)を出現させた。
ゴゴゴゴゴゴォォォォォォッ!!!!
原始の森が真っ二つに割れ、地底から『山そのもの』がせり上がってきた。
「ギャァァァァァァッ!!」
咆哮だけで周囲の巨大樹がへし折れる。現れたのは、体長四十メートルを超える、超巨大なティラノサウルス――第16階層の隠れボス『暴食の恐竜帝』であった。
その圧倒的な暴力の化身を前に、普通の冒険者なら恐怖で心臓が止まるだろう。
しかし、トウヤの【神眼の指揮】は、このバケモノの『真の価値』を見抜いていた。
「……おいおい、マジかよ」
トウヤが震える声で呟いた。恐怖ではない、歓喜の震えだ。
「トウヤの兄貴、あのデカブツのお肉はどうなんだ!?」
「最高なんて言葉じゃ足りねえ! あいつ、自分自身が極上の『天然ハーブ』を食べて育ってる上、全身の赤身に完璧なサシが入ってる『究極の霜降りドラゴン肉』だ! だが、あいつの体温が少しでも上がったり、ストレスを感じさせると、せっかくの霜降りの脂が溶けちまう!!」
その言葉を聞いた瞬間、メンバー全員の顔つきが「歴戦の戦士」から「絶対に食材を守り抜く狂人」へと切り替わった。
「霜降りのドラゴン肉……!!」
エリスがヨダレを拭い、ガレスが盾を構える。
「トウヤさん! つまり、いつも通りですね!?」
マリアが純白の法衣を輝かせ、ルミナが魔杖を天に掲げた。
「ああ! 肉汁を一滴たりとも逃がすな! 完璧な温度で、瞬間冷凍するぞ!!」
「「「了解ッッ!!」」」
「ギャァァァァッ!」
カイザー・レックスが、全てを噛み砕く巨大な顎を開き、襲いかかってきた。
「デカい図体だ! 俺が全部受け止めてやる! 【魔力城塞・極】!」
ガレスが真正面から恐竜帝の顎を受け止め、完全に動きを止める。
「ヒャッハー! 空中ステップからの目潰しだ!」
ジンが空を蹴って死角に回り込み、恐竜帝の視界を奪う。
「これで、お肉の鮮度は永遠に私たちのものです! 精霊力、最大解放!!」
「聖女の祈りよ! 完璧な密閉冷凍庫となりなさいッ!!」
ルミナとマリアの二人が、過去最高のバグ装備に身を包んだ状態で、四度目の「融合魔法」を放った。
エルフの【アブソリュート・ゼロ】と聖女の絶対結界が、これまでにない出力で共鳴する。
カッ――――!!!!
原始の森を、世界を白く染め上げる、圧倒的な閃光。
ズドォォォォォォォォォンッッ!!!
第14階層の時すら遥かに凌駕する、極太で眩い『四本目の光の柱』が、迷宮の天井をぶち抜き、王都の空へと向かって一直線に噴き上がった。
光が収まると、そこには一切の傷を負うことなく、完璧な美しい霜降りを保ったまま氷像と化した「超巨大ティラノサウルスの冷凍ブロック」が完成していた。
「よぉーし!! 完璧だ! 今日は恐竜肉のステーキ祭りだぞ!!」
「「「うおおおおおッ!!」」」
***
【その頃、地上の王城・国王執務室では】
「……ああ、神よ。なんという残酷な運命か」
国王ヴィルヘルムと宰相オズワルドは、執務室で完全に憔悴しきっていた。
昨日、中ボスである第15階層に到達したはずの彼らから、生存の証である『光の柱』が上がらなかったからだ。
「まさか、あの若者たちが中ボスに敗れ、暗黒の底で命を散らしたとでも言うのか……。余は、余は……っ!」
国王がハンカチで涙を拭い、オズワルドも胃薬を片手に深く項垂れていた。
その時だった。
カッ――――!!!!
王城の窓が、鼓膜が破れんばかりの轟音と共に、真っ白な光に包み込まれた。
「な、なんだ!?」
二人が弾かれたように窓際に駆け寄ると、王都の空に、過去最大級の太さと輝きを放つ『純白の光の柱』が、大迷宮から真っ直ぐに立ち昇っていたのである。
「光の……柱……!?」
国王の目から、ブワッと大粒の涙が溢れ出した。
「おおおおおッ!! 生きておった!! 彼らは生きておったのだオズワルド!! 第15階層の凶悪な中ボスとの死闘を、一日がかりで……泥まみれになりながらも生き抜き、こうして勝利の、そして生存の狼煙を上げてくれたのだァァァッ!!」
「陛下……っ! なんという奇跡、なんという英雄たちか……!! 私も、彼らの無事を信じておりました……っ!」
二人の最高権力者が、手を取り合って子供のように号泣した。
そこへ、魔力観測所の所長が、転ぶような勢いで執務室に駆け込んできた。
「へ、陛下ァァァッ!! 光の柱の、魔力解析が出ましたァァッ!!」
「おお! 報告せよ! 彼らが第15階層の中ボスを倒すために、どれほどの決死の魔法を放ったのかを!!」
国王が涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながら叫ぶ。
観測所長は、手元の羊皮紙を見て、スッと真顔になった。
「あ、いえ。震源地は……すでに第16階層です」
「……ん? 16階層?」
「はい。しかも、波長の解析結果ですが……第12、13、14階層で放たれたものと全く同じ……いえ、出力が200%増しになった**『対象を絶対に傷つけず、ただ冷凍保存するためだけの魔法』**でございます」
ピタッ、と。
国王と宰相の涙が、一瞬にして乾いた。
「…………冷凍保存」
国王が、ピクピクと頬を引き攣らせた。
「ちょっと待て。では、昨日……第15階層の中ボスで光の柱が上がらなかったのは……」
「おそらく……」
オズワルドが、ひどく冷めた、虚無のような声で推測した。
「第15階層の中ボスが……『食べられない素材』だったため、冷凍保存する必要がなかった……ただ、それだけのことかと」
「…………」
「…………」
執務室に、過去最長の「呆れ果てた沈黙」が落ちた。
「つまり……」
国王が、ギリッと奥歯を噛み締める。
「彼らが昨日一日沈黙していたのは、死闘を繰り広げていたからでも、敗れたからでもなく。『なんだ、こいつ食えねえハズレかよ』とサクッと倒して、そのまま素通りしただけだと?」
「……そして今日、第16階層で『美味しそうな新しい魔物』を見つけたから、ウキウキでまた冷凍庫(最大魔法)をぶっ放した……と考えるのが、最も自然でございますね」
オズワルドが、眼鏡を外して目頭を深く揉みほぐした。
「……………………」
アルカディア王国の国王ヴィルヘルムは、静かに、本当に静かに、手元の分厚い書類の束をデスクに叩きつけた。
「あの食い意地の張ったバカ共があぁぁぁぁッッ!!!!」
王城に、国王の魂からのツッコミ(絶叫)が木霊した。
「余の! 余のこの一晩の涙と絶望を返せ!! なにが生存の狼煙だ! なにが決死の魔法だ!! ただの巨大な冷凍保存ビームではないか!! いい加減にしろォォォッ!!」
「へ、陛下! お気を確かに! 血圧が、血圧が上がります!!」
地上の最高権力者たちを感動のどん底に突き落とし、その直後に盛大なコントのような呆れとツッコミを誘発させた四本目の光柱。
そんな地上の大騒ぎなど、当然ながら地下の彼らは知る由もなく。
「ガッハッハ! トウヤ! この恐竜肉の霜降りステーキ、新装備の包丁で切ったおかげか、口の中で肉の繊維がほどけるように溶けるぞ!!」
「ジン! そこにある原始の果実酒も取ってくれ! この極上肉に合いすぎる!」
「トウヤさん! 始祖鳥のフライドチキン、お代わりお願いしますっ!」
今日も今日とて、悠久の踏破者たちは【星の箱庭】の庭で、最高級の恐竜BBQと美酒に酔いしれながら、最高にハッピーで非常識な夜を満喫しているのであった。




